福建茶旅2019(3)武夷山から福安へ

4月8日(月)
武夷山から福安へ

武夷山ツアーもあっという間に最終日を迎える。やはり団体の旅は、自分で考えて行動しないから、時間が過ぎるのだけがやたらと速い、というか、日程をこなしているだけという印象が強い。そして何よりも食べ過ぎ。今朝は沢山のご馳走を前に、麺を軽く食べて終了とする。残念、未練。

 

今日、私は他のメンバーと別れて一人で福安というところへ向かう。調べてもらうと武夷山から福安は意外と行きにくいと分かる。辛うじて1日に2本だけ直通のバスがあるというので、まずはそれを確認するためバスターミナルへ向かう。ターミナルではなく、ちょっとした停留所のようなところだった。そこで午後のバスチケットをゲットして一安心。

 

それから皆で、下梅に向かった。下梅は3年前、万里茶路の福建の起点として訪ねた街だった。ここは以前は完全に廃れた街になっていたが、大茶商だった鄒家の末裔が、こつこつと自らの先祖の歴史を調べており、それが万里茶路ブームに乗って、その起点として蘇ったらしい。本当は赤石という場所が、茶葉の集積地で起点であるとは教わったが、赤石はほぼ街が消滅する勢いで、下梅に注目が集まるのはやむを得ない。

 

パッと見た感じは3年前とそれほど変わっていないようだが、更に整備された建物が広がっているようで、見たことがない所へも案内される。今や30人近いガイドさんがいるというから、この街の観光業は大繁盛なのだろう。ガイドさんを指導しているのは、前回私が案内してもらった鄒家の末裔の方、道理でガイドさんの説明がよく耳に入る訳だ。

 

1時間ほど見学して、すぐにホテルに戻った。ちょっと早めだがホテルでランチの用意がされている。今日は香江の武夷山の責任者が出てきて、歓迎してくれた。食事はやはり広東料理でうまかったが、急に用意したのか、料理が出てくるのが遅く、全部食べる前に私は失礼する時間になってしまった。慌てて荷物を取り、ロビーへ行くとすぐに車に乗せられ、皆さんに挨拶もせずに離れることになってしまった。何とも申し訳ない。

 

バス停に到着したが何とものどかな空気が流れており、バスはいつ来るともしれない。午後1時と書いてあったが、それは別の場所の始発時間であり、ここに来るのは1時20分だと聞き拍子抜け。こんなことならランチをデザートまで食べてから来ればよかったと後悔。結局バスはさらに遅れて1時半頃音もなくやってきて、危うく乗り損なうところだった。

 

乗客はそれほど多くはなく、ゆったりと過ごす。最初の1時間は高速にも乗らず、一般道を行き、高層マンションが建設されている郊外から建陽の街に入っていく。このバスは途中何か所かに寄るため、相当に時間が掛かることを理解した。出来ればここで下車したかったが、トイレに行くだけに留める。

 

今度は高速に乗り、また1時間ほどで水吉という料金所に停まる。19年前この街を偶然に訪れ、600年前の明代の登り窯から作られた天目茶碗の破片を多数目撃したことが忘れられない。更には3年前に行った、政和という地名も出てくる。福建には何度も来ているが、もう一度行って見たいところが沢山あることに改めて気づく。

 

段々と日は西に傾いていくが、バスはひたすら高速を走り続けている。一体いつ着くのだろうかと心配した頃、突然バスは止まり、乗客が降りて行く。バスの横を見ると福安ターミナルとの表示があり、バスを降りると私の荷物が既に降ろされていた。約4時間の旅は終わったと知る。

 

紹介を受けていた鄭さんが態々福州から迎えに来てくれていた。彼は福州で茶荘を経営しているが、故郷は福安であり、地元のお茶を売り込もうと熱心に活動している。鄭さんが予約してくれた(名義は何と農墾)ホテルに入る。福安には外国人が泊まれるホテルは2つしかないのだという。因みに少し安い部屋もあったが、そちらには泊まれない?と言われてしまう。外国人の中国旅行は、お金持ちには関係ないが貧乏旅行には益々やり辛くなっている。

 

ホテルの隣に農墾の代理店があり、オーナーと鄭さんが知り合いで、まずそこでお茶を飲み始める。農墾と言えば、新疆や海南島などで見たことはあるが、福建にもあるのはちょっと意外。ここも辺境防衛が必要な場所だということか。ここで私は今回の福安来訪の目的、『福安農学校』『坦洋工夫茶』の2つを述べた。そして坦洋工夫茶を初めて飲んだが、思いのほか、味がしっかりしていて美味しく感じる。

