突然の深圳・香港旅2016(4)深圳の長い地下街で

お父さんに教えてもらったバスに乗り、九龍城から九龍塘へ出る。バスは頻繁に出ており、乗り切れない人は次を待つ。夕方、学生や勤め帰りの女性が多い。九龍塘からまたMRT東線で落馬洲へ戻り、福田から宿へ帰った。香港日帰りはあっという間だったが、宿代を考えると合理的選択かもしれない。

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夜はまた裏通り、香港で食べればよかったのだが、気分的に深圳になってしまった。今晩は、12元で腹一杯食える食堂へ。食べているのは男ばかり。何となく侘しい出稼ぎ者に交じっていると、気持ちが落ち込んでくる。この人たち、かなり苦労しているんだろうな、と感じられる。

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1110日(木)
4. 深圳2

フラフラと地下街

翌朝はゆっくり起きて、かなり遅い朝食をチェーン店で食べる。腸粉と粥で23元。まあ仕方がないか。香港ならこの値段で粥しか食えない。店はきれいでよいが、片づけはできていない。店員は若い子ばかりで、まるで気は利かない。10数年前の深圳はサービスがよかったな、と思い出す。労働力の質低下か。

 

向かいに福田の茶葉市場があったので覗いてみたが、ちょうど雨が降ってきたせいか、お客はほぼいなかった。がらんとした建物の中、閉まっている店も多い。どう見ても流行っている感じはない。入ってみたくなる店もなく、客に声を掛けるでもなく、余りに寒々としていて、何となく外へ出てしまった。

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散歩しようとしたが、雨が本格的に降り出してきた。今日は夜便で台湾に戻るので、まだ時間はたっぷりある。宿はチェックアウトしてあるので時間を潰さなければならないが、どうしたものだろうか。仕方なく地下鉄の駅に潜ってみた。そして驚いた。すごく長い地下街がそこに出現したからだ。

 

連城新天地という名前の地下街。どうやら次の地下鉄駅まで続いているらしいと知り、好奇心で歩いて見た。ものすごい数の飲食店がずらりと並んでいる。中国で名の知れたチェーン店は全て収容されているのではないかと思うほど。日本のラーメン屋もあり、吉野家もココイチも皆ある。大きな和食屋は怪しげだが、客は入っている。台湾系、香港系、シンガポール系のファーストフード、パン屋、カフェ。何より平日の午後でもそれなりに人通りがある所はさすがだ。

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ゆっくり歩いて20分ぐらいで次の駅まで来たが、何と更に続いている。こうなれば暇に任せて歩いて見る。飲食ばかりでなくアパレルなどの店も沢山あり、驚くばかりだ。そして次の駅までそれは続いていた。最後の駅から少し離れたところには高速鉄道の駅さえあるようだった。こんな地下街、日本にあるのだろうか。札幌の地下街はかなり長いとは思うが、どうだろうか。

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折り返して歩くと腹が減ったので、吉野家に入ってみる。その接客がかなりしっかりしており感心する。客がいない時間なので、掃除の仕方を先輩が教えていた。そこに面接の女子がやってくると、まずは掃除だよ、衛生だよ、と言いながら、面接が始まった。ところでここの牛丼、単品18元、何だかとてもうまく感じたのはなぜだろうか。ついでの隣の台湾系でアンパンを買って頬張った。

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因みにこの長い道を歩いている中で、店のメニューと同じくらい求人広告が貼りだされていた。それほどスタッフ、働き手が足りないのだろうか。いや、景気減速の煽りで、コストを押さえないとやっていけない店側と、高い給料を求める出稼ぎの若者のギャップが埋まらないような気がしている。

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ちょっと早いが、宿で荷物を取り、また地下鉄の駅へ降りていく。来た時に乗った、空港行地下鉄を利用する。来た時は全く気が付かなかったのだが、何とこの列車、最後尾にビジネスクラスが付いていた。聞いてみると通常7元のところを3倍の21元出せば乗れるらしい。深圳の住民は地下鉄カードでタッチして乗っているが、私は上に戻り、切符を買わなければいけないと言われて、乗車を断念した。

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一般車両はかなり混んでおり、やはりビジネスクラスに乗ればよかったと後悔したが後の祭り。よく見るとこの列車は最近開通しており、時速も120㎞まで出せるとなっている。ただの地下鉄ではなく、いわゆる空港シャトル線であった。道理で速い訳だ。空港に近づくと、海岸線が見える等、景観もあり、楽しめる。

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ただやはり空港には早く着きすぎて、チェックインできなかった。何とか座る所を見つけてPCをいじっていると、いつの間にかチェックインが始まっており、出遅れてしまう。行きでトラブルがあったので、帰りはもう何も言うまいと思っていたら、何だかプレミアムエコノミーにしてくれていた。これが桃園空港で文句を言ったせいなのかどうかは分からないが、搭乗の順番が早くなっていた。

