インドでアユルベーダを2017(14)女子校の日本発表会

先生は私を面白い人間だと思ったらしい。実は彼女は年に3回、オーストリアにアユルベーダ治療に行っているという。オーストリア人に彼女の患者がおり、大きな屋敷を使って、クリニックのようなことをしているらしい。暇なら、そこへ来ないか、と誘ってくれた。これはとても興味深い話なので、何とか日程を合わせて、東欧訪問を実現したい。

 

昼の12時にラトールさんがやって来た。今日はクリニックを退所する前に、A師から学校見学に誘われていた。ランチも外で食べるというので、もうほぼ退所状態となった。3人でまず向かった先は、日本人の日本語教師H先生の家。JICAから派遣されている先生で、過去に韓国やマレーシアで教えた経験がるという。

 

プネーの生活はどうですか、と尋ねると『2年の契約が終わったらここを離れたい』という。理由は食生活など、違いが大きすぎることらしい。韓国や東南なジアでは食事でこんなに苦労することはなかった、と話す。確かに一人暮らしでも、東南アジアなどで食事に困ることはあまりない。だがインドで毎日外食、というのはかなり辛いかもしれない。外食産業が発展したと言っても、あくまでマクドナルドやスターバックスの話であり、ある程度以上の年齢の日本人にはあまり必要ない場所かもしれない。

 

経験がかなりあるこの先生ですら、この文化都市、静かで治安も悪くないプネーでさえそうなのだから、他のインドで暮らしていくのは相当に大変だろう。現地化すると言っても、日本人は東南アジアまでが限界なのだなと再認識した。インドと日本、やはり距離は思った以上に遠い。

 

ランチは久しぶりに、いや今回初めて、レストランへ行く。ターリーを食べる。正直何を食べてもスパイシーに感じられ、舌先で何かを感じてしまう。でも食べたいという気持ちが出て食べていると、どんどんお替りが運ばれてきてしまう。クリニックの食事とのあまりの違いに戸惑ってしまう。

 

いつの間にかお客で満員の店内。外食が少ないとは言っても、人口も多いのだから、食事する人が多いのは当然だ。ナイニーカとシバさん(日本語の先生)も合流する。彼女らはバイクでやって来た。因みにナイニーカのバイク姿は顔にスカーフをぐるぐる巻きにしていて、まるでイスラム教徒かと思った。街にイスラム教徒が増えたな、と思ったのは、実は埃避けのスカーフのせいだったようだ。最後にアイスまで食べてしまった。冷たい物が腹に入ると、かなりヒヤッとして、心配になる。相当敏感になっている。

 

それから学校へ向かった。そこは創立75年の歴史を誇る女子校だった。いい感じのレンガの校舎、中に入ると広い校庭が目に入ってくる。いきなりある教室に案内された。その入り口には浴衣を着たインド人の女に子たちが立っており、『こんにちは』と日本語で挨拶してくれた。

 

ここはラトールさんが日本語を教えている学校で、教室に集まっていたのは、その日本語クラスの生徒たち。中へ入ると、既に全員が来ており、テーブルごとに、何かを展示している。我々が各テーブルを回ると、そこでこれまで調べてきた日本についての様々なことを次々と発表してくれた。

 

日本の学校、相撲、庭園、などについて、実際の模型なども作り、手書きやパワーポイントで、要点をまとめ、英語で説明してくれた。小学校高学年から中学生が在籍するこの学校、生徒の背の高さもまちまちだが、その発表内容も様々。こういうのを見ていると、インド人からは日本という国がどのように見えているのかが、少しわかったようで実に面白かった。

 

『日本の災害』というテーマでは、実際に火山の模型が作られ、液体を入れて噴火の様子を再現していた。プネーには地震もなく、自然災害が少ないようで、日本はある意味で怖いところと映っているかもしれない。『日本の食』ではなぜか豆腐スムージーというのが作られていた。基本的に日本食になじみがない彼女らだが、豆腐は日本の物として認識しているらしい。

 

茶道というのもあったが、実際どんなものかは分からなかったらしい。一方花道は見事なフラワーアレンジメントが出来ており、こちらの方が分りやすいのだな、と思っていたら、後からサリーを着た日本女性が入ってきて、彼女が教えたということだった。彼女はインド人と結婚して最近プネーに住み始めたらしい。未知の物に対しては、先生が必要だ。

 

一通り発表が済むと、我々が気に入ったものを選び、1-3等が選ばれた。それから日本語の歌が歌われる。『結んで開いて』や『大きなクリの木の下で』など、子供時代にしか歌ったことがない歌。生徒が大きな声で、振りを付けて歌っていると、日本語のH先生も一緒になって歌う。この辺はさすがプロ。あっという間に生徒に溶け込み、日本語を教えている。

 

部屋の真ん中には、これまで集められた様々な日本に関する品物が展示されていた。ラトールさんが日本から持ち帰った物も多いという。H先生はその中のけん玉を取り出し、やって見せる。こういう目に見えるものが若者には受けがいい。コマ回しは、なかなかうまくできなかったが、皆興味津々だった。

 

会の後、校長先生からチャイをご馳走になる。一人の生徒が入ってきて、歌を歌ってくれた。とても純粋で澄んだ歌声だった。ドキュメンタリー映画を作成したという子もいた。実に多彩だ。校庭では日本でいうなぎなたの稽古のようなものが行われていた。護身目的ということだが、何となく軍事教練のように見えてしまったのは、目の錯覚だろうか。インドの現実は女性だからと言って、容赦はされない、様に思えた。

インドでアユルベーダを2017(13)特に問題はないが懸念すべきことは

体力を意外と使う割には、夜遅くに物を食べるのは明らかに消化不良を起こしており、エネルギー不足の面もあるという。夜中にお菓子を食べるのなら、イチジクやレーズンのドライフルーツに変えてみたらなど、そのアドバイスは優しい。出来そうもないことを強制しない、患者の状態に沿ってアドバイスするのは良いと思う。お茶の飲み過ぎには注意して、ミルクなどに変えてみては、ともいうが、これはできそうもない。

 

11時にはまたいつものマッサージ+バス。これを続ける意味はよくわからないが、パンツが毎回ビチャビチャになるのにさえ、慣れてしまった。そしてまた目をオイルマッサージ。これをすると何とも眠くなってしまう。寝てしまいたかったが、ここで寝てはいけないと頑張る。そこへラトールさんがやってきて、ちょっと話して楽になる。

 

