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タイ中部横断の旅2018(6)コーンケンをフラフラ

8月9日(木)
コーンケンへ

翌朝はどんより曇っていた。今日はスコータイから、かなり西にあるコーンケンへ移動する予定だ。宿の女性に聞いたら、『チケットを買ってあげる』と言われ、スタッフがバスターミナルまで買いに行ってくれていた。何とも親切で有り難い。更には宿からバスターミナルまで、スタッフのバイクで送ってくれた。この宿は意外と便利でよかった。外国人観光客に必要なものを安く提供する、これは印象が良いに違いない。

 

バスターミナルに早めに着いたが、特に何もない。10時半発と聞いていたが、やはりバスもやってこない。不安になった頃、ようやくバスに乗り込み一安心。このバスは特に豪華でもなく、ローカル色が漂う。向こうには相当大きなお腹をした若い妊婦が一人で乗っていた。大丈夫なのだろうか。前の若いカップルは音楽をかけて、自由に振る舞っている。

 

初めは平たんな道を走っていた。昨年行ったピサヌロークはすぐに過ぎ、3時間ぐらいして山道を登り始める。正直タイ中部にこんな山があるとは思ってもいなかった。タイはここでも分断されているようだ。1つ山を越えて、どこかのバスターミナルで休憩すると、また山に挑む。これは思ったより難コースだった。

 

途中で雨も降り、山の天気となった。小さな街が点在、そこで乗客が乗り降りする。私だけが取り残されている感じだが、車掌もいるので安心して寝ていく。それにしても随分と時間が掛かる。バスの馬力の問題かもしれない。ようやくコーンケンに到着したのは夕方暗くなりかけた頃、実に7時間以上バスに揺られた。かなりの疲労感を持ってバスを降りる。

 

4.コーンケン
静かな街

タイでは今急速にバスターミナルの郊外移転が進行しており、コーンケンも例外ではなかった。バスは全く街の雰囲気などない、道路沿いを入り、そこに出来ている新しいバスターミナルで停車する。ここから街まで何キロあるのか、どうやって行くのか、さっぱり分からないので聞いてみると、タクシーなら200バーツ、トゥクトゥクでも150バーツなど、法外とも思える料金を言われる。

 

確か7時間乗ってきたバスの料金も300バーツぐらいだったから、と躊躇していたが、事態は一向に進展しない。ついにバイタクのおじさんに100バーツと言われたので、それに乗る。バイクはかなりの距離をかなりのスピードで、幹線道路を走っていく。確かにこれなら100バーツかもしれないと思う程遠い。もうちょっと便利にして欲しい。

 

夕暮れが過ぎ、暗くなりかけた頃、取り敢えず私が指定したホテルにバイクは着いた。そこはこの街の名を冠した古いホテル。何となく街外れにある印象で、ちょっと驚く。聞けば1泊800バーツだというので、泊まることにしたが、フロントの女性もあまり英語が通じない。部屋は昔のホテルのようで広くてよかった。

 

腹が減った。とにかく7時間もバスに乗り、昼飯も食べていなかったのだから、当然だ。フロントで食事の場所を聞くと、ホテルの裏口から出るとすぐにあるという。半信半疑で出てみると確かに数軒ある。麺でも食べようと思って探したが、それより先に英語のできる愛想のよいお姐さんに捕まってしまう。

 

何しろ排骨湯が目に入ったので、それを頼む。大好物のモツの煮込みもあるではないか。何となく客家系の雰囲気が漂う料理だ。それを白い飯で豪快に食べた。すぐに満腹になる。会計をすると200バーツを越えていた。私が普通に食べるご飯は数十バーツ。何と贅沢をしたことかとは思ったが、食事に満足することも大切だと割り切り、楽しげに夜の街を散歩した。ここもやはり華人系が多いことは、漢字の看板などでよくわかる。

 

8月10日(金)
コーンケンをフラフラ

翌朝はホテルで朝食を食べる。こういう老舗ホテルの朝飯は悪くない。この町で何かをしようという計画はまるでなく、まあ散歩に出た。以前ホテルの近くになったというバスターミナルは見事に無くなっており、これがこのホテル周辺の寂しさの主な原因だと思われた。ここから新バスターミナルまで出ているだろう交通手段すら、タイ語のできない私には確認できない。

 

コーンケン博物館があったので入ってみた。かなり立派で広く、展示物も多かった。コーンケンは今でもバンコックからラオスのビエンチャンへ抜ける幹線の途中にあり、交通の要所だと言えるが、その昔からこの地理的条件により栄えていたらしい。8世紀ぐらいからの出土品もあり、その歴史は思ったよりずっと古い。

 

昼はホテル周辺で麺を食べたが、ここでも英語が出来る子がいた。コーンケンは単なる田舎町だと思っていたが、やはり交易なども盛んなのだろうか。曇りではあったが、かなりの疲れもあり、午後は部屋で休む。夕方再度歩き出し、コーンケン駅を探してみる。駅は高架工事のため、小さくなっていた。タイ国鉄もお金をかけて整備するんだと妙に感心した。

 

更にフラフラと歩いていき、大きな池に出た。そこでは夜市が立っており、美味しそうなものが売られていたので、夕飯はここにした。大勢の人が食べ物を買って、楽し気に食べている。私はレイズンワッフルを頬張り、池を眺めて過ごす。陽がくれた頃、ホテルに辿り着いたが、足が痛くなる。歩きすぎだ。

タイ中部横断の旅2018(5)意外に快適なスコータイ

3.スコータイ
スコータイの宿

走っている道は全てアジアンハイウエーとの表示がある。一体どれだけのハイウエーがあるというのだ。2時間ぐらいかかってロットゥはタークからスコータイにやって来た。最近はどこでもそうだが、バスターミナルは郊外だ。とは言ってもここはまだ街に近い。それでも歩いて行けそうもなかったので、トゥクトゥクおじさんに100バーツで乗せられて、街へ向かう。宿も決めていなかったので、おじさんが勝手に連れていく。

 

スコータイは過去2度ほど、素通りした経緯がある。この付近で一番の観光地なのだが、観光地らしいところは、ぼられるし、いいことはないと踏んで、通り過ぎたのだ。今まさに、やはり観光地は、と思いながら、過ごしている。しかし結局ガイドブックに載っている宿へ行きたいというと、おじさんはあっさり連れて行ってくれた。明日は250バーツで遺跡まで連れて行くよ、と言いながら帰っていく。その後ろ姿は何となく寂しいが、悪い人ではない。

 