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帰りも又エバ空港の機体である。ほぼ満席で驚く。フライトは順調で、ほぼ定刻に桃園空港に着陸した。今回の旅、一体何だったのだろうか。たまにはこういうのも悪くはない。

突然の深圳・香港旅2016(3)香港茶荘巡り

また1時間かけて地下鉄で宿へ戻る。まあ1時間乗っても料金は至極安いので、時間があって金がない者には助かる。日本の交通費、何とかならないのだろうか。夜はまた裏通りへ向かう。結構冷たい風が吹いており、11月の深圳としては涼しい。今晩は暖かい黄燜鶏米飯を食べる。

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鍋にとろ火で煮込んだ鶏肉にピーマン、野菜が入っている。鶏が柔らかいのが好きだ。これとご飯というシンプルな組み合わせだが、味が濃いのでご飯が沢山食べられる。18元。しかし数年前までほとんど見たこともなかった食べ物だがルーツはどこに。山東省らしいと言われたが、山東省にあったかな?

 

119日(水)
香港へ

翌朝は早起きして、香港へ向かった。深圳にいてもやることがないので、先月いなかった茶縁坊を訪ね、何とか秋茶を手に入れようという腹である。いつもなら羅湖へ行き、辺境を越えるのだが、今回は折角なので新しいルートにチャレンジする。新しいと言っても私が使ったことがないというだけで、今やこのルートが定番だと思われる。

 

地下鉄4号線で福田へ。そこの上にはイミグレがあり、すぐに中国を出境できる。羅湖より歩く距離が短く便利だ。香港へ入国すると、そこには落馬洲の駅がある。これは上水で羅湖行きと別れた線だ。今や香港人で深圳北駅から高速鉄道に乗る人などはこの福田を使うととても速い。

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イミグレも混んでおらず、順調に列車に乗り込む。前回はホンハムからバスに乗り、失敗したので、今回は九龍塘で乗り換え、旺角、中環で地下鉄を乗り継ぎ、上環まで確実に向かった。それでも結構時間が掛かったのは、乗り換えなどの位置を完全に忘れてしまっていたからだろう。香港はどんどん遠くなっていく。

 

3. 香港
茶荘巡り

とにかくまずは茶縁坊へ向かう。ところが、ところがまさかの、閉まっていた。これまで一度もなかったことが2回続けて起こっている。ここまで来ると、何かが起きたのかもしれないと心配になるが、先月同様携帯のシムを用意しておらず、連絡を取ることも出来なかった。仕方なく、フラフラ歩き出す。ちょうど10月に訪ねた安渓西坪で堯陽茶行の故郷に出会ったことを思い出し、店へ行って見た。だがオーナーも顔見知りの番頭さんもおらず、おばさんに聞いても埒が明かない。

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オーナーは午後返ってくるよ、と言われたので、もう少し上環で粘ってみようと思ったが、ちょうど前日FBで小倉の辻利さんが、IFCに出店したのを見たので、ほんのちょっとお店を覗きに行くことにした。トラムが来たのでそれに乗り込む。懐かしい。未だに2.3ドルか、頑張っているな。

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そしてセントラルで降りてIFCまで歩き、お店を探したが、すぐには見付からない。それが香港らしい。ようやくディレクトリーを見て、場所を確認。お店の横には開業の花が並んでいた。ほうじ茶30ドルなどとあったが、その横にIFC限定サンデー、78ドルが燦然と輝く。食べてみたかったが、何となく気後れして、お店に入れず。次回に持ち越した。

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ふらふら歩いて上環に戻ると昼も過ぎていた。いつものように市場の上の和食屋へ行き、定食を食べる。おばさんはいたが、日本人のKさんは不在。相変わらずランチは安く、勧められた焼き魚定食でも45ドルとお得。お客さんは定期的に来る常連が多いようで、日本人もいた。

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堯陽茶行に戻ってみると、顔馴染みの王さんがいたので、西坪の話をしてみると驚いていた。彼のお父さんもあの日塞と呼ばれていた要塞の出身なのだった。といっても堯陽が香港に出てきたのは、1930年代、それから長い月日が流れ、今やそれほど往来はないという。因みに台湾にも枝分かれしたが、こちらも今や関係はないという。ここで出されるほうじ茶のような鉄観音が、昔を忍ばせる。

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そして念のため茶縁坊へ戻ってみると、ついに灯りがついていて息子がいた。やった、と叫びたいのを堪えて中に入る。聞けばやはり先月、めでたいことに彼に子供が生まれていたのだ。高さんも孫の世話に忙しく、また息子も子供を病院へ連れて行くなど、店を開けられない時間が増えていたようだ。

