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インドで自然療法2018(12)ウルリの街へ

2月24日(土)
復活の12日目

今朝は5時台に起きてしまう。さすがに10時間睡眠を何日も続けてはいられないだろう。Wさんが寝ていたので、ロビーのソファーでPCをいじっていると、『どうしたんですか?』と彼が心配そうに起きてきた。『急にいなくなったから』というが、確かに昨日までグータラ寝ていたオヤジが居なくなれば驚くかもしれないな。腰痛はすっかり良くなり、身体向上の予感。

 

今日は精算の日。まずはマッサージで支払いをして、と思ったが、チャンドラカントは『明日もするなら明日でいい』という。そしてマッサージが終わるとスーパーバイザーを指して、サインと言ってくれたのでスムーズに終わる。スチームバスも熱くなるので、人が出てから少し間を開けて入るようにすると熱くない。そんな技術を身に着けたと思ったら最終日だった。

 

それから難関のキッチンでもあっさりとサインをもらい、一度も行ったことがないライブラリーでも、何のチェックもなく、サインをもらう。まるでスタンプラリーのようだが、何のために我々がこれをしなければならないのか、分らない。更にドクター横のデスクでサイン、レセプションでもサインをもらい、ようやく会計に辿り着くからたまらない。これが治療にでも役立つならよいのだが、何とも首をひねるばかりだ。

 

昼ご飯を食べながら皆で雑談。まあこれもまた楽しい。12時に部屋でアイパックをすると急に頭がクラっとなる。めまいか?そこへ掃除ににいさんが入ってきたので勝手に掃除してと言ったら、目を開けてみていて欲しいという。そうか、何かがなくなったとか、疑われたくない、自分の仕事を守る手段なんだな。勿論アイパックを外し、見ていた。その後またアイパックをすると、そのまま完全に寝入ってしまい、1時間程起き上がれなかった。これもまた反応なのだろうか。もうドクターに聞きに行くことは出来ない。

 

3月の予定が埋まり始めたのでフライトの予約をしていると3時になり、もう腰痛はなかったが、お金を払ってしまっていたので、最後の電気治療に行く。ちょっと時間がかかった上、今日だけ熱く感じる。スピナルバスに行く必要もないと思い、そのまま部屋に帰ると、Wさんが娑婆へ出るという。

 

流石に一度ぐらい出た方がよいと思い、着いて行く。カードをガードマンに渡し、12日ぶりに娑婆へ。そこは思っていたよりは随分きれいな、小さな街だった。YさんとWさんはお菓子屋さんに走っていき、ドーナッツみたいなお菓子を買っていた。味見したが、腹にちょっと堪えた。

 

それから一人で駅まで歩いてみる。埃っぽかったが、清潔な道だった。駅には人が結構待っており、ちょっとするとハイデラバード行の電車がやって来た。いつものことだが、満員電車だ。しかも待っているところには停まらず、勿論表示もなく、皆が大慌てで前の方に走っていき、乗り込む。

 

もう少し街をフラフラしたが、すぐに尽きてしまうほど小さい。野菜市場を通り抜け、果物を物色するも、美味しいと言われたイチジクはなく、アシュラムの門まで帰ってくる。仕方なく、内部でイチジクを買おうとしたが、なぜか私だけが吹っ掛けられる。それは高いだろうというと素直に安くなるからよいのだが、嫌われているのだろうか。しかもそのイチジクは思ったほどうまい、ということはなかった。

 

夕飯を食べることにした。明日は午後1時まで食事できないと分かっているので、フルーツだけだとめまいがしそうだった。ちょっと珍しい食べ物もあり、にいちゃんが勝手に大盛りにしたこともあり、それを食べ切るのに苦労した。そして腹が完全に膨れてしまい、散歩ぐらいではへこまなかった。

スピードスケートマススタートで高木奈菜が金メダルを取った。この姉妹、姉が金2つ、妹は金銀銅だ、凄いな。でも美帆にしてみれば15歳で自分の方が上にいたのに、今回もまた越されてしまった感があるだろうな。カーリング女子も何とか銅メダル、これは日本中が沸いているぞ、きっと。

 

いつものように夜9時すぐにベッドにもぐりこんだ。だがその瞬間、ちょっとめまいを感じる。そうなると睡眠は十分足りているので、眠れなくなってしまった。このめまいの原因は何だろうか、一過性なのだろうか。そういえば、このアシュラムでは鉄分など殆どとっていないのでは。そうこうしているうちにWさんが部屋に戻り、先に寝息を立ててしまった。最後の夜が眠れぬ夜になろうとは。

 

2月25日(日)
ラスト&ファーストデ―

今朝は朝からてんやわんや。急に車のアレンジが変わったのだが、その詳細が何も詰められておらず、困ってしまった。ラトールさんに電話しても繋がらない。スマホの調子が悪いらしい。どうなるんだろう、今日は。8時にA師夫妻とYさんがプネーに向けて先に出発。Yさんは午後そのままムンバイに行き、今夜のフライトで帰国する。

 

8時20分には早くもチャンドラカントが迎えに来た。まず料金の支払いをしたが、少し多めに渡すと『お釣りは要らないのか?』と聞いてくる。何とも律義な男だ。勿論チップだよ、と言ったが、どう思ったかな。そして入念な最期のマッサージを受け、スチームに入り、体を洗い、全てが終了した。

インドで自然療法2018(11)腰痛がぶり返す

2月22日(木)
腰痛の10日目

朝は5時台に目が覚めてしまった。Wさんは既にヨーガに行っている。腰が痛い。これは困った。取り敢えず冷やさないようにして、頑張る。7時台に暖かいハーブミルクを飲むと少し落ち着く。和歌山の知り合いからも歓迎とのメッセージが入る。もう心は日本に飛んでいた。

 

いつものマッサージを受け、熱いスチームバスに入ると、腰痛は柔んできた。ドクターの診察を受けようとオフィスに行くも午後からと分かり、体重を図る。何と昨日より2㎏以上落ちている。スタッフが『体重計が2㎏間違っているね』とあっさり言う。ダイエットの人にとってはぬか喜びか。

 

昼ご飯を食べ、アイパックで昼寝、これももうルーティン化している。2時半にオフィスに行ったが、ドクターと話したのは3時過ぎ。腰痛を説明すると『自然療法の反応とは関係ない』と簡単に言われ、すぐに別棟送りとなる。そこで腰を温める機械治療。ベッドに寝て、腰を板に押し当て電気で温める。これって自然療法?1回80ルピーの別料金。これから3日間受けることになった。一時的に収まるが、夜にはまた復活の痛み。どうするんだ。まあ神経治療で背中を足で踏まれるよりは良いか。

 