この宿、昔西洋人が開いたと書かれていたが、その人はもういないようで、英語の上手い女性が応対してくれた。バンガロー風の木造の部屋、それほど高くもないので泊まることにしたが、後で考えると机がないので困った。更には部屋の前の屋外テーブルでPCをいじることは出来たが、あまりにも蚊が多くて、作業は出来なかった。部屋は結構暗いので、夜は早く寝る。

 

昼は過ぎていたが、腹が減ったので飯を探しに出る。この宿、川沿いにあり、横には大きな寺がある。大きな道へ出て橋を渡ると本格的な街のようだ。だが食堂は皆閉まっていて、ようやく麺屋を探して食べた。この麺が優しい味でよかった。今日は天気もイマイチであり、宿でゆっくり休むのがよい。

 

夕方雨も降っていなかったので、散歩に出た。宿のすぐ近くには中国系の廟があり、ここも川沿いは華人が押さえていたことが分かる。この付近は現在外国人向け安宿が数軒あったが、どこも似たようなものだった。また腹が減り、道に出るとちょうどクレープの屋台があった。そこのお姉さんの愛想がよかったのでバナナクレープについ手が出る。これ甘いんだよね。

 

それから川を渡り、地元の人が良く行くという廟を訪ねた。確かにきれいで信仰心が沸きそうな場所だった。その後ろに回ると、大きな仏塔がいくつも立っている。そこで掃除していた青年僧が、突然英語で明るく『この街、エンジョイしている?』と聞いてきたのでちょっと驚く。でもこんな会話が異国では楽しい。

 

さっきクレープを食べてしまったので、夕飯は要らない。と思いながらも、串焼きを3本ほど買い、歩きながら食べてしまう。何だか最近お腹が妙に減るのだ。宿に帰る道で、車が立ち往生している。何と立ちはだかっていたのは、大きな野ブタ!怖そうだったので、襲われないように、端を歩いて退散。

 

8月8日(水)
スコータイ遺跡へ

翌朝は早めに起きたが、曇りだった。朝ご飯は宿のトーストとコーヒーで済ませる。宿の女性からスコータイ遺跡に行くには、大通りからソンテウに乗れば30バーツだと聞き、行ってみると、ちょうどその車がやってきて乗り込む。白人も何人か乗るが、満員にはならない。30分ぐらい揺られていくと、以前も通り過ぎた遺跡の入り口が見えてくる。

 

ソンテウを降りると正面に貸自転車屋があった。遺跡は広いので自転車で回るのがよいと聞いており、早々に借りに行く。何と僅か30バーツで1日乗り放題。しかも自転車返却を保証するための証明(パスポートなどを預ける)も不要という寛大なシステムに驚く。観光地と言っても、こんなところは素晴らしい。

 

自転車は快適に飛ばしていく。地図もくれたので、一番遠くの遺跡から回ることにしたのだが、3㎞ぐらい離れており、整備はあまりされておらず、しかもかなりの階段を登らなければ仏塔に辿り着かない。初期の寺院は丘の上に作られていたのだろうか。サンダルで来てしまったこともあり、途中で断念。

 

舗装された道をスイスイ行くと、メインの遺跡に入れる。チケットは最初に買ったもので3か所共有、1日使えるらしい(実は1か所100バーツ)。ワット・マハタートなど大型の遺跡は見る者を圧倒する。1200年代から1300年代にこれだけの施設が作られたということは、スコータイ王朝の強大さが見て取れる。この辺は観光客が多い。

 

日差しも強くなり、疲れも出てきたので、入り口横にある博物館に入って、この辺の歴史を確かめてみた。入場料150バーツ(外国人)はちょっと高いような気もするが、それなりの広さがあり、勉強にはなった。何より涼しい空間で休めてよい。さすがに自転車に何時間も乗ることはないので、疲労感が凄い。

 

それでも折角なのでと、東の方にも向かう。雄大な建物と仏像。どこまでも伸びていく感じが凄い。ただもう体力の限界に達したので、メイン遺跡を通りながら、遺跡とお別れする。さすがに腹も減ったので、観光客向けではない、裏にある食堂でまた串焼きを頬張る。これは幸せだ。

 

自転車を返却し、また30バーツのソンテウに乗って帰還する。なんて安い観光地巡りだろうか。これならまた来ようかと思う。午後は宿でゆっくり休養し、夕方また出掛ける。大きな大仏のある寺院をお参りし、その後屋台でカオマンガイの夕飯にありつく。

タイ中部横断の旅2018(4)メーソットで再会

セミナーが終わり片付けをしたが、フライトまではまだ時間があった。セミナーに参加してくれた以前からのお知り合いの2人が近くのパブにいるというので、そこへ合流してお昼ご飯を食べる。クラブサンドイッチを注文したが、バンコックではクラブサンドがなんと高いことか。1時間ちょっと近況などをお話して、タクシーでドムアン空港に向かう。

 

日曜日の昼下がり、タクシーで行けばすぐだと思っていたが、まさかの大渋滞。30分で行けそうなところを1時間半近くかかってしまった。それでも国内線ということもあり、時間的には余裕があるはずだった。ところが出発ボードを見ると、私のフライトはあと40分で出発予定となっているではないか。これには焦ったが、よく見ると、ディレーとも書かれており、元の時間に出発するようで安心した。でもなんでこんな表示?

 

久しぶりのノックエアーで1年ぶりのメーソットへ向かった。このフライトは小型機で、荷物もあまり持ち込めない。中国人や韓国人、インド系まで乗り込んできて賑やかだ。そしてなぜか日本人の若者グループが乗ってくる。恐らくは大学の視察ツアーだろう。こんな所まで来るとは、なかなかやるな。

 

2.メーソット
水だけが配られ、目をつぶっていると1時間でメーソット空港に到着する。本当に小さい空港だ。自分の荷物が運ばれてくるのが分かる。外へ出るとアイちゃんが恥ずかしそうに待っていた。1年の間に随分と成長した。にこやかな笑顔が可愛い。近くのホテルにチェックインして、隣のロビンソン百貨で夕飯を食べる。お土産の傘を渡すととても喜んでいるアイちゃん。

 

夕飯が終わると彼らはミャワディに戻っていく。一応国境の閉鎖時間もあるので、長くは一緒にいられない。昨年は私が国境を越えて行ったが、今回はちょっと顔を見るだけ、ということで、明日またこちら側で会う約束をして別れる。それからスーパーを見てみると、意外なほどの品ぞろえがあり、思わず好物のビスケットを買ってしまった。

 