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知らせを聞いて高さんも駆けつけてきた。しかし張さんは秋茶を作らなかったというのだ。結局ここでも手に入らなかった。もう張さんのお茶は手に入らないかもしれない。何となく寂しさがこみ上げてくる。そういえば、家には数年前のお茶が少し残っている。そう話すと『それを香港に持ってこい、焙煎してあげるから』と言われたので、次回はそうしようと思う。

 

1時間ぐらいで上環を離れた。後は数年顔を出していない、茗香茶荘に行って見ようと考える。九龍城には、旺角まで地下鉄に乗り、そこからミニバス。だがミニバスの乗り場の位置まで思い出せない状態だった。何とか乗り込み、7ドルを払う。後は懐かしい道をひた走る。

 

お店に行くと、お父さんが奥に座っていた。向こうも何となく見覚えがあるな、という顔で出迎えてくれる。ここは潮州系だが、観音茶王という美味しい鉄観音茶を販売している。店の奥で焙煎しているものもある。『今は安渓に行ってもいいお茶は手に入らないよ』と一言で片づけられてしまう。息子のマイケルとは少し昨今の景気について話したが、あまり良いことはないようだった。

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突然の深圳・香港旅2016(2)懐かしい場所を訪ねると

そのゴルフ場に初めて行ったのは1991年の旧正月。私が香港に赴任してすぐに旧正月が来てしまい、暇だろうと先輩が誘ってくれたのだ。当時まだ住居が決まっていなかったので宿泊していたホテルの前からゴルフ場行シャトルバスが出ていた。いきなり国境を越えていくゴルフは何とも新鮮だった。

 

香港ならではと思い、それがきっかけで、一時は毎週のように友人たちと出掛けていった。朝5時に起きて、タクシーを探してでも、楽しかった。国境も最初は凄く遠回りの場所だったが、その後落馬洲皇崗が通れるようになり、かなり便利になった。とはいえ、朝は1つしか窓口が開いておらず、重いバッグを持って毎回並んだものだ。更に先輩に聞くと税関がゴルフ道具を知らずに、クラブ一本一本調べた、ボールに何か仕込まれているのではと疑われたなど、ユニークなエピソードも多い。

 

そのゴルフ場は今では深圳旧市街地のど真ん中、一等地にある。当時地下鉄などなかったが、いつの間にか駅までできている。ただ広い敷地のため、どこから入ってよいかもわからない。昔深圳は怖いところ、という印象があり、20年以上前は市街地に行くこともなく、泊まることもなく、深圳の地理はよく知らなかった。

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ゴルフ場は未だに営業はしているが、既に土地のリース期限が過ぎており、今後この土地をどうするのかを協議中らしい。もう開業から30年以上も経っているのだ。一部会員しか中に入れないのだが、お願いしてクラブハウスを見せてもらう。私が来た頃と変わっていないのは玄関周りぐらいか。コースも20年前に大幅改造され、周囲には別荘も分譲されていた。懐かしい場所だが、景観は一変していた。

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それから地下鉄に乗り、羅湖へ向かった。ここは2001年以降、私がお茶の旅を始めてから度々来た場所だった。香港から九龍鉄道に乗り、イミグレを越えた。駅からほど近いところにある茶葉世界というお茶市場には一体何回行ったことだろう。今でも100軒以上の店が並んでいるが、昔のような活気はない。それは郊外に大型の卸市場がいくつも出来たこと、そして香港の経済力が弱くなり、香港人が来なくなったことに起因していると思われる。

 

2階に上がり、いつも行く一號茶荘に顔を出す。ここは15年前、私が初めてこの市場へ来た時に出会った紅美という女性の店。福建省の武夷山近くから出稼ぎできて、最初は岩茶の店で小妹をやっており、その後自らの才覚で、店を持ち、今は2号店もある。彼女は現在2号店に出勤しており、この古い店はご主人がやっている。久しぶりに紅美に会いたいというと、すぐに連絡してくれ、深圳郊外にある2号店の場所を教えてくれた。午後はここへ行ってみよう。

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一號茶荘の斜め向かいには唯一台湾人経営の子揚茶荘がある。ここのオーナーは高雄の人で、この市場が出来た1997年に深圳へ出てきて店を構えていた。長い付き合いをしていたのだが、その姿は店になかった。代わりにこれまた古い付き合いの春桃姐さんがいたので、声を掛けた。オーナーは、というと、一瞬戸惑ったような顔をして『天国に行ったわ』と寂しそうにいうではないか。既に1年も前に彼は居なくなっていた。私はたまにしか来ないのでそのことを知らずにいた。店は春桃が引き継いだらしい。ただお茶はこれまで同様、台湾茶が中心だ。しばしオーナーを偲んでお茶を飲む。

