チェンマイ滞在記2024その5(2)ついに未曽有の洪水が

取り敢えず朝飯を食べることにして、いつもの華人食堂へ行き、ワンタンメンを食べる。安定の旨さだ。そしてもう一度付近の道に戻ると、10時を過ぎたのか何軒か開店していた。最初の一軒に聞くと、120バーツというので、面倒だからそこにしてみた。若いニーちゃんが髪を切ってくれるのだが、おしゃれな切り方で時間がかかる。

確かに日本の1000円床屋よりは余程丁寧かもしれない。因みに私は日本では690円しか払っていない。昼間のタイムサービスを利用しているのだが、それにしても安い。料金からすれば円安もあり、チェンマイも東京も変わらなくなってきている。物価が安いチェンマイが東京を抜いて行く、そんなことが現実になるのだろうか。

午後はゴルフの日本女子オープン初日を見ていた。NHKだと配信されるので有難い。思えば日本女子ゴルファーの活躍はすさまじい。ニュースでは渋野ばかりが取り上げられるが、古江や西郷、笹生に畑岡などアメリカで戦っている選手が増えた。そこに日本では、女王山下の前に竹田や岩井姉妹が加わり、常に面白い展開をみせている。

そういえば8月初旬に入居したのに、1か月後の家賃請求が無いことに気が付いた。こちらから言うのもなんだが、レセプションへ行ってみると、完全に忘れていたらしい。すぐに電気代などが計算され、支払いは終わったが、特に謝ることもなく、感謝することもない。やはりタイはそのような国なのだろう。

9月27日(金)新総裁

今朝は久しぶりに晴れ間があり、急いで洗濯して干した。何日ぶりに、太陽を見た思いだ。ようやくこれで雨季は終わると信じたかったが、事態は簡単ではなかった。まあ取り敢えず今日は良い日だ。ただ今度は太陽が出ると暑いと思ってしまうのが、人間のエゴというものだろう。

NHKを見ると、自民党総裁選を中継していた。石破と高市の決選投票となっていた。オールドメディアの予想は外れてしまったらしい。これで高市が勝てば、日本初の女性総理誕生となり、いい悪いは別として、日本に新しい風が吹くのでは、と期待されたが、最後のその期待は見事に打ち砕かれて終わった。まあ、これで全てが終わる、ということもなさそうではあるが、メディアも政治も、そして我々は変わることは出来ないのだろう。

夕方配信でU-20サッカーアジア選手権予選を見た。日本対ミャンマー、結果は最初から分かっているようなものだが、ミャンマーということもあり、ちょっと見てみた。今はどの年代でも日本チームが強いと思われており、この試合もそうではあったが、何となく日本に慢心があるのでは、と思えた。一方ミャンマーの選手は、どんな思いでサッカーをしているのだろうか、と考えてしまう。

10月1日(火)モスク

ここ数日また雨だった。そしていよいよチェンマイにも洪水が押し寄せてきた、らしい。私の周辺は相変わらず水が無いので、実感はない。ただ数日間ひたすら原稿と格闘して、締め切りに備えている間に、ピン川方面が崩壊してしまったという。川沿いの店舗、民家が床上浸水している。さすがのチェンマイ人たちも『生まれてから初めて見る光景だ』と肩を落としていた。

雨の間に食事を取り、買い物をしている。いつもの道を逆方向から歩いていると、突然モスクが見えた。これまで何度も通っていたのに気が付かなかった。ただ近所でヒジャブを被った女性が牛肉麺屋をやっている理由が突如わかったような気がする。そういう目で見てみると、この通りはイスラム系が多いのかもしれない。

チェンマイ滞在記2024その5(1)洪水発生

《チェンマイ滞在記2024(5)》  2024年9月25日‐10月8日

9月25日(水)洪水発生

FBを眺めていると、タイ北部で洪水が発生していると、数日前から投稿がなされている。ついにはミャンマー国境、メーサイの市場が流されたと聞き、驚いてしまう。その昔あの市場の宿に数日滞在した日々が思い出される。実は我が宿の周辺、雨は降っているのだが、道路の水が溜まることもなく、洪水の実感は全くなかった。地元民によれば、『チェンマイは毎年、こんなものさ』とこともなげに言うので、安心しきっていた。

それでもニュースが頻発してきたので、今日は取り敢えずピン川の様子を見に行ってみた。ソンテウを拾い、『ワーロット市場』というと、普通に乗せてくれる。堀端の水位はかなり上がっているが、まだ溢れるという感じはない。市場周辺の道路も水が溜まっている場所が所々にあるだけで、問題はない。