ランチはその後だった。今日はカボチャが登場した。こういう物がうまいと感じる。そしてスイーツとして、甘い汁も出てきた。だいぶん気分が変わる。先生からは何度か『食後は10-15分、ゆっくり歩くのがよい』と言われていたが、私のこれまでの概念では、食後は消化に努めるため、寝てはいけないが、あまり動かない方がよいというもので、違和感があった。ネットで検索すると、いつの間にか日本でも、食後のウオーキングが奨励されているのを見てびっくり。世の中知らないことが多過ぎる。

 

実は最も知りたい質問をここでしてみた。『アユルベーダでは、痛くない死を迎えることはできるのか』というものだが、先生は『痛みのない死は理想だが、それは各人の運命なので、コントロールすることはできない。ただ可能性を高めることはできるかもしれない』という答えだった。確かに日頃から病気がち、というのでは、前提条件にすら届かないから、まずは日頃の健康、ということだろうか。『ぴんぴんころり』、何とかならないのだろうか。

 

また規則正しい生活習慣についても、考える。私の場合、夜は10時に寝て、朝は6時に起きるというのが理想的だという。夜更かししてよいことはないし、夜遅くまで帰宅できないとか、酒を飲んでいるということもないので、朝型生活の方がよいらしいが、意外とこれは難しい。原稿を夜中に書くこともないはずだが、何となく、時間が過ぎてしまう夜がある。

 

食事後、取り敢えず散歩に出たが、大変暑い。昼日中、35度はあるので、その日差しには勝てず、10分も歩かずに退散した。仕方なく、今日は音楽を聞いてみることにする。懐かしの80年代、90年代ポップスを聞いていると、瞬く間に時間が過ぎていき、いつの間にはシャワーの時間となる。こんな生活も悪くはない。

 

夕飯に塩味が効いたポテトが出た。これが今、私の求めていた食べ物だ。それだけ食べて満足してしまった。既にここに来て約10日、食べる量が激減し、食べたい物も相当に絞られていた。人間、最低限の食事量で充分生きていけると確信した。これまでの自分の食生活は何だったのだろうか。1日中机に座ってPCを操作している私には、それほどのエネルギーは必要ない。今日は10時には寝入る。

 

227日(月)
クリニック11日目

 

ついに最終日がやって来た。長いようで短いようで。飽きたようでまだ居たいようで、と何とも複雑な思いがする。10時に寝たのに、6時には起きられず、7時になる。アーサナとプラナヤーマをやってみる。朝食にはタピオカが出てきた。フルーツもある。食後には散歩にも出た。徐々に社会復帰の準備を始めた。

 

 

先生と最後の話をする。確認するまでもなく、今回も又、私の体には何の問題もなかった、というのが結論だ。ただ懸念材料として、①長距離の移動が多過ぎる、②お茶を飲み過ぎている、③PCを見過ぎている、の3つが挙げられた。

 

特に①の移動については、気候、風土などが全く違う場所へ行くと、体がすぐに対応できず、体調を崩す、消化不良に陥るケースが多いので、気を付けるべきだという。私は既にその状況に気が付いており、今年から半月か1か月は同じ場所にいて、そこからショートリップする試みを始めていた。これで随分体が楽になっているように感じている。

 

②についても、特に東京にいると朝から晩まで何種類ものお茶を飲み続けており、これが眠りを妨げ、消化不良を起こしていることも自覚していた。そこで、台湾の埔里滞在中は自分の部屋には電気ポットや茶道具を持ち込まず、部屋では茶は一切飲まないことにした。これがまた意外と快適で、続けようと思っている。勿論お茶関係者と会ったりすれば、沢山お茶を飲むこともあるが、自分では水かポカリスエットでも飲んで過ごそうと思う。

 

③はかなり難しい。どうしても文章は書かないといけないし、検索など調べ物も多い。それでも毎日更新していたブログを少し減らしてみるなど、対応策を考えることにした。目の予防も考えなければいけない。まあ、とにかく意識して生活すること、これが続けられるのであれば、相当に進歩するとは思うのだが、娑婆に戻るとそうはいかないことは3年前の経験でよくわかっている。

インドでアユルベーダを2017(12)居心地の良い空間で

1時頃呼ばれて2階に行く。今日もチャパティとダル、野菜はいんげん。もう慣れてはいるのだが、少々飽きてきている。日本というのは、本当に食のバリエーションが凄いなと思う。インドでは食事は生きるための義務、という考え方もあるようで、一般人が多彩な食事を楽しむということは少なかったようで、外食産業も従来は発展していなかった。また麺類がないのが何とも寂しい。インド南部にはあるらしいが、インドの麺と言えばチャウメン、中華風焼きそばしか思い浮かばない。焼きそばでよいから食べたいと思ってしまうが、それが出てくることはあり得ない。

 

先生の息子が入って来た。私の方を向いて『実は抹茶を飲んでいる』という。健康に良いというのをネット上で知り、抹茶と茶碗をネットショッピングで購入したというから、いかにも現代風で驚きだ。『でも淹れ方がよくわからないんだよね』と笑って言うのが何ともおかしい。今や日本人でちゃんと抹茶を点てられる人など、ほんの一握りの茶道を学んでいる人だけだよ、というと驚いた顔をしていた。ネットの英語ではどんな情報が掲載されているのだろうか。

 

先生とは政治の話になる。『モディ首相は最近で一番政策がクリアーで、しかも正しい』と絶賛する。以前首相はガチガチのヒンズー至上主義者だと聞いていたが、イスラム教徒の増加するインドでは、それでは政策は前に進められない。ただ毎日ヨーガは欠かさずやっているらしい。『インドを変えられるのは彼しかいない』と熱い期待を寄せるが、どこまでできるだろうか。

 

3時頃、今日もバスティを宣告される。昨日とは違うオイルを使ったというが、やはりホールドできずに、途中でトイレに駆け込む。余程この施術は性に合っていない、ということだろうか。ヨゲーシュも成すすべがなく、私を見送るのみだ。珍しく、ラトールさんが顔を出す。何か用事かと思ったら、私も一緒に先生と出掛けることになった。私の体調、大丈夫だろうか。

 

先生の車でさほど離れていない場所へ行く。お寺がある場所と聞いていたが、どうみても個人の家のように見え、きれいに手入れされた庭が見えていた。ここは先生のお母さんの土地に、お母さんが好きな物を作ったらしい。手前には廟があり、その横には、お母さんが毎日日中を過ごす小さな家があった。とても静かで落ち着きのある空間、私もここに住んでみたいと思ってしまう。ブランコに揺られて、しばし休憩。