 

ホテルのレストランに場所を移して、食事をしながら話を続けた。タニシのような小さい貝、そして独特の麺が出てきて、美味しく頂く。そこには坦洋工夫茶の製茶技術に優れているという鄭さんのお父さんも登場したので、その歴史の一端をヒアリングした。お父さんはこの日、地元の茶功労者として表彰されたらしい。

福建茶旅2019(2)筏下りと印象大紅袍

午後は筏下りに乗るという。19年前に乗ったきりだから、偶には良いかと後ろから付いていく。しかし観光客が非常に多く、長蛇の列でこれまた驚く。乗るまでに30分以上は並んだか。料金だって、決して安くはないのに、なぜこんなに人がいるのだろう。そして筏の数も昔とは比べ物にならず、川にズラッと並んでいる。船頭さんもかなり若返っている。仕事があるから若者が住まう武夷山、ということだろうか。

 

天気もよく、爽やかな中、筏はどんどん進んでいく。と思ったら、なぜか我々の筏だけ遅く、周囲の筏に抜かれていく。それでもチップは一人20元あげることになっており、なんとそれも筏上での微信決済だった。すごい。昔もそうだったが、船頭の解説には付いて行けず、何が何やら分からないうちに九曲は終了した。その昔はこの筏で人でなく、茶葉を運んでいたのだろうと思うと、ちょっと情緒がある。19年前と比べて景色はそれほど変わっているとは思えないが、1時間半ぐらいかかったので、かなり疲れる。

 

岸に上がると、その近くの茶荘で休む。この店も香江の系列店のようだ。さほど暑くはないと言っても2時間以上何も飲んでいなかったのでお茶が旨い。更には茶葉で煮た茶たまごが登場。これがまた絶品で腹を満たす。鉄羅漢の母樹とか、老水仙など、ちょっと気になるお茶が並んでいた。

 

ホテルに帰る前に、景区内にある大紅袍母樹を見に行く。19年前は景区に入り、2時間ぐらい散歩した果てにようやくたどり着いた(当時のガイドの演出)が、今回は一番近いゲートから、並ぶこともなく、さらっと入り、茶樹が植えられている道を通り抜けて到着した。もうここは完全な観光地、19年前はなかった柵が設けられ、勿論よじ登ることも出来ないようになっていた。大勢の観光客が記念写真を撮っている。武夷山に来て、ここを見ないで帰ることはあり得ない、と言った雰囲気が漂っている。

 

帰りがけに地元の食堂で夕飯を食べる。何だか食べてばかりだから控えめにしたいところだが、地鶏の料理などが出てくるとどうしても手が出てしまう。中国の旅は一人でご飯を食べても量が多くて腹一杯だが、団体で食べるとどうしようもないほど食べ過ぎになり、体重増加だけでなく、体に悪いとさえ思ってしまう。

 

ホテルに帰ると特に予定はなかったので、ホテル内を散策する。裏側には大きなプールがあり、更に別荘のようにいくつもの建物が並んでいた。まだ正式オープンではないからプールに水もなく、別荘に泊まっている客もいないが、ここの敷地も相当に広い。最終的には分譲するのかもしれないが、取り敢えず家族連れなどに一棟ごと貸し出すらしい。これまた規模の大きな話だ。

 

4月7日(日)
武夷山観光

翌朝も朝食を沢山食べて出掛ける。今日も天気が素晴らしく良い。初日の夜の小雨は何だったのだろうか。本日は一日、街中から車で1時間程度行った武夷山周辺の山に入り、環境の良い中で、森林浴などを楽しんだ。昼ご飯も農家飯を堪能して、ご満悦。食べ過ぎなどは全く気に留めなかった。紅茶も飲んだ。途中の道端にも茶畑が広がり、外山の茶葉を見ることもできた。本当の武夷山観光はこういう場所に足を運ぶのが良いのかもしれない。

 

早めの夕飯がまたやって来た。大体どこのレストランでも1階の入り口付近に置かれている食材を選び、2階の個室で食べるスタイルになっている。相変わらずすごい量がテーブルに並び、どれを食べてよいか分からないほど。カエルなども出てきて、美味しく頂く。日本人のように、兎に角ビール、などということはなく、酒を飲む人は多くない。最近は乳酸菌飲料が流行りのようで、テーブルに置かれている。

