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タイ南部を歩く2019(5)ハジャイへ、そして国境へ

8月13日(水)
ハジャイに戻る

翌朝雨は降っておらず、ホッとする。バスターミナルへの道をどのように行くかが気がかりだったのだ。ホテルで車を頼むと高いだろうと思い、近所でトゥクトゥクを探す。待合場所に車はあったが運転手がいなくて焦ったが、すぐにやってきたので、それに乗ってターミナルへ向かった。これも僅か50バーツで済む。

 

予約したハジャイ行きのバスは10時にきちんと出発する。さすがに乗客は半分ぐらいだろうか。大型バスで座席もゆったりしており、ミニバスより快適に過ごせる。バスは先日スラッタニーから来た道をひたすら逆走する。半島横断のところにはプーケットまで200㎞の表示がある。プーケットから飛行機という手もあったかな、とは思うが、それもまた遠い。

 

このバスはあまり停まらないで、どんどん進んでいく。風景は特に見るべきものもなく、途中から寝入る。半島の反対側に辿り着き、南下を開始する。その頃ようやくトイレ休憩があったが、食事休憩は何と午後3時ごろになっていた。そこで軽く麺をすする。本当にハジャイまでは遠かったのだと実感する。そしてスラッタニーからハジャイまで思い付きで行ったことが嘘のように思える。

 

スラッタニーなどの街には寄らず、国道本線をひた走る。さすがに車内にじっとしているのは退屈になる。途中工事などもあり、車が渋滞していつハジャイに着くのか心配になる。日は傾き、そして落ちていく。列車で北上した場所を南下しているのだろうが、もうどこを走っているのかさえ、分からなくなる。そうして9時間かけて、ついにハジャイの郊外までやってきた。

 

荷物はあったが、大丈夫というのでバイタクを拾って、駅まで行く。意外と距離があるんだな。これも60バーツ。そして事前に下見した駅にあるステーションホテルにチェックインした。かなりたくさん部屋があるようだが、泊っている人は多くはない。部屋は結構広いが特に備品は何もない、殺風景な部屋だった。それでも電気ポットもあるし、Wi-Fiの問題もないので便利である。何より明日列車に乗るのは何とも楽だ。

 

兎に角腹が減ったので、前回行った食堂へ向かう。何と団体客で満員だったが、端っこに座り、海南チキンライスを食べる。この団体、年寄りの華人が多いが、態度がかなり横柄な人がおり、従業員も困っていた。言葉が通じると途端に横柄になる人、日本人にもいるな。

 

8月14日(木)
アロースターヘ

翌朝は列車の音で目覚める。如何にもステーションホテルだ。今日乗る列車は午前7時半に出るので、7時過ぎまでゆっくりしてからチェックアウト。そしてそのまま切符を買い、ホームへ向かえるのが何とも良い。でも、なぜかこの列車、電光掲示板には表示されていなのでちょっと不安になる。

 

だが列車は既にホームにあり、すぐに乗り込めた。マレー系と思われる人々がかなり乗っており、これがマレーシア方面に向かうという雰囲気を出していた。車体は前回乗ったのと同じかな。固い椅子席に座る。定刻には出発して、すぐにのどかな田園風景になる。昨日の疲れもあり、ウトウトしているといくつか駅を過ぎる。

 

パダンブサールという国境の駅に着いたが、殆どおりない。ここはタイ側の駅であり、マレーシアに行く人はマレーシア側のパダンブサールで乗り換えなければならない。この辺は知らないと焦る場面だ。同じ名前の駅が二つあるのは、何ともややこしい。そしてハジャイから40分ちょっとで、マレーシア国境まで辿り着いた。

 

駅を降りると、そのホームから直接、タイ出国審査が受けられるようになっている。更にはそこを越えて少し行くと、今度はマレーシア入国審査まで受けられる。初めての外国人はちょっと戸惑うが、何とも便利である。無事マレーシアに入国すると、2階に上がり、チケットを買いに行く。私はマレーシアリンギを持っており、アロースターまで簡単に買える。

 

多くの乗客はクアラルンプールまでの早い電車に乗るため急いでいるが、私が乗るバターワース行きはさっき行ったばかりで約1時間待ちとなる。KL行きが出てしまえばのどかな駅となる。外に出ることも可能だが、国境以外何もなさそうだったので、待合室で待つ。ようやくやってきた電車はコミューター。確か佐賀県あたりで何回も乗った車両に似ている。ハリラヤ避難のタイ南部の旅は予想外の展開となったがこれで終了した。

タイ南部を歩く2019(4)ボートに乗ってミャンマー コータウンへ

8月12日(火)
コータウンへ

翌朝は一転、よく晴れていた。ハジャイに戻るのは明日にしていたので、今日はダメもとでミャンマーを目指すことにした。というのは、ホテルのフロントの感じの良い女性に聞くと『ここからミャンマーに渡るのは、今は雨期だからダメで10月以降解禁だ』と言われたからだ。

 

まずはどうやって港まで行くのか。ネットで検索すると、ソンテウの番号まで出てきたので、市場まで歩いて行き、それを探す。運転手に『ミャンマー』と叫んでみると、これに乗れ、と指さされたので、ソンテウに乗り込む。一緒に乗っている人々はほぼミャンマー人だったから、彼らについて行けば何とかなるだろうと思った。

 

30分ぐらいでソンテウは港に入った。乗客はどんどん降りて行き、向こうで待っているボートに乗り込んでいく。なんだ、誰でも行けるんだ、と安心したが、私はタイを出国しなければならない。イミグレオフィスはすぐ横にあり、そこに入っていくと『あなたはここに戻りもう一度タイに入国しようとすれば、これで今年2回目の陸路入国になるので、今後は陸路では入れませんよ』と念を押される。こんなことは初めてだが、承諾する以外に出国の道はない。

 

手続きが済むと、ボートの客引きがやってくる。どれに乗ってよいか分からず、とりあえず聞いてみると、100バーツだという。もっと安いボートはないかと聞いたが見つからず、適当に乗ったボートは客が集まらず、なかなか出発しない。他のボートはお客までが客引きして、出発を早めようとしている。

 