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もう一軒、単叢の店に寄ったが、いつも物憂げな李さんもいなかった。最近は税関を退職したご主人と交代で店をやっているらしい。日本にも旅行に行っているようで、次回はどこへ行こうかと相談される。閑散とした茶葉世界だが、その変化は相当なものがある。これからこの市場がどうなっていくのかには、ちょっと興味がある。

 

昼ご飯をかっ込んで、地下鉄に乗る。それにしても飯代は高くなっている。駅付近で5年前の2倍にはなっている気がする。それに為替を加えれば、実体はもっと高く感じられる。1号線から2号線に乗り換えて、約1時間、龍城広場と着いた時には結構疲れてしまった。深圳の地下鉄も香港に倣っているのか、冷房がやけにきつい。

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駅のすぐ近くに大きなお茶市場があると聞いてきたが、見当たらなかった。とにかくこの辺まで来てもまだ、大規模マンション開発が進んでおり、ちょっとした建物では目立たなくなっている。案の定、マンションの後ろ、ショッピングモールの脇に茶城があった。しかも中は複雑で、店を見つけるのにかなり苦労する。

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その店は予想よりかなり大きかった。大きな椅子に紅美がドカンと腰掛け、若い男の子2人を使って商売していた。あの幼かった彼女が15年で店を持ち、結婚して子供も持った。この近くのマンションも購入したという。ある意味で、彼女は深圳ドリームを実現した一人かもしれない。

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それでも現在茶業には逆風が吹いている。以前のように右から左に茶が売れる時代は過ぎている。店にはちょくちょくお客が来ていたが、大きな商売は減っているという。『まあ、昔ゼロから始めたことを考えれば、何とかなるのよ』と彼女は笑っていたが、これからどうなるのか、現在の中国で先が見えている人はいない。

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突然の深圳・香港旅2016(1)立栄航空で深圳へ行ったが

《突然深圳・香港旅2016》  2016117日‐10

 

台湾へ20日ほど行こうと思ってフライトを予約した直後、突然深圳へ行かなければならなくなった。しかもその用事は11月中には済ませなければならないのだが、後半にはタイ行きも控えており、大変難しい状況に陥ってしまった。だがよく考えてみれば、台湾から深圳へ飛べばよいだけのこと、仕方がないので、台湾旅を一時中断して、深圳へ行って見た。

 

117日(月)
1. 深圳まで
立栄航空は何もの?

台湾に入ってからすぐに深圳行きの飛行機を探した。エバ航空で台湾まで来たのだが、サービスがよかったし、スターアライアンスメンバーでマイルもたまるので、エバで行きたかったが、あいにく飛んでいない。中国の深圳航空も何とスタアラメンバーだったので、これにしようと決断しかけたところ、エバ航空の子会社、立栄航空が飛んでいることを発見。エバ航空のサイトから直接予約を入れたので、問題ないと思っていたのだが。

 

当日台湾中部の鹿谷からバスで台中へ、台中から高速鉄道で桃園へ。更に桃園からバスで空港に辿り着く。余裕を持って来たのでかなり早く着いてしまった。エバ航空のチェックインカウンターへ行くと、ここではないという。あれ、エバ航空のサイトから予約したのになぜ?まあ立栄航空のカウンターへ行けばよいだけの話だが、そこへ行って見ると、『わが社はスタアラメンバーではないので、マイルも付かないし、メンバー特典は全くない』ときっぱり言われてしまった。

 

でもエバ航空の子会社で、エバのサイトからチケットを買ったのになぜ?といってみても埒が明かない。しかもこのフライトは深圳航空とのコードシェア便だという。それなら料金も安く、マイルもたまる深圳航空を選ぶべきだったと気付いたが時すでに遅し。今さらフライトの変更もできず。例えば全日空で予約しても偶にエア日本の機材を使うこともあるので、てっきりそれだと思っていたいのに。仕方なく、モスバーガーでランチを食べて、搭乗を待つ。

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そして搭乗口で見たものは、驚きだった。機体もCAさんもエバ航空ではないか。機内の設備にもはっきりとエバの表示が見える。これはある意味で悪質な『ひっかけ』だと言えるのではないだろうか。勿論法的問題はないようにしているはずだが、顧客志向とは言い難い。台湾人ならその辺の細かい事情は分かるだろうが、外国人で初めての客には同じに見えてしまう。むしろ台湾人は子会社のチケットでより良いサービスが受けられると喜ぶのかもしれないが、私は大いに不満であった。でも今更言って見ても誰も取り合わないので、すぐに寝入る。