 

夜8時前になると、『印象大紅袍』というショーを見に行く。私は正直、このような観光ショーを見たいとは思わないが、『騙されたと思って一度見てみて』と言われたので、出掛けていく。会場は屋外で、非常に広い。驚いたことに舞台が周囲を囲み、客席が回っていく仕掛けになっていた。舞台だけでなく、池なども配されており、かなり本格的な作りだ。

 

有名な映画監督である張芸謀の演出だという。なるほど、このショーは何となく北京オリンピックの開会式を想起させるものがあった。それにしても100人以上が出演して、華やかに、そして細やかに、踊りや歌が繰り広げられていく。勿論テーマはお茶なのだが、製茶の場面が取り入れられ、茶館が再現され、時折客席に茶が振る舞われたりしていた。

 

1時間ちょっとのショーだったが、如何にも中国人が好みそうな、スケールの大きな、興味深いものだった。日本でもこんなショーが出来ればよいとは思うが、日本円4000円を払う観客を、1000人以上集めて毎回満員にするのは、今の経済状況では簡単ではないということだろうか。ホテルまで歩いて帰ったが、人が多過ぎて迷子になりそうだった。この人々がまたお茶屋などに吸い込まれ、新たな消費に繋がるのだからすごい。

福建茶旅2019(1)旅遊特色小鎮とは?

《福建茶旅2019》  2019年4月5-14日

年に一度以上は必ず訪れている福建省。今回は3年ぶりの武夷山、初めての福安、そしていつもの福州、厦門に行って見る。武夷山の茶工場見学ツアー、福安、福州では近代中国茶業のルーツ、台湾茶業との関連にも迫っていく。

 

4月5日(金)
武夷山に着く

フライトは順調で武夷山空港に着いた。この空港を利用するのは2000年12月以来ではないだろうか。相変わらず小さな空港だが、さすがにきれいにはなっている。先日のハルピン同様国際線の入国審査ゲートは少なく、更に外国人用は少ない。並んでいたら今回も最後の一人になってしまった。私の預け荷物は同行者が確保してくれており、既にターンテーブルは止まっていた。

 

夜の8時、周辺は暗くてよく見えない。外は予想以上に涼しい。車に分乗して街中に向かう。少し行くと見慣れた市街地が登場する。そのままホテルに行くかと思いきや、突然裏道に入り、車は停まる。そこは街の食堂、飛行機内でちゃんと夕飯は出ていたが、やはり夜食は食べるらしい。人数が多いので店の外にテーブルを出して、スープや餃子を食べる。身体が温まってとても良い。

 

それからホテルに向かった。今回のホテルはまるで役所の建物のようにいかつい、立派なものだった。そしてまだ正式開業していない試運転段階の5つ星ホテルだそうだ。ロビーは豪華でだだっ広い。私の部屋はなぜか3階の1番端だったので、部屋まで行くのが大変だった。部屋もきれいで広かったが、そこはやはり中国スタンダードの5つ星。心地よさ、というポイントが少し不足しているようにも思うが、それは中国人客のニーズに合わせているのだろう。まあ取り敢えず疲れたので、置かれていたリンゴをかじると、すぐに眠りに就く。

 

4月6日(土)
街を作る

朝はしっかり早めに目覚める。窓の外は霧に覆われており、あまり爽やかではない。まあ、武夷山と言えば、19年前に初めて来た時も、朝は靄っていたように思う。ホテルの朝ご飯は5つ星ホテルらしく、とても豪華だった。試運転中なので、宿泊客は少なく、何だかもったいない。私はお粥や目玉焼きなど、いつものメニューにしたが、きれいな和食まで並んでいて、もっと食べればよかったと後悔する。

 

今日はまず今回の主要目的である、香江集団の茶工場見学に出掛ける。武夷山は狭いので車に乗ればすぐに着いてしまう。2006年にこの茶工場に出資した、とだけ聞いていたのだが、その規模は想像をはるかに超えるほど大きく、そして何よりもきれいだ。何と団体旅行客を受け入れ、入場料まで取っている。茶の歴史展示から、茶工場見学、製茶体験コーナーまで、既に観光茶園がきちんと作り上げられていた。

 

