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スリランカ紅茶の買付茶旅2016(16)さようならスリランカ

午後散歩

そのまま午前中は宿で過ごす。やはり余程疲れていたのだろう。特にやることがなかったので、旅行記などを書いて過ごす。部屋でネットが繋がらないので集中してできてよかった。昼過ぎになり、やはり腹が減る。取り敢えず散歩しながら食べ物を探すことにして宿をチェックアウトした。今日の夜中のフライトでバンコックに戻ることになっており、それまで如何に時間をつぶすか、に苦心する。

 

海辺の方へ歩いていく。暑いが風があり、何とか歩けそうだった。ビーチには相変わらず大勢の人々がいた。その周辺ではいくつものホテルが建設中であった。確か初めて来た4年前に、すでにシャングリラホテルの建設は始まっていたような気がするのだが、なぜかいまだに建設中だった。2015年には開業するとその時聞いていたので、相当に工事は遅れている。その間に、他の有名ホテルも次々に名乗りを上げており、かなりの競争になりそうだった。

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ただ地元の人によれば『ホテルが沢山出来ても、ホテル代が下がることはないだろう。むしろ上がる方向だ』という。何とも不思議な話だ。コロンボの一流ホテルは、他の国のものと比べて、相対体に設備やサービスの割には高い、というのが定説だった。ちょっとしたホテルは皆100ドル以上で、中級ホテルがない、というのも問題で、宿探しには苦労する。これからどうなるだろうか。

 

そのまま歩いていくと懐かしのゴールロードへ。4年前にあったボロボロのホテルも今や取り壊されて新しいホテル、ハイアットが建設中だった。ここで突然思い出したのが、以前訪れた日本食レストラン。あの時の感激が忘れられず、探してみると、今も健在でそこにあった。思わず入ってみる。中もほとんど変わっていない。ただ変わったのは料金だけ。昼の定食が1200rpから1700rpに大幅値上げとなっていた。これを見ても、スリランカの物価が如何に上がったかを推測することができる。しかも4年前は円高だから、日本円で1000円ぐらいに思えたものが、今では2000円近くする感覚になる。

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食事そのものは美味しいと感じられた。サービスは相変わらず、男子店員が英語で行っているが、これも悪くはない。昼を過ぎていたのでお客は多くなかったが、日本人の観光客、駐在員と思しき人もいた。確かアジアのベストレストラン50にも選ばれており、スリランカ人と日本人のハーフの人がオーナーだと聞いたが、今はどうだろうか。ここに座っているとスリランカにいることを忘れてしまう。

 

それからガイドブックを見て、紅茶屋さんを探す。コロンボで飲める美味しい紅茶屋さんが紹介されていたが、昨日一軒断られた?ので、他も見てみることにした。湖沿いにその店はあったが、中に入ってもお客はいなかった。いや、実は2階では誕生日会が開かれていたのだが、下の階は静かだった。ここはマークウッドが経営するティハウスだった。

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歩き疲れていたので、邪道のような気もしたが、思わずアイスティを注文する。これがまたほんのり甘くて実に美味しい。ごくごく飲んでしまった。ネットも繋がるのでしばし休憩して、パソコンに向かう。するともう動く気力がなくなり、長い間、そこに根が生えてしまった。アイスティだけでなくライムジュースもお替りしたことは言うまでもない。

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その後もう一軒のティハウスを探して歩きまくったが、どうしても見つからなかった。既に閉店したのか、私が道を間違えたのかは分らない。仕方なく疲れたので来たバスに乗ってみる。これが有り難いことにペダー行であり、一本で宿まで戻ることができた。ロビーでしばし休息した。

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そして最後の夕飯を食べに出た。大衆食堂に入り、コッティローティを再度食べてみたが、あまりに量が多く、また疲労感がすごく出てしまい、殆どを残してしまった。結局スリランカに来た時と似たような状況に逆戻りしてしまった。我ながら激しい旅だったな、とつくづく思う。宿に戻りロビーでネットをする。隣の席でフランス人の若者が大声で故郷の家族に彼の興奮を携帯で伝えている。あまりにうるさいのだが、誰も止めない。彼の喜びがどこにあるのかわからないが、そんな心境が分らなくもない。

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8時頃、スマが迎えに来てくれた。今回彼とは時間が合わず、会えないで帰ることになると思っていたが、空港まで送ってくれるというので、甘える。彼はキャンディの自分のお寺に戻ることすらままならないほど、多忙を極めていた。優秀な人材は、どんどん使われていく、いや使わないとスリランカの未来はない、ということだろうか。

 

私のフライトは午前1時40分だが、午後9時には空港に着いてしまい、スマとはすぐに別れた。少しするとチェックインカウンターが開き、出国審査を終え、待合室へ。免税店では中国人が紅茶など土産物を盛んに物色していた。中国行のフライトは一番端に設定されていたのがおかしかった。完全に隔離されている。その横には香港行きもあり、香港人がぶ然とした表情でフライトを待っていた。バンコック行は定刻に出発し、翌朝無事にスワナンプーン空港に到着した。今回の旅はこうして終わった。かなり疲労があったが、それは心地よい疲れに変わっている。

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スリランカ紅茶の買付茶旅2016(15)コロンボフォートとペターを歩く

10.コロンボ

歴史的な宿へ

コロンボの中央駅であるコロンボフォートは他の駅に比べれば大きな駅ではあったが、それでも中央駅と言ってイメージするほどの大きさではなかった。ただ駅前は東南アジアの駅、という感じでごちゃごちゃしており、方向性も分らなかった。取り敢えず乗客について歩き出したが、皆すぐにどこかへ行ってしまい、取り残される。

 

私は宿を決めていなかった。先日来の旅で、大きな駅前には手ごろな宿が必ずある、という法則を見出していたからだった。だが、この駅前にはどうもそんな感じのホテルは見られない。しかも山と違って、異常に暑く、耐えられない。仕方なく地球の歩き方を開くと、YMCAが近いとのことだったので、行ってみることにした。

 

フォート地区の比較的きれいな道を行く。すると、忽然と歴史的建造物が現れた。それがYMCAだった。あまりに古さにビビってしまったが、暑いので他を当たる気力もない。1882という数字が見えるから、100年以上前からここにあるのだろう。広いが薄暗いロビーの天井には扇風機が回っていた。ものすごくのどが渇いており、思わず冷蔵庫に入っていたコーラを飲ませてもらうほどだった。

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エアコンなしのドミトリー、ベッド1つが1500rpと言われたが、とても耐えられそうにない。エアコン個室、バストイレ付きを希望すると、突然7000rpになってしまったが、もうどうにでもなれと、そこに決める。エレベーターもない建物で、4階まで上がるのはちょっと大変だった。その奥行きもかなり広く、どれだけの人が泊まれるキャパがあるのか、想像すらできない。ただとにかく古いし、すごく清潔、という感じはない。

 