ようやく出発すると、助手の男がすぐに身分証を回収する。私のパスポートも預けたが、彼はずっとそれを手に持っており、落としはしないか気が気ではなかった。出発してすぐにボートのチェック基地があり、そこを過ぎると30分ぐらい揺られていく。天気が良いので特に心配はないが、海が荒れたら大変だろうな。

 

コータウンの港に着くと、乗客は我先に陸に上がり、そのままどこかへ姿を消してしまった。私は周囲をキョロキョロしたが、イミグレが見付けられず、オロオロする。密入国になってしまうではないか。何とか建物を見つけてパスポートを差し出すと、パスポートのコピーが必要と言われ、表に出てコピーして戻る。この間も入国手続きしていないのに、自由に歩き回る。もう密入国だ。

 

日本人はビザ免除なので、すぐにハンコは押された(以前は日帰りビザで10ドル支払っていたらしい)が、『いつ帰るんだ』と聞かれ、今日と答えると、何と2つハンコが押してある。『帰りはここに来なくていいよ』と言われ、すでに出国のスタンプが押されていることが分かる。何と合理的な、いやずさんなイミグレだ。ここは完全に自己責任型なのだと理解し、密入国者はいとも簡単にできる、ことも分かる。まあ国内に手引する人がいなければすぐに捕まるだろうが。何故タイの国境付近の警備が厳重化、その理由が分かったような気になる。

 

街を一周してみたが小さなところだった。取り敢えず腹が減ったので、食堂に入る。汁なし麺を頼むとこれが予想外にうまい。スープは別についてくる。そしてティーミックス。甘いがとてもいい。店の人々は華人のようだが、英語も話すので助かる。手持ちのミャンマーチャットで支払う。

 

小高い丘に登り、全体を見渡してみたが、やはり海に張り付いた狭いエリアに住居が見える。向こう側の丘には寺院が見えたので、そこまで歩いて行ってみる。この登りは意外と疲れる。しかも雨が降った後なのに、寺に入るには靴も靴下も脱がなければならず、ちょっと困る。

 

市場の中も歩いてみたが、茶葉を見ることはなかった。発酵食品系の物は色々とあり、興味深い。スーパーがあったので、そこでティーミックスを買い込んだ。私がミャンマーに来た目的はこれだったのか、と思ってしまう。でも暑い国を歩いていると無性に飲みたくなる。コーヒーではないのだ。最後は歩き疲れて休むために食堂に入った。肉まんを食べて、コーラも飲んだ。

 

僅か3時間の滞在でコータウンを離れることにした。帰りのボートを探していると、すぐに出るというのがあったので乗り込んだ。ところが乗客は私一人。大丈夫かと思っていると、ガソリン代がないから金をくれという。渡さなかったら、知り合いのボートからガソリンをとって自分のボートに入れている。ちょっと危険を感じたが、結局何事もなくラノーンまで戻ることが出来た。

 

一応入国スタンプももらい、またソンテウに乗って帰った。まさにショートトリップの国境越えだった。市場でまた腹が減り、麺を食べる。鶏肉入りで具沢山の麺、これが実にうまい。また食べたいな、と思いながら、宿に戻り休息する。夕方外へ出たが、目的はTシャツを買うこと。それを終えると、おばあちゃんが鶏肉をいい匂いを出して焼いていたので、思わず買い込む。1本5バーツ。安くて旨い。

タイ南部を歩く2019(3)雨のラノーンで温泉

ラノーンで

そのバスターミナルはとても寂しいところだった。バスもほとんどいないし、タクシーもいない。ソンテウに声を掛けられたが、どこへ行くのか自分でも分からない。この近くにホテルがあったのをバスから見ていたので、今晩はあそこにしようと歩き出すが腹が減って動けない。ちょうど麵屋があったので何とかエネルギーを補給する。

 

そのホテルは古びており、フロントには親切心が全くない、珍しいホテルだった。その割には700バーツもしたので、すぐに後悔したが、まずは休息が先決。その後暗くなる前に一応小雨の中外へ出てみる。ここはラノーンの郊外だから、街がどこにあるのか確認してみた。

 

歩いて10分ほどで到着。かなり小さなところだが、古びた中に、大きめの市場があり、ミャンマーへ運ばれるだろう物資が積まれていて国境貿易の感じはある。やはり国境の街なのだ。ちょうどよさそうなホテルもあったので、明日はここへ移ろう。ふらっと一周して、宿へ帰り着くころには真っ暗だった。

 

8月11日(月)
温泉、そしてホテルチェンジ

翌朝は雨が止んでいた。兎に角このホテルからは撤退したいと思い、昨日見たホテルにネットで予約を入れた。ただすぐチェックインできないので、先にバスターミナルまで歩いて行き、ハジャイに戻るバスの時間を確認し、そのチケットを購入した。戻れることがはっきりしたので安心したところ、ちょうどバイタクがいたので、温泉まで乗せてもらった。50バーツ。

 

バイクは郊外の道を少し走り、山に入っていく。そしてすぐに温泉に到着した。川沿いに湯気が上がっている。ここは完全な観光地となっており、料金を払わなくても足湯に浸かれる場所がいくつもあった。珍しく足湯してみる。しばらくそうしていると体がポカポカしてくる。今日は結構涼しいのだが、汗が出てきたので上がる。

 

勿論有料の温泉場もあり、また最新式のSPAもあるようだ。私は川沿いを散策する。とても気持ちがよい。お客もちらほらいる程度だが、皆車で遊びに来ており、私のように足がない人はいないようで、バイタクすらいない。仕方なく帰りは歩いていく。それでも30分もあれば宿にたどり着く。

 

部屋で荷物の整理をしているとまた雨が降り始めた。フロントにタクシーを呼んでくれるように頼むと一言『この街にタクシーはない』というではないか。そんなことがあるのか、と聞き返すと『英語は分からないからタイ語で話せ』と言って取り合わない。これは困った。この雨の中、荷物を引きずって30分も歩くことは出来ない。

 

すると別の男性がやって来て、『俺が何とかする』と言ってくれたが、『本当にこの街には通常のタクシーはなく、もし知り合いに頼めば法外な料金を取られる。ここは我慢してバイタクで行くのがよい』と説明する。本当に仕方なく、雨の中バイタクの後ろに跨り10分乗って行った。

 