裏庭もまた大きく、池には舞台まであった。そしてもう一つの建物に入ると、そこには大きな急須のモニュメントがあり、若い男子によるお茶淹れパフォーマンス(茶芸)が見られ、完全に舞台化している。ちょっとお茶を紹介するといったレベルではなく、ショーを見ながらお茶を味わい、購入したいお茶を選んでいく感じだろうか。やはり茶旅にはお茶購入タイムが必要なのであり、それがビジネスなのだ。

 

我々は更にここのプランナーから話を聞いた。この茶工場はきっかけに過ぎず、これから8年かけて1万人が暮らす、茶を主題とした街、『香江茶工場旅遊特色小鎮』を作るというのだから驚いてしまった。総投資額は50億人民元。さすが香港の開発業者、考える規模が違うと思わざるを得ない。この茶工場に出資する時、既にこの構想をもっていたのだろうか。因みにここのブランド、『曦瓜』は、元々の国営茶廠民営化に伴い、香江集団も出資した後作られた。今では武夷山を代表するブランドとなっており、茶業者なら誰もが知っている。

 

お昼は少し離れた農家菜のレストランへ行く。ここも規模が大きく、池がデカい。武夷山は、いや今や中国の観光地は、どんどん巨大化しており、どこに行っても驚いてしまう。料理は武夷山の地元のものかと思っていたが、そうとも限らない。武夷山は福建省にあるが、料理は山向こうの江西の影響を強く受けており、かなり辛いというのだ。こういうところにも、労働力流入の影が見える。

 

香港から来たお客は辛い物は苦手、ということで、山菜やら、辛くない肉など食べられそうなものが出てくるという訳だ。今日のお客は我々以外に上海から来た3人が加わっており、既に大人数、アレンジする方も各地の味を考えてオーダーしなければならず、この時期は毎日お客があるようで、大変なことだ。

香港で茶旅を語る2019(4)烏溪沙に初めて行く

4月5日(木)
馬鞍山から

香港最終日がやって来た。今朝は宿の周囲を少し散策する。近くには昔ながらの街市、市場があり、老人を中心に常連客が買い物している。それに今日は清明節の祝日にあたり、その老人を連れた子供や孫の姿も見られた。この市場ももし再開発計画でもあればなくなってしまうのかもしれない。今の香港の不動産価格の高さにはそんな危うさが感じられた。

 

荷物を持って駅へ向かう。3日前に来た時の逆を辿って歩く。今日は大圍駅から馬鞍山線に乗り、終点の烏溪沙駅まで行くことになっていた。この路線に乗るのは初めてで、ちょっとワクワクする。石硤尾から乗り、九龍塘ですぐに東鉄線に乗り換え、大圍でまたすぐ乗り換え。乗り継ぎは細かいが、距離的には凄く近くて驚く。また休日なので車両は空いている。結局約束の時間より20分も早く着いてしまう。烏溪沙駅は今のところ、この線の終点だが、今後西貢まで延長される可能性もあるのだとか。

 

そもそも私が住んでいた10数年前は、この駅すらなかったはずだから、香港は常に進化している。そしてこの駅付近が開発され、立派なマンションが駅に張り付いて建っている。私は30年以上香港に関わってきたが、こんなところがあるとは全く知らなかった。『香港は狭いので大体は分かる』などとはとても言えない。むしろ私は香港の何を知っているのだろうかと自問したくなってしまった。

 

ここには大学の後輩Kさんが住んでいた。烏溪沙は始発駅で、混雑もそれほどでもないので通勤には便利らしい。今日は清明節で街中は人が多いだろうと、ここで会う約束をしたが、新しい香港に出会えてとても良かった。駅に隣接したショッピングモールで飲茶した。早めの時間だったが、大勢の近隣住民が順番待ちしている。やはり祝日の午前中と言う感じだ。かなり食べたような気もしたが、料金は街中よりは安く感じられる。

 

思ったより早く席に着く。Kさんとは最近香港に来ると毎回必ず会って話しをする。何しろ私の茶旅の深い部分の知識を、言語学的、民俗学的、文化人類学的に埋めてくれる数少ない貴重な人だからだ。今回も昨日の福佬人や嶺南文化などについて、その定義、見解を聞き、また刺激を受けた。香港を含めた華南の歴史をもう少しきちんと知らないといけない、と痛感する。

 

烏溪沙駅から空港行バスが出ているというので、それに乗ろうとしたら、目の前でバスが行ってしまった。それでも20-30分に一本はあるので何とも便利だ。駅の周りを巡って時間を潰す。ちょうど不動産屋の前に広告が出ていたのでチラッと覗いていると、店員のおばさんが出てきて中国語で話し掛けてくる。日本人だと言うと、一生懸命英語を使ってくれる。