和歌山の人とFB電話で話す。いつの間にかことは大きくなり、セミナー開催の様相となる。とにかく地方に行けるのは有り難い。大阪のお茶会も10名以上が参加だそうだ。また作業が増えてしまった。3月は一体何回話をするのか、原稿の締め切りはどうか、などと完全に日常に戻ってしまい、また腰痛がぶり返す。なんてこった。

 

Wさんたちはフルーツダイエットをはじめ、夕飯がフルーツだけとなり、一人で夕飯を食べる。さすがにもう飽きてきたな、この食事。しかしここを出所しても又スチェータ先生のクリニックだ。何と今回はインドに来て一度も娑婆で食事もチャイすらない、という逆説的にいえば画期的な旅となりそうだ。日本での反動が怖い。

 

深夜特急3、読み終わる。『インドでは何も得ることができない』という言葉が響く。まさにその通り。何かを期待してもイケないし、何かを得ようとすれば膨大な研鑽が必要になる。中国もそうだったが、この広大なインドを理解できる人間などいないのだ。私は既にその挑戦意欲すら失っているだろう。それでも何かを知りたい!何かを持って帰りたい。

 

2月23日(金)
平穏な11日目

朝はWさんより私の方が早く起きた。と言っても7時前だが。ロビーでPCをチェック。それからお茶を飲みに行くと外にYさんがいたので歓談。彼女の会社やご家族と、私の元勤め先はかなり関りがあることが分かり、話が弾む。ひとはどこで繋がっているのか分からない。

 

今日も順調に予定をこなす。チャンドラカントのマッサージは既に私の日常と化しており、これだけはもっと続いて欲しい。彼は英語も多少わかるし、毎日迎えにも来てくれ、私の体も気遣ってくれる。腕もよく、マッサージは心地よい。勿論仕事としてやっているのだが、実に好感が持てる。ここに来ての最大の収穫だった。

 

 

そろそろここを離れる日が近づいてきている。精算をどうするのか、次の日程がどうなるのかが気になり始める。明後日はラトールさんが迎えに来てくれることになっているが、何時に来てくれるのかと電話を入れたりする。インドでは大雑把には決まっていても、詳細は直前に詰めないと分からない。しかも実際に電話すると25日の予定が知らない間に入れられていたりするから、面白い。A師やYさんとも別行動で決着する。

 

ランチを食べていると、インド人がやって来た。日本に結構詳しいと言い、我々にも興味を持っている。『富士山のさんは、須賀さんのさんという意味か?』などと言われると、こちらも思いもよらず、驚く。『どうして富士山は、ふじやま、と読まないのか?』と聞かれても困る。日本に興味を持つインド人はどんどん増えているが、その知識は、どこから手に入れたのか、と思うようは、不思議なものに時々遭遇する。

 

午後スピナルバスをしようと向かったが、何とスタッフが誰もおらずに出来ず。こんなの初めて。仕方なく、昨日の腰の電気治療へ行き、10分間行うとかなり良くなる。今日は右が少し良くなり、ただ左に少し痛みが出ていたので、かなり効果的だった。そのままフルーツを買いに。今日はおじさんがおらず、おばさんの言い値は少し高いが、結局パパイヤとブドウを買う。今晩はフルーツダイエットの続きだ。

 

オフィス前で久しぶりにKさんに会った。彼女は到着日からフルーツとジュースで5日目を迎えていたが、実に元気で驚く。この人が一番ここに合っているな、と思う。彼女によれば、最終的な精算にはドクターのサインがいるのだという。それなら忙しいドクターを今日の内に捕まえておく方がよいだろうということになり、急きょオフィスに向かう。

 

また30分ぐらい待たされたが、何とか面談にこぎつける。そしてサンポートに感謝し、明後日発つことを告げる。血圧を測ると130/80、これはベストだと助手のジュディが言う。インド人の血圧は高いのだろうか。まあ確かに血の気の多そうな人は多いのだが。そしてドクターと記念写真を撮り、握手して別れた。ただ明日はキッチンから図書館まで終了のサインをもらって歩く作業があると聞き、愕然。そんなのそっちでやってよ!

 

夕飯の時間になったが、もうキッチンの食事には飽き飽きしており、買っておいたフルーツで済ませる。こんなこと、日本にいたら絶対にできないよな。日本には美味しいものが多過ぎて、基本的にダイエットなど無理だと思う。オリンピックのカーリング準決勝で日本が韓国に負けてしまったのは何とも残念。

インドで自然療法2018(10)悪者は判明したが

別れの9日目

朝7時、目覚ましの音で起きる。ちょうど10時間、一度もトイレに行くこともなく眠っていた。体はすごく快調で、この上ない状態だ。甘いハーブティを飲みに行く。もうキッチンデスクには近寄らない。9時20分にマッサージ師が来た。今日はいつもより少し遅い。マッサージ後は、そのままスチーム。今日は初めて一番大きなバスに入り、快適。小型なのは熱すぎて火傷気味だから、これからはこちらにしたい。

 

具合の悪かったTさんが、やはり帰国することになった。今晩遅くの便でプネー空港から発つ。その精算でもめており、なぜかまた私が呼び出されて通訳する羽目になる。私はリーダーではないのだから呼ばないで欲しい、そして昨日の事件を考えれば、私に良くも頼めるな、という気持ちだったが、インド人は凄い。臆面もなく頼み、そして李さんにまで泣きついて私を動員してしまう。

 

彼らはTさんに今晩遅い便なので夜9時半まで部屋を使い、それからタクシーで空港へ、という提案をしていた。だがTさんは帰ってくるはずのデポジットが少ないので確認すると、その日の泊まり賃もきっちりとられていることが分かる。この世界に親切などはないのだ。それを断ると、『では12時にチェックアウト、3時にタクシーで空港へ行け』となったらしい。理由は夜女性が一人で行くのは危ないから。完全に論理が空回りしているが、ようは追い出したいのだ。

 

因みに彼女はそれを受け入れ、午後3時にタクシー乗ることに同意したが、12時にチェックアウトした後も、同室のKさんの部屋にいたところを咎められ、また私は呼ばれる事態になった。本当に金が絡むとやけに細かいな、インド人。まあその場は適当に治め、適当に過ごしてもらう。

 

午前中ドクターと面談して、全てのダイエットの中止と昨日の事件の説明を求めるつもりだったが、何と彼は会議で不在だった。もうこうなれば、ドクターの意見を待つまでもなく、健康体の私は通常食に転換した。フルーツダイエットは僅か1日で終了、体重は250g減少に止まった。2日ぶりに食べた食事は以前より美味しく感じられた。

 

部屋にアイパックが届いていたのでやってみる。初日からメニューにはあったが1週目は来ていなかったような気がする。Wさんが入室してから、ちゃんと来るようになった。そういえば、他の部屋にはマッサージシートや水、せっけんなどがセットされていたらしいが、我が部屋には全く無かったので、私はもう必要はなかったが、Wさんのために抗議してみた。というより、昨日の事件を根に持ち??要求できるものはちゃんと要求しようと思うようになる。ウデイクマ氏に言うと、支給するとの回答で、午後にはちゃんと配送された。1つせしめたぞ!?