 

フォトスタジオは先生の妹さんがやっているといい、何かの撮影が行われていた。更にその向こうにはおじさんの土地になり、結婚式などのイベントができるスペースまであった。一番奥まで行くとそこは川。細長い空間だが、周囲は未開発。そこから夕闇が迫る中、ラトール家に移動。先生はラトールさんとは長い付き合いだが、家に行くのは初めてらしい。

 

ビバさんが『何を飲むか』と聞くと、先生は『コーヒー』と答えており、ちょっとビックリ。先生の方をじっと見ていると、私も飲んでよいとの許可が出る。ただ出されたクッキーにはダメとの表情を浮かべたので、大人しく、コーヒーを啜る。このコーヒー、ミルクと砂糖が入っており、甘いのだが、特に美味しく感じる。やはり糖分を体が欲している。

 

クリニックに戻り、シャワーを浴びる。何となくあのままラトール家にいたかったな、という気分になっている。そろそろここの生活も飽きてきたのだろうか。夕飯もいんげんとチャパティだけを食べて終わりにした。お茶は先生の目を盗んで、日本から持参したおーいお茶のティバッグを入れた。体重は相当減ったな、という感覚がある。

 

実はFBで連日滞在の様子をアップしていたところ、少なからぬ反響があった。その中で知り合いのYさんから、個別に問い合わせがあった。症状、日常生活、職業などを教えてくれれば、アユルベーダの薬を処方する、と先生から言われたので、その旨伝えると、やがてその内容が届いた。今晩はこの内容の英訳を行う。何しろ医学用語はほぼ分からないし、ちょっと苦労した。

 

彼女の日常生活を見ると『誰が見ても健康的とは言えない生活』をしており、まあこれを改善すれば、薬もいらないのでは、と思ってしまった。今の日本人で仕事をしている人は多かれ少なかれ、問題を抱えているのがよくわかる。元気なのは退職した老人ばかり、かもしれない。

 

226日(日)
クリニック10日目

 

昨晩はGood Knightのお陰で、蚊の攻撃もなく、外出した疲れもあってか、熟睡できた。8時頃先生がやってきて、呼吸法を教えてもらう。プラナヤーマとしてヨーガの合宿でも教わってはいたが、より具体的な話が出てきた。息を吸い込んだ時は、頭のてっぺんまで息が上がるように吸い、そこで一旦止めてから、ゆっくり吐き出すと。カパラバーティもゆっくりやるのがよい、と言われる。オームのバイブレーションは、体に良い効果ももたらすらしい。

インドでアユルベーダを2017(11)蚊との闘いにGood Knight

11時頃、初めての脊髄マッサージを受ける。骨に沿ってマッサージしてもらうだけだが、何とも気持ちがよかった。だがその後ちょっと腹痛を起こす。やはり急に食べ過ぎたのだろうか。午後1時頃には腹痛も収まり、昼食。地元でとれた季節の野菜を多く食べようにと言われる。日本では今どんな野菜のシーズンかと聞かれても、私などはすぐに答えられない。野菜や果物はどのシーズンでもあるのが今の日本だ。いつでも好きなものを食べるのは一見合理的のように見えて、実は不合理なのかもしれない。

 

またサラダなど生野菜を取るのも消化には良くないという。確かに生は消化に時間が掛かりそうな気はする。確かに中国人は、以前は長い間生野菜も刺身も食べなかった。日本人がサラダというものを食べ始めたのはいつからだろうか。これは我々の生活習慣ではなく、西洋から入った物ではないのだろうか。

 

温野菜を取る、煮物を食べるのが消化上も好ましいと思われる。西洋人と我々はアルコールなどもそうだが、消化の体質も違うはずだ。日本人は既に食生活の変化で何らかの体調不良を起こしているのではないだろうか。また急に生ものを食べ始めた中国人にも、将来何らかの病が襲ってくる可能性はある。

 

3時頃から目のマッサージが行われた。何だか気持ちよくなり眠ってしまう。終わっても何となく体がだるく、気が付くとベッドにごろり。そのまま熟睡してしまい、気が付くと3時間も寝てしまっていた。疲れていたのだろうか。起き上がってもまだ目がかすんでいる。シャワーを浴びて夕食へ。フルーツが置いてあった。バナナ、オレンジ、イチジク、こういうものがなんとも嬉しい。

 

何度が寝ようと試みたが、3時間も昼寝したのでは簡単には眠れない。更には大量の蚊に襲われ、その羽音が耳に響いて益々眠れない。久しぶりに地獄のような夜を過ごした。これも日頃の行いだろうか。結局明け方までウトウトした状態が続き、明るくなってから少し眠れただけだった。

 

225日(土)
クリニック9日目

 

8時にベッドから出た。正直睡眠不足で頭が痛い。トーストとオムレツを食べたが消化できるか自信がなかった。体がこんな状況の時は消化に合わせた食べ物を取るべきだとよくわかった。日本の学校教育などは残さずに食べることばかりだったが、実に違和感があることが、今ではよくわかる。

 

消化を少しでも助けようと、3日ぶりに散歩に出た。フラフラしながら、ゆっくり歩いて行く。車の走る通りまで出て、更には川のところ、橋まで行ってみる。明るい日の光を浴び、少し生き返ったような気分になるが、何とも眩しい。寝不足で足元がおぼつかない状態であり、すぐに引き返す。

 

部屋に戻るとスタッフの一人が珍しくやってきていきなり『グッドナイト』と言って何かを渡し、去っていく。あれ、彼女、英語が全く分からないのかな、朝なのにグッドナイト、などと思って渡された物を見てびっくり。それは電気蚊取り器の詰め替え用液体だったのだが、何とその名称が『Good Knight』であり、『Good Night』ではなかったのだ。これには笑ってしまったが、実はその夜、これを点けて寝ると、何とあんなに来た蚊が一匹も来なかった。さすがは救世主、白馬の騎士!