8月6日(月)
メーソットで一日

翌朝はホテルでゆっくり朝食をとる。このホテル、最近できたばかりでデザインが面白い。Wi-Fiも問題ないし、朝飯もそれなりでよい。そのまま散歩に出た。実は昨年もメーソットには来たが、街をゆっくり歩くことはなかった。アイちゃんは午前中幼稚園なので、ちょうど時間が出来たわけだ。

 

いくつかの大きなお寺がある。これはタイ式なのだろうか、ミャンマー式もあるのだろうか。私には判別できないが、意外と規模が大きい。お堂でお祈りする。1年前同様に何もない街でも寺参りで充実する予定だ。小さな市場などもあったが、既に朝の商売を終えて休んでいる。私はパイナップルが食べたくなり、買い食い。これもまたタイ旅の楽しみ。ホテルの横はバーになっていたが、何とスパイダーマンと仮面ライダーがいた。

 

昼になるとアイちゃんたちがやってきて、去年も行った庭がとてもきれいなタイ料理レストランで食事をした。ここの料理は全て美味しい。ススはもう美味しいものしか食べないようだ。もうすぐ4歳になるアイちゃんは底抜けに可愛いポーズをとっている。写真が好きらしい。

 

スス一家は特別ライセンスでメーソットには自由に入れるが、メーソットの街で行ける範囲は時々変わるらしい。昨年行ったお寺には行けないというので、中国寺院に行ってみる。彼らミャンマー人にとっては、どれでも信仰の対象となり、まずはミャンマー式のやり方でお祈りしている。私は日本式でする。ここにも沢山の華人がいるのだろう。

 

夕方、ロビンソンデパートのゲームセンター?でアイちゃんを遊ばせる。暇があれば一日中遊んでいるというから元気だ。ここで30分、滑り台をしたり走り回ったり。ミャワディの友達も来ているようだった。運動した後は飲み物、ということで、ドリンクスタンドで飲み物を買って飲む。今やタイではドリンクの種類が非常に多く、抹茶と書かれているものも沢山あった。

 

その後ススが従業員のご飯の材料などを買っている。ミャンマーよりタイの方が安くて質が良いらしい。そんなミャンマー人のために、道路沿いには大型スーパーやホームセンターなどが並んでいる。取り敢えず来た時に買いだめする、ということらしい。最後にピザ屋で晩御飯を食べる。このピザ屋、今タイでは人気があり、出店が加速しているという。確かに手ごろな料金で、まあまあうまい。ここで時間切れとなり、アイちゃんとお別れして、一人ホテルに戻った。

 

8月7日(火)
スコータイへ

翌朝は雨模様だった。朝ご飯を食べるとタクシーを呼んでもらい、古いバスターミナルへ向かう。昨年もここを使ったので、その近さは分かっており、運転手が100バーツというのを50バーツに値切る。運転手もあっさり応じる。まずはロットゥでタークへ行くのも昨年と同じ。昨年はそこからソンテウで南下してカンペッペへ向かったが、今年はすぐにロットゥを乗り換えてスコータイに向かう。

タイ中部横断の旅2018(3)ヤワラーでリベンジを図るも

そこからスクンビットまで出るには通称赤バスが便利。だがこのバスがなかなか来ない。向こうの方に1台停まっているから、故障でもしたのだろうか。やっとのことでトンロー駅まで来て、BTSでアソークへ。こちらで以前お茶会会場を貸してもらっていたOさんと久しぶりに会う。

 

バンコックの人材派遣業にとって、この3年間の変化は大きかったようだ。日本企業も現在はサービス業の進出が中心。景気の割には給与も上がっているようだ。日本の大手派遣会社がどんどん出てきても、それでも地道にやっているところが凄い。相変わらず就職希望で活気があるオフィス。

 

帰りにアソークの交差点に差し掛かると、何やら人が並んでいた。数年前ここがデモ隊に占拠されたことを思い起こしたが、どうやら赤信号の間にパフォーマンスする企業の宣伝か、またはYoutubeなどへの動画配信を目論んだ仕掛けのように見えた。まあ平和なことは悪いことではない。

 

8月4日(土)
ヤワラー2

いつもの朝のルーティンをこなし、一昨日も行ったヤワラーへ。一昨日の活動があまりにも不本意だったのでリベンジ。今回はちゃんとバスに乗り、ワットトライミットで降りる。この寺は黄金仏で有名で観光客が多い場所。基本的にこういう寺には行かないのだが、今日はある目的があった。

 

それはここに華僑博物館があるというので、ヤワラーの華僑の歴史を勉強するためだった。日差しの強いワットトライミット、黄金仏を見学するだけなら40バーツだが、博物館に入るには更に100バーツ掛かる。これでは興味のない人は仏様を拝んで退散だ。私がこの仏を拝んだのは、恐らく20年以上前、折角なのでまずは上まで登って参拝する。そしてこの寺院の由来などの展示を簡単に見る。

 

その後で2階に戻り、博物館に入る。ここに入ってくる人は殆どいない。1-2時間に1度、説明フィルムの上映もあるが、その時間ではなかったので、まずは展示物を見る。1800年前後、ラマ1世の時代に、首都建設のために中国系に土地を与え、その貿易による経済力、労働力を活用したのが、ヤワラーの始まりだった。その後歴代の王様と協力して、バンコックを発展させていった様子が窺える。特にコメ貿易で財を成した華僑が多かったようだ。最後に私一人のために紹介フィルムを上映してくれた。

 

そこから久しぶりに三馬に行ってみる。相変わらず中国語は通じず、片言の英語で応対される。ここには包種茶はないかと聞いてみたが、話が通じない。後ろの表示を見ると、武夷奇種があったので、そのお茶を見せてもらったが、特別水仙と書かれており、値段も高かった。むしろ横にあった茶が台湾から来た緑茶だ、と説明されており、こちらが包種茶かもしれない。

 

それからフラフラと歩いていると、文山包種という文字がいきなり目に飛び込む。そこにあった茶荘、中にいたおじさんに中国語で話しかけたが、あまり要領を得ない。ただよくよく見ると、パッケージに有記銘茶の文字があり、おかしいなと思う。おじさんは『ここが有記銘茶だよ、台湾にもあるだろう』と言っているが、俄かには信じがたい。それでも最後に奥から出してきた包種茶の包装はどこか台湾ぽいので、なぜだろうとは思う。この店に関しては後日確認したいと思っている。

 