 

午後2時半にドクターのところへ行く。彼は昨日の事件をすでに知っており『あれはオフィサーのミステイクで、キッチンに指示が正しく伝わっていなかったのだ』と説明していた。ようはデスクのおばさんが悪いのではなく、そこに指示を出すべきオフィサー、つまりあのウデイクマ氏に責任があるという。彼は今朝何食わぬ顔で『彼女は申し訳ないと謝っている』とかぬかしていたが、事の真相はこれだろうな。それだとつじつまは合う。

 

ドクターには『私は健康体なので、何を食べてもよいようにしてくれ』と言い放ち、もうダイエットは止めにした。もうあんな面倒な思いはしたくない。今晩から通常食かフルーツか、自分で選ぶことに決めた。因みに体を冷やすのはなぜ、という質問には、『一時的に体を冷やし、体内の循環を良くする』との答えだった。また血圧を測ってもらうと130/90で前回の100/80よりだいぶん上がってしまったが、こちらの方がよい、と言われる。インド人は血圧が高いのだろうか。

 

ドクターの診察が終わると、ちょうどTさんが車に乗り込み、アシュラムを離れる場面に出くわした。ちょっと残念ではあるが、インドでは体調最優先だから、やむを得ない。最後に写真を撮りたいというので、私とかと思ったら、何と彼女はウデイクマ氏とKさんのところへ行き、私がカメラマンになったのには呆れた。ウデイクマ氏もまんざらでもない様子で写真に納まっている。この悪代官め!!意外と憎めないタイプだ。

 

更に氷水のパックをやってみると、何だか体が絶好調になり、それと共に腹が減って来た。ここではフルーツを買う以外の自由はないので、今の季節が美味しいと聞いた、ブドウを買ってみる。200g、30ルピー。パパイヤが1㎏、40ルピーであることを考えると、高いのか安いのか。まあとにかく食べてみると甘いので許す!それにしても、何かをやる気はあまり起こらない。怠惰になっている。

 

何となく、娑婆の食べ物が恋しくなる。Wさんと話しているうちに、彼の出身地である大阪へ行ってみたくなる。そういえば先日在阪中国人から、お誘いがあった。和歌山からもお誘いがあった。ついに帰国後、静岡へ行ったついで?に、関西方面への訪問計画を練り始めた。大阪の知り合いからよい反応があり、行くことになるだろう。

 

オリンピックは女子スピードパシュートで金メダルが出た。高木美帆はこれで金銀銅全てを手にした。またお姉ちゃんと同時金メダル。きっと苦労が報われただろう。15歳でオリンピックに出て、前回は落選。厳しい状況からよく這いあがったと思う。カーリング女子も苦しみながらのベスト4。これからの一発逆転はあるだろうか。

 

夜寝る時にベッドに横たわると、急に腰が痛くなって来た。折角治って絶好調と思ったのに、好事魔多し、である。いつもは目をつぶれば5分以内に眠れるのに、ちょっとした痛みが気になって、体の位置を変える等して、なかなか寝付けない。ウトウトしながら1時間以上はそうしていただろうか。

インドで自然療法2018(9)ついに怒りが爆発

5時前に皆のドクター診断が終わり、ジュースを飲む。それからYさん、Wさんはオイルを買いに行く。6時頃に夕飯に進む。何とも忙しい日々だ。今日到着したKさんは早速フルーツダイエットに挑戦ということでキッチンに姿を見せず。いつもは味気ない食事だが6人で食べると味が濃く感じられて不思議だった。

 

それから散歩をして、お祈りと瞑想にいくというWさんに着いて行った。殆ど人が来ていない中、ドクターが歌を歌い始めていたが、興味が薄れ、私は退散して、部屋でシャワーを浴びた。夜9時頃帰って来たWさんと旅や鍼灸の話をしていると、夜も11時を過ぎてしまい、初めての夜更かしを体験する。

 

2月20日(火)
怒りの8日目

朝6時頃Wさんはヨーガに向かったが、私は寝たままだった。Wさんは7時半に採血の人が来るので部屋に戻って待機。私はハーブティをもらいに行く。採血はちょっと乱暴に行われていたのが気になる。9時までは部屋で話しながら待つ。マッサージ師はきちんと9時にドアを叩き、二人で出かけた。マッサージ後、マッドパックへ行くが、泥を塗る人が来ずに、10分間日光浴してスチームバスへ。今日は何とか熱さに耐えられた。

 

ちょうどタイ人のバンダと韓国人の李さんがチェックインを始めていた。バンダとはこれまで色々なところで一緒になっている。何ともクレバーで行動力のある女性だ。李さんもバンダと同時期にカイバリヤダーマにいたという。きっとつわものだ。早々バンダが安い部屋への移動交渉をしたが受け入れられず、おまけに一人部屋と思って来たら、二人一部屋だと分かり憤慨する。これまで皆が通ってきた道だ。

 

そしてランチの時間が来た。昨日ドクターから指示された特別食を取るためには、どうしてもその食事名が書かれた紙がいる。それは初日作られたカードを提示すればPC化されており、自動的に出てくるはずだった。だがそこに座っている女性はどうしてか、初日から一度も私のカードを受け取ろうとせず、更にはあっちに並べ、と言った横柄な態度で接してきていた。

 

それでも今日はドクターの指示があるのだからと思い、また出したが、『あなたは既にお金を払っているから紙は要らない』という全く意味の分からない理由を述べて拒否されたので、さすがに頭に来た。ドクターの指示がインプットされているのだから、きちんとPCの中を見ろ、というと、初めは納得しなかったが、ついに見て、バターミルクとサラダね、と言ったが、とうとう紙は打ち出さなかった。

 

『キッチンスタッフは分かっている』というのだが、これだけの人数で私に何が必要か分るはずがなく、また他の人は紙をもらっているのになぜ、と何度も言う羽目になる。最後は仕方なく。オフィスへ行き、懇意のオフィサーに窮状を訴えるが、『キッチンへ行けば大丈夫だ』というばかり。仕方なくキッチンに戻り、トレーを差し出したが、出てきたのはやはり普通食。その食事をデスクの女性に見せると、『これは違う。カード見せて』と言われたので、もう言う言葉はなかった。

 

別の男性が私のサラダを取り出した頃には、もう何の気力も残っていなかった。私は正直特に病気があってここにきている訳ではないので、間違ったものを食べても問題ないが、『食物は薬』がモットーのこのアシュラムで、薬を間違えてよいはずはない。ランチは皆で食べたが、敦煌の話などをして気を静める。もういいだろう、ここは。