傘を差すこともできずに、ずぶ濡れになってホテルに着く。料金は60バーツ。フロントに駆け込むと何と『午後2時までは部屋に入れない』というではないか。だがここはさっきのホテルとは違う。服が濡れているなら、2階のジムで着替えて、と言ってくれる。優しい。ジムに行くとすぐに対応してくれ、更にちょっと筋トレを始めると僅か20分ほどで、部屋の用意が出来たと案内がある。このサービスは嬉しかった。このホテルが元はこの街一番だったことはよくわかる。

 

部屋はそれほど大きくはないが、居心地は良かった。窓から外を見ると、雨で池が増水していたが、雨自体は止んでいたので、急いで外へ出て食べ物を探す。通りにガバオライスの店があったので、そこでようやくランチにありつく。ところが食べている最中に強烈な雨が降り出し、座っているテーブルたりまで吹きこまれる。20分ほどして弱くなったので傘をさして逃げかえるが、その道には水が溢れていて、かなり濡れてしまった。

 

私は何でこんなところへ来てしまったのだろうか。その雨は夜まで降り続いており、夕飯を探しに外へ出るのは諦めた。ホテルの1階で売っていたパンを食べて過ごす羽目になった。外にいる時、バナナが目に入ったが、一房が多過ぎ。半分にカットして売って、とお願いしたが、ダメと言われたのは何とも恨めしい。

タイ南部を歩く2019(2)トランへ行くはずがラノーンへ

8月9日(土)
山田長政はどこ?

私がこの辺鄙な?ナコンシータマラートに来た理由、それは『山田長政が死んだ場所』と聞いたからだった。アユタヤなどには日本人町が作られ、山田の名前も出てくるのだが、彼の最後の地がここだ、というのは意外だった。それも殺されたのだ、と言われると、興味を持ってしまった。

 

まずはホテルに付いている朝ご飯を食べる。昨日はあまり食べていなかったので、カオトームの他、パンも食べてしまう。団体客は既に食べ終わって去ってしまったらしく、ゆっくり食べられてよかった。それからすぐに外へ出て、この街の散策を開始した。ここにはバスはないらしいので、歩きか。

 

最初に行ったのは宿の近く。古い仏塔があったが、観光地ではないらしく、説明書きすらない。そこから広い通りに出ると、ソンテウが走っており、博物館まで行きたいとスマホを見せると、運転手が頷いたので乗り込む。ここのソンテウ、全て10バーツらしい。バイタクより便利で、本数も多い。

 

博物館は5㎞ぐらい離れていたが、通り沿いだったので助かる。かなり立派な建物だったが、私が知りたい山田長政に関するものは勿論、その時代の展示もほとんどない。タイでは山田は知られた存在ではなかったということだろう。この街が中世の重要貿易拠点だったことは確かのようだ。展示物はかなり多いのだが、他の都市の博物館にも大体ある仏像などを眺めて過ごす。

 

それから歩いて、観光のメインと言われているワット・プラマハタートに向かう。その隣にも興味深い寺があり寄り道する。ワット・プラマハタートは確かに立派なお寺で、その仏塔もなかなか見ごたえがある。寺院内の立像もその輝きがかなり立派でしばし立ち止まる。

 

その後、またソンテウを拾い、城壁まで運んでもらう。その昔の城壁の一部が残っており、堀で仕切られていた。城壁横の廟もかなり美しい。ちょうど何か祈りが行われており、坊さんたちが食事中だった。そのままフラフラ歩いて宿方面へ帰る。昼食の場所を探すのも大変で、何とか麵屋を見つけて飛び込む。

 

宿へ帰って午後どうするか考えていると、突然強い雨が降り出して外出できなくなる。ちょっとしたスコールだろうと思っていたが、雨は3時間以上降り続き、結局午後の散策話になってしまった。夕方は未だ小雨が降っていたが、今度はこのホテルに向かって車が大挙してなだれ込んでくるのが窓から見えて驚く。どうやらここで結婚披露宴でもあるらしい。この雨の中、着飾った人々が次々に中に入ってくる。私は益々外に出られない。

 

ようやく雨が止んだのを見計らって表へ出た。とにかく何か食べたい。辺りは既に暗く、飢餓感に追い打ちをかける。昨晩とは違う道を歩いて行くと、何だかきれいな食堂が見えた。ただメニューから注文する方式らしく、タイ語が分からず注文が出来ない。そこの若者は英語ができたので、炒飯と言ってみると、おしゃれな炒飯が登場した。ここはバーにもなっているようだが、料金は普通の食堂並みで有難い。

 

8月10日(日)
トランへ行くはずが

幸い雨は降っていなかった。朝食後にチェックアウトして、道を歩き出す。今日はトランへ行くつもりだが、バスターミナルまで歩いては行けなさそうだったので、バイタクを拾う。ヘルメットを渡され、ちゃんと被ったつもりが、何と途中で抜け落ちてしまう。後続車に被害がなかったからよかったが、かなり焦る。

 

ホテルのフロントで『トラン』と言ってみたが通じなかったので発音が難しいことは分かっており、何べんも練習してきた。ターミナルの人にその成果を披露すると、すぐに通じて、チケット窓口へ案内され、120バーツ支払ってチケットをもらい、ミニバスに案内された。運のよいことにすぐに満員になり出発した。

 

ところがどう考えても行く方角が違う。最初はこちらの方から行くのが早いのだろうと思っていたが、スマホ地図で見ると完全に反対方向で、北上しているのだ。それに気が付いてもどうすることもできない。途中で降りても厄介なので、まあ到着するまで待つしかない。チケットもらっても、ミニバスの車体を見ても、タイ語が読めなければ、何の意味もない、とわかる。

 

2時間後、スラッタニーに着いた。こんなことが世の中にはあるんだな。この街は昨年訪れており、ターミナルの様子などには見覚えがあった。だがここで見るべきものはもうない。どうするか、戻るか。その時急にひらめいた。そうだ、ミャンマーへ行こうと。唐突だが、この半島の反対側にラノーンという温泉で名高い街があり、そこからミャンマー最南端に行けると聞いていた。時間的な余裕もあるので、この際ポジティブ思考、この間違いを利用して行ってみることにする。

 