 

彼女の話だと、この辺の不動産も値上がりが続いており、それを見込んだ中国人がたくさん買い込んでいるらしい。価格は50-80㎡程度で、700万ー1200万香港ドル辺りが多い。東京はやはり安く感じられるだろうな、と思う。同時に海が見えるとか環境が良いとか言っても、一般日本人には手が出ない価格帯、中国からの資金流入の激しさを感じざるを得ない。

 

バスは乗った時は空いていたが、馬鞍山市内を回り、更には沙田市内にも寄り、乗客はどんどん増えていく。そして思ったよりもかなり時間が掛かっていた。相当に時間に余裕があったので問題はなかったが、香港の場合、料金と時間がほぼ並行しているので、27ドルという安さを見てみれば納得できる。約1時間半かかって、ようやく空港に到着した。

 

空港でもまだ集合時間に余裕があったので、ずっとPCをいじっていた。意外と集中できた。気が付くと、もう皆が集まっているではないか。今日はこれから昨日のお茶会メンバーの一部と一緒に武夷山に連れて行ってもらうことになっていた。昨日の主催者が茶工場を持っているというので、その見学ツアーだった。

 

厦門航空は週に数便、香港-武夷山直行便を飛ばしている。これに乗ればあっという間に武夷山まで行ける。かなりワクワク、楽しみだ。香港空港にはバスで一度移動する別ターミナル?があることに今回初めて気が付く。やはり色々と進化しているのだ。時間帯が悪いせいか、機内は空いており、ゆったりと過ごせる。武夷山に行くのは3年ぶりだが、果たして今回はどうなるのだろうか?

香港で茶旅を語る2019(3)普通話で茶旅を語る

4月4日(木)
普通話で茶旅を語る

今朝は冬粉とトーストを食べる。これにインスタントコーヒーと言えば、茶餐庁のメニューだろうか。我が4人部屋に何と日本人の若者がいた。彼は地元から香港直行便の第一便に乗ってやってきた。鉄道オタクでもあるようで、これから西九龍から深圳まで繋がった高速鉄道に乗りに行くというのだ。

 

だが中国は全く初めてで言葉も通じない。お金だけは何とかしたいと、スマホを取り出し、微信支付を設定したが、肝心の資金を入れることが出来ないと困っていた。そこで私が通訳して、隣の中国人の若者に入金をお願いしてみた。ところが何度やってもやはり入らない。表示には『この口座は身分証が未登録』と出ている。今中国で外国人が旅するのは本当に難しい。仕方なく彼はその辺に両替に出掛けていった。果たして彼は深圳で目的を達成しただろうか。

 

早めのお昼に出た。旧知の林さんとランチ。指定された地下鉄駅で待ち合わせて、上に出てすぐ近くの林さんお勧めの店に入る。そこは何と咖哩牛腩の店だったのでかなり驚いた。よほど食べたい念力が効いてしまったのだろうか。でもせっかくだし、嫌いでもないので、何も言わずに食べてみる。これはカレーがインド風か、サラサラ。咖哩牛腩にも実は色々な種類があることを知る。

 

林さんとは中国昔話などで、いくらでも話のネタがある。1970年頃に中国の空気を知っている人はそう沢山はいないのでとても参考になる。しかもキューバまで行き、スマホを無くした話まで出てくるから、実に面白い。物事は多角的に見ないといけない、とつくづく思う。

 

林さんと別れて、近所で本屋を探す。奥様からのリクエストである、2019年版の香港街道地図を買いに行く。昔はその辺の新聞スタンドでも売っていたと思うのだが、今はこんな本を買う人などいない、という雰囲気が漂っている。確かに私ですら、もう香港の地図は買わない。全てスマホ地図で済ませている。奥様は毎年これを買い、コレクションしているようだが、いつまで出版されるのだろうか。

 

MTRに乗り、クントンに向かう。前回12月にも行った昔の繊維工場ビルを目指す。しかしなぜか道を反対に歩いてしまい迷う。この辺が老化現象の際たるものだ。一度通った持ちを忘れるはずがない、という思い込み。マズい!途中、今日開店の『紅茶』という名のレストラン?があったが、英語名は『Red Tea』と書かれており、妙に印象に残る。

 