 

先生と昨日の続きを話す。肝機能向上には、発酵食品は良くないとのことだったが、例えばパンなどはどうなのか。『インド人は基本的に焼いていないパンは食べない。一番良いのはトーストしたパンの焦げかすだ。ギーを交ぜて食べるのがよい。因みにインドでも北の方では、パンのように発酵させたナンを食べるが、中南部は発酵させないチャパティを食べる』と説明された。

 

実は私はこんがり焼いたトーストが好きで、体調が悪い時も、トーストを食べていることが多い。焦げかすはがんになると言っている人もいるが、適量であれば、良いと体が感じていたので、この話は面白かった。南インドではドーシャなど、発酵食品が多くあり、インド人が発酵食品を嫌っている訳ではない、ともいうが、相変わらず発酵食品の定義や概念の開きは大きいと感じる。

 

また今やバラモン階層の家庭でも、全体の70%以上は鶏肉を食べているらしい。これは1970年代以降の現象だというが、ベジタリアン主流だと思い込んでいたインドも相当に変化している。若者はケンタッキーでフライドチキンを食べ、コーラを飲むのが常態化している。因みに日本ではインド料理の飲み物と言えばラッシーを思い描くが、あれもある意味で腐りかけの飲み物、インドで飲むと中る確率が高いらしい。私は元々味的にダメなので飲まないのだが、インドではラッシーは避けた方がよいかもしれない。

 

12時頃になり、ヨゲーシュがやって来たのでビックリ。今日は土曜日だし、休みかと思って油断していたら、ポータリーマッサージというのが始まった。薬草を布でくるんで、オイルに浸して煮ている。温まると、それを体の上に乗せ、前後左右に動かしてマッサージする。ちょっと熱いぐらいで気持ちはよいのだが、何に効くのだろうか。冷えの防止などだろうか。

インドでアユルベーダを2017(10)肝臓、そして消化を大切に

1時過ぎに下からヨゲーシュも上がってきて、何やらテレビを点けている。何か見ていたが、急に皆が歓声を上げた。『こないだの市議会議員選挙、与党BJPが勝ったわ』と姪が喜ばしそうに告げる。選挙結果は忘れた頃にやってくるのだった。意外なほどに選挙に関心があること、そしてやはりモディ首相が支持されていることを感じる。敵対勢力はいるものの、これは階層を問わないようだ。

 

部屋に帰ると、『掃除するか?』と聞かれ、掃除してもらう。部屋にはあまり頓着がない私は、掃除することも考えていなかった。ソファーに座っていると、重い荷物を持ったビンセントがやって来た。これからムンバイ方面の知り合いの家へ行き、その後フランスへ帰国するという。荷物の多くはアユルベーダの薬。買付だから当然だが、大変そうだった。リキシャーが呼ばれ、彼は颯爽と乗り込み、去っていった。私にとっては実にありがたい隣人だったのでちょっと寂しい。

 

4時頃、軽いマッサージとスチームバスがある。そしてバスティと言われる。先日はエネマという腸内洗浄に過敏に反応してしまったが、今回のバスティ(浣腸)でも肛門からオイルを入れているだけで、もう我慢が出来なくなり、途中で中断して、トイレに駆け込んだ。これにはヨゲーシュもあきれ顔だが、仕方がない。最近我慢しない癖がついているようだ。

 

5時半頃、シャワーを浴びる。シロダーラのお陰で髪の毛がオイルまみれのままだが、シャンプーも特別の物を使った方がよいと渡される。とにかく頭がすっきりしたので良かった。6時半にはチャパティ+ライス、ダルと野菜を完食する。やはり腹が減っていたのだが、自覚があまりない。食べ終わると満足する。先生から『少し食べ過ぎかな』と言われるほど。

 

224日(金)
クリニック8日目

 

前夜は9時半頃には眠りに就いたのだが、夜中に蚊に襲われ、相当刺される。眠りは常に浅くなり、蚊が気になって仕方がなかった。朝5時には痒くて起き上がってしまうほど刺された。これはどうしたことだろうか。最初にちょっと蚊が気になったが、その後はお目に掛からなかったのに。そう言えば、ビンセントは蚊に刺されたと言っていたから、彼が私を守ってくれていた、彼が居なくなったから、また蚊が私のところに戻って来た、ということだろうか。

 

7時頃までゴロゴロしていたが、何ともぐったりする。おまけに鼻水まで出てくる。明け方は涼しいのだ。白湯を飲む。8時には朝食。トースト+ゆで卵、そしてバナナにオレンジ、夢のような朝ご飯。完食して、完全回復が証明された。バナナにギーを塗ると消化を助けるよ、と言われたが、拒否!折角の美味しい物を。

 

先生と話をする。紅茶がよくないとか加工食品はダメだとか、色々な話があったが、ようは当たり前だが『食べ過ぎない、飲み過ぎない』ということのようだ。アユルベーダの世界で絶対にダメ、ということはないような話だった。個人がそれをどこまで意識してできるか、という問題のように思う。過ぎたるは及ばざるが如し!

 

実は最近記憶力がとみに低下していると話したところ、最初に自覚したのはいつ頃かと問われ、そういえば20年ぐらい前だったと答える。するといきなり『肝臓が悪い。肝機能が低下したのでは』と言われ、思い当たるふしがあって驚く。『肝臓はKing of Bodyだよ』と先生は言い、肝臓の障害によって引き起こされる病は実に多いと。確かに20年前、私は肝機能が低下し、アルコールを飲むと痒みが出ていた。副作用を押さえながら2年半に渡り薬で治した経験がある。

 

実はその時、記憶力も低下していたのだ。そして最近はずっと意識するまでに低下している。肝機能を向上させるにはどうすればよいかと聞くと『アルコール、酸っぱい物、そして発酵食品を取らないこと』と間髪を入れずに言われる。アルコールは分かるが、梅干しもダメなのだろうか、いや納豆は体にいいはずだ、と考えが駆け巡る。

 

日本では発酵食品を食べる生活習慣があり、それをダメと言われると困る、と言っておく。先生も『日本の食生活はよくわからないが、アユルベーダでは発酵食品は腐っているもの、という位置づけだ』と説明するにとどまった。ここで食文化の違いを議論しても始まらないが、発酵食品=腐った物、という考え方があるのはある意味新鮮だった。

 

また食事のタイミング、日常のルーティン化が重要だともいう。4-6時間の間をあけて三食をきちんととることがよいという。消化力はたとえて言えば、竈のようなもので、朝火を点けると徐々に温まり、昼間は一番消化力が高まり、そして日が暮れるとともに弱まる。だから、ランチは多く食べてもよいが、ディナーは軽めがよい。また寝る前に食べるのもよくない。消化できなかったものは体内に老廃物として残され、排出されない。これが病を引き起こす元になる。全ては消化にベストの状況を作り、ベストの物をベストのタイミングで食べることだ。