聞いてみると30分後にラノーン行きがあるという。トイレに行くだけで食事もとらずにそのミニバスに乗り込んだ。そこから北上して、更に半島の山道を延々と横断し、更にまた反対海岸を北上。4時間ほどかかって、何とかラノーンに着いた。正直ナコンシータマラートからトランまで2時間以内の旅を想定していたので、合計6時間以上はかなり疲れてしまった。

タイ南部を歩く2019(1)ハジャイからナコンシータマラートへ

《タイ南部を歩く2019》  2019年8月7-14日

マレーシアを旅していたが、ちょうどマレー系最大の祭りの一つ、ハリラヤの休みにぶつかった。この休みでは2年前、東海岸でひどい目に遭ったので、一度タイに脱出することを思いつく。ペナンから車で4時間、国境を越えて6年ぶりにハジャイに来た。後は風任せの旅になる。

 

8月7日(木)
ハジャイで

小型バスはハジャイ市内に入る。バスターミナルで西洋人を下ろし、後は中国人2人を駅前のホテルまで運ぶ。その途中に私が予約したホテルがあった。そこは元々フランス系ホテルだったが、今は撤退してタイ資本になっていた。とにかく直前割引で安かったので、泊ってみようと予約した。

 

確かにロビーなどは立派で、部屋も眺めは良かったが、何しろ古い。まあこの料金だとこんな感じだろうか。ペナンのホテルよりはマシかもしれないが、朝食も付いていないし、2度は泊まらないだろう。このホテルの下の階はモールになっており、地下にはスーパーも入っていて便利ではある。

 

周囲は繁華街で、賑やかだ。まずはシムカードを買わないと話にならないのだが、ちゃんとホテル近くに旅行者用シムを売っているところがあった。イスラム教徒の女性、英語も通じる。8日間、13GB 、299バーツは安い。腹が減ったので近所で鴨肉麺を食べる。懐かしいタイの味がして、思ったよりうまい。ここの店員は華語をちゃんと話す。やはりこの辺の言語仕様は、マレーシアの影響を強く受けているということだろう。

 

駅も近いので、明日の電車の時間を確認する。インフォメーションでは、きちんと英語で教えてくれた。ちょっと疲れたので午後便でナコンシータマラートへ向かうことにした。この駅、ステーションホテルも併設されているのが目に入る。今度泊まってみようかと考えて、一応料金を確認した。

 

それから街の散歩に出たが、それほど見るものもなく、1時間ほど歩いて宿に帰る。この街は6年前、ソンクラーに行くために泊まったことがあるが、その時も印象は殆どない。単なるマレーシアへの中継地ということだろうか。暗くなってから夕飯を探す。意外とうまい肉と野菜があったので、ご飯をもらってその食堂で食べる。宿の前に人だかりが出来ている。何かと思ってみると、ドリアン祭りでいくつもブースが出ており、ドリアンを買う人でごった返していた。勿論ホテルへのドリアン持ち込みは禁止だ。

 

8月8日(金)
ナコンシータマラートへ

翌朝はかなりゆっくり目覚める。ベッドは悪くないので眠りは深かったかもしれない。11時頃まで部屋でグダグダしてから、外へ出て昼ご飯を食べる。今日は豚足飯だ。ここのタイ人も片言の華語を話している。タイもこのくらい言葉が通じると楽なんだがな、とつい思ってしまう。

 

 

午後1時に宿を出て、駅に向かう。駅では普通車の切符を購入して、ホームに入る。1時40分ごろ来るはずの列車は一向に来ない。反対ホームにはバンコックから到着した列車が停まった。こちらのホームには、飲み物や食べ物を売る人々が何人も待機している。1日中、ここにいるのだろう。

 

ようやく乗るべき列車が来たのは30分以上遅れてから。そして出発時点では50分遅れていた。これがタイ国鉄だ。固い座席、乗客は多くはないので、一人で占領して外を眺める。お客にはマレー系の人もいる。外は延々と、畑か林が続く。駅があっても、どこが駅か分からない場所すらある。これは確か、ミャンマー南部でも見た光景だなと思い出す。途中パタルンという大きな駅を通過したが、それ以外は本当にのどか。

 

 

 

景色も変わらず、3時間も乗れば飽きてくる。その頃バンコックへ向かう列車との別れ駅に着く。何時目的地に着くんだろうと不安に思い始める。それから1時間は意外とスピードが出て早かった。1時間ぐらい遅れていたのだが、最終的には20分ぐらいで済んでいる。それでもまあ、よくここまで来たな、という感じだ。

 

ナコンシータマラート駅は小さくはなかったが、駅前にはあまり店も見えなかった。既に暗くなり始めたので急いで宿を探すが、やはり1㎞くらい歩かないとないらしい。何とか歩いて行くと、そこそこ立派なホテルが見え、600バーツと書かれていたので、そこへ飛び込む。すると後ろから観光バスが停まり、大勢のタイ人がこのホテルに入った。昔はいいホテルだったんだが、というあれだ。

 

部屋などには特に文句はない。急いでまた外へ出て夕飯を探す。こういう田舎町では夜7時を過ぎると食べ物屋が全て閉まることも考えられる。というか、駅から歩いてきた道に食べ物屋は一軒もなかった。結局駅まで戻るも何も見付けられず、その横道にあった麵屋で食べた。何となくかなり寂しい街に来てしまった、という印象だ。

 

 

ボルネオ探検記2019(12)KKの暇つぶし

遅い夕飯を探しに出る。1軒、とても繁盛している店があったので入ってみる。そこはインド系の店であり、ローティーと鶏肉煮つけを食べることにした。味は悪くないが、何しろあのサンダカンの食堂を思い出してしまうと、どうにも味気ない感じがするが、どうすることも出来ない。夜は重ね着して、震えながら?寝る。

 

2月27日(水)
KKの暇つぶし

翌朝はゆっくり起きた。外気温が上昇すると部屋の寒さは気にならなくなる。ホテルに付いている朝食をこれまたゆっくりと食べる。今日の深夜便で東京へ向かうので、食事を含めた時間配分、バランスが重要となる。午後1時のチェックアウトまではゆっくりと部屋で英気を養う。

 