それでも部屋は窓もあり、予想以上ではあった。すぐにクーラーをつけて涼むと極楽気分だった。昨日まで山の天然の涼しさを体一杯感じて過ごしていたのに、都会に出るとすぐにダメになってしまうは辛い。ネットがロビーでしか、繋がらないのが、田舎を思わせる。ロビーまで行ってネットする気力がなく、しばし呆然とする。

 

少し腹が減ったので、外へ出てみた。駅と反対の方へ歩いていくと、おしゃれな店が数軒ある。更には観光客用のレストラン街も用意されており、ちょうど旧正月中の中国人観光客が押し寄せていた。私はどこかでネットを繋ぎたいと思い、ちょうどあったきれいなカフェへ入る。

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ここはデリマが経営する紅茶屋さん。折角なので、紅茶飲んで、ケーキでも食べようと思ったが、何と警備員のおじさんに『ネットは繋がりにくいから、向こうの店へ行った方がよい』と言われてしまいかなりメゲル。ガイドブックにも載っているお店なのに、何という対応だ。裏から追い出されたような気分。

 

仕方なく、カフェレストランへ入ると、なかなか雰囲気がよい。スパイシーチキンサンドが滅茶苦茶うまく感じる。紅茶も本格的で、お替りしたくなるほどだった。スリランカはこうでなければ、いけない。ソファーに座り、かなり長い間パソコンを使っていたが、店員は何も言わなかった。

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宿まで帰ると、やはりロビーはかなり暗いので、部屋に引き下がる。部屋にはちゃんと電気ポットがあり、紅茶のティバッグ、更には大きなパウダーミルクまでが用意されている。ここで淹れた紅茶は何ともうまかった。熱いシャワーを浴びて、エアコンをガンガンにかけて就寝した。いい気分だった。

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2月14日(日)

散歩

翌朝はやはり早く目覚めた。日曜日だが、何となくざわついている。小さな窓の隙間からヒルトンホテルが見える。この宿の立地はやはり素晴らしい。そう思い、外へ出てみる。朝はそれほど暑くもなく、散歩に適している。周囲は植民地時代の建物が立ち並び、その中に一部新しいビルも作られている。

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コロンボフォートの歴史は古く、16世紀初めにはポルトガル人がやってきて、その後オランダが占領して、要塞を建設した。現在残る建物は基本的にイギリス統治時代のもの。フォートは植民地時代の政治経済の中心地だったが、1980年代に行政の拡大に伴い、政府機能はコロンボから新首都である、スリジャヤワルダナプラコッテに移転され、今はその面影を残すのみとなっている。フォート北部には港もあり、今でも稼働している。

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時計台のあたりから、街が少し変化する。スリランカ一の商業地区にペターに入った。ここは完全な多民族の街。ヒンズー教、仏教、イスラム教が併存しており、各宗教の寺院があり、様々な人々が行き交っている。昔のコロンボがどのような場所だったのかを、何となく垣間見た気がした。

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朝が早すぎて、どの店もシャッターが閉まっている。少し駅の方へ近づくと、野菜などを売る市場があるが、朝ご飯を食べたくなるようなものは見当たらなかった。パンが食べたかったが、甘いものか、カレー系の揚げパンだった。かなり疲れてしまい、結局朝飯も食べずに宿へ帰り、寝入ってしまった。

 

スリランカ紅茶の買付茶旅2016(14)コロンボまで列車旅

2月13日(土)
9.コロンボまで
長距離列車の旅

朝は6時台に、鶏の鳴き声で起きた。朝日がまぶしい。少し霧のかかった茶園が窓から見え、なんとも好ましい。何しろ駅のすぐ横に泊まっているアドバンテージは大きい。慌てる必要もなく、ゆっくり過ごしていた。だがいざ出発の時間になって、急にトイレに行きたくなるなど、ちょっと緊張感がなかった。疲れていたのかもしれない。外に出ると天気は良かった。鍵を返して駅へ向かう。

 

駅の入り口はかなり込み合っていた。切符を買うための長い行列ができている。こんなに人が乗るのだろうか。何とか人垣をすり抜けて、ホームに達すると、そこには白人バックパッカーや観光客の姿もあった。また中国人の鉄道オタクと見られる2人連れが、しきりに写真を撮りまくり、1つ1つの場所について、何やら確認していた。私もシャッターを押す。残念ながら、日本人の姿はなかった。

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定刻を少し過ぎたころ、列車が入ってきた。意外と正確な運行がされている。1等車は後ろの方で待つ。大勢の人は前の方の3等車へ。自由席なのか、我先に乗り込む。私は悠々と乗り込み、指定された席に着く。乗客はそれほど多くはない。主に白人の観光客が乗っており、ほんの少しだけ、スリランカのお金持ちの夫妻がいた。1等車両は1両しかないようで、隣は2等車だと言われたが、座席が少し良い以外は、それほどの違いは感じられない。これなら料金が半分である2等の指定席で十分だったと気が付いたが、後の祭り。まあ、折角なので1等列車の旅を楽しもうと思う。

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車掌がきちんとした制服を着こんで、切符のチェックに回ってくる。この辺はイギリス仕込みだ。さすが1等車、エアコンはかなり効いており、ずっと乗っていると寒くなる。テレビ画面もあり、インド映画が映し出されている。これがなかなか面白くて、見入る。列車はミャンマーほどではないが、やはりゆっくりと走っており、基本的に各駅停車、特急やら急行やらはないように見える。朝早かったので、皆思い思いに寝込んでいる。

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今回この列車に乗ったのには理由があった。それは車窓から茶畑がきれいに見えると聞いたからだった。30分も走っていくと、ところどころに茶畑が出現してきた。緩やかに曲がるカーブから車両が見えて、何ともよい感じだ。ただ車窓から写真を撮ろうと思うのだが、うまくは撮れない。よい風景があれば、乗り降り口まで行き、停車中にそこから乗り出して撮るしかない。これが3等車なら、元々ドアがないから、自由自在だったろう。1等は不自由だ。そこには常にカメラオタクの白人が陣取っていて、なかなかうまくいかない。しかも車掌が鍵を開けない限り、このドアは閉まったままだった。

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列車から茶畑を眺める旅、それは残念ながら退屈なものだった。窓が開かないため、香りが飛んで来る感じはない。一面の茶畑がずっと続く訳でもない。30分も見ていれば、もういいや、という感じになる。恐らく茶畑を見るだけなら、ヌワラエリアからキャンディまでの3時間も乗れば十分だろう。

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その内に腹が減ってくる。朝から何も食べていなかったことに気付く。だが、この列車には食堂車などは付いていない。そしていわゆる車内販売などもない。白人観光客は、宿泊先ホテルからランチボックスを調達しており、ぼちぼち食べ始めていた。たまに停まる駅でも食べ物を売っている雰囲気がなかった。どうするんだ、コロンボまで9時間もあるんだぞ。すると、停車駅から若者が乗り込んできて、ペットボトルの水や飲料の販売を始めた。取り敢えず1本購入した。50rpは高いか。

 