ビルに到着して3階に上がる。今日の茶会の準備が進んでいる。更に上の階で画家の個展が開かれているというので見に行ってみる。カナダに渡った香港人が描いたもので、元は実業家らしい。日本にも何度も行っており、日本の風景もちょくちょく描いているという。

 

午後3時から5時まで2時間、私の茶旅のトピックスと、日本茶の簡単な歴史を紹介した。参加者は20名程度。こちらの会社の社内研修のようなものだから、と言われて参加したのだが、お茶好きの香港人、そして日本人を前にパワーポイントを使い、何と普通話で話し続けた。これまで多くのセミナーでお話ししてきたが、これだけ長い時間普通話だけを使い続けたのは初めてだろう。かなり緊張した。

 

そして何より驚いたのは、香港財界の大物である、83歳のこちらのオーナーも最初から最後まで参加され、途中からは色々お話ししてくれたことだった。お茶が好きだという熱意には驚く。福建出身で先祖は茶貿易に携わっていたというが、彼自身は繊維、不動産開発の成功者だ。彼の娘と息子も同席し、新茶、緑茶を特別に飲ませてもらい、なかなかない体験をさせてもらった。

 

何とか茶会は終了したが、お茶好きさんからの質問を沢山受けた。香港茶の歴史もいつか調べてみたいと思うようになる。会が終わると、今日の茶会をアレンジしてくれたTさん、そしてそのお知り合いのUさんと共に、今回私のTさんを紹介してくれた、20年来の知り合いであるNさんを訪ねて、お礼を言いに行った。

 

Nさんとは近年何度も会っているが、仕事の話も殆どしたことはなく、勿論仕事場に出向いたのも初めだった。彼はサラリーマンから独立して、今や香港日本人の成功者だ。そのアパレル会社の名前に『Tea』とあったので驚いたが、よく見たら『Team』だったので笑ってしまった。今の私には見るものすべてTeaに見えてしまい、反応してしまうのだ。もうバカの領域ではないかと自嘲するしかない。

 

夕飯はイタリアンに行った。イタリアにもよく行くTさんは店員のイタリア人にイタリア語を使っている。そう、香港とはこうだったんだ。東洋と西洋との接点、と言った雰囲気があったものだが、今や東洋、いや中国の影ばかりが見えてしまい、ちょっと残念だ。そういう私も視野は随分と狭くなっているのを肌で感じている。

香港で茶旅を語る2019(2)久しぶりの歴史散歩

歴史散歩

流石に横にマッチョ君がいたので眠れないかと思ったが、夜中にクーラーを切ったらよく眠れた。それほど暑い訳でもないので、ちょうどよかった。安いゲストハウスなのに、朝食まで付いている。1階に降りると、5種類から朝食を選ぶのだが、食事を渡すのはスタッフの手作業。この事件費の高い香港でなぜ?クロワッサンとインスタントコーヒーを外へ持ち出し、中庭で食べると何とも心地よい。

 

食べながら見ていると、ここには裏山があり、老人が登って行ったので良い散歩道があると確信した。食後そのまま私も登ってみたが、意に相違してその上り坂はかなり急で、高所恐怖症の私には辛いものだった。ところが老人たちはそこをスタスタと上って行くので驚いてしまう。天気も良くなり、暑さも感じる中、登りきるとホッとする。帰りの緩やかな道を探したが他に道はなく、とても良い景色を少し眺めた後、また元来た急な階段をおっかなびっくり降りて行く。これは相当に消耗した。

 

今日は九龍城に行く予定になっていた。いつもなら旺角からミニバスに乗っていくのだが、地図的に見えればどう見ても、ここからバスで行くのが近い。探してみると直接イケるバスもあるではないか。スマホに従ってバス停を見つけて待つ。ところがバスは予定時刻になっても来ない。こういう時は少々焦るし、他の方法に切り替えるかどうかの判断が難しい。

 

まだ時間的に余裕があったのでそのまま待っていると、20分後にようやくバスが来た。バスは途中からいつものコースを辿り、僅か20分で九龍城に到着した。Yさんとの待ち合わせ時間より早かった。取り敢えず待ち合わせ場所の茗香茶荘に向かう。ここでいつものようにお父さんから香港茶業の歴史について、具体的な話を聞く。今日は珍しくマイケルも上機嫌で色々と資料を出してくれ、非常に収穫のある訪問となった。最後にいつもの鉄観音茶を購入して終了。

 