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2. 深圳
ホテル探し

深圳空港まではあっという間に着いた。既に夜になっている。数年前にこの空港を利用した時は確か市内までバスがあったので、バス乗り場を探すと、何と地下鉄が出来ているではないか。今の中国の動きは本当に速い。恐ろしいほどなんでもすぐにできてしまう。しかもこの地下鉄、何となくスピードまで速い。

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これまでと違い、今回は特定の用事なので、そこに近い場所に泊まることとして、1度乗り換えて1号線のある駅で降りた。勿論初めて。駅前にホテルがあるはずだったが、今回も安いホテル狙いで通り過ぎた。そして少しくと150元という表示が出ていたので、そこへ入り『部屋はあるか』と聞くと、フロントの女性が満面の笑みで『ある』と答えた。ところがパスポートを出すや否や、『あー、うちパスポートダメなのよね』と残念そうに言う。

 

まさに没有弁法か。最近は安い宿に外国人は泊まれない。それは中国人を監視するためで、外国人を排除するためではないと分かっていても、腹立たしい。どこに泊まったってよいではないか。仕方なく駅の方へ戻り、立派そうな建物へ。1階にフロントがあり、部屋は24階、料金は約300元とさっきの2倍。部屋には窓はないが、そこそこシックな雰囲気を出しており悪くはない。

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既に夜も9時を過ぎてしまった。腹が減ったので外へ出た。今や深圳も大都会、多くのチェーン店はあるのだが、ちょうど宿の横道を入ると、昔ながらの賑やかな通りに出た。何となく残っている一角だろうか。折角広東に来たのだからと、鶏と叉焼でご飯を食べた。何だか冷めていたがまあ満足か。でも料金は上がったな、これで18元か。

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118日(火)
懐かしい場所へ

翌朝は今回の目的である用事を済ませるために朝から外へ出た。エレベーターで下へ降りると、そこには長蛇の列が。出勤時間と重なり、エレベーターが足りない。上がるのには相当の時間が掛かるだろうが、皆慣れているのか、スマホを見ながら平然としていた。何だかその昔、香港勤務の時の様子を思い出す。

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ところで用事は何と30分で済んでしまった。私はかなり余裕を持ってきたため、フライトの予約は明後日になっている。これを変えるとまた追加料金がかかるので、ここにいることにしたのだが、これは一体何をすればよいのだろうか。既に知り合いの日本人もあらかたいなくなっている。ちょうど地下鉄の駅を見ると、昔よく通ったゴルフ場のある場所だった。懐かしいので訪ねてみることにする。

バンコック ヨーガの旅2016(11)お茶会、マッサージ、そして空港で

ワット・ボウォーンニウェートの外に出ると、大きな木があった。王様もこの木を眺めただろうか。大ぶりの花が咲いていた。私は花には疎いのだが、何だかいい光景だな、と思ってしまう。そこで深呼吸して歩き出す。タイの人々も新たな一歩を歩み出しているのだ。

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カオサンに臨時バスターミナルが出てきていた。そこからバスがどんどん出ている。私は来たのと同じバスに乗車した。ここから出るバスは殆どが今日は無料らしい。往復約2時間、無料の旅になった。客待ちしているロットゥもどうやらお金は取らない。更にはバイタクさえもが、無料で近くまで送ると言っている。皆の顔が慈愛に満ちている。何とも不思議な世界を見ているような気分になる。

 

宿の近くに戻ると3時になっていた。実は王宮には食べ物が沢山あったが、私のような部外者が、ここでご飯を頂くのはどうかと思い、遠慮して飲み物だけにしたのだが、一気に世俗に戻ってしまい、腹が減る。タイの有り難いことは、どんな時間でも食事をしている人がいて、食堂が開いていること。

 

Kビレッジに行けば何かにあり付けるだろうと出掛ける。さすがに人は少ないが、それでもお客はいる。リンガハットなどは夕方5時までランチを提供している。私は不謹慎にもいつものようにとんかつが食べたいな、と思ってしまい、以前行った店を探したが、既にラーメン屋になっていた。

 

バンコックのラーメン屋は飽和状態、と聞いて久しいが、まだ出てきているのか。同時にとんかつは有名どころも出そろい、厳しい競争に晒されているようだ。実は無くなったと思っていた店は2階の広いスペースから1階の見つけにくい小さなところへ引っ越していた。しかもメニューはカツだけでなく、様々な日本食を組み合わせている。10月の王様逝去以降、消費が落ち込んだと言われているが、このケースはそれとは無関係だろう。結局無難な大戸屋に入る。ここもどこででも見掛けるタイのチェーン店になっている。