いつも街歩きはサンダルなのだが、突然履いてきたサンダルが壊れてしまい、往生した。雑貨屋や服屋はいくらでもあるのに、サンダルを売っている店がなかなか見つからない。片方の足を引きずるようにして、探し回り、ようやく新しいものを手に入れた頃には、かなりの時間が経過しており、疲れ果ててしまった。

 

またもや不完全燃焼の中、何とかバスに乗り込み、帰る。だがこのバス、エアコンバスなので行先を車掌に言って切符を買うのだが、私が場所を言うと『そこには行かないから降りろ』と言われてしまう。私はこのバスに何度も乗っていて、よく分かっていると英語で言ってみても埒が明からない。横のおじさんが助け舟を出してくれるも、車掌のおばさんは頑として聞き入れない。最後はとにかく乗せてくれ、とお願いして、何とか切符を買わせてもらう。英語おじさんが言うには『あんたの下りたい場所は、このバスの停留所から歩いて7分はかかるから』と説明され、本当にあきれ返る。タイ人はなぜ歩かないのか。

 

8月5日(日)
お茶会2

翌朝は宿をチェックアウトして、荷物を持ってお茶会会場に向かう。今日は何とMさんの家が停電だとかで、急きょ会場を探してくれたようだ。そこは以前話を聞いたことがあるサロンで、広々としていた。だがやはりここでもプロジェクターとPCの接続で手間取る。最新のPCと数年前のプロジェクターでは、接続口などが異なっているのだ。

 

それでもなんとか接続し、お茶会はスタートした。今日は休日で、一昨日より多くの人が来てくれた。何とその中には偶々バンコック旅行に来ていた、熊本県荒尾在住の人までいた。よほど熊本にご縁があるようだ。話は一昨日と一緒だが、その中に昨日のヤワラー体験なども盛り込んでみたが、どうだったろうか。

タイ中部横断の旅2018(2)バンコックで行く懐かしい場所

8月1日(水)
昔を思い出す1日

翌朝は天気が良かった。毎朝恒例8時からのコーヒータイムでYさんから最近のタイ情報を仕入れる。以前はカフェラテだったが、今はアメリカーノのホットに変わっている。健康を気遣う歳なのだ。そのまま私は朝ご飯を食べに外へ出る。もう定番となっているコムヤーンだ。これにモチ米、カオニャオを付けて僅か45バーツ。こんなに幸せになれる朝ご飯はない。

 

部屋に戻って何だかやっているとすぐに昼が来て下に降りる。Yさんが、遠出するので、と言ってバイタクに乗る。歩いても僅か10分以内のところを歩かないんだな、タイ人は。周囲のランチにあまりに飽きてしまったので、少し遠くの店に来たのだが、特に大きく変わり映えのする料理があるわけではない。まあ気分転換とはそんなものだろう。

 

午後はそのバイタクに乗ってスクンビットまで出た。さすがにスクンビットまで歩いていく気力は今の私にはない。懐かしいカフェにそのオーナーを訪ねた。ここでは昔お茶会をやり、茶旅の報告を行っていた。元々は日本人向けのカフェでカラオケもあるが、最近は日本人以外のお客が増えているようだ。

 

それからエンポイアムでYさんと待ち合わせして、IPhoneを買いに行く。これは一昨年と同じ行動。今年になってスマホが急に壊れ、慌てて台湾で中古を買ったのだが、折角なので、新しいのを買い直そうということにしたのだ。タイ語が出来る上、スマホに詳しいYさんの助けは必須だった。

 

前回は安いスマホがあったのだが、今回同じ店に行ってみると、新しい機種は日本とそれほど変わらない値段になっている。型落ちの品でもそれほど安いとは感じられない。この2年の間に、バンコックの消費力はやはり向上しているのだろうか。それでも日本で買うと色々と制限が掛けられている可能性があるので、比較的安めのものを購入したが、次回はもっと安い中国製スマホに切り替えた方がよいようにも思う。

 

夜はターミナル21の様子などを見に行ったが食べたい物もなく、宿へ戻る。途中にパッタイ屋があったので、そこで夕飯を済ませたが、その先の屋台で豪快に鶏肉を焼いているのが目に入り、思わず2本も買い食いしてしまう。僅か20バーツ、そしてこれがまた美味い。

 

8月2日(木)
ヤワラーへ

翌日はコーヒータイムの後、チャイナタウンヤワラーへ向かった。バス一本で行けると思ったが、そのバスを見逃してしまい、別のバスに乗ると大渋滞の上、MRT駅近くには停車せず、大混乱。ファランポーン駅からバイタクでヤワラーの通りまで出る。何だかぼられた気分。

 

明日はお茶会もあるので、ネタになりそうなお茶を買いに行くと、いつものお茶屋に息子がいて中国語が上手い。取り敢えず南港茶と書かれたものを購入する。その後も資料はないかと本屋を覘くが前回同様目ぼしいものはない。何だか思いのほか疲れてしまい、何もしないまま、飯だけ食って、ヤワラーを後にする。

 

午後は休養することにした。よく分からないが疲れているようだ。日本に比べれば、すごく暑いとは感じないバンコックではあるが、どうやら先日の関西旅行のツケが回ってきている。こういう時は大人しくしているのが一番だ。明日のお茶会の準備でもしようか。

 

8月3日(金)
お茶会1

翌朝は早めに起き、体調を確認する。いつものコーヒータイムを終えて、そのままタクシーに乗り込み、トンローに向かう。Mさんの家で開催されるバンコック茶会、一体何回開かれたんだろうか。毎回なぜかPCとテレビ画面の接続に苦労しているが、今回も何とか繋がる。

 

このお茶会、1年ぶりに開かれるが、毎回来て頂く常連さんと初めての方とで、良い感じで続いている。正直お茶とのご縁が少ないバンコックで、台湾茶の歴史の話をしてもどうかとは思うのだが、普段はほぼ聞く機会のない話ではあるので、偶には良いのかもしれない。次回はぜひタイのお茶の歴史、をお話ししたいと思った。

 

今回もヤワラーのお茶を出したり、台湾とヤワラーの繋がりを紹介してみたが、やはりご当地話の方がウケは良いし、話に入り易い。いずれにしてもいつも通り2時間があっという間に過ぎていく。因みに参加者の自己紹介をお願いしようと思いながら、全然できていないのは、私の困ったところだ。今回参加者の中にも、あとでFBを見たら、熊本県山鹿市出身の人がいた。山鹿は明治初期、日本で初めて紅茶伝習所が作られた場所だ、と伝えるべきだった。

 