 

『基本的にインド人はこちらの質問に正面から答えてくれない』とWさんも嘆く。彼も仕事を兼ねてきているので、それなりの理屈が分かりたいわけだが、誰からも説明はないのだ。『なんで体を冷やすようなことをするのか』『なぜフルーツジュースを飲んで、暖かい物を飲まないのか』、我々に理解できないことが沢山あるのだが、誰か答えて欲しい。

 

午後2時半に今日の夕飯になるパパイヤを買いに行く。いつものおじさんがいなくても若者が代行している。料金は同じ、ちゃんと切ってもらい、食べやすくしてくれたのは有り難い。その後スピナルバスという半身浴をやる。ただこの湯も熱くはなく、10分で冷めてしまいくしゃみする。

 

出てきたところにA師夫妻とKさんがおり、話す。バンダも加わるが忙しそうだ。キッチンに3時から暖かい飲み物が出ることを1週間以上いて、この時初めて知る。何事も教えてはくれないので困ったものだ。そこでバンダとアユルベーダについて話し、李さんとお茶の歴史について話した。これまでのモヤモヤはある意味吹き飛んだ。これから数日は彼らと楽しく笑って過ごそうと思う。ここで何かを得ようというのが間違いなのだ。

 

面白いのは同室のWさんは鍼灸師の免許を持っているのに、なぜか今日の午後、この自然療法場で、鍼を打たれた。それも鍼は日本製で、打ち方も日本に近かったというのだから、意味不明だ。インドの治療法である自然療法に日本、いや中医が入るのか。自然療法は薬を使わないと聞いていたが、そうであればなんでも使うのだろうか。よくわからない。

 

夕方、皆が夕飯に行くと、すぐにパパイヤを全て食べてしまった。腹が減っているという感覚もないが、パパイヤが甘いので吸い寄せられるように食べてしまうのだ。呆気ない、ちょっと寂しいが仕方がない。Wさんは今晩もカラオケと称されるお祈りに行ってしまった。9時頃になると急に眠くなり、そのまま就寝。

インドで自然療法2018(8)お仲間がやって来た

何だかとても元気になって来た。元気になれば腹が減る。これほどまでにフルーツに力があるとは思わなかった。フルーツダイエットに挑戦してもよいかもしれない。午後のトリートメントに行ってみたが、何と今日は日曜日で午後はどこも完全休養だった。私も休養することして、また残りのパパイヤを食べてしまった。うまい。

 

夕方やることがないなと思っていると、オリンピックの小平奈緒のレースが始まった。前日羽生君と宇野君のワンツーがあったが、それよりも私は最初から小平の500mに注目していた。真の王者は常に負けない。彼女はそれを証明してくれた。苦労は並大抵のもではなかったと思う。基本的にマスコミはとにかく盛り上げようと、なんでもメダル候補にしてしまうが、結果としてはやはり、これまで相当の実績を積んだ者だけが、その位置についている気がする。

 

急いで夕飯に出掛ける。今晩はもう、ノーマルフードにしよう。気持ちが盛り上がり、ドクターの指示を無視して、食べる。何となく美味しく感じるのは罪悪感からだろうか。7時頃にはジュディがにこやかに回診に来た。昼ご飯を食べずパパイヤを思いっきり食べた、というと、笑いながら、明日ドクターに話してね、と言って帰っていた。夜は深夜特急を読み進む。やはりインドは、地べたを這って歩かなければならない、と感じる。次回はブッダガヤ方面に巡礼に行こう。

 

2月19日(月)
お仲間登場の7日目

今朝は何気なく、5時半には起きた。夜9時睡眠だからほぼ正常に戻っている。7時過ぎに飲み物をもらいに行くまで、ボーっと過ごす。こんな日も今日で終わりかもしれない。今日からお仲間がやってくる。ただ今回お目当てのニサル先生が来られないのは何とも残念だが、これもインドだろうか。

 

8時半にこちらからマッサージ室へ出向く。こんなことは初日以来だ。ただマッサージ師の名前を聞かれても答えられない。確かに彼に聞いていなかった。チャンドラカント、という名であることがようやく分かり、彼が出てきたがマッサージ中であった。仕方なくオフィスへ行き、昨日彼に現金を支払ったことの可否を尋ねた。親切なウデイクマ氏が出てきて、『あなたに問題なければ二重請求はしないよ』と言ってくれたので安心して、マッサージを受けた。

 

それからドクターのところへ行き、この2日のいきさつを話すと『あなたみたいに反応が早い人は珍しい。想像以上だ』と驚かれる。そしてあと1週間あるなら、と、フルーツダイエットを試してみることになる。まあ折角来たのだから、やってみるか。私は好転反応という言葉すらしないでここにやって来たのだが、睡魔の下痢はA師が言う通り、良い兆候だったわけだ。反応が人より早いのはマッサージの質のせいだろうか。私はセンシティブなのだろうか。

 

朝から突然人が呼びに来た。ルームメイトが来たというのだ。確かに今日来る人はいたが、こんなに早いはずはない。部屋に行ってみると、見知らぬ男性が日本語で『ルームシェアしろと言っている』というではないか。彼は半年も前に2000ルピーのシングルルームを予約したという。ただこちらもグループなので、と説明して、オフィスに戻ってまた説明する。ウデイクマ氏は本日2回目のグループ人数を確認して頷いた。

 

その男性もすでにここに10数回来ているとかで、かなり慣れており、何とか相部屋を避けてシングルを取ろうと交渉を重ねていた。彼によればシステムは毎年変わり、料金も上がってきたが、昨年から外国人に対しては相当に厳しくなり、最高ランクの部屋しか提供しなくなったという。だから特に驚いている様子もなく、淡々としているのが面白い。

 

そのどさくさの間に列車で二人の日本人女性が来ていた。Kさんは英語も堪能で、どんどん資料記入を進め、交渉事も慣れていた。インドにはここ5年、毎年来ているらしい。もう一人のTさんは、ちょっとせき込んでおり、しんどそうだった。よく聞けば二人はプネーではなく、リシュケシュから電車で1日以上掛けてやってきたというのだ。すごいバイタリティーだ。とても真似は出来ない。

 

彼女らのチェックイン作業は遅々として進み、12時半には何とか終了。ご飯も食べられてよかった。ここまでやってカギをもらわないと部屋にも入れないのだから、一安心だ。ご飯を美味しいと言って食べている。私には味気ないのだが、市井の脂っこい、スパイシーな料理を口にしてきた身としては、体に優しいと感じるとか。Kさんは穂高養生園のキッチンスタッフだと後から聞き、納得。

 