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126日(火)
お茶会して空港へ

前夜は、食事をせずに部屋でゆっくり過ごした。そして翌朝慌ただしく出発の準備をして、8時過ぎにいつものようにYさんを訪ねたが、まだ来ていなかった。この宿はYさんが予約してくれたが、代金を受け取るのをすっかり忘れていたようだ。コーヒーを飲みながら、タイ情勢について少しだけ話をしたが、チェックアウトの時間となる。

 

今日はバンコック茶会。以前より主催してくれているMさんの家へ向かう。実は今回の一番の目的はMさんに預けていた茶葉を引き取ることだった。もう1年以上、置きっぱなしで申し訳ない。折角なので、数日後にあるエコ茶会セミナーの予行演習的位置づけで、台湾茶についてお話をしてみる。

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初級編という訳にはいかず、ちょっとマニアックな場所のお茶が出てくるので、初めての人は戸惑っただろう。お茶の分類、製法の違いなど、昔のバンコック茶会でやっていた、中国茶の基礎を知る、をもう一度やるべきかもしれない。そして美味しく、楽しく、がよいかなと思う。

 

大学の後輩で、中国でお茶を習っていたHさんも参加してくれたので、彼女にお茶を淹れてもらう。参加者の顔ぶれもかなり変わり、初めての方が増えた。バンコックの駐在員も少しは減る傾向にあるのだろうか。若い人が増え、家族帯同が減った、との話もあった。またインドネシアやインドなど、周辺国へ移動になるケースもあるという。バンコックから拡散していく、それは何を意味しているのだろうか。

 

荷物があるのでMさんの車で送ってもらいながら、きれいなタイ料理屋さんでランチを食べる。最近はオシャレなお店が増え、そういうところが賑わっているらしい。ガイヤーンやソムタムがきれいなお皿に盛られ、タレも3種類ついてくる。これでサービスがよければ最高だが、会計の時に隣の伝票と間違えて渡される。私はタイ語が読めないから、そのまま払ったが、確認は必要のようだ。

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宿でMさんをYさんに紹介した。元々ご縁はあったのだが、直接会ったことがないという。朝はゆっくり話せなかったが、結局ここでまた話ができた。巡り巡って世は流れていく。今晩午前1時の便なので、暇になる。少し肩が凝っているので、宿のマッサージに初挑戦した。

 

取り敢えず足マッツサージをやって夕飯を食べようと思ったが、余りに気持ちよくなりウトウウト。最後に肩を揉んでもらうと、『硬すぎるだろう』と言われ、そのまま全身マッサージに移行してしまった。ヨーガ合宿に行っても、既に出来てしまった日頃の肩こりは治らなかったようだ。勿論マッサージ1回で治るとは思えないが、実に良い時間つぶしになった。2時間合計で680バーツはお値打ちだろう。

 

タクシーで空港に着くとヨーガ合宿で一緒だったUさんから、『待っている』という連絡が入る。だが私の乗る便は1時間ほどディレーしていた。通常より少し遅れてチェックインが始まり、何とかUさんと合流。30分ほどお話して彼女は関空へ向けて去っていく。私の便はディレーしたが、何とか北京空港での乗り継ぎにも間に合い、無事羽田空港に到着した。

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ところが荷物がなかなか出て来ない。何とタッグの一部が見事に切り取られていたのだ。何故?思わずそこにいた職員に聞いたが埒が明かない。仕方なく外へ出て電車に乗ると、何とスーツケースの取っ手が壊れていた。後でエアチャイナに電話して、証拠写真などを送ると、弁償金が支払われるという。そのお金は次回の搭乗時に受け取ることになった!

バンコック ヨーガの旅2016(10)悲しみの王宮へ

テスコまで来たら何となく腹が減る。仕方なく、いや無謀にもそこでかつ丼を食べてみる。まあ期待はしていなかったが、一応食べられる。だがセットメニューにはみそ汁の他にドリンクが付き、更には何とたこ焼きが付いてくる。これがタイ人の好む日本食かとある種の感動を覚えた。これで145バーツは高いのか、安いのか。

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夜は久しぶりにテレビを見る。大河ドラマは佳境に入っていた。タイのテレビはやはり何となくシックな番組が多く、中には亡くなった王様を偲ぶ番組もあった。実は私が今日合宿を切り上げたのは、明日やりたいことがあったからなのだが、何と明日は祝日、それも王様の誕生日だと知り、計画が狂ってしまった。こうなれば、明日は王匡に出掛けてみようと思い立つ。

 

125日(月)
王宮

翌朝は5時には起きず、ゆっくりする。私には睡眠時間の確保が重要であり、無理をするとすぐに体調を壊す傾向がある。ちょっとアーサナだけをやり、8時半を過ぎたのでいつものコムヤーンで朝ご飯を食べる。最近店に行ってもあまり笑顔を見せないおばさんだが、今日は孫?を抱いてご機嫌だった。

