タイ最南部からマレーシア2022(6)ボートでタイ国境へ

10月13日(木)ナラティワートへ

宿で朝飯後散歩に出た。ホテル敷地内に石碑を発見するも入れず。スタッフに説明して頼んで無理に入れてもらう。漢字の碑が建っていたが、何なのかは誰にも分からない。そして突然のにわか雨に襲われ、部屋に逃げ帰る。

1時間で雨が止む。宿を出てバス乗り場まで歩く。10:15のペンカランクボール行、料金3.2mrは定刻に出発した。乗客は4人。車内は冷房がきつかった。途中道路工事があり、またかなり郊外に中国系の寺が2‐3見えた。約1時間かかってペンカランクボールに到着。もう海の横だ。

皆の後について行くと、イミグレの建物がある。非常に簡素。出国手続き後トイレに行きたくなり聞いてみると戻っていいと言われ、またイミグレを通過。何とも親切で有難い。その先は川を渡ればタイ側だった。ボートかフェリーかを選択。ボートが速いと言われ、3mr払う。フェリーは車なども乗せるのでゆっくりのようだ(1mr)。

数人が小型ボートに乗るとすぐ対岸へ。2‐3分で到着。だが思いの外、イミグレは混んでいる。窓口は一つしかなく地元民10人以上が待っていた。おまけに陸路入国はイミグレカードも必要で取りに行く。知り合いなのかマレー人の横入りもいてなかなか進まず。ようやく私の番が来ると係官はゆっくりとパスポートを眺め、そしてPCを見てから、『陸路3回目、ここは通れない』と言い出す。

私もノービザの場合、タイは年に2階しか陸路入国を認めていないことは知っており、その上で今回2回目を使おうとしたので、その拒絶には驚いた。懸命に説明すると何とか分かってくれ、すごい時間をかけて確認後ようやくハンコを教えてくれた。だが後ろで待っていたマレー人が怒りだした。その気持ちは十分に分かる。

タイ側はタクバイという名称の街だった。国境を歩いて出ると、バイタクからの声が沢山かかったが、全て誘い断ってソンテウを探す。何と国境付近では頼みのGrabは使えない。バイタクは40㎞、300bはかかる上、そんな時間高速のバイクに乗っていては体がもたないと思った。

何とかソンテウの居場所を発見したが、いつ出るかも分からない。運転手に話し掛けると、200b出せば、今すぐにナラティワートへ向かうという。これは安いのではないかと思い、その誘いに乗る。運転手はシンガポールに出稼ぎに行ったことがあり、その時日系企業で働いたらしく、日本びいきだったが、それ以上の英語会話は続かなかった。

40㎞は平たんないい道だったが、やはりバイクではきつかったろう。途中で乗客も乗ってくるなど、この辺の交通手段がどうなっているのか分からなかった。ここからハジャイや南部三県へ道は繋がっている。約1時間で街に到着。直前に調べたタンヨンホテルまで連れて行ってもらった。何とも有難い。

このホテル、朝食なしなら1000b。部屋は広くて開放的。ベランダがあり、強い西陽で濡れたい服が乾くのが良い。宿の前の中国系食堂で麺を食す。コーラで国境越えに乾杯、70b。残念ながら華語は通じなかった。

食後ビーチの方へ歩いて行く。広い公園にいい風が吹いている。家族連れ、カップルがランチを食べているが、ビーチで泳ぐ者がいないのは、ここがイスラム教圏だからだろうか。子供が波で遊んでいるだけだったが、何となくゆったりした気分になる。子供向け電車も走る。

帰りにモスクに寄ると近代的な建物だった。その先で突然おじさんに英語で声を掛けられる。何だかとてもフレンドリーで、日本が大好きだと言っていたが、この人は誰なんだろうか。更に行くと立派な時計台があった。タイ国内でも、ミャンマーなど他の東南アジア諸国でも、時計台を見ることは多い。なぜアジアの街に時計台があるのだろうか、というテーマで調べた人はいないだろうか。

一度宿で休息し、夕方夕飯を探しに出たが、食べるところはなかなか見つからない。そんな中、ハンバーガーを売る屋台を発見。若者2人でやっているのだが、何と日本サッカー協会と書かれたエプロンをしているではないか。話し掛けると英語も上手くて、『札幌』と言えば『コンサドーレ』、『アントラーズ』と言えば『鹿島』という感じでJリーグにかなり詳しい。さっきのおじさん同様日本大好き。思わずハンバーガーを購入。ついでに近所でフライドチキンも買う。合計68b。テイクアウトして部屋で食う。しかしこの宿、夜2時まで音楽が鳴り響き、うるさい。

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