そして次の駅ではホームに物売りの姿があった。見てみると、揚げ物を売っている。まずは食糧確保を優先し、最小限の食べ物を乗り出して買ってみる。正直昨日から疲れが出ており、食欲はさほどない。揚げ物を食べる気にはなれなかったが、他に方法がない。だが食べてみると意外にうまい。そうこうしているうちにハットンに着いた。ここは先日クマさんたちとの茶園巡りの中で通り過ぎた街だった。私はスリランカのこの付近の地理がほとんど頭に入っていなかったが、随分と遠かったんだな、としみじみ思う。いや、列車の速度が遅く、車の方が速いということだろうか。

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キャンディまではハプタレーから5時間半ぐらいかかった。ここではペラデニアジャンクションというのがあり、一度キャンディの街に入ってから、また出てきて方向を変える。この辺は鉄道マニアのツボ、らしく、何台ものカメラが設置され、この駅で一度降りて、折り返してきた同じ列車に乗り込むものもいた。キャンディの街は以前の記憶からすると、ビルが増え、随分と発展しているように見えた。他の駅が大きくなかったので、巨大な街、巨大な駅が出現したような印象を受けた。

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勿論ここで多くの観光客が降りて行った。私も列車の旅に飽きていたので、降りてみたかったが、列車料金がコロンボまで行っても、ここで降りても変わらなかったことから、もったいないと思い?そのまま乗ってしまった。更には降りても宿を探すのが面倒だった、というのが本音かもしれない。

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ここから先はかなり単調な風景となり、携帯の電池も切れ、もう眠るしかなかった。因みに充電器は車両に幾つもなく、充電の機会を逸してしまった。少しずつ都会に近づいているように見え、また田舎の農村風景に戻り、そんなことが繰り返されていた。そして時々停まる駅の乗客がやはり少しずつ洗練されてきて、若いカップルが仲良くベンチに座っている風景なども見えてきた。ルアさんの家のあるガンバハも通り過ぎた。そして午後4時過ぎ、ついに列車はコロンボフォートに入った。

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スリランカ紅茶の買付茶旅2016(13)リプトンが作った茶工場

ダンバッテン工場

そしてついに7㎞の道のりを歩き通し、ちょっとした集落に入り、ダンバッテンの茶工場が見えてきた。リプトンシートから2時間はかからずに降りてきたことになる。確かに白人の若者たちが何人か歩いていたが、実はそれほど大変な道のりではなかったのかもしれない。私の場合、突然バスから降ろされて、歩けと言われたので、そのショックが大きく、覚悟がなかっただけかもしれない。

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いずれにしても工場に入れば、お茶は飲めるし、休息も取れるだろうと思ったが、それはある意味で間違いだった。工場の門は開いていたので、中に入る。まずはトイレに行こうと思い、探すがなかなか見つからない。おばさんがこっちだと手招きしたので、ようやく用を足した。工場の一番端にあったのだが、出てくると、おばさんがチップをくれという。こんなのは初めてだった。ここは観光地化されているのだろうか。

 

工場に行き、紅茶が飲みたいというと、『テースティングはない』と素気無く言われ、『ティショップもないので、ここではなにも飲めない』と冷たく言われてしまう。せっかくここまで来て、お茶も味わえないのは正直ショックだったが、仕方がない。何とかお茶は買えないかと、聞き返すと、マネージャーが呼ばれてきて、箱に入ったBOPを無造作に差し出す。これを購入してあとは諦める。

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この工場はトーマスリプトンが1890年ごろに、スリランカで初めて建てた茶工場として有名らしい。そういうことで世界中から観光客が来る。その対応は有料の工場見学のみで、テースティングは付かない。何とも味気ないものだった。私はクマさんの買付についていった後だったこともあり、それでは到底満足できずに早々に引き上げることにした。因みに見た感じではリプトンを思わせる物は、ここには殆どなかったが、いまだにここで作られた茶はリプトンが大量に購入しているとの話も別途聞いた。

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ここからはバスがあるはずだと、探していると、急に汽笛のような音がした。そこまで急いでいくと、今まさにバスが出ようとしていたので、慌てて乗り込む。バスに下校途中の小学生などが乗っていたが、観光客はほんの少しだけだった。来た道と同じところを折り返していくのだが、午後の日差しは強く、かなりの暑さだった。汗だくなるが勿論冷房などない。途中からは人が沢山乗り込んできて、車内は一時満員となり、その暑さが半端ない。

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30分後にバスは見慣れたハプタレーの街に入ったが、ここが終点ではなく、人が次々に乗り込んできて、降りるのに苦労した。街中は山とは違い、暑さがひどかったので、すぐに宿に戻る。そして腹が減っていたので、そこでコーラを飲み干し、サンドイッチを頬張る。まあ、とにかく相当の運動の後の爽快感があった。そこから眺めていると、ちょうど列車がやってきて、人々が降りてきた。列車の人々もドアを閉めない3等車では、白人が足をブラブラさせて、乗っていた。エアコンなどないのだろう。一見のどかな光景であることには違いはないが、何となく怖い。

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街歩き

もう疲れたから、今日は休みと思ったが、まだ少し体力が残っており、夕方散歩に出た。もう一度駅舎へ行くと、線路が夕日に照らされてきれいだった。再度コロンボまでのチケット代を確認してみると、何とここからキャンディまで行っても、コロンボまで行っても、料金は変わらなかった。しかも2等車になると、どこへ行ってもすべて同じ料金、こんな体系は初めて見る物で、ちょっと驚いた。

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私は帰りのエアチケットのコピーを持っていないことに気が付き、プリントできるところを探した。インドほどではないにしろ、空港に入る時、チケットを提示しないと面倒だと考えたのだ。だが、この街でプリントやコピーのできる店はあまりないようだった。街中をクルクル歩いてみたが、見付からない。1軒だけ看板が出ていたが、そこは閉まっており、なぜか数人の男がそのシャッターをこじ開けようとしていた。なんだろうか。ようやく見つけた写真屋で無事プリントができたが、それもかなり時間が掛かった。

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それからこれまで歩かなかった、丘になっているところを登ってみる。この辺には安宿があるようで、白人がバックを背負って登っていく。ヒンズー寺院が下に見え、教会が横にある。降りてくると、線路脇で野菜を売る人がいる。その向こうの商店では酒を売っている。スリランカでも酒の販売はかなり厳しく取り締まられていると聞いていたが、確かにどこでも酒が買えるわけではないらしい。

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夜は近くの店でブリヤニーを食べたいと思ったが、何と売り切れだった。仕方なく別の店を探していると、何となくうまそうな匂いがしてきたので、そこへ入る。コトゥロティという食べ物を注文してみる。これはロティを刻んで、肉や野菜を一緒に炒める物で、ちょっと中華的な雰囲気がある。ピリ辛で美味しいのだが、一人が食べる量としては、多過ぎ、腹が異常に膨れた。チャイも飲んで暗い夜道を退散した。