だがピン川の様子を見ると、水位はほぼ限界ではないかと思われるほどに上がっていた。周辺の店はどこも開いており、まさにこんな物さ、という感じだった。観光客はその様子を動画に収めている。ちょうどバンコクのYさんから電話があったので、実況中継のように周囲の様子を伝えた。

市場から南へ向かう。ナイトバザール付近では、店の前に土嚢が積まれているところがある。洪水になることは想定されているようだ。その向こうの橋に行くと、その南側の水位は限界を超え、一部川沿いのカフェなどに浸水している様子が見える。やはりチェンマイでも洪水は発生していたのだ。

さらに南へ行くと、五つ星ホテルの南の道路は既に冠水しており、ここから先を徒歩で進むのは難しい状況になっていた。横の道も同様で、戻るしか道はなかった。ただタイ人の中にはサンダル履きでその水の中を歩いて行く人々がいる。この辺が彼らの日常なのだろうが、今回も例年同様なのだろうか。私には分からない。

ターペー門付近まで歩いて戻る。ふと横道に入ると、懐かしいイタリアンがあった。食べようかなと思ったが、そのまま進んでいく。すると和食屋が出てきた。焼き魚定食の文字に引っ張られて、中に入ってしまった。確か昨年1度連れて来られた記憶がある。いや10年以上前にもここで食べた記憶はある。

焼サバ定食は160バーツと安かった。あまり料金も変えていないのだろう。オーナー夫人はタイ人だが、何故かマヨネーズを2つも持って来た。日本人にはマヨネーズ、という感覚が身に付いているらしい。特別に美味しいというわけではないのだが、何だかこの定食は懐かしい味がした。その先の雑貨屋は写真スポットで、数は少ないが観光客が写真を撮っていた。

9月26日(木)床屋へ

これまでチェンマイで床屋へ行く必要はなかったが、今回は4か月の滞在なので1度は行く必要があり、床屋を探した。タイ語は読めないのだが、近所には100、という文字が入った床屋が沢山あるので、どこでもいいかと簡単に考えていた。だが朝9時台に歩いてみても、開いている店は多くなかった。

ようやく1軒見付かったので、声を掛けたが、何と150バーという。表には100の文字があるというと、『あれは子供料金だ』というのだが、翻訳ソフトをかざすと、そうは翻訳されないのはなぜ。2₋3軒聞いてみたが、どこも似たような返事で驚く。ただ面白いのはどこも英語で返事が来ることだろうか。

チェンマイ滞在記2024その4(4)雨との戦い 新規開拓

夕方まで部屋で休息していたが、どうしても食べたくなり、また外へ出る。「お粥屋」といえば、昨年紹介されてかなり歩いて食べに行った場所。忘れていたのだが、検索すると今の宿泊先からは30分以内だったので、思い切って歩き出す。夕暮れ時の交差点は何とも美しい。そのすぐ近くにあった店は、既にほぼ満席。何とか1席確保してコーラでのどを潤す。

お粥屋といっても、ある意味で夕方から始まる居酒屋。ただ日本と違って、家族連れも多く、必ずしも酒飲みだけがいるわけでないのが良い。旨いつまみを目指して人が集まっているのだ。揚げた腸と野菜炒めをお粥で流し込むのが良い。煮物もあればよかったが、何だか腹が一杯で早々に帰宅する。

実は夜オンラインミーティングがあるのをすっかり忘れていた。最近夜は遅くまで人と話しており、テンションが上がったり下がったりしている。来年のオンライン報告会をどうするか、人と話していると物事の本質が少し見えてくる。自分が頭でっかちになっていることに気づかされる。ワクワクする企画も生まれてくる。ただそれを実行するだけの気力は果たしてあるのだろうか。

9月23日(月)朝食が安い

今朝も雨が降っており、外出を控えたが、10時頃には何とか止んだので、AISに向かった。今回のシムはちょっと特殊なので分かりにくく、その確認に出向く。多少の料金払いが発生し、それを払うとなぜか水をくれた。ご苦労さん、という意味だろうか。これなら毎月水を貰いに来るか、暇だから。

朝ご飯を食べていなかったので、その付近を歩いてみる。初めて入る路地には、何故か安い宿がいくつも並んでおり、欧米人バックパッカーなどがうろうろしている。ちょっと雨が降り出してきたので、その内の一軒で雨宿りする。そこも朝食を提供していたが、なんと70バーツだというので食べてみることに。

既に多くがチェックアウトし、連泊者が洗濯機に洗濯物を入れるかどうか迷っていた。目玉焼き2個、ハムとソーセージ、サラダ、トーストが付いて、アメリカンコーヒーを入れて105バーツはとても安い。というか、これで経営が成り立つのかと心配になるほどだった。AISに行くついでにまた寄ろう。