2時半頃、A師一行が到着し、すぐにチェックイン手続きが始まる。ラトールさんは咳き込むTさんの通訳サポートに回る。大丈夫だろうか?参加者の一人Yさんとはカンボジア以来、3年ぶり。同室のWさんは初めての出会い、鍼灸師さんらしい。受付は混みあっており、相当の時間を要する。

 

Tさんは初めてのインドでちょっと強行軍だったらしい。A師は『辛ければあまり我慢しないで、日本に帰国した方がよい』と勧める。この言葉は一見厳しく聞こえるが、これまでの長いインド経験で、『大丈夫』と言いながら頑張ってしまい、結果的に大ごとになってしまうことは多々あること、そしてインドではそうなったら、対応が難しいことを指していた。更には、本人は2度とインドに来たくなくなるだろうし、家族など周囲の人も『インドだからこうなった』と一方的にインドのせいにする傾向があるのも事実。これからインドへ行こうという人々の妨げにもなってしまうことがある。

インドで自然療法2018(7)一転して絶好調に

30分ぐらいして、ようやく私の番になり、ドクターに症状を説明すると『なんで症状が出たらすぐに来ないんだ』と言われてしまう。それはあなたが初日に、そういう症状に関する想定や治療法を全く説明しなかったからでしょう、と言いたかったが、かったるいので何も言わなかった。ドクターは『今からザクロを買って食べ、その後薬草を飲み、夕飯はライスとバターミルクだけにしろ』という。血圧を測ると、こちらも上下とも20ずつ落ちていた。

 

どうやらドクターは私が来なかったことに驚いたようで、夜助手のジュディを派遣して、体調を確かめさせた。ジュディは『時々ドクターのところへ行った方がいいよ』という。A師からは『基本的に放任主義なので』と言われていたが、やはりこうあるべきではないだろうか。まあとにかく言われた通りの物を食べて飲んだところ完全に収まってしまったのは事実だ。しかしあまりに効果が早過ぎる、自然ではない、と思ってしまったのは私だけだろうか。自然療法とは何だろうか。

 

因みにオフィスを出てすぐにフルーツ売りのところに言われたものを買いに行ったが、英語は通じず、ヒンディー語の『ダーリ』という単語を言ってみても、最初のおばさんは違うものを出してくる。困っていると英語のできる女性が呼ばれ、『ザクロね』と言って、隣のおじさんのところからつまみ出した。おじさんはダーリが分かっていたようだが、おばさんの商売の邪魔はしないという不文律でもあるのだろう。危うく指示と違うものを食べる羽目になる所だった。フルーツぐらいは間違いなく買えるシステムが欲しい。外国人にはこの辺がきつい。

 

2月18日(日)
快調な6日目

夜9時半に寝て、朝7時に起きる。段々睡眠が正常に近づいているような気がする。とにかく朝のバターミルクだけはちゃんと飲もう。バターミルクとは何か。酸味を持つ発酵乳のことを指し、培養バターミルク(cultured buttermilk)というらしい。ただこの朝のバターミルクはジンジャーが入っているうえに甘みを付けるため、酸味が感じられず美味しい。昼に飲む場合は冷たいので、日本でいえば、飲むヨーグルトという感じになり、私の好みではない。

 

スチェータ先生は昨年『発酵食品は体に良くない』と言っていたが、なぜこれほどまでにバターミルクを飲ませるのだろうか。この辺がアユルベーダとの違いということになるのか。ミルクを飲んで帰る時、カップを洗おうと立ち寄った炊事場で、ふと横を見るとなんとホットウオーターが供給される機械が設置されていることに初めて気が付いた。何だ、あるなら言ってくれ、と言っても誰も答えてはくれない。

 

9時になるとマッサージ師がやって来た。体調はどうかと聞いてきたので、絶好調と答え、マッサージへ。マッサージが終わると『1回100ルピーだから4回で400ルピーね』と言って現金払いを要求する。払ってよいのかよく分からなかったが、外の料金表示が、100㎏以下の人は1回100ルピーとあったので支払った。こういうのも支払いはまとめてオフィスでやって欲しいところだ。

 

マッサージ師は私の顔を見て、スチームバスか、という。今日はマッドパックをやる気分ではないので、そうだ、と答えてそのままスチームへ。ところが昨日に続いて、このスチームバスが非常に熱い。最終的には火傷するのではないかと思うほど、肌にダメージが来たので、早く開けてくれ、と叫んだが、スタッフはなかなか来ない。先日もインド人が入っている時、同じことを訴えていたが、『早くシャワーを浴びろ』というだけで取り合わない。何とも困ったものだ。当然人によって熱さの感じ方も違うはずだから、もうちょっと加減というものがあってもよいのではないだろうか。

 

部屋に帰って、洗濯をする。今日はカバーを洗ったが、これは大きくて洗いにくい。そういえば昨日インドのおばさんが『洗濯物はないか』と聞きに来た。そういう時に頼んでしまえばよかったと後悔するがもう遅い。何とか絞ってみたが、後は湿度の低い当地の気候にゆだねるしかない。

 

昼ご飯、キッチンに行き、昨日ドクターに言われた通り、ライスとバターミルクだけ、というと、昨晩と違って、白いご飯だけが出てきてビックリした。確かにライスなんだけど、ライスだけで食べたこともないし、味が全くしないだろうし、むしろ食べた方が体に良くないと自らが判断して、一度出してもらったものを下げてきた。バターミルクと白米、日本的にはあり得ない組み合わせだ。既に体調は万全だったので、申し訳ないがこんな食事はお断りだ。そばにいたインド女性が英語で『あなたは何が食べたいんだ?』と聞いてくれたが、ドクターの指示なのだから、と他の人は取り合わない。

 

バターミルクだけのランチでも問題はなかったが、何となく、気が収まらなかった。思い出したのは昨晩ジュディに『ザクロ以外のフルーツは食べてはいけないのか?』と聞いた時、『パパイヤなんかならよいのでは』というコメント。早速昨日のフルーツ屋に行き、パパイヤを買い込む。40ルピーで大きなものが手に入る。ナイフがないので切ってもらい、持ち帰る。このパパイヤ、実にうまい。最初からこれだけ食べていればよかったのかもしれない。まさにフルーツダイエットだ。

インドで自然療法2018(6)腹を下して絶食状態に

2月16日(金)
腹を下した4日目

また今朝も起き上がれなかった。結局8時に起きる。今日は旧正月元旦だから、LINEも微信もお祝いメッセージばかり入ってくるが、正直ここにいては正月気分は毛ほども感じられない。マッサージに行く気力が起こらずにいると、何と昨日のこともあってか、9時にはマッサージ師が迎えに来てくれた。

 