インドでアユルベーダを2017(9)ついにビレッチャナ

222日(水)
クリニック6日目

昨晩はドラマの見過ぎで深夜まで夜更かし。頭が回転していて、よく眠れなかった。何のためにクリニックに滞在しているのか、これじゃあよくわからない。7時半には起きてみるが、どうも体調が。そこへ先生がやってきて脈診。ちょっと脈が速い・・らしい。全てお見通しだ。

 

朝ご飯もいらない。ハーブティを飲んでみるも、美味しくない。どうしたものだろうか。10時にヨゲーシュがやってきて、いつものオイルマッサージ+スチームバス。今日もこのルーティンかと思っていたら、その後先生が入ってきて、『今日ビレッチャナしましょう』というではないか。あれ、もう1日先ではなかったの、と言っても始まらない。

 

ビレッチャナとはパンチャカルマの療法の1つで、下剤療法とでも呼ぶべきか。ある薬草を飲み、人工的に下痢を誘発するもので、これまで体内に溜めてきた腐敗物をここで一気に、下から体外に吐き出す、ということだ。アユルベーダは気持ちがよい、などと言っている女性にこの話をすると皆ドン引きしてしまい、インドでアユルベーダ治療などと言い出す人がいなくなるから、如何に宣伝広告がいい所取り、しているかが分かるというもの。

 

覚悟を決めて薬を飲む。飲みにくいという程でもなく、すぐに済む。そして部屋で大人しくしていると、1時間も経たないうちにトイレに駆け込むことになる。まあ、3年前にも経験しているので慌てることもなく、実際今回はそれほど辛いとは思われなかった。2時間ぐらいの間に8回位の便意が来て、かなり楽になった。インドのトイレには紙がなく、水で洗う仕組みだが、これだと痔になりにくいから助かる。

 

前回は暗い部屋で一人、便座に座ってばかりだったが、今回は全体的に明るい部屋で、気分もそれほど悪くはない。白湯も少し口に入れる余裕がある。何よりお腹が痛い、という感じがないのがよい。徐々に快適になり、トイレにも行かなくなると、昨晩の続きが見たくなり、またPCを開いてしまった。その後も断続的に便意は来たが、少量を出すだけで、特に異変はない。

 

先生は2時間置き位に様子を見に来てくれたが、午後4時には『とってもスムーズ、もう大丈夫ね』という感じで、チャイを出してくれた。さすがに下痢中にいきなりチャイはどうかと思ったが、有り難く頂く。この甘みが何とも言えない。食事がとれない中、このような飲み物は本当に有り難い。

 

5時半頃には重湯が出てきて、余り味もないが完食。益々調子が出てきた。7時半頃には最後の1回が出て、これで終わりだな、と自覚できた。やはり経験というのは重要なものだ。気が抜けたようにまたドラマを見ていると、先生が入ってきて『いい加減にやめなさい』と優しく怒られた。確かに体力をかなり奪われているし、もう寝た方がよいと思い、就寝。ビレッチャナという一大行事は意外とあっけなく終わってしまった。

 

 

223日(木)
クリニック7日目

 

6時には目が覚める。やはり疲れてはいたのだ。だらだらとベッドで過ごすうちに、水分が欲しくなる。まずは白湯を飲んでみる。少し空腹を感じてくる。昨日あれだけ体から出したのだから、当然食欲が出そうなものだが、ある意味下痢の翌日、凄く食べたいわけではない。ただ失った水分を取り戻したい欲求が体の方にある。

 

8時に朝ご飯として重湯(おじや?)が出る。これ、塩気が効いていて旨い。やはり体は塩を欲しているのだ。立ち上がってみると、体は異常に軽い。先生の脈診も完璧にパス。そうなるとチャイが欲しくなるのだが、それは出て来ない。仕方なく、白湯を何回も飲む。味気ない。

 

10時半頃、『シロダーラでもやる?』という感じで声がかかる。シロダーラ、あの日本で普通に思い描くアユルベーダの典型的マッサージ。頭にオイルを垂らすヤツ。だが今回私は一度もシロダーラを受けていない。あれは頭をリラックスさせるだけで、あなたには必要ない、とのことだったが、PCを見過ぎたせいか、体験できることになった。

 

施術はまたまたビンセント。確か先生を実験台にして練習していたので、私が実験台2号となるわけだ。オイルが頭に垂れてくるのは決して気持ちの良いものではない。また髪の毛がオイルまみれになるのも、正直勘弁してほしい。決してビンセントの技術の問題ではない。それがシロダーラの印象だった。髪の毛は夕方まで洗ってはいけないと言われ、トホホ。シロダーラを持ってアユルベーダと言っているとしたら、それはちょっとどうだろうか。

 

久しぶりにランチで2階へ上がると、先生の姪だという若い子が来ていた。彼女はインドのダンスをしているとかで、イギリスやフランス、日本にも行っているらしい。英語も得意でよく話す。フランス語も学んだらしく、ビンセントにはフランス語を使う。如何にも現代のインド人、という感じで、先生のような古典的バラモンとはかなり違う。ランチはお粥だったが、何ともうまい。また完食。昨日激しい下痢をしたとはとても思えない調子の良さ。

インドでアユルベーダを2017(8)海外情報は正しく輸入し、日本情報はきちんと海外へ

クリニックへ帰ると、先生とビンセントと3人でランチ。何とも気分がよく、リラックスできた。大好物のオクラが出てきたのが嬉しい。きゅうりのサラダも久しぶり。休日の午後を楽しく過ごした。みんなで食べるご飯が美味しいということに久しぶりに気が付いたように思う。食べるメンバーが面白かったからかもしれない。

 

ミルクが話題に上る。アユルベーダでは、ミルクは良いとされているが、それはあくまでもフレッシュな場合だけだ。日本で搾りたてのミルクが飲める場所など、北海道などへでも行かない限り、難しい。しかも毎日とるとなるとどうするのか。先生が『家で牛を飼えばよい』と笑いながら言う。残念ながら、インドでも、フレッシュミルクを手に入れることは難しくなっている。

 

フルーツについては、基本的に体に入れてよい物であるが、沢山食べるのは良くないと言われる。また水分をフルーツからジュースなどの形でとるのもよいが、加工されたものはダメ。あくまでフレッシュジュースに限る。尚食後すぐにフルーツを食べるのは、消化の妨げになるので避けるのがよいらしい。食後のフルーツ、デザートなどは西洋から入ったスタイルで東洋では馴染まないのかもしれない。勿論『食べ過ぎ、飲み過ぎがよくない』ということであり、先生は絶対にダメ、という言葉は使わず、あくまでアユルベーダ的にこうだ、と教えてくれるのみ。