夕方、雨を避けて外へ出る。近所の新規開拓も一段落。どうしたものかとみていると安そうな店が見えた。思い出してみると昨年の茶旅ツアーの後、この店で食事をした。まさかガイドにこんな安い店に連れていかれるとは、と驚いた記憶がある。牛雑炒めとゲーンハンレーを食べてみると味は悪くない。早い時間でも若者が次々に入って来て食べている。タイも景気が悪いのか。

9月24日(火)新規開拓に燃えて

雨との戦いは続いている。気分が晴れないので何とか転換を図りたい。検索を掛けて、今日はニーマンの外れにあるおしゃれな麺屋に行ってみる。ネットではすごく繁盛しているように書かれていたが、お客はほぼいなかった。外観からして、インスタ映えを考えた店だと分かる。

麺の種類やスープの種類が細かく書かれていて選択肢は多い。何と日本の醤油スープがあったので試してみる。イカ醤油クイッティアオ、となるのだろうか。食してみると一応ありかな、というレベル。まあクイッティアオを食べるのにやはり100バーツは払わないだろう、とも思ってしまう。

夕方、Mayaに用事があって出掛けた。ここの食堂街はかなり色々なものがあるのだが、懐かしのやよい軒に入ってみた。かつ煮定食がどうしても食べたくなったのだ。やよい軒に入るのはバンコク以来10数年ぶりだろうか。店員に愛想はなく、料理自体もチンしたような感じですごく熱い。240バーツは微妙な線を狙った価格設定だろうか。他に選択肢が無ければ仕方がないが、敢えてここに来る必要はなさそうだ。

チェンマイ滞在記2024その4(3)雨の合間の食事

9月17日(火)餃子屋さん

タークから帰ってきた。夕方腹が減り、近所を徘徊する。先日見掛けた餃子屋が気になる。金餃という店名だろうか。何となく台湾を謳っており、滷肉飯などがメニューに載っている。何より驚くのが正確な日本語の表示がある。一体どんな人がやっているのか、興味津々で入ってみる。

早い時間だが店には客が二人いた。店員と客は完璧な中国語で話しているが、台湾系という感じはしない。聞いてみると雲南から来た人々らしい。日本人客も多いので、日本語を書いてもらったという。滷肉飯は大盛りで、味はやはり台湾とは違う。餃子は確かに美味しいが、大ぶりだ。気が付けば今日は中秋節、チェンマイでも月餅が売られているが、あまり食べる気にはならない。

9月19日(木)朝からサッカー

今朝は早く起きて、女子サッカーを見た。U-20、日本対オランダだった。日本の女子も年々技術が向上してきて、見ていても楽しくなってきた。この年代だと、ヨーロッパの一流国にも引けを取らない動きが見られる。結局日本が勝って決勝に進んだが、相手は宿敵北朝鮮。一体なんで北朝鮮はこんなに強いのだろうか。これからの女子サッカーはアジアが上位を占めていくのだろうか。

PCの前から離れて外へ出た。相変わらず近所のカオソイ屋には行列が出来ている。私はそれを無視して、いつものカオマンガイ屋のカオソイを頂く。味にそれほど差はないし、値段も変わらない。サービスはこちらの方がずっと良い。何であんなに並ぶんだろうと思うが、今のインスタ映えの世界では仕方がないのだろう。ただ通行の邪魔にならないようにしてほしいと願う。

9月20日(金)客のいない店

何だか雨季が長い。晴れ間が少なく、洗濯のタイミングにも困ってしまう。急に雨が降り出したり、気温が下がってきたりで、体調にも微妙な影を落としていく。雨が降っていない時を狙って、食事を食べに行くのだが、これでは運動も足りていない。一日中PCに向かっていると、頭も痛くなる。

昼は少し遅めに出掛ける。麺が食いたい、という衝動にかられ、近所の鶏麺屋へ向かう。ここは去年発見して1度だけ来たことがあったが、美味しかった印象がある。メニューを見て、適当に指差しで注文したら、何とコラーゲンたっぷりの鶏の脚が入ってきた。よく煮込まれていて柔らかい。これで55バーツは有難い。

夕方また近所をフラフラ。雨が怖くて遠くまで歩いていけないが、運動不足も解消したいと、少し遠出した。これまで入ったことが無い店を新規開拓しようと考えたのだが、その店はかなり大きいのに、お客は一人もいなかった。偶にテイクアウト客が来るだけ。恐らくコロナ前に中国人観光客を当て込んで店を広げたが、完全に外れたのだろう。料理もまずくないし、料金も手ごろなのに、ちょっともったいない。