午後1時の日差しは強い。昼ご飯を探して歩いてみると、これまで見なかった大型海鮮レストランなどが目に入ってくる。一人旅の欠点は、海鮮などを食べることが出来ないことだろう。最後の食事もやはり市場脇の海南チキンライスだった。ここのチキンは大きく、かなりいい味出していた。

 

実は昨晩、ホテルに戻った時、何気なくツアーデスクに立ち寄った。明日の午後、いかに暇をつぶすかの参考にしようと聞いてみたところ、何と『午後2時出発で午後10時に戻るツアー』があるというのだ。このプランは時間的に私にとって最適。ほぼ何も考えずに申し込んでしまった。しかしよく考えれば190MRのツアー料金は決して安くはない。暇つぶしなら、マッサージなどの方が安上がりだったかもしれないと若干後悔したがもう遅い。

 

午後2時前にホテルに戻ると、ツアーガイドが私を見つけてミニバンに送り込んだ。既にマレー人のおばさんが一人で乗り込んでいた。それから韓国人の若者を拾い、最後に郊外のホテルからドイツ人一家を連れだした。そのまま車はひた走り、1時間後にトイレ休憩を入れて、約2時間で目的地に到着した。

 

そこは地図で見ると、すでにブルネイ国境に近いようだ。なんでこんな所まで来てしまったのかと考えても仕方がない。まずは川辺の家で、ティータイムが始まる。ここで出された菓子や麺は、意外なほどうまく、子供たちも喜んでいた。少し日が傾いた川を眺めていると、小型ボートがやってくる。

 

ボートには我々の他、中国人の団体が乗り込んできて満員となる。ボートは川沿いに少し行き、いきなり停まると2人のガイドが何かを指さしている。英語と中国語、どちらも猿と言っているのでよく見ると、木の上に猿が何匹もあり、自由気ままに遊んでいる。そこで初めてこのツアーが猿を見るためのものだったと知り、ちょっと愕然とした。しかしボートは数か所に停まり、その都度猿を眺め、写真を撮る。最後に夕日を写真に収めて終了。

ボートは先ほどの家に戻る。そこには夕飯が用意されている。我々3人は黙々とそれを食べた。ドイツ人の子供たちも食べられそうなものを頬張っている。そして頃合いを見計らってガイドが合図し、またボートに乗る。中国人も乗せ、先ほど猿のいた場所へ戻っていく。

 

そこでは息を飲んだ。無数のホタルが木々にまとわりつき、光を放っている。ガイドは365日のクリスマスツリーと表現しているが、確かに見事なイルミネーションだった。台湾などでもホタルを見たことはあるが、時期が限られている。ところがここでは雨さえ降らなければ毎日このような光景が見られるというから驚きだ。ライトは全て落としていることから、写真を撮っても何も写らない。見上げると夜空の星も負けじと輝いている。

 

そんな光景を20分ほど眺めてから、ボートは戻り、我々は暗い桟橋を落ちないように歩き、ミニバンに乗り込んだ。猿を見て、ホタルを見るだけのツアーだったが、何となく面白かった。また2時間かけて、KKに引き返す。ガイドは途中で降りて帰宅する。ちょうど午後10時前、ホテルシャングリラに戻って来た。完璧な暇つぶしだった。

 

ホテルで荷物を引き取り、トイレに行って、着替えをした。暑いKKから真冬の東京へ戻るのだから、それなりの装備は必要だ。タクシーで空港に到着すると、深夜便は何本もあり、意外なほどに乗客がいた。出国審査などは早めに済ませて、座って待っていようと思ったが、どこも満員で、かなり端の方に席を見つける。

 

それから搭乗時間までPCをいじっていた。搭乗の合図が出たのでゲートへ行くとなぜか大行列が出来ている。仕方なく列の後ろに並んでいると、日本人が割り込んで前に進んでいくではないか。何と礼儀の無い日本人かと思っていたら、何と私が並んでいたのは上海行であり、東京行きの搭乗は既に終わっていた?らしい。ミリ空港だけではなく、KKの、それも国際線でも、こんな混乱を起こしているとは正直信じられない。

 

機内は半分ちょっとの乗客でゆったり。機体は新しくて快適。既に深夜1時、日本時間3時なのに、夕飯が出る。それを少し食べて目をつぶると、離陸体制に入っている。僅か5時間で成田に到着する。行きのKL行きの8時間、遠かったな。今回の旅はちょっと冒険があり、何とも楽しいものだった。

ボルネオ探検記2019(11)ミリで

ミリ散策

もう昼を過ぎていた。腹が減っていたので外へ出る。さっきから感じているのは、ブルネイにはなかった漢字の看板の波。なぜか漢字の看板を見るとテンションが上がり、ホッとする自分がいる。不思議なことに、カフェと書かれた店の中に幾つもの屋台が出ている場所があった。1つずつ見ていくと突き抜ける。裏には野外の席が沢山あり、オーダーしてそこで食べる方式らしい。一番手前の海南チキンの店から取り寄せたが、ものすごく丁寧に英語で対応してくれた。味もよく、値段もブルネイを考えれば安くて、感激する。皆が楽しそうにランチを食べていた。

 

そのまま歩いていると、海沿いに出た。ミリのウオーターフロントと書かれている。大きなホテルも建てられており、意外と近代的だった。ミリの街は思っていたより大きく、歩いていてもなかなか終わりは来ない。そして目に付くのが、コインランドリー。中にはお菓子から日用品、草花の苗まで何でも自販機で売られている、珍しいコインランドリーすらあった。それにしても洗濯好きなのか、それとも物臭なのか。

 

小さな市場が街外れにあった。午後で魚もほぼ無くなっており、店仕舞いだ。その隣にはお寺があり、この辺も華人の雰囲気が感じられる。よく見えればいくつかの建物に中華商会やら福建会館などの表示があり、ここもやはり華人中心の街のように思える。今日は曇りで歩きやすかったが、疲れたので宿で休む。

 

夕方、スーパーに飲み物を買いに行く。マレーシア、キャメロンハイランドのボーティーが沢山売られている。リプトンなどの紅茶もあるが、ここではサバティーは見られない。なぜか日本の玄米茶も売られている。スーパー全体の品ぞろえは、やはりブルネイより多いし、安い。ブルネイの人がミリに週末買い出しに来る、という話もよく分かる。