 

我が息子についても話す。彼は幼い頃から胃腸が弱い。これは私自身もそうだったので、遺伝かもしれないが、私の場合は40歳の時、北京で脚マッサージを6か月間受け、完全に治ってしまったという経験があるから、彼もここへ来れば治るのではないか、と思える。先生も彼の日頃の生活を聞き、『ここに一定期間いれば、何らかの効果が得られることはほぼ確実だ』と言っていた。本人は英語ができない、面倒だなどというが、胃腸が治ることは相当に人間を活性化する効果があるので、ぜひ試してもらいたい。

 

少し休んで、目のトリートメントを行う。何と施術するのはビンセントだ。水泳のゴーグルにオイルを入れ、それを装着する。目を薄っすら開けてもオイルは入り込まないが、前は良く見えない。7分間、目の玉を前後左右に回して、パチクリして、オイルを目に沁み込ませる。すぐに効果は体感できないが、何となく、目の疲れが取れるような気にはなる。

 

その後は目に煙を当てる。スモークと言われて当然煙が目の前にやってきて、目が見えなくなる。目が痛い、涙が出るが、拭くこともできない。ヨーガのクリアーの1つ、トラータカでは、1滴も涙が出ない私だが、ここまで強制すれば、十分な水分を外へ放出できることが分かった。終わってから1時間ぐらいは目がかすんでよく見えない。ただボッとしていた。

 

午後6時にゆっくりシャワーを浴びてリラックス。この辺でようやく目も完全に見えるようになる。7時にはビンセントと2人で夕飯を食べる。彼はインドには何度も来ているが、日本に行ったことはないという。だが興味津々で、ネットなどで色々な情報を集めているようだった。日本の地震対策はどうなっているのか、福島の現状は?もしフランスで原子力発電所の事故などあれば、国民は皆で廃止を訴えるはずだが、日本人はどういう考えで、発電を再開しようとしているのか?などなど。この辺の話はヨーロッパ人の方がチェルノブイリの教訓か、非常に敏感である。

 

また沖縄が長寿なのは煎茶を飲んでいるからか、など『その情報、一体どこから入手したの?』と聞いたくなるような話も飛び出して驚く。日本人は、日本政府は、これまでどのような情報を海外に向けて発信してきたのだろうか。彼らは日本語など読みはしない。少なくとも英語で、きちんとした情報を流す必要性を強く感じたが、政府に大本営発表など信じないだろう。日本に来た外国人の発信に頼るのではなく、研究者や民間人が外国語で正しい情報を流すことが求められている。

 

インドについても『インドはなぜスパイスを受け入れたのか』などというテーマが出てくる。インドは今ではスパイス国家だが、それは中南米からイギリスが持ち込んだものだとビンセントは言う。イギリス以前のインドにはスパイスはあったが、今のような辛い物はなかったというのだ。芋類やトマトなども従来インドにはなく、中南米から運ばれてきた。600年前、インドではどんな野菜が食され、どんなスパイスが使われていたのか、アユルベーダからそれを説き起こすことはできるのだろうか。実に興味深い話だ。

 

実は今日、目の治療が行われたのには訳があった。Wi-Fiが繋がったことにより、私は気を紛らわすために、ネットでドラマを見ることにしたのだが、たまたま目にした山崎豊子原作の『運命の人』にハマってしまったのだ。これはちょうど沖縄関連の本を読んでいた中で、出てきたドラマなのだが、沖縄返還密約に関する筋立ては知ってはいたものの、本木雅弘と真木よう子の演技に見入ってしまったのだ。何時間もPCを食い入るように見ていた、それを先生に見つかったという訳だ。まるで小学生だ。

インドでアユルベーダを2017(8)穏やかな選挙

単純にクリニックに送ってくれるものだと思っていたが、彼には別に行くところがあったようだ。まずは彼の用事を済ませてから、順番に送ってくれるらしい。どこへ行くのかと思ったら、そこは比較的新しい学校だった。ちょうど12時で、午前中が終わり、大量の生徒が門から外へあふれ出してきた。それを迎える側も大勢なので道路が混みあう。インドの学校は生徒数が多いので、午前午後の2部制が多い。しかも車を学校内の駐車場へ入れようとしたから、さあ大変。

 

結局数十メートルバックを余儀なくされ、門の外に辛うじて駐車。車の中でラトールさんを待っていたが、暑さがこみ上げてくる。スマホで気温を見ると34度。やはりクリニックの部屋は本当に涼しい作りになっているとよく分かる。あまりに暑いので、外へ出て待つ。だがラトールさんの相手は忙しいらしく、我々を待たせるわけにもいかずに、また車に乗る。

 

何とかクリニックまで帰ってくると結構疲れてしまった。お昼はスープのみ。でもこのスープが美味しく感じられる。外出したことで、体調はかなり戻ったらしい。家の裏に回り、洗濯物を探すと、ちゃんと干されていた。いつ洗ったんだろうか。2日も干していたのだろうか。

 

午後3時に先日来行われているマッサージ+スチームバスがある。もうずいぶんと慣れてきたので、気分が悪くなることもない。やはり今日はギーを半分しか飲んでいないせいだろうか。4時半頃、先生が来て、脈診があった。特に異常はないようで、ライスクラッカーを食べたら、と言われる。これは本当に塩気が効いていて、美味い。緑茶も飲んでみるが、こちらはイマイチ。

 

夕方過ぎると腹が減ってきた。いい傾向だ。まずはシャワーを浴びて、それから食事だ。今晩はビンセントがいるせいか、パスタが出た。これは嬉しい。すぐ食べ終わる。もうこれで十分だ。人間は普段どう見ても食べ過ぎなんだ、と今頃ではあるが気が付く。そしてこの食べ過ぎという現象は、人間を労働力としてこき使う場合、エネルギーを補給させる目的でそうさせているのではないか、とふと思ってしまった。9時には睡眠。

 

221日(火)
クリニック5日目

 

眠りは恐ろしく深かった。10時間以上、ついにトイレに起きることもなく眠り続けた。こんなことはここ数年ないことだった。要因としては外出して疲れた。ギーを半分しか飲まず、体調は良かった。勿論お茶など飲まず、食事も軽めでゆったりしていた、ことなどが考えられる。決め手はないが、実に喜ばしい。

 