9月21日(土)久しぶりの店

土曜日は昼前にパン屋に行く習慣がある。日曜日が休みだからだ。その帰りに美味しい麵屋に寄る。ここは華人の店だが、麺がモチモチで、スープの出汁が美味い。昼時は席がないことも多いので、食べたいときは早めにアクションを起こす必要がある。やはり同じ50バーツであれば、美味しい店に通うだろう。ご主人は英語も話すので、有り難い。

メーソット・ターク2024(3)ターク散歩

タークは100年以上前に交通の要所として栄えた街だと聞いていた。すぐ近くに博物館があるというので出向いてみたが、休みだった。その先あたりから、かなり古い家屋が点在している。中には屋号が漢字で書かれている物もあり、また「バーンチン」という住居表示が見え、この付近は潮州人の居住地だったと想像された。

チェンマイを流れるピン川は何とタークにも流れていた。だから交通の要所だったのだと分かる。この時期、水位がかなり高く、洪水にならないかと心配になった。川沿いをただ歩いていると、暑いながらも風が吹いてきて気持ちが良い。近くに大きな市場があり、この川を通じて物流が発展した様子も分かる。

腹が減ったので何か食べようと探すと市場の横に麺があった。華人系の旨い麺(バミー)だった。スープ麺ではなく、乾麺というのが何とも良い。周囲の人々の表情が皆穏やか。よそ者が入ってくることに慣れているのだろうか。昼下がりの市場は人影もまばらでけだるい雰囲気がまた良い。

タークといえば、タークシン。潮州人鄭信はビルマを打ち破り、トンブリ王朝を築くも、部下のラーマ1世に殺害されてしまう。250年も前の話しだ。こんな昔からこんな場所に潮州人がいたことには驚きを隠せない。そのタークシン廟へ行ってみると、以前ラヨーンにあった廟とほぼ同じではないかと感じられた。ラヨーンはタークシンが再起をかけて潜伏した場所だった。この辺の歴史、興味はあるが理解は難しい。馬と鶏の像が沢山置かれているのはなぜだろうか。

午後2時になったので宿へ戻り、チェックインして休む。この部屋、とても心地よい。もうこのまま寝入ってしまいそうだった。このホテル自体、デザインがおしゃれで面白い。夕方腹が減ったので外へ出たがまだ暑い。すぐ近くに麺屋があったので、タイ人のおばさんに身振り手振りで注文する。何と出てきたのはラートナー、これも潮州系料理だ。予想以上の美味しさに感激する。後は夕日が落ちるのをゆっくりと眺め、早めに就寝する。

9月17日(火)チェンマイへ

朝は早くに目覚めた。食事は宿に付いていたので食べてみると、種類が豊富だ。田舎で1000バーツ出すとかなりいい宿に泊まれ、心地よいと感じる。食後に散歩すると池があり、朝の風景が何とも良い。市場に行ってみると活気がある。ここで私はミアンを売っているか見たかったのだが、言葉が出来ずに断念する。聞くところによればタークのミアンは砂糖などを入れて、スイーツのように食べるらしい。

それから昨日閉まっていた博物館へ行ってみたが、今日も閉まっていた。どうやら休館中らしい。タークの歴史を知りたかったので残念だったが、仕方がない。10時に宿を出て歩いてバスターミナルへ行こうと思ったが、ちょっと雨が降り出したので慌ててGrabバイクを呼ぶ。40バーツで行ってくれるので心強い。

バスはなかなかやって来なかったが、ただダラダラと待つ。これがタイだ。暑いが待つしかない。ようやく乗車すると中は涼し過ぎる。風邪を引きそうだ。そのまま3日前に来た道をただ折り返していく。途中ランパーンに停まったぐらいで、4時間余りでチェンマイまで戻ってきた。タークとチェンマイ、思ったより近い。

メーソット・ターク2024(2)メーソットからタークへ

少し郊外に温泉が湧いているところがあった。温泉といっても、小川の流れで足湯をする程度。子供たちが楽しそうに遊んでいる脇で、犬が心地よさそうに横たわっている。一体何が現実で、何が幻なのかよく分からない光景が広がる。昼前にはロビンソンに戻り、子供たちは遊具コーナーで遊び始める。ここにもミャンマーの子が何人も来て遊んでいた。