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宿に戻ると、ロビーに白人など数人が座り、ビールなどを飲んで楽しそうに話していた。挨拶だけはしたが、その輪に加わる気力がなく、早々に部屋に入り、寝てしまった。翌朝起きだしてみると、ちょうど女性が部屋から出てきたのだが、なんと彼女は日本人の一人旅で、昨晩から私が日本人だと気付いていたらしく、『おはようございます』と言われたのが、とても新鮮だった。そろそろ疲れがピークに来ていた。彼女はリプトンとシートに向けて出発した。既に私より多くの情報が頭に入っていた。

スリランカ紅茶の買付茶旅2016(12)リプトンシートに這って上がる

10:30にバスは満員で出発した。この小型バス、かなりの年代物で、シートも壊れかけていたが、とにかく席があったので、特に問題はなかった。バスはすぐに上りに入り、茶畑は見えた。景色は良いし、天気も良い。何だか遠足気分だった。山道を30分ぐらい行くと、ダンバッテンの茶工場を過ぎた。そこにはトゥクが沢山停まっていた。やはりここからリプトンシートへ行く人はこれに乗るしかないのだ。私はラッキーだったと思ったのだが。

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そこから10分ぐらい行く。どこにシートはあるのだろうか、シートとはどんなものだろうか、トーマスリプトンがここに来た、というのだから、立派な山小屋でもあるのだろうなどと思っていると、車掌が突然降りろ、という。シートはどこだ、と聞くと、遥か山の絵上を差して、ここから歩いて行け、というではないか。どう考えても騙された思いだった。降りたのは私だけだった。バス代は50rpだが、その代償は大きかった。事前調査の旅というのはこのような危険がある。あとで見てみると、リプトンシートの2.5㎞前あたりで降ろされたらしい。

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本当に周囲に家もない、人気もないところにポツンと降ろされ、去っていくバスを見送った。仕方がないので指さされた方、茶畑の階段を下りて、山へ登る道を歩いていく。すると、周囲が一面すべて茶畑になる。天気も良く、空気もよく、茶の香りがする。まるで春の野でお花畑を歩いているかのような気持ちよさがあった。歩いているとさっきのバスのことなどすっかり忘れてしまうほどだった。茶摘みも行われているが、私の他には誰もいない。何という贅沢な時間だろうか。

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途中でゲートがあった。トゥクが止められ、入場料を払っている。私はその横を通り抜けようとしたが、何と歩いて上るものからも50rpを徴収した。一体この上には何があるというのだろうか。その内、上りがきつくなる。横を数台のトゥクが通り過ぎたが、山の小道は切り返さずに曲がることはできないほど狭かった。トゥクには中国人のカップルや、白人女性などが乗っており、風を巻き起こして進んでいった。太陽は燦々と照り付け、熱さを感じるようになってきた。

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私は道を外れ、茶畑の中の階段を上ってみた。もっときつかったが、他の方法がなく、無理やり登り切った。それでもまだ頂上には着かない。もう止まってしまいそうな勢いになったころ、ついにトゥクが駐車しているところが見えた。車も停まっている。あまりに疲れたので、まずは小屋があるところに上がる。水を持っていかなかったので、水分補給が必要になる。小屋では注文すれば紅茶が出てきた。何とも有り難い。勿論お茶の品質などは問わない。50rp。おやつも出てきたが、それには手を付けなかった。それほどまでに疲れていた。

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リプトンシートと言われるものは、崖の先端にリプトンが座っている像があるだけで、完全に期待外れだった。トーマスリプトンは1890年ごろ、スリランカにやってきて、この辺を調査した、その時に休んだ場所、そして友人たちを案内した場所だ、と説明されていたが、本当にここに来たのは1度ぐらいではないのだろうか。それほどに何もないし、今やってきても大変なところだ。単にここで景色を眺めて、休んだというのならよくわかるがどうだろう。小屋の上には展望台のようなものが作られ、皆はそこに上がって、周囲を見ていたが、私はそんな気にもなれない。元々高所恐怖症だし、風も結構強かった。それよりはとにかく休息が大切だ。

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何しろ、他の皆さんは見学が終わると早々にトゥクに乗って降りていく。だが私には乗せてくれるトゥクはないのだ。歩いて降りる以外に本当に方法はなかった。しかもその道のりは下りとはいえ、先ほどバスを降りた場所より、はるか先、7㎞の道のりでようやく茶工場に着くのだ。これはいくら天気が良いと言ってもかなりの距離だ。

 

ダンバッテンまで歩いて降りる

それでもここにずーっといてもやることはない。とぼとぼと山を下り始めた。上りに比べれば下りは楽だ。軽快に降りていく。茶畑の水路の補修をしているおじさんがいた。茶畑でこんな人を見ると、日常を感じる。30分ぐらいでバスを降りたあたりまでやってきた。やはり早い。だが暑い!そこでは茶摘みを終わった女性たちが、茶葉を持ち込み、マネージャーが計量をしていた。これで一日の稼ぎが決まるのだ。皆真剣だった。マネージャーは若い男性、彼は英語も出来たので、少し話を聞いた。最近は天気が不安定で、収穫にばらつきがあるようだ。人件費などコストはどんどん上がっていくが、茶価は一向に上がらない、そんな不満も漏らしている。

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小さな教会もあった。茶摘みをしているタミル人はヒンズー教徒だとおもっていたが、改宗などが進んでいるのだろうか?マネージャーたちはキリスト教徒なのだろうか。その先ではまだ茶摘みを行っていたが、なんと摘んでいる人の中に何人か男性がいた。これもまた珍しい光景だ。聞いてみると、最近は男性の摘み手が増えているという。仕事の機械化が進み、男性の仕事が減少したからだろうか。女性が減少しているのだろうか?

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道路脇で弁当を食べている子供がいた。小学生だろうか、こんな大自然の中、茶畑を見ながら弁当を食べる!いいなと思い、私も持っていたビスケットを出して食べてみる。結局1時間ぐらい歩いて、初めてまとまった集落を見る。特に問題なく歩いてきたのだが、何となくホッとする。その先の道には沢山の学生が道を下っていく。こんな通学経路、羨ましいとしか言えない。茶葉を運ぶトラックが通り過ぎる。周囲がすべてお茶に見える。

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スリランカ紅茶の買付茶旅2016(11)バルコニーで紅茶を

街歩き

今日の宿が決まったので、早速駅へ向かい、明後日のコロンボ行の切符を買いに行く。ルピーの現金が少ないので、両替しようと思ったが、すでに銀行は閉店時間だった。仕方なくラオスの時と同様に、タイのカードを銀行脇のATMに突っ込んでみると、ここでもちゃんと、1万rpの現金が出てきた。勿論両替レートは悪いだろうが、何とも便利な世の中になったものだ。日本の銀行カードは海外で現金を引き出せるのだろうか?