お茶会参加者にランチに誘われた。会場のすぐ近くには日本食屋も沢山あるが、そこに最も勢いのある居酒屋チェーンが、プレミアムな居酒屋をオープンさせ、豪華なランチを提供していた。もう安いだけでないバンコック、このような試みは興味深い。そしてゆったりと美味しいランチを堪能する。

タイ中部横断の旅2018(1)バンコックに様々な変化が

《タイ中部横断の旅2018》  2018年7月31日-8月23日

最近の旅はお茶の歴史に追いまくられており、自由気ままな旅が少なくなってきていると常々感じている。そんなことではいけない、と思い、昨年タイを自由旅行してみたところ、これが存外面白いことを発見。今年もその続きをしようと思い、バンコックまで飛んでいき、その後タイ中部を横断してみた。こんな旅は今後もやめられそうにない。

 

7月31日(火)
1. バンコック
バンコックの変化

タイにいつ行くか、その決断が遅れて、いわゆる夏休みシーズンに入ってしまい、航空券が跳ね上がっていた。こんなに高いなら行かない、という選択肢もあったのだが、まあ許せる範囲で、LCCノックスクートというのが出てきたので、試しに乗ってみることにした。ドムアンへ向かうフライトは以前エアアジアに乗ったことはあるが、スクートの直行便は初めてだった。

 

朝10時成田発に乗るため始発電車で空港へ行くと、午前7時ではまだ空港もあまり動きだしていないので、それほど混雑もなく比較的スムーズに事が運ぶ。成田のLCCチェックインと言えば時間が掛かり過ぎという印象が強いが、今日はそれほどでもなかった。出国を済ませると、吉野家が見えてきたので、見てみると、メニューがただの定食屋になっており、朝から1000円も出して食べるか、と思ってしまう。これも一つの企業努力だろうが、どうなんだろうか。

 

スクートに実際に乗ってみると、機体は787型で新しく、明るくて、予想外に快適だった。乗客はタイ人の方が多いかな。食事など出なくても、毛布などなくても、これなら今後はこれに乗ればよいか、と思ってしまう。数時間ぐっすり寝込んでいると、午後3時にはドムアンに降りるのだから、便利は便利だといえる。

 

ドムアン空港の国際線に降りるのはかなり久しぶりだった。過去にイミグレでいちゃもんを付けられるなど、実はあまりいい印象の無いこの空港だったが、今回はスムーズだった。シムカードを買いに行くと、スワナンプーン空港よりなぜかだいぶん安い。本当に同じカードだろうかと疑ってしまうが、結果として普通に使えた。さすがLCC用空港だ。

 

空港からのシャトルバス、以前は一路線だったと思うが、いつの間にか5路線に広がっている。この辺の顧客対応も進んでいた。私はいつものように30バーツでA1に乗り、チャドチャックパークで地下鉄に乗り換える。地下鉄に乗ると何だか違和感がある。よく見ると車両の真ん中部分には座席がなく、皆立っているのだ。確かに朝夕のラッシュ時には乗り切れない乗客で溢れていたので、ここでも対応策を実施したのだろう。1年バンコックに来ていないと色々な変化に気づかされる。

 

非常にスムーズに定宿に辿り着いたが、ここにも変化があった。昔あった売店が無くなり、セブンイレブンになっているではないか。喉が渇いたのでドリンクを探すと何と『静岡茶』の文字と富士山の絵が見える。そういえば地下鉄の動画コマーシャルでもこんな文字が浮かんでいたような。

 

無糖と微糖の2種類あるが、静岡のお茶屋さんが提供しているとある。飲んでみると、渋みなどが全くなく、タイ人用に作られていることが分かる。おーいお茶などとも明らかに違う。よくよくパッケージを見るとイチタンの会社名がある。やはりあのタン社長が仕掛けたのか。1本30バーツ、果たしてタイ人にウケるだろうか。因みに夜スーパーのテスコに行ってみたら、微糖しか置いていなかった。やはり客層というものもあるのだろうか。

 

セブンでもらったタイバーツのおつりを何気なく見たら、紙幣に見慣れない顔が描かれていた。新国王の新紙幣だった。コインも調べてみると、新しくなっていた。タイは徐々に新しくなっているのだろうか。街中その辺では、未だに前国王の写真などが沢山見られるのだが、この辺の変化もちょっと気になる。

 

腹が減ったので早めの夕飯を取る。店はいつもの爺さんのところ。爺さん、85歳になっていたが、十分元気だった。奥さんがいつものメニューを作ってくれ、何とも安らぐ。100バーツお任せディナー、腹がきつくなることは十分に分かっているのだが、止めることができない。ここには変化は見られなかった。ごちそうさま。

 

尚定宿の最大の弱点だった、部屋でWi-Fiが使えない問題も、何と一応解消されていた。パスワードが与えられ、何とか繋がる状態となったのは朗報だ。但し1つのパスワードで1つのデバイスしか使えないという不便さはある。まあその内これも解消されるのだろう。何となく変化の多いバンコックの一日目はあっさりと暮れていく。

バンコック ヨーガの旅2016(11)お茶会、マッサージ、そして空港で

ワット・ボウォーンニウェートの外に出ると、大きな木があった。王様もこの木を眺めただろうか。大ぶりの花が咲いていた。私は花には疎いのだが、何だかいい光景だな、と思ってしまう。そこで深呼吸して歩き出す。タイの人々も新たな一歩を歩み出しているのだ。

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カオサンに臨時バスターミナルが出てきていた。そこからバスがどんどん出ている。私は来たのと同じバスに乗車した。ここから出るバスは殆どが今日は無料らしい。往復約2時間、無料の旅になった。客待ちしているロットゥもどうやらお金は取らない。更にはバイタクさえもが、無料で近くまで送ると言っている。皆の顔が慈愛に満ちている。何とも不思議な世界を見ているような気分になる。

 

宿の近くに戻ると3時になっていた。実は王宮には食べ物が沢山あったが、私のような部外者が、ここでご飯を頂くのはどうかと思い、遠慮して飲み物だけにしたのだが、一気に世俗に戻ってしまい、腹が減る。タイの有り難いことは、どんな時間でも食事をしている人がいて、食堂が開いていること。

 

Kビレッジに行けば何かにあり付けるだろうと出掛ける。さすがに人は少ないが、それでもお客はいる。リンガハットなどは夕方5時までランチを提供している。私は不謹慎にもいつものようにとんかつが食べたいな、と思ってしまい、以前行った店を探したが、既にラーメン屋になっていた。

 