ミスタードーナッツでドーナッツを買う。皆これが日本の物とは知らなかったようだ。それからアイちゃんの誕生プレゼントのバービー人形を買いに行く。彼女は優しい子で、『バービーは高いから、安いのにしよう』と貧乏な私を気遣ってくれた。この感じは20年前の彼女の母親と同じで、ちょっと驚いた。母子は似るものだ。良い子に育っている。昼ごはんは昨年も行ったレストランで美味しく頂く。

私はメーソットにもう1泊することにしたら、彼らももう1泊するという。ただ所用で一度ミャンマー側へ戻り、夕方また来るという。ホテルは良いと思っていたが、何と延泊するのに部屋を替わらなければならず、しかも12時前に一度チェックアウトして、2時にまたチェックインしろという。これは何とも不合理であり、スタッフが不慣れだから起こったことだろうが、最近タイでも日本的な経営優先サービスが始まってしまって残念だ。新しい部屋で午後は休息した。

夕方皆が戻ってきたら、海鮮料理屋へ行く。こんな海もない所で海鮮かと思ったが、これまでは物流の拠点であったこともあり、いい魚が入っていたらしい。今晩も旨い海鮮とその味付けを堪能した。特にイカが美味しい。メーソットには意外な店がまだあるのかもしれない。

9月16日(月)タークへ

朝起きて、宿の朝ごはんを食べに行く。何と食パンとソーセージ、ゆで卵というシンプルさ。まあこんなものか。結局SSたちはギリギリに降りてきて朝飯すら食べずに帰るという。これから私をバスターミナルに送ったら、ミャンマー側の学校へ登校するというのに。まあ子供のいる生活は大変だ。

バスターミナルで別れて、すぐにバスに乗り込む。ところが車掌に『ターク』というと怪訝な顔をしており、2度行き先を確認して来る。よく見るとチケットはバンコクまで買われていたのだ。道理で料金が高いと思ったが、もう仕方がない。勿論バンコクまで行く気もない。バスの乗客は半分ちょっとしか乗っていないが、一番前の私の隣にはタイ人が座っている。後ろの方からは日本語も聞こえてきた。

バスは山越えして約2時間でタークに着く。その少し前に急に腹が痛くなる。バスの後方にトイレがあったので駆け込んで難を逃れると、ちょうどタークのバスターミナルに着いた。ここで降りたのは私だけだったろう。まだ午前10時頃、取り敢えずGoogleMapに従い、街の方に歩いて行く。最初の大きな交差点を見ると、ここが北タイの交通の要所だと分かる。

最初に見つけたホテルで聞くと、部屋はあるが、チェックインは2時からだという。もう少し先にもう少しいい宿があるぞ、と教えてもらったので更に暑い中1㎞も歩いてしまう。ようやく辿りつた宿は華人系のキレイだったが、何とここも2時しかチェックインできない。昨日のメーソットと言い、アジア的良さは薄れている。それでも仕方がないので、そこに荷物を預けて、歩き出す。

メーソット・ターク2024(1)バスでメーソットへ

《メーソット・ターク2024》  2024年9月14日‐9月17日

1年に一度、メーソットへ行く時期になった。チェンマイから行くのは初めてだが、バスチケットの手配も終わり、後は乗るだけだった。ちょっとワクワクするタイ国内旅だ。

9月14日(土)メーソットへ

チェンマイのバスターミナル、通称アーケードに向かった。Boltを呼べばすぐに来るので極めて簡単だ。土曜日だから通勤ラッシュもないようで、車はスイスイ走る。30分前には到着していた。バスも既に所定の位置にある。ちょっとフラフラすると、クッキーを売っていたのでつい買ってしまった。

10分前になるとバスに乗り込む。なかなかいいバスで、席の配置も1₋2で、私は1座席だったので、かなりゆったりとして座り心地も良い。乗客は半分ちょっとで混んでもいない。水とスナックが配られた。車掌がメーソットのどこで降りるか聞いてきた。バスターミナルと答えようと思ったが、試しに『ロビンソン』というと深く頷いて過ぎていく。これなら今日の宿の横なので、実にラッキーだった。

バスは快調に飛ばしていき、途中ランパーンで乗客を少し拾うと、一路南下した。3時間ちょっとで休憩があり、皆が昼飯を食べに降りた。いつもは食べない私だが、今日は麺を啜ってみる。意外と旨い。トイレを使うとまたバスに乗り、タークまで行く。ここで休憩があったので、帰りのチケットを確認しようとしたが、上手くできなかった。

そこからピン川を渡ると水位がかなり高いと感じる。その先から山越えがあったが、特に問題もなく、タークから1時間半度でメーソットへ着いた。乗客は自分の降りたいところを申告しているので、各駅停車のように進んでいき、ロビンソンデパートの前で数人が下りた。SSが予約した宿は新しいようで、すぐ横にあった。荷物も少ないので、便利でよい。