Yさんも合流したので、まずは腹ごしらえ。突然どうしても食べたくなってしまった咖哩牛腩を清真牛肉館に食べに行く。まだ時間が早いので空いており、ゆったり。咖哩牛腩と肉汁たっぷりの牛肉餅がセットをオーダー。腹に最後まで詰め込み、久々の充実感を味わう。

 

食後は九龍城を散策。古い薬局を改造したおしゃれなカフェがある。歴史的建造物の保存の仕方は色々あると思うが、活用できるものはした方がよい。九龍城公園の中を少し歩く。魔窟と呼ばれた九龍城には1990年頃、取り壊しの話があった時でも、一度も中に入ろうとは思わなかった街だ。

 

公園の横には侯王古廟がある。最初に建てられたのは1730年頃というから、香港もその時代、既にこの辺りまで漢人が南下してきて住み着いていた、ということだろうか。以前来た時よりすっかりきれいになっており驚く。裏側には昔からある大きな岩がそのまま置かれているが、その後ろは高層マンションが建っており、今の香港らしい風景ともいえる。その向こうには墓地も見えている。

 

侯王古廟の斜向かいには、古めかしいレンガ造りの建物が見えた。ここもきれいに改装して、100年前の人々の暮らしを再現、展示する施設になっていた。潮仙飲食文化というコーナーもあり、お茶のことも語られている。ただ当時香港にどの程度、この潮仙文化があったのかには、若干疑問もなくはない。

 

九龍城はこれぐらいにして、バスに乗り、前回閉館していた香港歴史博物館に向かう。これもバス一本で行けたが、時間はかかった。本日は無料開放日でラッキー。展示物は多過ぎてとても1回では見切れない。今回特に目を引いたのは、福佬人という表現。これは台湾で『原住民でも、客家、外省人でもない閩南語を話す台湾在住者』を指す時、たまに見かける言葉だが、ここ香港には明確な福老人がおり、その文化があるとされている。

 

香港伝統文化に詳しいYさんと見ていると、長洲島のまんじゅう祭りなども、福佬文化だというので驚いてしまう。しかしそれでは香港の彼らは閩南語を話すのだろうか。客家と何らか区別するために使われた言葉で、昔は閩南語を使っていたか。潮州語と閩南語も6-7割は意味が分かると聞いており、その辺の違いを今後理解したいと思う。

 

また上の階には、昔の老舗茶行の様子がそのまま展示されており、これも驚く。照明が暗く、写真は撮り難い。1855年に香港で開業した陳春蘭茶荘、1996年に廃業したものをそっくり寄贈したらしい。この茶荘についても極めて興味があるが、今日はほぼ時間切れとなってしまったので、また訪ねてみたい。

 

そこから上環の茶縁坊に回って、高さんと雑談した。彼女も鉄観音茶の産地出身だが、鉄観音の産量は多くないという。またミャンマーの大茶商、張彩雲のことは、安渓大坪では誰もが知っているが、その娘が今も住んでいることは知らないという。歴史とは案外そんなものかもしれない。

 

夜は北角市場で、I夫妻と夕飯を食べる。I夫妻とは北京時代からのお知り合いだが、昨年12月は奥さんだけに会っており、Iさんとは数年ぶりか。今週はレスリーチャンの命日があったためか、レスリー映画が流れていたりする。その横では店員が器用にビールの栓を開け、喝さいを浴びる。古き良き食堂で、海鮮などを楽しむ。

香港で茶旅を語る2019(1)美荷楼に泊まる

《香港で茶旅を語る2019》  2019年4月2-5日

香港に行くのはせいぜい1年に1度、と思っていたが、昨年12月にご縁があり、今回お声が掛かったので、いそいそと出掛けていく。それにしても人生で初めてかな、中国語で長時間、お話をするのは。1か月ぐらい前から、かなり緊張している自分がいた。

 

4月2日(火)
香港へ

1か月ぐらい前に香港航空で台北から香港行きを予約した。先日ハバロフスクで人生初の予約姓名間違い事件を経験して、飛行機に乗るのにちょっと警戒心が生まれていた。今回も早めに予約を確認しようと思ったが、何と予約確認書が来ていない。そうなると突然不安になる。そうだ、あの時予約したつもりだったが、途中で止めてしまったのではないかと。

 

最近の物忘れのひどさは相当の状況に達している。自覚があるからこういうことになる。慌ててネット検索するとそのフライトはまだそれほど料金も変わらずに購入可能だった。再度購入しようと思ったが、その行為に既視感がある。念のため手帳を見てみると、4月2日の欄に予約番号が書かれているではないか。これで検索するとちゃんとこの便が出てくるが、そこには私の名前はない。