バンコックのラーメン屋は飽和状態、と聞いて久しいが、まだ出てきているのか。同時にとんかつは有名どころも出そろい、厳しい競争に晒されているようだ。実は無くなったと思っていた店は2階の広いスペースから1階の見つけにくい小さなところへ引っ越していた。しかもメニューはカツだけでなく、様々な日本食を組み合わせている。10月の王様逝去以降、消費が落ち込んだと言われているが、このケースはそれとは無関係だろう。結局無難な大戸屋に入る。ここもどこででも見掛けるタイのチェーン店になっている。

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126日(火)
お茶会して空港へ

前夜は、食事をせずに部屋でゆっくり過ごした。そして翌朝慌ただしく出発の準備をして、8時過ぎにいつものようにYさんを訪ねたが、まだ来ていなかった。この宿はYさんが予約してくれたが、代金を受け取るのをすっかり忘れていたようだ。コーヒーを飲みながら、タイ情勢について少しだけ話をしたが、チェックアウトの時間となる。

 

今日はバンコック茶会。以前より主催してくれているMさんの家へ向かう。実は今回の一番の目的はMさんに預けていた茶葉を引き取ることだった。もう1年以上、置きっぱなしで申し訳ない。折角なので、数日後にあるエコ茶会セミナーの予行演習的位置づけで、台湾茶についてお話をしてみる。

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初級編という訳にはいかず、ちょっとマニアックな場所のお茶が出てくるので、初めての人は戸惑っただろう。お茶の分類、製法の違いなど、昔のバンコック茶会でやっていた、中国茶の基礎を知る、をもう一度やるべきかもしれない。そして美味しく、楽しく、がよいかなと思う。

 

大学の後輩で、中国でお茶を習っていたHさんも参加してくれたので、彼女にお茶を淹れてもらう。参加者の顔ぶれもかなり変わり、初めての方が増えた。バンコックの駐在員も少しは減る傾向にあるのだろうか。若い人が増え、家族帯同が減った、との話もあった。またインドネシアやインドなど、周辺国へ移動になるケースもあるという。バンコックから拡散していく、それは何を意味しているのだろうか。

 

荷物があるのでMさんの車で送ってもらいながら、きれいなタイ料理屋さんでランチを食べる。最近はオシャレなお店が増え、そういうところが賑わっているらしい。ガイヤーンやソムタムがきれいなお皿に盛られ、タレも3種類ついてくる。これでサービスがよければ最高だが、会計の時に隣の伝票と間違えて渡される。私はタイ語が読めないから、そのまま払ったが、確認は必要のようだ。

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宿でMさんをYさんに紹介した。元々ご縁はあったのだが、直接会ったことがないという。朝はゆっくり話せなかったが、結局ここでまた話ができた。巡り巡って世は流れていく。今晩午前1時の便なので、暇になる。少し肩が凝っているので、宿のマッサージに初挑戦した。

 

取り敢えず足マッツサージをやって夕飯を食べようと思ったが、余りに気持ちよくなりウトウウト。最後に肩を揉んでもらうと、『硬すぎるだろう』と言われ、そのまま全身マッサージに移行してしまった。ヨーガ合宿に行っても、既に出来てしまった日頃の肩こりは治らなかったようだ。勿論マッサージ1回で治るとは思えないが、実に良い時間つぶしになった。2時間合計で680バーツはお値打ちだろう。

 

タクシーで空港に着くとヨーガ合宿で一緒だったUさんから、『待っている』という連絡が入る。だが私の乗る便は1時間ほどディレーしていた。通常より少し遅れてチェックインが始まり、何とかUさんと合流。30分ほどお話して彼女は関空へ向けて去っていく。私の便はディレーしたが、何とか北京空港での乗り継ぎにも間に合い、無事羽田空港に到着した。

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ところが荷物がなかなか出て来ない。何とタッグの一部が見事に切り取られていたのだ。何故?思わずそこにいた職員に聞いたが埒が明かない。仕方なく外へ出て電車に乗ると、何とスーツケースの取っ手が壊れていた。後でエアチャイナに電話して、証拠写真などを送ると、弁償金が支払われるという。そのお金は次回の搭乗時に受け取ることになった!

バンコック ヨーガの旅2016(9)ワット・パンニャーナンダラームから娑婆へ

124日(日)
8日目

ついに別れの朝が来た。瞑想、アーサナ、朝ご飯とルーティーンをこなすと、もう荷物を持ってチェックアウト。今日は日曜で、講義と実習はお休み。校外学習として、「ワット・パンニャーナンダラーム」というお寺を見学に行く。それが終わったところで、私は本体を離れ、バンコックに戻っていく。

 

先日のロットゥが迎えに来ていた。私の他にバンコック在住のIさんと、今日東京へ戻るFさんが荷物を持って出てきた。残りの人は今日もここへ戻ってくるので軽装だ。まあ、今日もお寺に行くので服装は黒か白中心。1週間ぶりに娑婆に出た。太陽の日がまぶしく感じられた。

 

我々は外へ出ようと思えば、この船で渡ってすぐに出られるのに、私には全くその気はなかった。必要がなかったということだ。この付近は植木や花を売る店が沢山あるが、そこに並べられている木や花が何とも人工的なものに見えてしまうのは、この合宿の一つの成果だろうか。

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ロットゥはまた小1時間走って、お寺に着いた。5年前にも来ているはずなのだが、何だか大きな塔が建っていて驚いた。この建物の印象はない。その内側の建物もとても大きくて立派。少なくともお寺に来たという感じはまるでない。お坊さんに案内されて、その仏塔を見学したが、あまりの暑さにひるんでしまった。ここはもうワンサニットではなく、都会なのだ(郊外のはずなのだが)。

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さらに奥に入っていき、別の場所を見学。屋外にシートを敷いて沢山の人が座っていた(それでも前回に比べると少なく感じられたが)。向こうの方に講和をする和尚さんの姿が見える。もう終わりかけているのだが、我々も呼びだされ、和尚にご挨拶した。5年前より若返っていた。皆で記念写真を撮る所がタイらしい。因みに和尚の横に座れるのは男性だけなので、期せずして座る。この辺に掟がある。

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それが終わると、ランチの時間だ。タイのお坊さんは午前中しかご飯が食べられないので、急いでご飯の給仕場に並ぶ。その後に我々が外国人ということで優先的に並ばせてもらう。後から来て申し訳ない話だ。前回は沢山の屋台が出ており、麺などを頂いたが、今回は食事場所が統一されて、きれいになっていた。屋台もタンブンの一環と聞いていたが、殆どがこの給仕場に集約されてしまったのだろうか。

 