フロントも明るく、何だかいい所へ来たと思った。部屋も新しいので快適だった。ただ電気ポットが無いので、お湯の問題はあった。お茶が飲めない。SSたちが来るまでしばし休息を取ったが、ロビンソンにドリンクを買いに出た。飲み物が無いのは何とも困るが、私にとってちょうどよい飲み物はロビンソンにもない。

夕方SSたちが合流した。まずは夕飯を食べに郊外のきれいなレストランへ行く。子供たちも大きくなり、1年でかなり成長した。英語も更に上達していた。だがミャンマー側の生活状況は昨年よりさらに悪化しているようで心配だった。内乱は一向に収まる気配がない。美味しいご飯を食べながら、そんな話を聞くのは悲しい。それでも鍋が美味しい。悲しい歌を歌う歌手がいた。

9月15日(日)メーソット散歩

ホテルに朝ご飯が付いていないので、朝から出掛けた。場所はミャンマー食堂。今やメーソットにはミャンマー人コミュニティも出来ているようで、そういう人々が集まる場所になっているらしい。勿論食事はミャンマーと同じ味。ナンジ-を食べてみたが、実に美味しく驚いた。

昨年も行った服屋へ。ミャンマー人が沢山働く工場と聞いていたが、ちょっと活気が無いように思われた。ミャンマーにあった縫製工場は、内戦を回避してベトナムなどへ移転しているという。朝早かったからか、この店に客はいなかった。子供たちの成長は早いので服は常に必要とされている。

第二友好橋方面に車を走らせたが、ほぼ車は走っていなかった。物流が止まってしまったようだ。聞けば、ミャンマー側のミャワディの先は通行が制限されており、ヤンゴンへの道はかなり閉ざされている。そして物流拠点としてのミャワディの街は空爆などもあり、死んでしまったようになっているらしい。第一友好橋に行ってみても昨年のような往来は見られない。ただミャンマー側の人が物資の豊富なタイ側にやってきて買い物をする姿は多く見られる。

チェンマイ滞在記2024その4(2)チェンマイをフラフラ

9月11日(水)マック

今朝も雨が降っている。雨期なので仕方がないが、洗濯も出来ずに困ってしまう。いよいよ困ったら、洗濯屋さんに出せばよいのだが、折角10バーツコインを貯めているのだから、下の洗濯機を使いたいものだ。そして食事に行くのも困ってしまう。雨に濡れないように、止んだ時を狙って、急いでいく。今日の昼はカオマンガイになる。

何だか最近雨が多い。昨年もこの時期からチェンマイに住んでいたが、何かが違うようだ。夕方小腹がすく。そうなるとマックへ行く。これも一つのルーティーン。相変わらず99バーツセットは、チェンマイ大学医学部の横のマックにはある。フィレオフィッシュを偶に食べるとなぜか美味い。元気が出る。

9月12日(木)チケットを買いに

週末はミャンマー国境へ行く予定になっていた。バスチケットはネットでも買えるのだが、いつものことながら、何だか心配になり、バスターミナルへ買いに行くことになる。Boltで車を呼んでいくのだから、何ともバカバカしいのだが、安心感はある。通称アーケードと呼ばれるメインバスターミナルまでは、車に乗ってしまえば15分ぐらいで着いてしまう。

今回の目的地はメーソット。これもグリーンバスの売り場に並ぶ。当初聞いた時は1日1本、午後スタートしかなかったが、ここへ来て見ると午前9時発の便があった。週末だけかもしれないが、こういうのが現場に来る利点かもしれない。バス代は意外と高いが、シートは快適そうだ。

チケット購入が終わると特に用事はないので、フラフラと散歩を始めた。ターミナル周辺をよくよく見たことはなかったが、立派なお寺があり、そこに隠れるように宿もあった。ちょっと楽しくなり、歩き続けていると、途中にいい感じの食堂があった。如何にも華人系の店で、旨そうな豚足を見てしまい、思わずランチとなる。こういうのがいい。

暑いのにその後も歩いていると、川の東側には、高級ホテルやリゾートマンションなどが並んでいることを知る。そしてなんとピン川まで歩いてしまう。何となく水が多いなと思う川を渡り、旧市内へ入ると、今度は何となく華人系の店が目に付く。その辺を曲がると、日本語エリアもあった。『全盛期』という、どう見ても全盛期を過ぎた店がある。『Wazato』とローマ字で書かれると、『わざとらしい』を思い出してしまう。ソンテウを拾って散歩は終了した。