 

もう面倒なので、空港で確認することにした。桃園空港までいつものように行って見ると、香港航空のカウンターは本当に端っこにあり、まるで隔離されているように見えた。そこには既に長蛇の列が出来ており、この列に並んでいて、もし予約がない、という話になったら、買い直す時間もないかもしれない。よく見るとそこには自動チャックイン機が置かれていたので、それで試してみると、ちゃんと発券されるではないか。しかも荷物は全て機内に持ち込んでよいと言われ、小躍りして出国審査した。

 

香港航空だし、フライト時間も短いので、機内食はないと思って、空港内のバーガーキングで早めのランチを食べる。どうもここの食べ物はあまりすきにはなれない。機内に入ると、機材は最新鋭の大型でゆったりと座れる。そして何と普通に昼食まで出てきたが、腹一杯で喰い切れない。やはりLCCではないのだ。

 

香港に到着すると、荷物は手荷物だけなのですぐに外に出られ、とても良い。LCCだと必ず荷物を預ける羽目になるのでここでの時間ロスは意外と大きい。携帯屋に行き、『昨年12月に買ったシムカード、まだ使えるか』と聞くと、『トップアップすれば使える』というので、50ドル払って起動させる。これも意外と有り難い。

 

今回はいつもの銅鑼湾宿泊ではなく、深水埗という未知の場所に泊まる予定となっている。空港からどうやって行くのが良いか分からずに検索してみると、いくつものルートが出てくる。その中で空港バスに乗り、黄大仙まで行き、そこでMTRに乗り換えるルートを選択する。

 

本日は天気が良く、バスの窓から気持ちよい風景が広がっている。40分ぐらいで黄大仙に到着。久しぶりにお参りしたかったが、荷物もあるので断念して地下へ。ここから3駅で石硤尾に着く。深水埗駅に行くには更にMTRを乗り換えないといけないが、本日の宿泊先は石硤尾からも徒歩10分程度なので、こちらを選択する。

 

初めて降りる石硤尾では道に迷いそうになるが、スマホがあるので何とか歩ける。公団住宅のような団地が並ぶ一角、そこに美荷楼は建っていた。この付近が火事で焼けてしまった後、1954年に建造された、香港公団住宅の走りであり、今や歴史的建造物に指定されている。政府はそこを貸出、改修されてゲストハウスが経営されている。

 

今回の宿泊手配はTさんがしてくれたので、どんなところは分からない。GHだからやはり若者が多いようだ。部屋は何と、ドミトリー。しかも2段ベッドではなく、普通のツイン部屋だから、隣に知らない人が寝ている感じだ。私の隣人はマッチョ系アルゼンチン人で、韓国でモデルをしているらしい。彼が上半身裸でいると、一瞬ドキッとする?ツイン部屋2つにバストイレが1つ。室内、いや楼内全体はとても清潔だ。

 

部屋にはおじさんもいた。香港生まれで返還前にオーストラリアへ移住した人だった。香港の物価がこんなに高くなって驚いている。彼は一生懸命中国人の若者と普通話を話しているのが微笑ましい。お茶にも興味があるというので、オーストラリアの先住民、アボリジニが飲んでいたお茶について、ちょっと話が弾む。

 

美荷楼を見学する。こちらでは定期的に見学会もあるようだ。居心地のよさそうな中庭があり、建物内にはキッチン、ランドリーなどの設備も整っている。私にとって問題なのは、お茶を飲むのにわざわざキッチンまで来ないとお湯が得られないことぐらいだろうか。ドミトリーで満足できるなら、料金的にお勧めかも知れない。

 

深水埗駅の方へ出てみる。ここには電脳街があることは知っていたが、来たことは一度もなかった。私の目的は、中国大陸で使えるシムカードを購入すること。前回香港空港であまりにも高い大陸用シムカードを買わされた?ので、先日東京で会った香港人の林さんに、安い物を買ってきてもらったが、今回は自分で調達しようと出向いた。

 

シムを売る店は何軒かあったが、皆広東語でサクサク買っている。私も無理して広東語を使ってみたが、あまりにも下手で相手は理解できず、仕方なく英語に切り替える。10日間使えるシムが僅か50香港ドルとは確かに安い。ここではどこの国でも使えるシムを大量に売っていて興味深い。