これは申し訳ないとすぐに向かう。今日はココナッツオイルも買ってあるし、上出来だ。マッサージの後、そのままマッドパックにも行く。これをしてから出ないとスチームバスに入れてくれないらしい。でももうマッドパックの時間は終わっているはずだが、上に行くとまだ数人がおり、何とか間に合った。爽やかな風が吹いてきたので、腹に響くかと思ったが、存外暖かく、問題なく終了した。

 

この泥を落とした濡れた状態で、Tシャツを着て外へ出るのはちょっと辛い。だが前回は初めてで分からなかったが、今日は前のおじさんが、反対側のおり口から降りていくのを見て、後ろをついて行く。するとなんとスチームバスの横に出るではないか。何だ、これならパンツ一丁でもよかった。スチームバスはなぜか熱すぎて、途中でギブアップ。今日はちゃんと替えのパンツ持参で、濡れずに部屋に帰れた。

 

部屋に帰ると掃除に兄さんがやってきて、5分で終える。濡れたものを洗濯して干す。これもリズミカルになっている。ただちょっと腹の調子が心配になり、ランチをパスする。白湯を飲もうと東京でHさんから借りてきた電気ポットを始めて出してみる。ところが電気のランプはつくのに、お湯はいつまで経っても沸かない。電圧の問題かと調整してみても、状態は変わらず断念。こういう時は急に心が落ち込む。

 

それでもまた昼寝をして、3時頃にトリートメントに行くと、今日はスピナルバス、と言われ、半身浴のようなことをする。特に薬草なども入っていないところに、仰向けに浸る。10分ほどで上がって、それでおしまい。どんな効果があるのか、全く不明だ。ただこの時から完全に下痢が始まった。午前のマッドパックと午後の半身浴で完全に腹が冷えた気がする。これは香港などでウイルス性と診断されるタイプの下痢で、食べ物を腹に入れると下る。特別の薬を飲むか、数日収まるまで我慢しなければならないものだと直感する。

 

ただ食事をコントロールすることは出来ず、飲み物もフルーツジュースやバターミルクでは、我慢していても治るのには相当の時間がかかるように感じる。まあ自然療法だから、自然に任せるかと、夕飯もパスして、何も食べずに過ごす。先日おじさんが持ってきてくれた沢木耕太郎の深夜特急インド編(私が唯一の日本人ということだからだろう)。本はボロボロ簿で最初は読む気になれなかったが、ちょっと読み始めると止まらない。かなり気がまぎれてよい。

 

2月17日(土)
2日連続絶食の5日目

朝は7時に起きる。相変わらず腹はゴロゴロなっている。空腹で食欲はあるのだが、食べるものはない。とにかく朝のこの時間だけ、暖かい飲み物が提供されるのでキッチンへ向かう。あったかいハーブティに甘みも付くので、今の私にとっては得難い代物だった。8時からはフルーツジュースが提供されるがこれはとても飲めない。このままでは自然治癒どころではないと感じる。

 

9時前にまたマッサージ師が迎えに来てくれたが、ついに体調不良を理由に断ってしまった。このマッサージだけが別料金なので、彼にとってはお客がいないと収入が減る、だから一生懸命誘いに来るのか、と考えると、彼自身は悪くないが、ここのシステムには疑問を持つ。体調が悪い時にマッサージなどする必要があるのだろうか。私の体はそれを欲していなかった。

 

結局午前中はブログを書いたりして様子を見たが、特に変化はなく、相変わらず下痢の症状は治まらない。当然ランチもパスだ。ただどうしても腹が減ってしまって困る。日本から持ってきたお菓子などはあるが、腹に良いとも思えず、しかもここのポリシーにも合っていないので、最終的にやむを得ず、買ってあったオレンジを食べた。下痢の時食べてはいけないものだが、その甘みが体に沁みた。

 

このままここにいても意味があるのだろうかという疑念が生まれ、A師に状況をメールしてみた。すると『すぐにドクターのところへ行け』『下痢の症状は自然療法では良い兆候だ』というではないか。でも自然療法でしょう、自分の治癒力に頼るんではなかったの?という疑問が沸いたまま、ドクターのオフィスへ向かった。

初日もそうだったが、ドクターのオフィスは混んでおり、行列ができていた。私にとっては昨年のスチェータ先生のところがよかった。何しろ先生に時間があれば、いつでもその場で質問し、症状を説明し、的確なアドバイスがもらえたからだ。だがここではドクターは忙しすぎる。患者は次から次に来るのだ。体重を図ると、既に初日より4㎏減っていた。当たり前か。

インドで自然療法2018(5)起きられなかった3日目

2月15日(木)
起きられなかった3日目

5時に起きて、ヨーガに行くはずだった。だが9時間寝たにもかかわらず、更に言えば、昼間も5時間寝たにもかかわらず、結局起きることは出来なかった。もうこうなれば休むしかないと目覚まし時計を止めて、寝に入る。7時のドリンクもパス、8時のジュースもパスしていく。どうなってしまうんだろうか。

 

ようやく起き上がったのは9時半過ぎ、実に12時間以上ベッドにいたことになる。ようやくよくなってきた腰が少し痛い。10時半のランチに行くべく、態勢を整えていると、何とジュースは10時までもらえることに気が付き、走ってキッチンへ。10時ジャストに到着、そこはインド、まだ窓口は開いており、オレンジジュースをゲット。甘みは少ないが一気に飲み干す。

 

部屋へ帰ろうとすると、マッサージのお兄さんに呼び止められる。『なんで今日は来ないんだ?』と聞くので『今起きた?』というと、あきれ顔で『すぐに来い』と怒られる。そうか、彼らは私が来るのを待っていたのだ、申し訳ないことをした。すぐに強めのマッサージが展開される。昨日言われていたのに、ココナッツオイルを買うのも忘れていた。

 

マッサージが終わると、すぐにスチームバスに入れられる。もう午前の終わり間際で、お兄さんも急いでいるのか、急に熱くなり、汗が噴き出す。出てくると、タオルは持っていたのだが、替えのパンツを忘れ、びしょ濡れのまま。仕方なく、その上からズボンを履き、急いで部屋へ。

 

そして洗濯。洗濯物は湿度が低いこの地では2-3時間もあれば簡単に乾いてしまうのが嬉しい。そこへ部屋をノックする音がした。昨日からずっと部屋の掃除をしたいと待っていたお兄さんだった。ここはホテルではない上、インドだから勝手に掃除して、という訳にも行かない。5分で掃除するというので見ていたが、やってもらってよかった。シャワーの水が止まらなかったのが、ちゃんと止まっていた。

 

昼ごはんを逃してはいけないと、また急いでキッチンに向かう。この頃からかなり元気を取り戻し、通常の状態に戻ってきていた。昼にはライスが無く、代わりにロ―ティーを2枚もらった。食後の散歩をして部屋でまた1時間ほど寝てしまう。一体どうしたというのだろうか。インドに来て、この緊張感の無さは何だろうか。