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ハプタレーの鉄道駅へは線路に沿って行ってみた。というか、地元の人は線路の上を歩いていく。それほど列車は来ないということだろう。すると先ほど来た列車を見たことは吉兆だったのか。駅舎はかなり小さいがいい感じで嬉しい。標高は1431mとの表示がある。駅構内には自由に出入りできる。というか、構内に入らないと、切符は買えない。駅長室のようなところへ行くと、全ての調度品がレトロでなんとも好ましい。

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そこでコロンボ行の切符を買う。1日、5本あるようだが、都合のよい電車は朝7:45発だった。1-3等までのランクがあったが、取り敢えず1等を買ってみる。それでも1250rp。2等ならその半額だ。3等は更にその半額。分りやすい。席を指定しないと多少安くなるようだった。一体どんな列車なのか、乗るのが楽しみになってきた。

 

駅の前の道を戻る。すぐ近くに質素なカフェがあった。白人が数人、サンドイッチを食べたり、飲み物を飲んでいた。よく見ると、そこの下に通じる道があり、ゲストハウスになっていることが分かる。ここに泊まれば、明後日の朝が早くても気にならないと思い、部屋を見せてもらった。今日の夜泊まる部屋に比べるとかなり落ちる。そしてバストイレも共同できれいではない。だが、駅までの便利さと、さらに明日宿を探す手間を考えて、ここを予約した。窓からの景色は良い。でも2000rpは高過ぎると思うのだが、どうだろうか?

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疲れたので、宿へ帰り、バルコニーでネットを繋ぐ。紅茶が飲みたいな、と思うと、何とこのバルコニー、レストランに繋がっていた。紅茶を注文すると、ボーイが反対の通路から運んできた。ということは、このバルコニーは単なる通路だった。となると、人がここを通るわけで、あんまり変な格好でいる訳にはいかないようだ。

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それにしても、バルコニーでティーポット(300rp)から紅茶をカップに注ぎ、ゆっくりと雄大な景色を眺めながら飲むのは、何とも爽快な気分だった。一人になった寂しさよりも、むしろ開放感が漂う。夕方の風景が徐々に流れるように変化する様子を見ながら、時間を忘れて過ごしてみる。この4日間は実に忙しかった。そしてその前のミャンマー、ラオスの壮絶な旅のダメージからよくここまで立ち直ったものだ、と自ら感心する。

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今日はもう動く気はない。夕飯もレストランに注文して、バルコニーで待っていたが、周囲が暗くなる。そして外の電球が切れており、外灯がなくては相当に暗い。これでは食べることができないので、仕方なくのっそりと食堂に入っていくと、韓国人のカップルが驚いていた。焼きそばとスープを食べて、早々に退散する。今晩はとにかく一人がいい。

 

バルコニーでは何もできなくなり、部屋に入ると本当にすることがない。いや、実際には明日の行動の準備とか、調べものとか、原稿を書くとか、やることは色々あるのだが、ようはやる気が起こらない、というのが正しい。熱いシャワーをゆっくりと浴びる。ロビーでは酒が出されるので、白人の酔っぱらいの声が相当にうるさかったが、ボーっとしているうちに、疲れがドーッと出て、寝こけてしまった。これは幸せな眠りだった。

 

2月12日(金)

リプトンシートへ

翌朝は当然早く起きて、バルコニーでボーっと周囲が明るくなり、日が差していくのを見ていた。朝食も食べ過ぎから控え、紅茶を頼んで、持っていたクッキーで済ます。これで体が軽い。ハプタレーですることは何もないが、せっかくここまで茶旅をしてきたので、茶工場へ行ってみようと思う。ダンバッテンという工場があるらしい。

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昼前には戻れないかもしれないので、名残惜しいが宿をチェックアウトして、荷物を引いて坂を上り、昨日予約した駅近くのGHに移る。こちらの部屋も空いており、鍵をくれたので、荷物を部屋に置くことができた。窓の外から眺める景色はこちらも素晴らしい。茶畑もよく見える。部屋は良くはないが、ロビーの雰囲気は昔の別荘のようで、素晴らしく見える。ここでボーっとしていたかったが、元気が余っていたので動き出す。

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バスターミナルで聞くと、その裏からダンバッテン行のバスは出ているという。だが、ここに本当に来るのだろうかと迷っていると、トゥクトゥクの運ちゃんが声を掛けてくる。ダンバッテンまで500rpだというのだが、時間も有り余っており、断ってしまった。ところが10分経っても20分経ってもバスは来なかった。こんなことならトゥクに乗ればよかったのに、と後悔したが、スリランカの運ちゃんはインドとは明らかに違って、全くしつこくない。こちらが来てほしいと思っていても、誰も寄ってこない。お行儀が良すぎるだろう!

 

そこへ小型バスがスーッと前を通った。何となく見ていると、何と英語で『Lipton Sheet』と書いているではないか。ガイドブックには、リプトンシートへ行くバスはない、と書かれており、そこへ行くのは諦めていたのだが、車掌に聞くと、確かに行くというのだ。但し今戻ったばかりなので、出発は30分後と言われるが、それは気にならなかった。ダンバッテンより向こうに歩かずに行けるなら、待とうと思う。トイレに行き、飲み物を買い、時間をつぶす。その間にダンバッテン行バスもやってきたが、もう乗る気はなかった。

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スリランカ紅茶の買付茶旅2016(10)一人でバスに乗りハプタレーへ

ついに一人旅へ

ルフナの茶園訪問はこの1軒で終了した。ルフナではこの茶園を見れば十分とのことだった。これ以上、忙しいルアンさんに迷惑を掛ける訳にはいかないので、一人で行動する旨を申し出た。行先は今回行っていないウバのハプタレーにした。特に理由はない。行ったことがないからだ。ハプタレーまで車で送ってもらっては、ルアンさんたちが帰るのが大変になる。検討の結果、ラトナプーラでバスに乗せてもらい、そこで別れることになった。

 

まだ時間的には早かったが、軽く昼ご飯を食べることにした。道沿いのおしゃれなカフェに入る。近くに茶工場が見えたが、このカフェも茶園経営者がやっていると聞いた。2階は結婚式の披露宴会場のようだった。スリランカでも結婚式は盛大に行われるということを4年前のコロンボで見てきていたのだが、地方都市でもそれは変わらないらしい。

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美味しそうなパンが並んでいたが、チキンパンとツナパンを選んでみた。ちょっとスパイシーだが、予想よりはるかに味がよかった。パンそのものがしっかりしている。しかし何だか食べていると疲れがどっと出てきた。これから一人になることに対する、面倒くさい、という感覚からだろうか。これはいつも起こる現象ではあるが、ワクワク感より、緊張感が先走る。

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車はラトナプーラの街中へ入っていく。バスターミナルを見つけ、ルアンさんが聞いてくれたところ、ここ始発でハプタレー行のバスはないということだった。しかもターミナルに入るバスではなく、通りを過ぎているバスの中から、ハプタレーを通過するバスを探して乗り込まなければならないということが分かる。一人だったら、ちょっと面倒だったな。

 