食事は実に豊富で、肉が入っているものもある。私は久しぶりなので美味しく頂いたが、お寺で肉食、と感じた人もいただろう。ベジタリアンの人など、肉を取らないように気を付けていた。それにしても沢山の人が食事をしている。ある意味でバンコックに住む人の週末の娯楽の一貫のように見える。

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前回はお坊さんが時間を取ってくれ、我々の質問に答えてくれたが、今回は代替わりして、それはなかった。それからも寺院内施設を見学する。描かれている絵を見ながら解説が加えられ、週末23日でステイできる庫裏が紹介される。確かに週末だけここで一人の時間を過ごすのは悪くないかもしれない。でも子連れの人もいたが。

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前は工事中だった、池のほとりに立つ建物。その中にはブッダの姿が刳り抜かれた壁がある。これを眺めていると、何となく自分は物が見えていないな、と感じてしまう。何故だろうか。何とも不思議な壁である。池には魚が沢山いて、餌を蒔くとすごい勢いで寄ってくる。水しぶきが上がって濡れてしまうほどだ。

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そして別れた。取り敢えずロットゥに乗り、大きな道まで出たところで三人は降りた。残念ながらバンコックへ行く方向は反対なので、荷物を持って陸橋を渡る。階段を降りるとちゃんとタクシーが待っており、何と市内まで行ってくるというので一安心した。市内は混むので途中で乗り換えろ、というのが多いらしい。

 

バンコックに戻る

Iさんは途中で降りていく。彼女が居なければタイ語が通じないので、我々の行先を運転手が焦って確認していた。Fさんは今晩の夜行便で帰るので、それまでプロンポンあたりでマッサージかショッピング。彼女はまだ若いが、やはり色々とあり、久々にこの合宿に来たらしい。1時間ぐらい車の中で話を聞いていたら、何とエンポリアムに着いてしまった。日曜日の夕方だからかなり混むと予想していたのに。やはり王様のご逝去と関係があるのだろうか。

 

私は定宿へ向かった。フロントには新しい人がいたが感じは良かった。部屋もいつもと同じ番号だ。だが部屋に行くと、何と机がなかった。驚いてフロントで行くと若い男性が部屋まで付いて来て、スマホで写真を撮り、すみません、と日本語で言って、手配してくれた。何故机を動かしたのだろうか。これだからタイは面白い。

 

それから1階に洗濯物を出す。ここのおばさんとも顔馴染みであり、すべて任せられる。干す暇はないので乾燥までやってもらうが、それでも130バーツで出来るからうれしい。それから空港で買ったシムカード、10日間は無制限に使えると書いてあったのに、昨日から速度が極めて遅くなっていた。近くのテスコにあるAIS店にそれを持っていき、確認。新人女性は頭を傾げたが、ベテラン男性はあっという間にそれを解消した。と言ってもやはり無制限ではなく、今回は1GBだけ無料となったが、今後は金がかかるらしい。

バンコック ヨーガの旅2016(8)合宿の効果

そういえば、ワンサニットにミャンマーの坊さんたちがやって来た。ミャンマーと言えば、タイよりさらに保守的な仏教国であり、これまで多くの僧侶を見てきたが、今日やって来た彼らは若者が多く、皆がスマホを持ち、思い思いに庭の写真を撮っていた。そのはしゃぎぶりがおかしくて、『やはり本国では相当に抑圧されているのだな』などと勝手に思ってしまうほどだった。

 

聞くところによれば、ドミトリーの2階を占拠して、朝早くから夜遅くまで物音や話し声が煩かったらしい。まるで高校生の修学旅行のように思えた。ワンサニットの土ハウスにはスーチー女史の肖像画なども架かっており、ここはミャンマーと何らかの繋がりをうかがわせた。

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合宿の残りをも少なくなり、楽しみな夕飯の回数も見えてきた。今回の参加者はグループ化することもなく、各人が好きな場所に座るので、私も時々位置を変え、色々な人と話してみた。いつものことではあるが、実に様々な体験をしている人の集まりで、普通の日本人のグループとは会話もちょっと違う。それが何とも面白い。今回は来年インドを目指す人たちもいて、勉強には熱が入っている。不真面目なのは私だけだった。

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夜のビデオは最終回、中国・台湾編。段々日本に近づいてきており、参加者の感想も具体的になってきて、失った家族の話や実際の寺との関係などが語られた。正直私は『日本人はなぜ、自分のことより人のことを先に考えるのか』という課題を持っていた。仏教でも『まずは自らを』という上座部の方がどうしてもよく見えてしまい、困っていた。

 

今回の5回シリーズで仏教伝来の流れが見え、なぜ日本の仏教はこうなのか、これも一つの仏教なのか、といった疑問にある意味のヒントが出てきたように思える。『日本人自身、気が付かないうちに、そういう考えを持っている』ということなのだ。色々と戒律はあるのだけれど、仏教はこうでなければならない、ということがない。

 

中国に入った仏教は中国的に、台湾では台湾的に、現地との融合を経て、発展してきた。権力者が統治しやすい道具、という側面もあったかもしれないが、個々の人に心に根付くものがあったのに、私にはそれが薄かったから分からなかった、ということかもしれない。この問題は引き続き、見ていかなければならい。私が『なんか変だよ、日本人』と思ってしまう部分が、他人から見えれば『なんか変だよ、お前は』ということになっているようだ。

 

123日(土)
7日目

何だか来た頃より気温が上がっているように思える朝。早起きにも慣れ、瞑想中の正座にも少しは慣れ、こんな生活なら快適な心身が保てそうだと思う。私にとってのこの合宿の最大の効果は『規則正しい生活』『べジの食事』『文章を書かない』『朝から晩まで忙しいことによる、快適な睡眠』にある。これらがあると、体は確実に好転していくことを経験から分っていた。

 

僅かな時間に散歩するのもとてもよい。自然の中に身を置くと、非常に安らかになる。そして一転、講義では頭を働かせ、また実習でリラックス。そして食べたいだけご飯を食べ、昼寝をし、時には参加者の話を聞く。もう一つ大切なことは一緒に参加している人々かもしれない。よいメンバーに恵まれれば、それだけ効果が高いことも間違いはない。願わくば、もう少し男性がいて欲しい。

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男女にかかわらないが、特に男性は会社勤めなどで、『心の動作不良』を起こし、うつになるケースがある。『体の不安定、呼吸の乱れ』などで自律神経失調症などに見舞われていることもあり、それをずっと我慢していることがある。早目に切り替えるべきだが、学んだことはその解決の1つになるかもしれない。まあ、ここは病院ではないので、予防的な意味合いで基本的なヨーガの原理を知ることはよいかと思う。