 

午後2時からのヨーガに参加してみた。もしこちらがよければ朝5時15分からの会は回避したい気持ちだった。だが行ってみると、人が多過ぎ、そして何より暑い上、虫が飛び交う状況。おまけにアーサナはなく、プラナヤーマに終始しているので、ヒンディー語の分からないこちらとしては、どうにもならない。隣のおじさんが親切にも英語で解説してくれ、何となくやった気分になるが、これは出なくても良いかと思う。

 

午後3時にトリートメントの確認に行くと、また一昨日の腹巻をさせられる。まあ腰に痛みがあったのでちょうどよい。それを巻いたまま、ジュースをもらいに行き飲む。部屋で巻物を取っていると、ドアをノックする音がした。また掃除かと思って出ると、別の人がポイと本を渡して帰っていく。見ると随分と古ぼけた沢木耕太郎の『深夜特急3』だった。昔はインドに来る時に必読書だったかもしれない。折角なので読んでみよう。

 

斜め向かいにあるNeurothrapyに向かう。このメニューがあることを知らなかったので(初日に何か言われたような気はするが)、その場所を聞き、行ってみる。Neurothrapyとは一体何か?辞書には神経治療などと書かれているが、そこへ入ると、いきなりうつぶせを命じられ、何と足で足から背中を踏まれた。昔香港辺りにあったマッサージではないか。私のどこが悪いのか、なぜこの治療をするのかなどは一切不明で、10分ぐらい踏まれて終了した。先生は終わると外へ出て足を洗っていたが、彼の足と私の背中(Tシャツ)、どっちが汚いのだろうか。

 

購買部?にココナッツオイルを買いに行く。先客の女性たちが売り子とおしゃべりに夢中で、なかなかどいてくれない。しかも実は担当があり、オイルは奥にいたおじちゃんが出してくれた。あまりの動作の遅さ、変な担当割に、30年前の上海を思い出してしまった。あの頃は何を買うにも、待つ、ということだったな。初日にドクターが『重要なのは忍耐です』と言っていたが、外国人にとっては、確かに時間の流れに満足できないかもしれない。でも私は、日本では無理だが、ここインドでは何となく平気だった。

 

夕暮れが迫る中、暑さの収まって来た外のテラスに座り、『大日本帝国植民地下の琉球沖縄と台湾』という本を読み始めた。今回の課題図書だ。『昨今の本はその大半が植民地を賛美しており、自省が見られない』とあったのが、私のイメージと合っている。ちょうど台湾や中国は旧正月の前日、除夕のこの日、このような本を読むのは何となく意義を感じる。

 

夕飯は相変わらずだが、ほうれん草の味付けの塩が効いておりうまいと感じられた。やはり人間、塩がないと生きていけないと痛感する。昼に比べ夕飯に人が少ないのは、やはり断食などの影響なのだろうか。そして食後の散歩がスピードは速いのも、何か指示されているのだろうか。分からない。

 

7時頃、お湯をバケツに溜めて、足湯をする。これもメニューにあったのだが、まさか自分が部屋でやるとは思わずにいた。そのまま体を洗ってシャワーも終了だ。何だか生活がシンプルになっている。あまりやることがないからだろうか。それなら朝早く起きればよいと思うのだが??

インドで自然療法2018(4)寒気と眠気に襲われる!

6時にアーサナが終わってもまだ外は薄暗かった。取り敢えず一度部屋に戻り、初めてPCを開いた。オリンピックのニュースで、高梨、高木、ともに金メダルには手が届いていなかった。7時にキッチンで、飲み物がもらえるというので行ってみた。出てきたのはちょっと甘いハーブティ!涼しいこともあり、これは意外とイケる!

 

すぐにトリートメント室へ向かう。7時半から受付が始まり、既に多くの人が待っていた。まず私には苦手のエネマ(浣腸)が待っていた。隣のおじさんが話し掛けてくれる。インド人の半数は親切に話しかけてくれ、困っていれば対応してくれるように思う。日本ではどうだろうか。エネマはすぐに終了。私は我慢できないので、横にトイレがあり、駆け込む。

 

今度はマッドパックへ向かう。キッチンの2階でやると言われるが迷う。そこは2階というより屋上、そしてむくつけきインドのおじさん達が、パンツ一丁で仰向けに寝転んでいた。腹には泥が備えられている。私も真似して、シートを敷き、新聞紙をパンツに挟む。この新聞紙が立ち上がった時に、泥からパンツを守るらしい。おじさんが泥を山盛りに腹の上に置いていく。

 

太陽に向かって仰向けに寝転んだ。態勢を変えることはできず、いやでも太陽と向き合うことになる。朝9時、まだ風がちょっと涼しいが、日差しは強くなっている。周囲のおじさん達はヒンディー語で何か冗談を言い合い、驚くほどに大きな声で笑っている。まるでそれはヨーロッパの酒場で馬鹿笑いしている男たちを思いださせる。ただ裸で酒も飲んでいないので、ドイツの温泉地あたりのイメージだろうか。

 

30分でパックを終え、慎重に泥を持ちながら、洗い場に向かう。腹にたっぷりついた泥を落とすのには時間がかかる。いや完全には落ちないまま、ズボンを履き、Tシャツを着ることになる。まあ気持ちがよいと言えばよかったが、ちょっと涼しい風に当たってしまい、寒気がしたのは気のせいか。

 

更に9時半頃からオイルマッサージを受ける。これはかなりきついもので、足がつりそうになる。体が締まる感覚がある。頭にはココナッツオイル!相変わらず体はべとべとだ。終わるとスチームバス。おじさん達が待っており、順番待ちの間、べとべと感が増す。スチームは、時間も温度設定もかなり適当な感じでやっており、『もういいか』とスタッフが聞いてくる。何だかサウナにいるような感じ。

 

ビショビショの体を洗いたかったが、シャワーが満員で立って待つ。そこに涼しい風が吹いてきて、何とも寒く感じる。10分ぐらい待って、シャワーを浴びたものの、何となく寒気がした。これはやばい。取り敢えず部屋に戻って、着替えをして、濡れたパンツを洗濯して干す。部屋の外には物干し場があり、洗濯ばさみが重宝する。

 

それからランチに向かう。基本的に野菜スープと煮込み、食事の内容は毎回ほぼ一緒。昼ご飯にライスがあるので有り難い。そこにつける塩味の物もあるので、美味しく頂く。煮物は大根。何とか味があるので食べられる。そして昨日も飲んだ冷たいバターミルク、あまり得意ではないが、飲み干す。

 