アーサナをしてから朝食。ターメリック粥、そしてかなり酸味の強いアセロラジュース。そのまま先生と話し込む。人間が必要な水分はオフィスワーカーで12ℓ、肉体労働者なら3-4ℓ、勿論気温など気候にも寄る。水分を何でとるかは消化に多大な影響がある。一番良いのは水(白湯)、ホットミルクも悪くない。ハーブティでもよいが、緑茶、紅茶は・・?特にプレーンティは体にきついという。

 

昨日見た製薬所については、『何と言っても良質の原料確保が難しい。原料がなければ作れないのは茶と同じ』。これは漢方薬など、世界的な傾向だ。漢方になくてアユルベーダにあるのはミルクぐらいだろうか。本質的には似通っていると思われるが、その気候風土で若干扱いが異なるかもしれない。

 

10時半ヨゲーシュに呼ばれる。湯たんぽを腹の上に15分ぐらい置く。温めているらしい。それを外すといきなりエネマ(浣腸)だ。尻から注射器を突っ込んで、オイルを入れているらしいが、入れてすぐに、トイレに行きたくなり我慢できなかった。とうとう外してもらい、トイレに駆け込むことに。これではオイルが体内に入らないので効果はないようだが、如何ともしがたい。

 

今日は選挙の日で休日。皆が投票に行くようにとの配慮らしい。一応選挙所などを見に行きたいと思い、ヨゲーシュに伝えると、先生に電話を入れ、彼がバイクで送ってくれた。と言っても歩いて5分位の近い場所。外から眺めると、大きな選挙の看板が出ており、そして幕が張られ、その下で有権者のチェックがPCで行われていた。中がどうなっているのかは分からないが、実に粛々と投票が行われているらしい。

 

3年前にムナールで出くわした選挙とは大違いだった。その時は選挙当日、政策に反対する人々の大規模なデモがあると言われ、全ての商店がシャッターを閉め、我々の外出も止められるほどだった。実際に歩いて見ると特に問題はなかったが、インドの選挙とは時に暴力的なものだという概念が植え付けられてしまった。しかし文化都市プネーはかなり違うようだった。

 

久しぶりなので周囲を少し散歩した。30度以上気温はあるのだが、大きな木々もあり、凄く暑いとは感じなかった。この辺は旧市街からは離れているが、かなり歴史のある場所なのだろうか。すぐ近くに川も流れているが、農村だったのだろうか。まあとにかく穏やかな選挙でよかった。

インドでアユルベーダを2017(7)製薬工場を見学する

ビンセントは、パリ郊外でアユルベーダのクリニック?を開いて、患者に治療の補助をしているという。恐らくは、症状を聞き、アユルベーダの薬を処方していると思われるが、詳しいことはよくわからない。インドに通い始めてから20年というから、筋金入りのインド好きだ。今回もインド各地で薬を買い求め、パリにもって帰るのが目的らしい。ようは買付に来たのだが、もう2か月もインド各地を訪ねているというから、やはり仕事だけが目的ではない。

 

彼自身はコーヒーを飲むと夜は全く眠れないという。緑茶はそれよりはマシだが、紅茶も眠れないらしい。自分でもかなり敏感だと感じているようだが、普段は何を飲んでいるのだろうか。先生がやってきて、ハーブティを飲んだら、というので、飲んでみる。白湯よりは味があるが、私にとっては、あまり違いはない。

 

体調はまたまたすぐれず、先生とビンセントと他愛も無い話をして紛らわす。先生は『やはりWi-Fiを治そう』と言い出し、電話を掛ける。少しして若い人が2人来て、Wi-Fiを見始める。ようやくパスワードが違っていたと分かり、最終的にWi-Fiが繋がるようになった。そうなれば、やることは一杯ある。Wi-Fiで元気が出るなんて、若者じゃないんだから、と言いながら、喜び勇んで部屋に戻り、メールの返事をし始めた。それにしてもこのWi-Fi、かなり早い。

 

食欲がないならばと、ライスクラッカーをもらう。ポップコーンのような軽いものだが、塩味が適度に効いていて、何ともうまいと感じる。現在体が欲しているのは、実は水分などではなく、塩気であると気が付く。塩は重要だ、と再認識。そこに先生がチャイを持ってきてくれた。甘いチャイを飲むと気分はもう極楽。たまに飲むから有難味が分かる。

 

ネットが繋がったので、プネーからデリーまでの帰りのフライトを予約した。取り敢えず、ここまで来て様子を見て買おうと思っていたが、今回はプネーだけで終わりそうなので、この段階で決めてしまった。何となく体調的には辛かったのだが、徐々に回復している感覚がある。ネットで大河ドラマ直虎を見る。

 

暗くなってからシャワーを浴びる。8時頃ビンセントが『夕飯を食べないか』と声を掛けてくれたが、食欲がないと断ってしまった。ライスクラッカーだけで十分と感じるとは、自分も随分成長したと思う。何となくオイルまみれの生活にうんざりしていた。そういえば、昨日出した洗濯物は返ってこないがどこへ行ったのだろうか。パンツの数は足りているが、毎日スチームバスでビショビショだ。9時には眠る。

 

220日(月)
クリニック4日目

 

6時半に起床。目覚ましが鳴らないので、スマホを見ると、何と電気がついていない。夜の間に充電していたはずだから、もしやすると停電があったのかもしれないが真相は不明、とにかくスマホの充電が緊急の課題となる。散歩に出ようと思ったが、部屋で本を読んで過ごす。

 

今日の朝ご飯はコーンフレークとミルクだった。目先が変わってよかった。完食。今日は製薬工場を見学することになっているので、ギーを飲むことはないだろうと油断していたら、何とギーを出されたので思わず『えー』と子供のような声を出してしまう。すると先生が『じゃあ、半分ね』ととても優しい。やはり訴えてみるものだ。私の体にとって何がよいかはわからないが、取り敢えず今の私は十分に満足した。

 

10時頃、ラトールさんの車でA氏夫妻、そしてレッカさんもやって来た。レッカさんはプネー郊外の村に住み、半自給生活をするガンジーイスト。私は3年前に2晩泊めてもらっており、お湯を沸かすのに庭で薪をくべるのを見て驚いた記憶がある。いわゆるナチュロパティ派のレッカさん。対極にあるアユルベーダの治療や薬に興味津々で付いてきたらしい。

 