かなり疲れたので休んでから夕方食事に出た。腹が無性に減ったので、いつも行く食堂で、いつもより多めに注文して思いっ切り食べた。気持ちよく食べていたら、何だかすっきりした。最近食が少し細ったように感じていたので、サクサク食べているだけで、気持ちに反映するのだろうか。この食堂、オープンエアなので蚊に刺されるのは嫌いだが、味は悪くない。

9月13日(金)雲南朝市へ

昨日に続いて朝から遠出した。Boltを呼んで、雲南朝市に出掛ける。昨年1度だけ行ったチェンマイ中心のモスクの脇で開催される市場だ。出店数はあまり変わらないが、何となくお客が少ないような気がする。やはり中国人観光客の数が伸びていないのではと思ってしまう。

売っている物も特には変わらない。中秋節が近いので月餅などが並んでいるぐらいか。食べ物を売る店は結構混んでおり、席を見付けるのが大変だった。雲南麺はクイッティアオを食べて続けていると、ちょっとホッとする味だ。スパイシーでないのは、ここがタイだからだろうか。

食後、ちょっとモスクを見て散歩する。いつの間にかターペー門を越えて城壁内に入り、ワットチェンマーンに辿り着く。ここはチェンマイで最初に出来たお寺と言われており、なぜか私のお気に入り。今回はまだご挨拶にも来ておらず、ゆっくりと拝観することにした。帰りにAISショップで、先月買ったシムカードの支払いを確認したが、イマイチよく分からない。まあ、使えているからいいか。

チェンマイ滞在記2024その4(1)雨季のチェンマイでふらふら

《チェンマイ滞在記2024(4)》  2024年9月7日‐9月24日

9月7日(土)焼き魚

香港から何とか帰国したが、疲れが出ていた。まさかシグナル8に遭遇するとは想像もしていなかった。香港には雨季があるかもと考えたことはない。チェンマイは相変わらず雨季のようで、曇っていたり、雨が降ったり、あまり心が晴れない日々が続いている。

今朝も朝は晴れていたので、買い物に出て、パンとフルーツを買い、牛肉麺を食べて帰る。最近はいい意味で安定した生活、悪く言えば変化に乏しい生活が続いていると感じてしまう。そして週末はスポーツなどが見られれば、それで午後をつぶしてしまい、歴史の勉強は一向に進まない。

気分転換しようと思い、先日行った和食屋に出向いてみる。夕方早い時間なのでお客はまばら。ここで鮭塩焼き定食を注文してみる。ドリンクは無料なので、緑茶を飲みながら待つ。何だかとても言い感じの鮭がやってきてテンションが上がる。日本でもなかなか食べない種類(自宅で偶に食べるか)のものだ。モリモリ頂く。気分がすっきりした。夕暮れ前の空が実にきれいな雨季のチェンマイ。

9月9日(月)

ミャンマー料理とお茶屋

なんとなく散歩していると先日も入った店の前を通りかかり、華人と思しきおばちゃんがいたので、また入ってしまった。オーダーは料理を指さし。イカのカレー炒め、たまご炒め、煮卵等がとても美味しい。スープとご飯が付いて、これで75バーツなら御の字だ。幸せなブランチにありつく。

午後は暑いので部屋で物書き。全然進まない。夕方ニーマンの方を散策していると、思い出したようにミャンマー料理屋が出てきた。茄子の煮込みが旨いんだが、もうちょっとパンチが欲しいような気もする。豆のスープは相変わらず美味い。これでブランチより安いのなら、文句はない。もっと通わなければ。

食後ブラブラしていると、ちょっと和風の装飾が見えた。カフェのようだが、完全な和を基調としている。畳の小部屋もあり、茶道でもするのだろうか。抹茶などを売っているらしいが、顧客の対象は勿論日本人ではなく、欧米人らしい。そこへタイの若者なども興味を持って入ってくるという構図だ。まあスタバでコーヒーを飲んだと思えばよい料金なので、気軽に入ってくる客はいるだろう。

9月10日(火)パッタイ屋でパスタ

いつもニーマンの方に歩いて行く時、ちょっと気になる小さな食堂があった。先日訪ねてみたら、女性が出てきて『今日は夕方からお休み』というので、今日は昼に行ってみる。なぜか欧米人が多く入っていくのだが、看板にはパッタイの店となっている。中に入ると結構おしゃれな造りで、バーのような感じもある。

メニューを見るとパッタイもあるが、パスタが何種類かある。白人さんはこれを目指してきているようだ。私もパッタイを捨てて、パスタに走ることになる。いい感じのパスタが出来上がってきた。ちょっと塩気が強いのは、そういうものなのだろうか。コーラを飲みながら、パスタを頬張った。次回はパッタイに挑戦してみよう。