食事が終わって部屋に帰る。これから何をしようかと考えていると、急激な睡魔に襲われた。理由は判然としない。午後2時まではお休み時間と言われていたので、ちょっと寝ようとベッドに横になった。ところが2時間寝ても眠気は収まらない。いやむしろ頭が痛くなり、起き上がれないほどだった。

 

2時からはヨーガクラスがあったがパスして様子を見る。しかし改善せず、3時からのトリートメントも見合わせることになる。鳥の声などはよく聞こえるのだが、体はベッドに横たわったまま、完全に力が抜けた状態となる。水分ぐらいは取らないと、と思っていたが、その気力もないほどだったから重症だ。

 

5時過ぎに何とか起き上がった。とにかく5時半の夕飯だけは食べようと思った。それを食べないと翌朝10時半まで食べ物はないのだから。既に食欲ということが脳裏から消えてはいたが、見てみるといんげん豆が煮られていた。これがなかなか美味しい!隠元禅師についてはお茶関連で時々話題に出るが、この豆はインドにも運ばれたのだろうか。有り難い。夕飯にはライスとロ―ティーの両方がついていたのもよかった。

 

食後の散歩を少ししたが、また疲れを感じて部屋に引き込む。PCは、ルーターのお陰で快調にネットに繋がっていたが、それも少し見ていると、またもや眠気が来た。既に昼間5時間も寝ているのに、まだ寝られるのか心配だったが、シャワーを浴びて、ミカンを一つ食べて、9時前には寝入ってしまった。なんだかおかしい。

インドで自然療法2018(3)アウエー感が半端ない!

2時頃再び事務所へ行き、手続きを始めたが、これがなかなか分かりにくい。いくつもの用紙に同じようなことをかき込み、何とか提出するものの、『あんたの予約ないよ』などと言ってくる。それが済むとカード(ここに私のデータが入力される)を作り、支払い。ここでも色々と面倒があったが、何とか支払いを完了して、ようやく部屋の鍵を手に入れた。

 

だがすぐにドクターの診察を受けるように言われ、隣の診察室へ。ここでもたくさんの人が待っており、なかなか順番が来ない。体重や身長を計り、待っているとようやくドクターと対面。彼は昨年引退したニサル先生の後を継いだ若手のホープ。脈診と血圧チェックでサラサラと今後のトリートメントの指示などを書いてくれた。

 

部屋に入ったのは何と夕方4時過ぎ。ラトールさんも忙しいので、荷物を部屋に入れるとすぐに帰っていこうとしたが、マッサージ用のオイルとタオル、腹巻?セットを買うのに付き合ってくれた。一度外へ出て門の脇の店でそれらを買うと、ラトールさんは帰っていき、私は部屋に戻った。

 

部屋は2人部屋に一人。かなりゆったりしており、お湯のシャワーも出るし、天井には大きな扇風機が回っており、申し分ない。聞けば、昔は外国人も一般インド人と同じ安い部屋に泊まれたが、今やお客が急増しており、外国人は一番上等の部屋以外に泊まることが認められなくなったという。まあ、私にとっては悪い話ではないが、とにかくここのシステムは何もわからない。

 

 

すぐにトリートメント室に行き、その腹巻を腹に巻いてもらった。なぜこれをするのかという説明はない。ただ水に浸したさらしを腹に巻き、その上からバンドで固定するだけだ。ちょっと腹がひんやりしたが、特に問題なく、30分ほど巻いていた。これが初めての施術であり、今日唯一のものだった。

 

この施設のシステムについては、午後5時半から説明があるというので、そこへ行ってみたが、何と女子トリートメント施設だった。躊躇していると中へ招き入れられたが、10数人の参加者で外国人は私一人。そして説明は、ヒンディー語かマラティ語から知らないが、私には全く理解できない言語で滔々と行われた。

 

ようやくそれが終わると担当者が私のところへ来て英語で話してくれたが、何だか頭に入らない。これほどのアウエー感は久しぶりでボーっとしてしまったのかもしれない。また英語でもわかるというものではなく、取り敢えず今晩と明日、しなければならないことを確認して退散する。

 

もう夕飯の時間になっていた。私もランチと違い、ここの一員になったので、ドクターの指示による食事が供されると思い込んでいた。だが食堂の列に並び、デスクのおばさんにカードを示しても、向こうに並べと言われ、直接食事を取りに行くことになる。その時は『私は悪いところもないので、何を食べてもよいのだろう』と考え、出されるものを取る。ただ出す方も一応『ペーパーは?』というジェスチャーはするので、おかしいとは思ったが。

 

まあ、ここの食事はお世辞にも美味しいとは言えなかった。美味しくないというより、塩気とかスパイスとかを全く使っていないようだ。また美味しそうな色味もないので、体にはよいのだろうが、どうにも味気ない。でも昔はこんな感じだったのだろうと思い、そのままのみ込む。

 

食事が終わると、皆が夕暮れに散歩をする。私も周囲を一周したが、皆歩くのが早い。これも運動の一環でドクターからの指示だったようだ。私には何の指示も下されていない。確かフルーツダイエットなどもあると聞いたが、いつから始まるのだろうか。門の近くでフルーツを売っており、美味しそうだ。何が何だかわからないうちに1日が終わり、シャワーを浴びて眠りに着く。

 

2月14日(水)
午後休息となった2日目

夜中に電車の通る音がした。一度蚊に刺されて起き上がった。トイレにも一度だけ行った。朝5時にはきちっと起き上がる。まあ日本時間の8時半だから、問題はない。外は暗く、かなり涼しい。昨日確認しておいたヨーガの場所へ。既に大勢の人が床に座っていた。きれいとは言えないヨーガマットがあり、その上にカバーを敷いて座る。

 

先生は昨日会った図書館にいるインド人女性だったが、今朝はビシッとヨーガ先生になっている。朝5時15分のクラスは初心者と年配者向けとなっており、初めは体をほぐすことに重点が置かれる。何と言語はヒンディー語のみ。眼鏡を外したいが、そうすると他の人の動作が見えず、何をしているのか分らない。私だけ向きを変え、眼鏡をかけて、人の動作を追う。アシスタントもいるが、体の固い人などのケアに追われている。

 

なんて不親切なのだろうか、と思うことはない。ここはインドなのだ。完全アウエーの中、自らがすべきことを自らが考える機会ととらえる。また同時に、人と同じことしなければいけない、という考え方はここに存在せず、自分がしたいようにしていても、文句をいう人はいない。ここが日本と決定的な違いだ。内容をいち早くコピーしてできるようにするのではなく、長い道のりを経て、自分の形を作り出す、それが必要だということを思い出させる。

 

45分間の後半は、若干のアーサナと呼吸。朝起きあがるとすぐにパソコンに向かう生活から考えると、このような時間を過ごすことが大切なのであり、『出来るようになりたい』などとは思わず、ただ時間に身をゆだねたい、と思うのみだ。