 

夕暮れ時、またウオーターフロントへ行って見る。ちょうど夕日がとっぷりと暮れようとしており、そこに航行する船が重なって美しい。日が暮れてしまうと、何だか寂しい街だ。食べようと思っていた食堂も早々に閉まっていた。仕方なく、ホテルの前の屋台街でナシゴレンをゆっくり食べる。

 

2月26日(火)
KKへ戻る

この旅も10日を過ぎて、そろそろ疲れのピークが来ている。それでも腹は減るので外へ出た。昨日の昼を食べた食堂で、内臓系の入った乾麺を注文する。結構暑いミリでこれを食べると、何ともひんやりして美味だ。これからは汁面だけではなく、乾麺も愛用しようと思う。

 

それからミリ郊外に向けて歩き出す。途中に和服女性がほほ笑む、ブルネイ航空の日本直行便就航の宣伝を見る。ミリからブルネイに入り、そこから日本へ向かうとは、何だか夢のような気分だが、よく考えてみれば、それほど遠くはないのかもしれない。更に歩いて行くと、大きな公園があり、立派な図書館が見え、官庁の建物もあった。広々とした空間で気持ちはよいが、人影は殆どない。

 

部屋で少し休んで、午後1時には荷物を預けてチェックアウト。今日は夕方の便でKKへ戻るのだが、それまでの暇つぶしをどうするか。取り敢えず昼ご飯を探すと、カヤトーストの店があり、風もよく抜け、居心地もよいので、そこにずっと居座ることにした。PCをいじりながら、時の経過を待つ。

 

午後4時にホテルに戻り、タクシーを呼んでもらって空港に向かう。ここの空港もそれほど遠くはないが、バスで行く方法もない。25MRで到着。ミリの空港も小さく、時間を潰す場所もない。今回もエアアジアに乗る。やはりマレーシアの国内線は料金、時間共に、エアアジアが一番便利になっている。サンダカンの教訓を生かして、チェックインはスムーズだった。

 

だが搭乗時の列の作り方が分かりにくく、マレー人が私に聞いてくる始末だから改善の余地は大いにある。更には搭乗アナウンスがあり、チケットチェックが終わってさあ搭乗という時になり、我々が乗る飛行機から乗客が降りてきて、こちらはそれを見ながら20分もの間、立って待っているとは。こんな空港、エアライン、見たことがない。いくら小さな空港だと言っても、こんなサービスは頂けない。

 

フライトは40分ぐらいでKKに到着した。もしブルネイからバスに乗ってKKに行くなら、飛び地を通るので何度も出入国を繰り返して、8時間ぐらいかかると聞いていたが、ミリからのフライトがこんなに近いとは。KK空港ももう3度目で慣れているが、空港バスは1分差で行ってしまい、午後8時の最終バスまで40分も待つのは面倒なのでタクシーに乗る。

 

今晩の宿はホテルシャングリラ。あのシャングリラグループより前にあった老舗ホテルらしく、郊外に立派なシャングリラリゾートが2つもあるのに、街中で堂々と営業している。ロビーでは中国人観光客が大声で話し、煩い。部屋はきれいに見えたが、何とエアコンの調節が出来ない。係員を呼んだが、『ここは古い設備でセントラルシステムだから、風の方向を変えるぐらいしかできないよ』と寂しそうに言う。

ボルネオ探検記2019(10)突然のクアラブライト、そしてミリへ

クアラ・ブライトで

車でバンダルスリブガワンを離れた。あっという間でよく分からないうちに逃れ出た感じだ。車は真っすぐ高速道路のような、滑らかな道を進む。意外と速度制限を守らない車が多い。最近はネズミ捕りの機械も導入されているとか。1時間半後に、セリアというイギリス軍基地付近に着いた。基地内に侵入して?そこのスーパーへ。イギリス軍関係者向けの物が売っているということで買いに来た。やはりブルネイの買い物事情はそれほど良くないようだ。

 

この辺でマレーシア行きのバス停を探すと、もう国境に近いクアラ・ブライトにあると地図が示している。そこまで車で約30分、街に入るところで長距離バスとすれ違う。何とかバスターミナルを見つけたが、バスはいない。小型バスの運転手は寝こけており、たたき起こして聞くと『ミリ行きのバスは10分前に出たぞ、今日はもうない』というではないか。さっきのバスだったんだ。タッチの差で逃してしまった。何と1日2本、バンダルスリブガワンから来るバスしかないのだ。

 

一応タクシー会社にも聞いてみた。60BD出せばミリまで連れて行くというが、私の腹はここに1泊と決まっていた。Aさんは心配してくれたが、明日のバスは確実にあるし、未知の街に泊まるのはちょっとワクワクするからよい。バスターミナル近くにあったホテルに飛び込み、Aさんとはここで別れた。ホテル代は75BDだが、タクシーに乗るよりはマシで、しかも部屋はかなり良く、ベッドがフカフカ。Wi-Fiもサクサク。フロントの対応もとても良いので気に入ってしまった。

 

夕方、クアラ・ブライトの街を散策する。地球の歩き方にも載っていない街だ。平屋の家がゆったりと建っている、とても落ち着いたいい雰囲気。海沿いに行くと、海風が心地よい。家の前を掃除している華人のおじさんが、丁寧にあいさつしてくれる。何とのどかなところだ。きれいなモスクも見える。平和とは何か、を考えた。

 

そういえば今日ブルネイを出るつもりだったので、ブルネイドルをそれほど持っていないことに気が付く。勿論日曜で両替は出来ないので、明日のバス代も考えると節約が必要。ちょうど市場があり、美味しそうなものを売っていたので買い込んで部屋で食べる。僅か3BD。地元の人もたくさん来ていたから、これが一番いい夕飯なのだろう。

 

食後、暇なので洗濯に出る。サンダカンで一度洗濯しただけだったので、ちょうどよい。ここのコインランドリーは機械がキレいだ。だが料金はマレーシアのほぼ倍、しかもコインは専用コインで、両替しすぎて困る。すると隣にいたおばさんが、引き取ってあげるというではないか。そこへ続々と洗濯する人が現れ、満員盛況となる。ブルネイ人はなぜこんな快晴の日に、夕方コインランドリーで洗濯するのだろう。一種のコミュニテー化している。順番待ちしながら井戸端会議か。