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その場で食べようとするとお知り合いのKさんと遭遇した。色々とお世話になっているのだが、今回は特に連絡していなかったが、期せずして話が聞けた。やはり王様の逝去はタイ国民にとってかなりのショックだったが、徐々に立ち直りつつあるようだ。彼も今日はお休みで、これからジムへ行くという。バンコックでタイ人にジムが人気らしい。それでも東京のように混むこともなく、料金もまだ安いとか。

 

Kさんにバスの番号と乗り場を教えてもらい、バス停へ。やってきたバスは無料バスだった。バンコックには一番安いエアコンなしのバスに、時々無料のものがある。以前それに乗った話をIさんにしたところ、『それは貧しい人たちのためにあるのでお金のある外国人が乗るのは良くない。政府が廃止を検討している』と怒られた記憶がある。だが次にいつ来るかわからないので乗り込んでしまう。

 

バスはスイスイと見慣れた道を進んでいく。チャイナタウンを過ぎ、カオサンの近くまで来た時、大勢の人々が見えてきた。しかもほぼ黒い服を着ている。バンコックでこのような光景を見るのは初めてだ。私も洗濯した黒いポロシャツを着てはいたが、ズボンは茶色だし、違和感ありあり。外国人だから許して、と思っていると、ノースリーブの白人女性が歩いていたりもする。

 

いつもは楽しそうに歩いているタイ人も、この場ではかなり違っていた。花を持つ人、王様の写真を掲げる人、バイクにタイ国旗と遺影を付けて走って人までいるが、皆が整然として、続々と王宮を目指している。そしてゲートが設けられており、セキュリティチェックを受ける。そこからは広いイベント会場のようになっており、大勢の人が歩いていた。英語や中国語での案内表示もあり、国内外から人々がその死を悼んでいることが分かる。

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駐車場だった場所を見ると、そこには医療車両があり、看護師さんが待機している。ブースにはお医者さんもいるようだ。皆さん、不測の事態に備えている。その向こうではなんと警察官や軍人が通りゆく人に食べ物や飲み物を配っている。曇りとはいえ、暑さはあるので、水分補給は重要だが、彼らはすべて業務ではなく、ボランティアで行っているように見える。

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他のブースでも食事や飲み物、団扇やティシュなどが配られており、ここにいれば無料で何でも手に入ってしまいそうだ。国王の逝去を悲しむことと、人に施しをすることが結びついている。普段はバラバラ、自分勝手に見えていたタイ庶民の団結力をそこに見たような気がする。王様の弔問には毎日長い行列ができているとは聞いていたが、実際にそれを目の当たりにすると、自分が見てきた世界が違って見えた。

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様子が分かったので横から外側へ出た。タマサート大学、博物館ともに、弔意が表されており、博物館は今日は休みだが、来年1月末まで入場無料らしい。偉大なる王の業績なども展示されているのだろう。それからカオサン方面に歩いて行く。バスを待つ人が沢山いた。カオサンの雰囲気はいつもとそれほど変わらない。

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結局カオサンを通り抜け、大好きなお寺、ワット・ボウォーンニウェートへ行く。ここは王様が出家し、修行した寺だ。ラーマ5世以降歴代国王が出家したというから由緒はあるのだが、その規模は決して大きくはない。この寺の何が好きと言って、本堂に座っている時吹いてくる風がとても気持ち良いのだ。勿論今日は大勢の人が参拝に来ており、いつものような風を感じることはなかったが、ここでも王様への熱い思いがあふれ出ていた。

 

王様が出家修行していた頃の写真が何点も飾られている。特別の祭壇も用意され、そこに座って拝む人の姿もある。端の方にはテントがあり、ここでも飲み物が無料で支給されていた。ちょっと疲れていたのでコーラをもらい、椅子に座って休むと気持ちがよい。流れに流されることなく、ここで初めて王様のことを深く思う。私がタイに初めて来たのが1987年、それ以来王様はずっと一人だった。寂しい。

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バンコック ヨーガの旅2016(9)ワット・パンニャーナンダラームから娑婆へ

124日(日)
8日目

ついに別れの朝が来た。瞑想、アーサナ、朝ご飯とルーティーンをこなすと、もう荷物を持ってチェックアウト。今日は日曜で、講義と実習はお休み。校外学習として、「ワット・パンニャーナンダラーム」というお寺を見学に行く。それが終わったところで、私は本体を離れ、バンコックに戻っていく。

 

先日のロットゥが迎えに来ていた。私の他にバンコック在住のIさんと、今日東京へ戻るFさんが荷物を持って出てきた。残りの人は今日もここへ戻ってくるので軽装だ。まあ、今日もお寺に行くので服装は黒か白中心。1週間ぶりに娑婆に出た。太陽の日がまぶしく感じられた。