これはいつ来るかわからないな、と思っていると、突然ルアンさんがあれだ、と走り出す。私も追っていくと、このバスがハプタレーへ行くと確認でき、急に乗り込むことになった。私は大きな荷物を持っていたが、席が空いていたので、ルアンさんがバスに押し込んでくれた。荷物は車掌とルアンさんでどこかへしまい込んでしまった。何とお世話になったYさんに挨拶する間もなく、バスの座席に座る。これは大変申し訳なかったが、如何ともし難い。バスはほぼ満員の乗客を乗せて走り出す。ルアンさんが手を振って見送ってくれた。

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ハプタレーまで

このバスはローカルバス。どこから来て、どこへ行くのか文字が読めず分らない。しかしよくよく見ると小さな字で英語表記があり、コロンボ-バッドゥラと書かれていたので、コロンボから来たのだろう。いずれにしても結構長距離を走るため、バス自体はしっかりしたガタイを持っていた。以前スリランカで乗ったことがあるのは、インターシティという長距離バス。こちらは座席も広く快適だったが、今回は座席が狭く、しかも堅かった。それでもラオスを経験していると、なんということもないと思えるのが、自分でもすごい!

 

乗客は相当乗っており、立っている若者もいた。快適のバスの旅、という感じはなかった。窓から心地よい風が入ってこなければ、ちょっと息苦しかったかもしれない。ラトナプーラを出て、国道をひた走っていく。勿論途中で降りる人、乗る人がおり、ちょくちょく停まる。その度に車掌がテキパキと動く。彼は簡単な英語を話す。実は自分の荷物に不安があったのだが、彼なら安心だと思えた。因みにバス代は200rp、安いのだろうか。

 

バスは単調に進んでいく。田舎道を走り、小さな街を通過する。景色もあまり変わらない。老夫婦がもたれ合うように寝入っている。如何にもローカルバスの風情だった。1時間半ぐらい経って、トイレ休憩があった。午後1時半過ぎだったが、ランチタイムだったのだろう。スリランカでも『ホテル』は『レストラン』の意味であることが多く、ここでもそのように表示されていた。私はトイレに行っただけで暇を持て余した。同じ行き先の別会社のバスも停まっていた。こちらの方がきれいに見えたが、2社が競っているようだ。

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そこから30分、ウトウトしていたら突然車掌が『着いたぞ』と声を掛けてきた。外を見ると、線路が見え、そしてちょうど列車がやってきた。その道路脇で降ろされる。降りたのは数人だけだった。懸命に車掌を捕まえて、荷物は、と聞くと、慌てるな、と言って、バスの後ろのトランクから出してくれた。そして笑顔で別れた。

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 7.ハプタレー

眺めの良いホテルへ

さて、ここからどうするか。全く何も決めていない。ハプタレーはかなり小さな街のようだった。少しにぎやかな方に進むが、ホテルらしきものは見えない。バックパッカーの白人が数人、歩いていくので、付いていこうかと思ったが、何となく疲れており、止めた。

 

旅行作家Sさんの旅なら、まずは何を置いても、駅に行き、次の目的地の切符を買うだろうが、私はまずは宿を決め、荷物を下ろしてから、ゆっくりと駅へ行きたい。そういう旅だ。仕方なく、バンコックで念のため購入しておいた地球の歩き方を取り出して眺めると、現在位置からすぐのところに眺めが最高のホテルがあると書かれていた。料金も手ごろだったので、行ってみることにした。

 

かなり分り難い小道を下っていく。もしこれで部屋がないと言われると、この坂を上がらなければならないな、と思いながら、ホテルに入っていく。マネージャーが出てきたので、部屋はあるか、と聞くと、ちょっと考えてから、1泊だけならちょっと広い部屋がある、という。

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その部屋は入り口の横だった。しかもベッドが3つある3人部屋だが、清潔感があり、しかもロビーに近いため、部屋でもWi-Fiが繋がる。熱いお湯も出るという。そして何といってもバルコニーがあり、そこからの景色が異常に素晴らしい。これで1泊2500rpなら、誰も文句はない。本当はもう1泊したかったのだが、まあ、今日はラッキーだった。

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スリランカ紅茶の買付茶旅2016(9)ルフナの改革者

2月11日(木)

ルフナへ

翌朝は5時起き、5時半には宿をチェックアウト。ルアンさんが車で迎えに来て出発。Yさんもご一緒することになった。真っ暗ななか、車は近くの高速道路に乗り、コロンボ市内を避けて進んだが、周囲はトンデモナク濃い霧に包まれていた。6時過ぎにはすでに明るくなり始めたが、それでも前が見えないほどの霧だった。いよいよ天気が崩れる兆候なのだろうか。

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それにしても高速道路は本当に早い。車もそれほど走っておらず、僅か1時間半で、ルフナの茶園近くまで来てしまったのには驚いた。キャンディへ行くのは3時間ぐらいかかるので、ルフナが如何にコロンボから近くなったが、話に聞いてはいたが、実感できた。全ては高速道路のお陰、そしてそれを短期間に作った中国のお陰ということになるのだろうか。

 7.ルフナ
ジャングルレストラン

茶園に行くにも早過ぎるということで、まずは朝ご飯を食べる。クマさんが『ジャングルレストラン』と言っていた店にやってきた。道路沿いの店で、ジャングルとは言い難いが、周囲には林がある。ここでローティを頂く。ローティはインドでいつも食べているが、ここではローティを四角く刻んで、そこに色々な付け合わせを掛けて食べるのだが、それはホッパーを食べるときに似ていた。いずれにしても抜群にうまいことは間違いがない。クマさんがルフナに来る時、必ずここで朝ご飯を食べるという意味はよく分かった。

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しかもここで出てきたキリテーはなぜかとても美味しい。その理由を聞いてもらうと、すごく良い茶葉を使っていることが分かった。安くておいしいお茶を、楽しく、気楽に飲めることは、実に重要なことだと思う。このレストランに人が引き寄せられる由縁であろう。

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それから10分ぐらい走ってまた車が停まる。普通の民家の横だったので、何があるのかと訝ったが、ルアンさんが『あの家を見てください。家の横に茶樹が植わっていますね。ルフナでは一般の民家でも茶葉を栽培して、茶工場に売却しているのです。これがルフナの大きな特徴です』と説明してくれた。確かに椰子の木の下に茶樹がまとまって植わっている。こんな場所はこれまで他では見たことがない。但しその民家茶園は1つずつがものすごく小さくて、これで茶がどれほど出来るのだろうかと、と心配になるほどだった。

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ルフナの茶園で

それからまた車でゆっくり30分ぐらい行ったところに、今日の訪問地、ニュービタナカンデ茶園があった。ここがルフナで一番大きな茶園らしい。事務所へ入るところで工場長が恭しく出迎えてくれた。ここは民間経営と聞いていたので、やはりお客対応からして違うな、と思っていたら、Yさんとの関係がことのほか深い茶園だということが分かった。