夕方Mayaに用事があり、小雨の中を歩いて行く。何となく腹が減ったが、フードコートの気分でもなく、はちばんらーめんに突入した。今回は五目ラーメンと唐揚げを注文してみる。ラーメンは相変わらず優しい味であり、唐揚げは相変わらず、ラーメンを食べ終われないと出て来ない。まあ、そんなもんさ、と何度言ったことだろうか。Asian Booksがあったので本を見てみたが、目が悪くなっていて、良く見えず、すぐに退散した。

香港マカオ茶旅2024(5)シグナル8発出

少し風が強くなってきた。まだシグナル8には間がありそうだったので、なんとセントラルに戻り、スターフェリーに乗りに行く。だが乗り場すら忘れてしまっており、右往左往する。ボケとは恐ろしい。何とか辿り着くとそのままアッパーデッキに乗ってしまう。10年ぶりだろうか。景色がいつものより良く見える。ハーバーは波もなく快適な10分間だった。5ドルなら次回からアッパーか。

TSTを散歩して、さっきの宿へ戻り、チェックイン。なかなかいい部屋で外の景色が良く見える。テレビを点けっぱなしにして、これまでの旅のまとめをしていると、いよいよ台風ヤギが接近してきたので、近所のスーパーに買い出しに行く。といっても明日の午後には香港を離れる予定なので、カップ麺とビスケットだけ買う。更に夕飯をどうしようかと考えていたら、すぐ近所に弁当屋があり、そこで適当に弁当を買う。これは安上がりだった。

今晩会う予定だったOさんと連絡を取り、残念ながら取りやめとなる。まあシグルナ8には慣れており、昔と違ってネット繋がるので特に問題はない。時折強い風が窓をたたくが、それほど恐ろしいこともない。雨はそれほど降らなかったようで、夜中に一度窓をたたいた程度で済んだ。香港の被害は最小限に止まった。

9月6日(金)香港空港へ

朝起きてもシグナルは出続けており、会社も学校も今日は休みが確定した。12時過ぎにシグナル3になると言っているのは、相当の配慮だろう。昔なら株式市場や為替市場が大きな問題になっていたが、今はそんなこともないのだろう。小売業や飲食は大きな影響があったかもしれないが。私は午前中ゆっくりと過ごす。

10時過ぎて雨も降っていないので外へ出てみた。まだ8だから、ネーザンロードも車は殆ど走っていない。観光客が多少歩いているだけで、勿論店も全て閉まっている。バスも動いていないので、空港へはMTRしかないだろう。その空港も情報によると正常通り動いているらしい。

12時に宿をチェックアウトして、駅に向かおうとしたら、凄い雨が降ってきて立ち往生した。8が3になる前の最後の抵抗なのだろうか。少し雨に濡れたが何とか駅に辿り着くと、結構乗客がいた。これから30分か1時間すると、出勤の人々が出て来るのだろうが、今はまだ少ない。

本来なら香港駅まで行ってエアポートエクスプレスに乗るのが速いのだが、フライト時間に余裕があるので、電車を2本乗り継いで空港へゆっくり向かう。茘景、青衣、このルートで行くのは全く初めてだ。それにしても青衣から空港まで僅かな時間なのに65ドルも取るのはボッタくりとしか言いようがない。まあ電車が動いているだけ有り難いということだ。

1時間半ほどかけて空港に着いた。中国方面のフライトはいくつか欠航になっていたが、かなりのフライトは順調だった。だが残念ながらチェンマイ行は2時間ディレーしており、更に空港で待ち時間が増えた。朝からあまり食べていなかったので、まずは腹ごしらえ。懐かしいレストランがあったので入ってみたが、小龍包4つと麺を1つ頼んだだけで軽く2000円は越えてしまった。恐ろしくて味も分からない。

出境はすぐに出来てしまったので、後はひたすら待つのみ。空港内はドリンクすら高いので何もできず、ネットを見て過ごす。ゲートは一番端で、今まで来たことがない場所。人も少なく静かでよかった。香港のLCCに充てられた場所ということか。大阪行きには多くの人が乗って行く。雨は断続的に降っており、シグナルは3のままだ。

結局4時間ほど待ってついに搭乗となる。乗客は7割程度だろうか。台風でもみんな観光旅行へ行くんだな。約3時間乗って、何とかチェンマイ空港に辿り着く。正直ほっとして腹が減る。宿の横の店はもう閉まっているかと思ったら、時差が1時間あり、何とか炒飯にありついた。こっちは野菜炒めも入れて、500円だった。