 

2月24日(月)
ミリへ

翌朝は雨が降っていた。7時半に朝食に行くと、ビュッフェではなく、セットメニューを選ぶ方式だった。そしてボリュームある熱々の朝食が出てくるのでこれもよい。何だかこのホテル、とても満足度が高い。バスは9時半に来る予定だが、念のため9時過ぎにはターミナルで待機せよ、とフロントが言うので、そうしようと思ったが、ものすごい雨が降っていて荷物を持って出られない。するとボーイが荷物を持ってくれ、ターミナルまで誘導してくれた。これもとてもありがたい。

 

バスはいつ来るのか。おじさんが寄ってきて『今からミリに行くけど、バス料金払ってくれれば乗せていくよ』と誘ってくれた。だがそれではここまで苦労した意味がない。バスに乗りたいと断ると怪訝な顔で去っていく。ここでバスを待っていたのは白人のおばさんと私だけだった。バスは9時半前にやって来た。

 

バスの乗客は白人が数人だけ。このバスの利用者は本当に少ない。15BD。バンダルスリブガワンから20BDと聞いていたから、ここまで来てもあまり節約にもならない。雨は上がっており、バスは快調に国境を目指す。30分ぐらいで国境に着き、まるで我々専用かと思うイミグレで出国手続き、続いてマレーシア側へ行き、入国手続きを済ませる。週末は混んでいると聞いていたが、閑散とした国境、人の気配はなかった。

 

バスはそのままミリに向かって、田舎道を走り続けた。そして郊外のターミナルで停まる。ここから路線バスで市内へ行きたかったが、基本的にないようで、仕方なくタクシーに乗り込む。ここでもミリホテルを指定する。20MR、ブルネイ感覚からすると安い。20分ぐらいで市内に入り、すぐにミリホテルに到着した。

だが、ミリホテルは正直かなり古く、リノベーションもしていない安ホテルだった。それでもフロントの対応は悪くないので泊まることにする。1泊80MR。久しぶりに昔のタイの安宿などを思い出す。ミリの街にはあまり人影もなく、落ち着いているというより、ちょっと寂しい雰囲気だ。

ボルネオ探検記2019(9)突然の出会いから急展開

2月22日(土)
市内に戻るも

翌朝は建国記念日で、年に一度市内の広場に王様がお出ましになると聞いていた。普通の観光客なら年に一度の機会だから無理しても見に行くのだろうが、ものすごい人出になること、朝が早いことから、この折角の機会をパスして、ゆっくりした。まずは周囲の散策。ただこの辺には特に見るべきものもなく、祝日の朝ということか閑散としていた。朝ご飯もまた昨晩食べたレストランで取る。ここで出される朝食が全て少しずつ入っているスペシャルを注文。朝から豪華な気分に浸る。

 

部屋の居心地が良かったので、そのまま昼のチェックアウト時間まで、ブルネイからの脱出?手段などを考えつつ、ダラダラと過ごす。市内中心部に戻るにはまた55番バスを待つ。意外なほどすぐにやってくるが満員。パキスタン辺りから来た労働者だろうか、すぐに荷台にスペースを作り、座らせてくれた。

 

バスターミナルまで戻り、また両替所を覗くと休み。その付近の店も多くが開いていない。周辺には出稼ぎ労働者らしき人々が大勢屯している。取り敢えず予約しておいた前のホテルに再チェックイン。だが早過ぎると言われ、荷物を預けて外へ出る。どこへ行こうかと迷ったが、確かブルネイには世界に2つしかない7つ星ホテルがあると聞いており、暇だからそこを見に行こうと考えた。

 

ところがバスを待っても全然来ない。ようやくやってきたバスはすぐに満員となり、乗る気が失せてしまう。そこで昨日閉まっていた歴史センターを再訪するも、今日も閉館。確か昨日おじさんが明日来い、と言っていたのに、と言っても始まらない。建国記念式典会場もほぼ片付けが終わり平常に戻っている。ホテルの北側に立派な華人学校があるのを見て、ホテルに帰り部屋で休む。

 

何だかブルネイに来てから、ツイていないことばかりのように思える。だが裏を返せば、それほどに私は何も知らずに、マレーシアの続きだ位の感覚で、初めての国に気軽に来てしまったともいえる。これはある意味で危険な兆候だろう。中東や西アジアならもう少し慎重に調べをしてから来ただろうか。

 

夕方外へ出たが、どうもブルネイではおいしそうな食事が見当たらない。折角なので朝誰もいなかったバーガーキングに入って見た。何と私はここで食べるのは生まれて初めてだ。お客さんは多少いたが、バーガーは決して美味しくはなかった。それはブルネイだからだろうか。その後海沿いを歩き、また夕日に見とれる。南国の夕日はどこでも見てもそれなりに感動的だ。大勢の人がジョギングやランニングをしている。

 

2月23日(日)
突然の紹介で

今日は午後1時の直通バスでブルネイを抜け、ミリに向かうことにしていた。だが朝FBを開くと、北京時代の知り合いから突然ブルネイ在住日本人、Aさんを紹介された。どうやら二人は韓国ソウルの駐在仲間らしい。どんな人かも分からないうちに、電話をもらい、早々会うことになった。

 

家族4人で車に乗ってやって来たAさん。ご主人はアメリカ人で、二人のお嬢さんも数か国の滞在経験があり、日本語より英語がうまい。取り敢えずブランチを食べに、ブルネイ大学のキャンパスに向かう。自然環境抜群のキャンパスが郊外にあった。そこのカフェに入る。ハンバーガーを食べる。昨日のバーガーキングとは大違いだ。ブルネイにも大学は4つあるそうだ。

 

それから昨日行けなかった7つ星ホテル、エンパイヤホテルにも連れて行ってもらった。やはりブルネイでは車がないと何もできないと実感する。何しろホテルと言いながらも、敷地が広大すぎる。ゴルフコースも敷地内にあるようで、とても歩いて回ることなどできない。ホテルロビーも広く、その割にお客さんは少ない。外国人、特に韓国人が目立っている。ビーチとプールを眺める。

 