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実はYさん、ルフナ紅茶を日本に広めた人らしく、ここでは大恩人だと言われている。もし事前にここのオーナーに訪問を伝えれば、コロンボに居ても飛んで帰ってきてしまうので、気を使って今日の訪問は伏せていたようだ。工場長が工場内をすべて案内してくれる様子を見ても、VIPであることがよくわかる。Yさんは私のために付いてきてくれていた。有り難い。

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私はスリランカの紅茶について詳しいわけではないが、一般的な印象として、ルフナと言えば、低地で作られるグレードの低いお茶、ということで、日本でも扱う人はいなかったようだ。それをYさんが『ルフナにも美味しいお茶があるよ』と言って宣伝に努め、自らも販売して見せたという。このような努力のもとに、一般人は少しずつルフナ茶を受けて入れていっただろう。今回はディンブラとルフナの印象がかなり変わった旅となった。

 

特にここで作られていたOPは美味しいと思った。人のよさそうな工場長も笑顔で『これは自信作です』と言っていた。この茶園は1940年に創業、1972年に国有化されたが、その後また民営化されたらしい。先ほど見たような民家茶園を含め、5000もの茶葉供給者がいるというのも驚きだった。『決められた日に係員が摘み取られた茶葉を回収に行きます』とまるでゴミ収集車のように言うのがユニークだ。そして『最も重要なのは品質ですから、茶葉栽培の専門家が定期的に各地を回って指導しています。勿論茶葉回収時にも、指導します』という。これは効率が良いとは言えないが、地域密着型の面白い方式だろう。

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茶園のマネージャーがやってきて、マネージャーの住むバンガローでお茶を飲みましょう、と誘ってくれた。これもYさんのお陰だ。イギリス式のスリランカではマネージャーの地位は高い。バンガローも立派な家だった。彼はまだ50歳ぐらいで、その改革者精神と科学的知識を買われて、オーナーにスカウトされたらしい。家族は子供の教育の関係でコロンボにおり、単身赴任している。スリランカでも教育問題があるんだな!なるほど。彼自身が流ちょうに英語を話し、一流大学を出て、経営学も学んで実践しているようだ。

 

この工場では彼を迎えて、改革をしようとしていた。『これまでのオークション一辺倒ではダメだ』とはっきり言う。とにかくオークションを通さずに、直接輸出を図りたい。既に中東を始め、ヨーロッパや中国に輸出を始めているようだ。今後それを伸ばすためには個性のあるお茶を作り、価格を高めていく必要もある。価格競争では既にケニアには全く太刀打ちできない。しかもスリランカの技術者がケニアで指導しているため、品質でも追い付かれつつある。日本市場についても質問もあったが、私は的確には答えられない。

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工場長も手伝ってお茶を淹れてくれ、お菓子も出てきた。『このレモンパフはうまいぞ』、というので食べてみると確かに私好みの味だった。紅茶を飲むのに何を食べるかも重要な要素だった。短い時間だったが、とても楽しいひと時だった。彼らはまたすぐに工場の指揮に戻っていった。

スリランカ紅茶の買付茶旅2016(8)突然ネゴンボの港で魚を買う

6. ガンバハ
こんなところに韓国料理屋

午後1時過ぎに、今日の目的地、ガンバハに到着した。ここはルアンさんの家がある場所だった。空港にも近いので、クマさんはルアンさんの家で休息後、時間に合わせて空港に向かう段取りとなっていた。まずは昼ご飯を食べようというので、レストランへ向かう。そこは線路の近く、ガンバハにも鉄道が通っていることを初めて知る。というか、ガンバハがどの辺にあるのか、私には皆目見当がつかない。車に乗ると地理的感覚がなくなる。

 

ルアンさんがよくいくというそのレストランはなんと、韓国料理屋というではないか。こんな田舎、と言っては失礼だが、コロンボから50㎞以上は離れた場所に韓国人が来て、店を開いたというのか。最近アジアでは中華料理屋と並び、いやむしろ中華をしのぐ勢いで、韓国料理屋が増えているのは事実だが、なぜこんなところに。店はいい雰囲気の庭がある、一戸建てだった。

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我々が席に着くと、まもなくオーナーがやってきて、ハングルで声を掛けてきた。こちらが分らない、というジェスチャーをすると、『ああ、日本人ですか』と英語でそれだけ言って、すぐに引っ込んでしまった。恐らく韓国人が来た場合のみ、母国語で対応することになっているのだろう。まあ、日本人の海外の店でもよくあることなので、気にはならないが、いくつもある疑問をぜひ聞いてみたかったのだが、その機会を失ってしまった。

 

基本的にルアンさんが、スリランカ人スタッフと話してメニューを決めたため、韓国料理は全く出てこずに、普通のスリランカ料理が出てきた。この辺がはっきりしている。この店はさっきの韓国人とこの土地を持っているスリランカ人の共同経営であるという。どうやって知り合い、どのような経緯で店を開いたのだろうか。とにかくお客には地元のスリランカ人が多いのだ、ということはよくわかった。デザートが甘くて美味しかった。

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空港からネゴンボへ

そしてルアンさんの家へ行く。庭のあるいい家だった。Yさんはここに1か月、居候しているらしい。クマさんは今晩の夜行に備えて、早々にシャワーを浴びに行く。私は庭が見えるテラス?で、椅子に座りゆったりする。そこへお茶が運ばれてくる。ミルクティだ。お菓子もついている。もうこれが定番化しており、スリランカではどこでも紅茶だ、と体も理解する。

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そこで突然停電となる。すぐに繋がるかと思ったが、思いのほか長かった。未だ昼間で明るいため、何の問題もなかったが、時々あるようで、冷蔵庫の中身などを心配していた。その内にクマさんのフライト時間が迫り、車で空港へ向かった。私も見送りについていく。

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空港までは20分程度と近かった。この空港、やはり搭乗券のない人間は中に入れないようで、外で待機しようかと思っていたが、ルアンさんが入場券を買ってくれて、入ることができた。荷物チェックなどもあるが実にいい加減だった。ちょうどチェックインカウンターが開いたところで、クマさんは、知り合いの日本人を見つけて、すぐに入っていってしまった。とても呆気ないお別れだった。今回は本当にお世話になり、有り難い。

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さて、ここからどうするのか、私はどうなるのか?荷物はルアン家に置いたままだったが、車はあらぬ方向へ進む。ネゴンボ、と言えば、空港近くの街で、私が2年前に深夜便を降りて、2泊した海辺の場所だった。何とここへきてしまったか。今回は茶畑巡りで、山の中を歩くことは想定していたが、ここで海が出てくるとは、なんともダイナミックな展開の旅となる。

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夕方の心地よい海風が吹くネゴンボで訪ねたのは、港。そこには漁船が寄港しており、その横には水揚げされた魚の市場が開かれていた。大きなマグロのような魚のぶつ切りから、これまた迫力のあるイカやタコ、貝類まで、豊富に置かれていた。実に素朴な市場だったが、売り手は威勢がよく、活気はあった。ルアンさんは、真剣に魚を選び、値段交渉を始める。今晩のおかずだそうだ。楽しみだ。