私とビンセントは先生の車に乗って、製薬工場へ向かった。20分ぐらい行くと郊外のあたりにマンションがどんどん建設されている。その一角に工場はあった。ちょっと前は何もなかったところらしい。この辺もインドの発展を見る思いだ。工場は先生の妹が運営していた。15年前に建てられたというが、思ったより大掛かりな2階建ての工場で、しかもどんどん拡大しているようだ。アユルベーダ需要はインドでも確実に高まっている。

 

ターメリックなどの原料はシーズンに安く買い付け、ここに保管し、必要に応じて使う。原料が重要なので、自然の森林の中で作られた物だけを使うのだが、最近は大手資本が森林自体を買収してしまうため、良質の原料確保が難しくなっている。ここにも経済成長の余波、歪みが見えてくる。

 

薬は一部機械化されてはいるものの、多くを手作業で行っていた。オイルの製造には1週間、他の薬では6か月を要するものもあるという。練り込むだけで3週間もかかるなどと聞くと、それだけで何となく丁寧に作られていると、安心してしまう。大量生産で価格を抑えるのか、伝統製法を貫くのか、すでにインドは岐路に立っている。漢方薬のにおいに似ているのが、その動向も似ている。

 

 

実際に治療に使用する薬の製造現場がみられるのは何とも安心できる。オフィスでライムジュースが出されたが、先生の方を見たら、半分に減らされてしまった。それでも飲めるだけで嬉しい。数日通常の活動をしていなかった私はちょっと疲れが出たが、先生は車を修理に出すと言い、私はラトールさんの車に乗り込んだ。

インドでアユルベーダを2017(6)眠気との闘い

先生は今晩知り合いの結婚式に出席すると言っていたので、私のことは忘れてしまったのかと思っていたが、ちゃんと6時頃にやって来た。そして気分がよくなったのなら、まずシャワーを浴びて、それから夕飯を食べるようにとのこと。もし先に夕飯を食べる場合は、シャワーは食後2時間してから浴びること。理由は消化を優先させるから、と明快だった。

 

当然ながら体がオイルマッサージでベトベトなので、シャワーが先になる。部屋のバスルームから夕日が少し差し込む中で、熱いシャワーを浴びるのは何とも心地よい。椅子が置いてあるので、座ってゆっくり浴びられるのも有難い。それにしても髪の毛にこびり付いたオイルはなかなか落ちない。

 

そしてすぐに食事をとる。チャパティがここでは私の好物となる。ライスは既に腹には重たいと感じるようになっていた。茄子の煮物がやけに美味い。体に食物を流し込んでいる、という感覚がよく伝わるようになってきた。同時に、これを今食べると消化できるか、と考えるようにもなる。人間、意識することが重要だ。それにしても、いわゆるカレーというものはここでは出ないのだろうか。

 

やはり食事をすると眠気が襲ってくる。消化を考えると15分位ゆっくりと歩くのがよいとも言われたが、暗い夜道を歩く気にもなれず、そのまま本を読んで過ごす。ネットが繋がらないことを想定して、本を持ってきてよかった。8時には眠気に負けて、ベッドへ入り、すぐに寝入る。だが、夜中蚊に襲われて何度か起きる。

 

219日(木)
クリニック3日目

 

明け方、急に便意をもよおす。昨日から始まった治療はパンチャカルマと言い、数日後に体中から毒素を出すことになるのだが、まだ始まったばかりなのに、ものすごく便が出た。このような経験は極めて稀だが、その昔初めてミャンマーに行った時に、食べ物に中った訳でもないのに、午前中何度もトイレで出してスッキリしたのを思い出す。あの時はなぜかすべての緊張から解き放たれたような気分だったが、ここでも同じ現象が起きたのだろうか。

 

同時に夜中が涼しいせいか、何となく頭痛がする。薄いパジャマで寝ていたのだが、念のため持ってきたフリースに着替えるとすっと寝られた。それでも7時には目が開いてしまい、またアーサナをする。そして読書。これはこれでいい生活だ。朝からトイレのせいか、体は軽い。

 

8時半ごろ先生がやってきて脈診。脈を計った瞬間に、『かなり便が出たね』と言ったので、驚いた。この先生の前では、隠し持っている日本のお菓子を食べても、脈で分かってしまうだろう、と思う。食欲はなく、朝食はなし。そしてまたギーを飲むことになる。飲めば気分が悪くなり、食欲は更になくなる。それにしてもギーだけは、飲み慣れるということがない。常に不調になる。

 

明後日選挙があるという話になる。市議会レベルだというが、現在のモディ首相の信任が問われるらしい。先生は完全にモディ氏を支持している。彼の政策は非常に素晴らしいと言い、あの高額紙幣廃止さえも支持するという。『インドにとって最大の問題は政治の腐敗、汚職だ。それを止めさせるには資金源を断つ必要があり、今回の措置はブラックマネーの排除にあるのだから、彼の政策は正しい』というのだ。

 

ただ勿論反対勢力はいつもいるものだし、与党BJPも、モディ氏以外の閣僚などには問題のある人がいるのも事実だ。それでもインドの前に進められるのはモディ氏しかいない、と先生は言う。ギーを飲んだ体にモディ、という名前が反芻される。そして『これからは内需』という言葉が突き刺さる。我々外国人はお呼びでなくなるのだろうか。だから外国人だけが両替制限が厳しいのだろうか。

 

そんなことを考えているとモヤモヤするので、外へ出てみた。気持ちよいほどの温かさだ。部屋は涼しいので、太陽の光が実に心地よい。歩いているインド人、老人は皆ゆっくりしており、身なりもきちんとしている。若者はTシャツやジーンズ。好対照だ。20分ぐらい日向ぼっこのように散歩して部屋に戻る。

 

すると少しして気分が悪くなり、吐き気も催す。眠気も相変わらずだ。寝てはいけない、という一言がズシリと重い。勿論この症状は私に特有なもののような気がするが、ギーを飲むと眠くなるのは共通らしい。11時頃ヨゲーシュがやってきて、そんな私をマッサージ。昨日よりはだいぶ軽く終わる。そしてスチームバスを出ると何となく爽やかに気分になる。体は軽くなったものの、やはり食欲なし。

 

午後1時半頃、また気分がすぐれない。部屋にいても寝そうなので、ソファーでダラダラしていると、そこへフランス人、ビンセントが登場した。彼はここにも何度も来ているようで、今日もカイバリヤダーマから自力で鉄道に乗り、ここまで辿り着いたらしい。かなりのおしゃべりであり、私の気分を紛らわすにはちょうど良い人が来たと喜んだ。