ここも元々は王室関連施設らしい。こんなホテルが1泊2万円ぐらいで泊れるようで、韓国人はゴルフツアーに来る。確かにブルネイで一般観光客がすることは限られている。昨日待っていたバスもここの玄関口まで乗りつけてくる。このホテル自体が一大観光資源という訳だ。

 

それから我がホテルに戻り、荷物を持って再び車に乗り込む。本来はバスでミリに向かうはずだったが、Aさん夫妻が『ミリまでは行かないが、マレーシア国境近くまで買い物に行くので、そこまでは乗せて行ってもよい』と言ってくれたので、お言葉に甘えることにしたのだ。通常ルートでない旅、ワクワクする。

 

まずはAさん宅に寄り、お嬢さん二人を降ろす。家は郊外のいい一戸建てであり、申し分ない。周囲の家も皆素晴らしく、住人も良さそうだ。英語はどこでも通じるのでブルネイで言語を学ぶ必要もない。駐在員ならこんな生活が出来るのだろう。ブルネイには日本人は全部で100数人しかいないという。

ボルネオ探検記2019(8)ブルネイ 魔の金曜日

2月22日(金)
ブルネイ 魔の金曜日

翌朝はゆっくりと起き上がる。まずは8時から開いているという両替に向かう。両替所は開いていたが、何と人民元は両替できないと言われてしまう。この国には中国人は来ないのだろうか。慌てて米ドルを出すも、100ドル札しかなく、仕方なく日本円5000円札を渡すと、レートは非常に悪かった。日本人でブルネイに来る人は少ないのだろう。石油などの貿易ではあんなに緊密なのに。

 

朝ご飯を探すが、見付からず、バーガーキングを覗く。ところが開店しているはずなのに、お客はおろか、従業員も一人もいない。こんなファーストフード店初めてだ。仕方なくその裏へ行くと、華人経営の食堂がある。粥でも食べようと入っていくと、店員が『アメリカンブレックファーストね』というので、思わず頷き席に着く。茶を頼むと何も聞かずに、甘いミルクティが出てきた。

 

次にシムカード購入へ進む。午前9時からショップが開くというので行って見たが、ブルネイにはプロバイダーが2社しかない。安いと言われた方へ行くも、『もう安いシムはない』と言い放たれ、それならもう1社へと、向かいの店に入ると、店員はとても親切だ。だがシムカードは25BD(約2000円)と高額。それでもそれしかないのだから買う。競争が働かない国はこうなのだ。

 

それから王室資料館、ロイヤル・レガリアを見学。外観もモダンな作りで中も豪華。如何にもブルネイの王室関連らしい。無料で入れるが、靴を脱ぐことと写真は禁止。ブルネイの歴史、王室の歴史を知りたければ、ここに来るのが良い。観光客も多かったが、その苦難の歴史をどうみていたのか。入り口付近で写真を撮る人ばかりが目立つ。

 

ただ華人の歴史など、私の興味にある分野はないので、一周したら、すぐに隣の歴史資料センターへ移動した。ところが靴を脱ぎかけると係員が飛び出してきて『今日は休みだ、明日来い』という。金曜日も開放しているはずなのになぜだろうか。仕方なく、海の方へ歩いて行く。天気は良いので景色は良い。ボートから『乗らないか』と声が掛かる。対岸の水上生活者の村へ行くらしい。遠くに王宮も見えたが、その気分ではなかったので、乗らずに部屋に帰る。

 

12時前にホテルに着き、まずは横にあるショップで飲み物を買い込む。金曜日の12時から14時の間、この国の全て食堂、ショップは閉まってしまうと聞いた。勿論博物館も役所も交通機関も全て停まる。そんなことが出来るのはこの国しかないだろう。お祈りの時間は厳格だ。イスラム教+絶対王政、強烈だ。静かな時間が始まる。

 

そんな日にホテルを追い出される。どうせバスも動かないが、ホテルも実質停止だから2時まで部屋にいたいと言って見たが、なぜか1時にチェックアウトさせられ、後はロビーのソファーで寝ていた。1時45分位に外へ出ると、既に私有車は少し動き出し、職場に戻る人々が歩いていた。

 

この付近のホテルはどこも満員で予約できなかった。よく場所も確認せずに予約画面に出てきた中で手頃なホテルを予約したが、何とそこは中心部から7㎞も離れたところだった。どうやって行けばよいのか分からずにバスターミナルで聞くと、『55番に乗れ』という。そのバスは2時過ぎにやってきたが、そこにはなんと、昨日ムアラのフェリーターミナルから一緒にバスに乗ったアメリカ人がいた。聞けば昨日からそのホテルに泊まっているらしい。

 

バスはほぼ満員の乗客を乗せて郊外に走り出す。所々にショッピングモールなどが見え、ブルネイ人はちょっと郊外に住み、車で移動していることが分かる。バスに乗っているのは外国人、それも観光客と出稼ぎ者だった。30分ぐらい走るとアメリカ人が『ここで降りるぞ』という。降りて行くと店が何軒もあり、スーパーまであった。

 

その向こうに今日のホテルがある。場所が悪いだけに、値段の割に部屋は悪くなかった。明日の建国記念日の影響で中心部に泊まれなかった外国人観光客の多くがここに泊まっていて、ちょっと異様だった。お祈り時間のせいでランチを食べ損ねていたので、ホテル並びの食堂に入る。ウエートレスが恐る恐るやってきて英語で注文を取り終えると『やったー、出来た』と言う感じで、仲間と喜んでいた。

 

暑いのでスーパー見学。脇の入り口から入ろうとすると、そこはノンハラール部門。豚肉などハラール処理されていない商品が置かれていたが、売り場は凄く小さかった。正面から入り直すとすごく大きなスーパー。物価は日本より高いもの(野菜など)もあるが安いもの(肉など)もある。飲み物コーナーに大量の日本茶ティバッグがあったのは何故だろうか。緑茶ブーム?

 

特に行くところもないので、快適な部屋で過す。夜になり腹が減るとまた並びの別の店に入る。ディナーセットとして、パスタとドリンク、ケーキというのがあり、それを注文。ここのパスタ、うめ―!なぜこんなところの料理がこんなに美味いのだろうか。ブルネイ、侮れない。ケーキもまあまあで満足。これで11BDは高くはない。