 

我々は外へ出ようと思えば、この船で渡ってすぐに出られるのに、私には全くその気はなかった。必要がなかったということだ。この付近は植木や花を売る店が沢山あるが、そこに並べられている木や花が何とも人工的なものに見えてしまうのは、この合宿の一つの成果だろうか。

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ロットゥはまた小1時間走って、お寺に着いた。5年前にも来ているはずなのだが、何だか大きな塔が建っていて驚いた。この建物の印象はない。その内側の建物もとても大きくて立派。少なくともお寺に来たという感じはまるでない。お坊さんに案内されて、その仏塔を見学したが、あまりの暑さにひるんでしまった。ここはもうワンサニットではなく、都会なのだ(郊外のはずなのだが)。

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さらに奥に入っていき、別の場所を見学。屋外にシートを敷いて沢山の人が座っていた(それでも前回に比べると少なく感じられたが)。向こうの方に講和をする和尚さんの姿が見える。もう終わりかけているのだが、我々も呼びだされ、和尚にご挨拶した。5年前より若返っていた。皆で記念写真を撮る所がタイらしい。因みに和尚の横に座れるのは男性だけなので、期せずして座る。この辺に掟がある。

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それが終わると、ランチの時間だ。タイのお坊さんは午前中しかご飯が食べられないので、急いでご飯の給仕場に並ぶ。その後に我々が外国人ということで優先的に並ばせてもらう。後から来て申し訳ない話だ。前回は沢山の屋台が出ており、麺などを頂いたが、今回は食事場所が統一されて、きれいになっていた。屋台もタンブンの一環と聞いていたが、殆どがこの給仕場に集約されてしまったのだろうか。

 

食事は実に豊富で、肉が入っているものもある。私は久しぶりなので美味しく頂いたが、お寺で肉食、と感じた人もいただろう。ベジタリアンの人など、肉を取らないように気を付けていた。それにしても沢山の人が食事をしている。ある意味でバンコックに住む人の週末の娯楽の一貫のように見える。

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前回はお坊さんが時間を取ってくれ、我々の質問に答えてくれたが、今回は代替わりして、それはなかった。それからも寺院内施設を見学する。描かれている絵を見ながら解説が加えられ、週末23日でステイできる庫裏が紹介される。確かに週末だけここで一人の時間を過ごすのは悪くないかもしれない。でも子連れの人もいたが。

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前は工事中だった、池のほとりに立つ建物。その中にはブッダの姿が刳り抜かれた壁がある。これを眺めていると、何となく自分は物が見えていないな、と感じてしまう。何故だろうか。何とも不思議な壁である。池には魚が沢山いて、餌を蒔くとすごい勢いで寄ってくる。水しぶきが上がって濡れてしまうほどだ。

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そして別れた。取り敢えずロットゥに乗り、大きな道まで出たところで三人は降りた。残念ながらバンコックへ行く方向は反対なので、荷物を持って陸橋を渡る。階段を降りるとちゃんとタクシーが待っており、何と市内まで行ってくるというので一安心した。市内は混むので途中で乗り換えろ、というのが多いらしい。

 

バンコックに戻る

Iさんは途中で降りていく。彼女が居なければタイ語が通じないので、我々の行先を運転手が焦って確認していた。Fさんは今晩の夜行便で帰るので、それまでプロンポンあたりでマッサージかショッピング。彼女はまだ若いが、やはり色々とあり、久々にこの合宿に来たらしい。1時間ぐらい車の中で話を聞いていたら、何とエンポリアムに着いてしまった。日曜日の夕方だからかなり混むと予想していたのに。やはり王様のご逝去と関係があるのだろうか。

 

私は定宿へ向かった。フロントには新しい人がいたが感じは良かった。部屋もいつもと同じ番号だ。だが部屋に行くと、何と机がなかった。驚いてフロントで行くと若い男性が部屋まで付いて来て、スマホで写真を撮り、すみません、と日本語で言って、手配してくれた。何故机を動かしたのだろうか。これだからタイは面白い。

 

それから1階に洗濯物を出す。ここのおばさんとも顔馴染みであり、すべて任せられる。干す暇はないので乾燥までやってもらうが、それでも130バーツで出来るからうれしい。それから空港で買ったシムカード、10日間は無制限に使えると書いてあったのに、昨日から速度が極めて遅くなっていた。近くのテスコにあるAIS店にそれを持っていき、確認。新人女性は頭を傾げたが、ベテラン男性はあっという間にそれを解消した。と言ってもやはり無制限ではなく、今回は1GBだけ無料となったが、今後は金がかかるらしい。