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ルアン家に戻ってみたが、近所の路地は暗かった。まだ停電が続いているのは意外だった。その停電の中、ルアンさんの奥さんたちは、山の市場で買ってきた野菜と、ネゴンボの魚を組み合わせた夕飯を懸命に作ってくれた。ご飯は電気で炊いているようで、今晩は無し、ということで、ジャガイモが付いていた。かなり暗い中で食事をしたため、写真はうまく撮れないほどだった。大変な迷惑をかけてしまったが、まだ停電がある国なのだ、と実感した。

 

ルアンさんが今晩の宿を手配してくれた。家の近所だが、基本的にスリランカ人しか泊まらないお屋敷のようなホテル。敷地はかなり広いし、建物も立派だった。ここは停電していなかったので、熱いシャワーを浴び、何とかネットも繋がり、エアコンも使えた。ただこの部屋代が7000rpもしたのには、ちょっとびっくり。外国人料金だろうか?この辺には競争というものがないのかもしれない。明日の朝は早いので、早々に眠りに就く。

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スリランカ紅茶の買付茶旅2016(7)道端のキリテー

運転手さんの家へ

ついに買付の旅が終了した。クマさんもさすがにホッとしたようだ。今回の買付はそれなりにうまくいった方らしい。ただヌワラエリアの茶がうまく調達できなかった。その場合は、後日コロンボのオークションで競り落として、調達する方法もある。実は今回訪ねた茶園でも、何度か『これはオークション出品リストにすでに載っています』という話があった。

 

出品リストに載ってしまうと、その後はそのお茶を個別売買することはできない規定のようだ。以前はサンプル程度と言って、少量の場合は売買が黙認されていらしいが、最近はかなり厳しい。クマさんのように個人でお店をやっている場合、仕入れる量もそれほど多いわけではなく、限られてくるので、単独でオークションに出ていくのは簡単ではない。その場合はルアンさんのお客さんも含めて、何人かで購入して分けることもあるようだ。

 

そんな話をしていると、どこかの街に着いた。今日も例のロッジに泊まると聞いていたのだが、ここはどこだろうか。どう見ても自動車修理工場にしか見えないのだが。実はここは、今回の運転手さんの家であり、彼が経営している工場だという。昔は中国でもそうだったが、経済発展の初期は、車を運転できることは高級技術者であり、またその車を修理できるのは限られた人々だった。彼はそれができる人だったのである。普段は工場をやり、ルアンさんに頼まれた場合に運転手を引き受けるらしい。今回のメンバーはいわばスペシャルチームだった訳だ。これはYさんのお陰だったかもしれない。

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Yさんは私を連れ出し、大通りに出る。車は多くはないが、学校帰りの学生とその親が沢山歩いており、次々にバスに乗りこんでいった。店では揚げ物のお菓子が売られており、美味しそうに見えた。家に戻ると、クマさんたちがいない。探して隣の建物に行くと、そこは織物工場になっていた。これも運転手さんが、親戚などに仕事を与えるために作ったらしい。

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そして家でお茶を頂く。運転手さんの長男がお茶を運んでくれる。英語もちゃんと話した。赤ちゃんや小さな女の子もいて、なかなか楽しい家庭のように見えた。お茶は先ほどディンブラでもらったもの。初めはストレートで飲んでみたが、やはりミルクがよいということで、ミルクティも出てくる。普通の家庭はミルクティのようだ。ドーナッツのようなお菓子が出てきたが、甘くはなかった。やはり甘いミルクティに合わせているようだった。

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日が暮れる前には、ロッジに戻った。心地よい疲れがあり、シャワーを浴びて、軽く寝息を立てる。この瞬間は本当に気持ち良い。解放感に浸る。街は茶園と比べると結構暑かったが、このロッジはやはり涼しく、快適だった。夕飯はカレーになった。鶏肉、魚、野菜と3種類のカレーを食べる。そこそこ辛いが、美味しく感じられる。美味しく感じられることが嬉しい。そしてまたぐっすり寝る。極楽、極楽。

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2月10日(水)
5.ガンバハまで

翌朝は散歩しようと思っていたが、なぜか起き上がれなかった。恐らくは緊張が解け、体調も戻ったため、気が抜けたのだろう。8時前にダイニングへ行くと、すでに皆がそろっていた。今日はクマさんの好物だというストリング・ホッパーを頂く。それはそばのような麺(米から作る)にたまごなどを煮込んだ汁を掛けて、付け合わせて食べるのだが、確かにこれはうまい。かなりの量を食べてしまった。

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名残惜しいが、8時半にはロッジをチェックアウトする。今日はクマさんが帰国する日。だが私はもう1日、ルフナへの案内をお願いしていた。どうするのだろうかと見ていると、何と一度クマさんを送ってコロンボ空港へ戻り、明日またルフナまで来るのだという。そんな大変な、と思ったが、実はキャンディへ行く方がもっと大変だったことが後からわかる。

 

今日も相変わらずいい天気だった。道路沿いの茶園を通ると茶摘みが行われているが、今日はもう茶園へは行かない。2日間で飽きたはずなのに、それはまた何となく寂しい。雨が降る前にできるだけ摘み取ろう、ということだろうか。それにしても気持ちの良い天気だ。

 

1時間半ぐらい走ったところで、道端の茶店に入り、休憩した。ここでキリテーを注文。どうやって作るのか、興味津々で見に行くと、おばさんが作っているところをよく見せてくれた。茶こしで漉して、ミルクと混ぜて高らかに上から落とす。出来上がってから砂糖を混ぜていた。素晴らしい、と思っていたが、後で聞けば、Yさんがおばさんにちゃんとチップを握らせていたのだ。それでサービス精神旺盛な対応が実現していた。どこの世界でも似たようなものだが、このYさんの慣れた対応には恐れ入る。

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それにしても、インドのチャイも同じだが、なぜかキリテーも道端で飲むものが一番おいしい。キリテーはチャイより上品な感じだが、それでもそれなりに甘い。ホテルで出るチャイなどは甘さが抑えられすぎていて、物足りないのだが、スリランカのホテルでも同じだろうか。因みにこの店では結構よい茶葉を使っていたので、驚いた。1杯、40rp。

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11時半ごろに比較的大きな街に着いた。そこにはかなり大きな市場があり、折角なので寄ってみることにした。お客さんもかなりいて、売り手にも活気があった。魚がたくさん売られているのが意外だったが、干した魚も多かった。ここは未だ内陸部なのだ。野菜は新鮮で、ルアンさんが家に持ち帰るために買いこんでいた。田舎の方が物価は安いのだろう。

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また1時間ぐらい走って停まる。この街のスーパーに入り、パウダーミルクを探す。パウダーミルクはミルクティを作るために必要だということで買い求めたのだが、従来外国産ばかりだったものの中に、スリランカ産が見えるようになったとYさんは言い、それを探す。外国産より若干安いのだが、安いからか美味しいからか、よく売れているようだった。