 

夕飯に美味しそうな麺が出た。もうすぐこれが食べられなくなるかと思うと、ちょっと寂しい。インドなら『明日は出所だ』などと楽しみに思うのだが、ここタイでは、離れがたい気分になる。皆さんの合宿はもう少し続くのだが、私は明日で一足先に失礼する。因みにここの費用は実費、共通費用は概算で割り勘するのだが、とてもリーズナブル。そして講師への謝礼はダーナ方式。いくらお渡しするかは自分が決める。私もお茶会や報告会でこのダーナを採用してみたいと思っているが、どうだろうか。

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夜のトラータカではついに今回も全く涙なし。いかなる緊張が入っているのだろうか。体はアーサナでかなり緊張がほぐれるようになってきたというのに。今晩はNHKの別の番組、インドのチベットと呼ばれるラダック編を見る。ラダックにはもう6年も前、流されるように行ったことがある。

 

インドでありながら全くインドではない場所。チベット仏教がそのまま残った街。日本の仏教が葬式仏教になってしまったのと対照的に、ここでは僧侶の中で医師の役目を果たす人がおり、病人の面倒を見る。人が死ぬ間際もやってきて、より良き来世を祈ってくれる。そして死者に対する対応も独特だった。富士山ほどの標高にあり、過酷な条件で生きていく人々、そこに真の生活を見る思いがした。

バンコック ヨーガの旅2016(7)人生論、社会論へ

講義の中に『折角人間に生まれたのだから、無駄にしてはいけない』というのがあった。昨日のカヴィー先生の授業の中でも『人間に生まれ変われる可能性は相当低い』という話しが出ていた。生まれ変わりを信じるとしても、何に生まれ変わるのかを選択することはできない。そこで現世でよい行いをする、徳を積んで置かないと今の位置もキープできない、という話になるのだが、理屈では分っても、この辺がどうも我々にはピンとこない。

 

『瞑想により海馬を休め、脳を最適化する』『常に初期化することで苦痛から解放される』、うーん、どうなのだろうか。このあたりになると、自分で実際に体験してみないと理解できないのでは、と思う。まあ、確かに寝ている時が一番幸せ、というのは何となく分かる気がする。

 

『三昧』という言葉も出てきた。これは『精神を集中し、雑念を捨て去ること』という意味かと思うが、それが『読書三昧』のように、『一心不乱にその事をする』という意味で使われ、ついには『したい放題』という意味の『贅沢三昧』となり、意味不明の『中華三昧』になっていく。日本語とはなんと面白い物か。

 

三昧とは『サマーディ』。サマーディは『Integration of Personality』と教わったが、それをきちんと理解するには至っていない。ヨーガを行う目的はここに達することなのか。更には涅槃、ニルヴァーナ、煩悩の無い境地に達することなのか、そんな日は来るのだろうか。ただA師は『我々は時々涅槃を通り過ぎることがあるが、短くて気が付かない』とも言っていた。なんだろう、このモヤモヤ。

 

夜のビデオは4回目のタイ編。男子は一生に一度は出家する、というタイの習わしについて。実は親、特に母親の孝行のために男の子は出家するようだ。20年前は3か月企業を休んで出家が許され、復帰後は会社での仕事ぶりもよくなるような話だったが、今では3か月も有給休暇をくれる会社はないのではないか。これが撮影されてすぐに起こったアジア通貨危機で、タイも根本が揺らいだように思う。現在はミニマムの2週間ということで、出家者も出家しやすい環境ではなかろうか。

 

家族がバラバラになり、不良息子が出家して、厳しい修行をしている場面も出てくる。母親も寺に入るが、タイでは女性の出家は認められていない。一見皆が楽しそうに生きているタイ社会だが、その陰では様々な問題が起こっているのは、どこでも一緒だろう。バンコックの観光寺院ばかり見ていても、何もわからない、と強く感じる。

 

夜中、激しい痒みに襲われた。ここ数日、何となく感じてはいたのだが、起きだしてしまうほど痒い。これは恐らくはダニだろう。昨年ミャンマーの列車の中で大いに刺され、その痒みと戦った記憶が蘇る。ダニに噛まれた跡が、足に数か所残っていた。この跡は、当分消えない。そして断続的に痒みが襲ってくる。これも一つの修行だろうか。まあ、なるようにしかならない。

 

122日(金)
6日目

生活は規則的になり、体はかなり軽くなってきたと実感できるが、痒みが取れない。集中力に欠ける。今朝もボーマンダウティがあったが、どうもうまくできない。唯一の得意技のはずだったが、集中力の無さが災いしたのか。うーん、どうしたものだろうか。食欲だけは衰えず、よく食べる。

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講義では『職場全体のマインドフルネス』。職場の雰囲気がよくなり、生産性が向上するという話が出る。これこそは今の日本の会社、いや日本社会に必要とされているものではないか。世間では『癒し』などが求められているが、学校や会社ではいじめも横行し、他者を排除しようという動きが目立つ。経済が低迷する社会では、特に日本のような細かいことが気になる社会では、重要だと思われる。

 

またまずは『自分を傷つけないことが、他人を傷つけないこと』に繋がり、『自分に正直であることが他人に誠実である』ことになる、との話も出た。『自分がやりくりできないものまで背負わない』ことも重要であり、『何も持たないのが理想』ということには大いに共鳴できる。『知足』といった、自らの欲求不満は自ら止める、大脳が何かと邪魔をするので小脳以下の機能を最大化するのがよい、など、実にためになる。もうこれは単なるヨーガの講義ではない。

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午後この合宿の常連、タイ在住20年を超えるIさんがやって来た。彼女とは前回の合宿で知り合い、その後もお茶会などを通じて仲良くしている。流ちょうタイ語を話し、ヨーガや仏教にも関心が高いことから、お寺見学の通訳も務めている。彼女が来るとズバズバいうので、話が面白くなる。またタイ人の視点で語ってくれるのが実に参考にもなる。

 

本日はこの合宿始まって以来のサウナの日である。庭にある小屋から煙が立ち、準備ができていた。前回はこれに入って見たのだが、今回は遠慮して、水シャワーで済ませた。何だか楽しそうにしている女性ばかりのところに入っていくのも気が引けたし、何より暖かい風呂?に興味が無くなっている自分に気が付いた。これはどうしたことだろうか。日本で冬の寒い時以外は湯船に浸からなくなって久しい。勿論サウナは別の効果もあり、入っておくべきかもしれないが、気分的にノー、だった。

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