スリランカ紅茶の買付茶旅2016(9)ルフナの改革者

2月11日(木)

ルフナへ

翌朝は5時起き、5時半には宿をチェックアウト。ルアンさんが車で迎えに来て出発。Yさんもご一緒することになった。真っ暗ななか、車は近くの高速道路に乗り、コロンボ市内を避けて進んだが、周囲はトンデモナク濃い霧に包まれていた。6時過ぎにはすでに明るくなり始めたが、それでも前が見えないほどの霧だった。いよいよ天気が崩れる兆候なのだろうか。

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それにしても高速道路は本当に早い。車もそれほど走っておらず、僅か1時間半で、ルフナの茶園近くまで来てしまったのには驚いた。キャンディへ行くのは3時間ぐらいかかるので、ルフナが如何にコロンボから近くなったが、話に聞いてはいたが、実感できた。全ては高速道路のお陰、そしてそれを短期間に作った中国のお陰ということになるのだろうか。

 7.ルフナ
ジャングルレストラン

茶園に行くにも早過ぎるということで、まずは朝ご飯を食べる。クマさんが『ジャングルレストラン』と言っていた店にやってきた。道路沿いの店で、ジャングルとは言い難いが、周囲には林がある。ここでローティを頂く。ローティはインドでいつも食べているが、ここではローティを四角く刻んで、そこに色々な付け合わせを掛けて食べるのだが、それはホッパーを食べるときに似ていた。いずれにしても抜群にうまいことは間違いがない。クマさんがルフナに来る時、必ずここで朝ご飯を食べるという意味はよく分かった。

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しかもここで出てきたキリテーはなぜかとても美味しい。その理由を聞いてもらうと、すごく良い茶葉を使っていることが分かった。安くておいしいお茶を、楽しく、気楽に飲めることは、実に重要なことだと思う。このレストランに人が引き寄せられる由縁であろう。

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それから10分ぐらい走ってまた車が停まる。普通の民家の横だったので、何があるのかと訝ったが、ルアンさんが『あの家を見てください。家の横に茶樹が植わっていますね。ルフナでは一般の民家でも茶葉を栽培して、茶工場に売却しているのです。これがルフナの大きな特徴です』と説明してくれた。確かに椰子の木の下に茶樹がまとまって植わっている。こんな場所はこれまで他では見たことがない。但しその民家茶園は1つずつがものすごく小さくて、これで茶がどれほど出来るのだろうかと、と心配になるほどだった。

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ルフナの茶園で

それからまた車でゆっくり30分ぐらい行ったところに、今日の訪問地、ニュービタナカンデ茶園があった。ここがルフナで一番大きな茶園らしい。事務所へ入るところで工場長が恭しく出迎えてくれた。ここは民間経営と聞いていたので、やはりお客対応からして違うな、と思っていたら、Yさんとの関係がことのほか深い茶園だということが分かった。

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実はYさん、ルフナ紅茶を日本に広めた人らしく、ここでは大恩人だと言われている。もし事前にここのオーナーに訪問を伝えれば、コロンボに居ても飛んで帰ってきてしまうので、気を使って今日の訪問は伏せていたようだ。工場長が工場内をすべて案内してくれる様子を見ても、VIPであることがよくわかる。Yさんは私のために付いてきてくれていた。有り難い。

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私はスリランカの紅茶について詳しいわけではないが、一般的な印象として、ルフナと言えば、低地で作られるグレードの低いお茶、ということで、日本でも扱う人はいなかったようだ。それをYさんが『ルフナにも美味しいお茶があるよ』と言って宣伝に努め、自らも販売して見せたという。このような努力のもとに、一般人は少しずつルフナ茶を受けて入れていっただろう。今回はディンブラとルフナの印象がかなり変わった旅となった。

 

特にここで作られていたOPは美味しいと思った。人のよさそうな工場長も笑顔で『これは自信作です』と言っていた。この茶園は1940年に創業、1972年に国有化されたが、その後また民営化されたらしい。先ほど見たような民家茶園を含め、5000もの茶葉供給者がいるというのも驚きだった。『決められた日に係員が摘み取られた茶葉を回収に行きます』とまるでゴミ収集車のように言うのがユニークだ。そして『最も重要なのは品質ですから、茶葉栽培の専門家が定期的に各地を回って指導しています。勿論茶葉回収時にも、指導します』という。これは効率が良いとは言えないが、地域密着型の面白い方式だろう。

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茶園のマネージャーがやってきて、マネージャーの住むバンガローでお茶を飲みましょう、と誘ってくれた。これもYさんのお陰だ。イギリス式のスリランカではマネージャーの地位は高い。バンガローも立派な家だった。彼はまだ50歳ぐらいで、その改革者精神と科学的知識を買われて、オーナーにスカウトされたらしい。家族は子供の教育の関係でコロンボにおり、単身赴任している。スリランカでも教育問題があるんだな!なるほど。彼自身が流ちょうに英語を話し、一流大学を出て、経営学も学んで実践しているようだ。

 

この工場では彼を迎えて、改革をしようとしていた。『これまでのオークション一辺倒ではダメだ』とはっきり言う。とにかくオークションを通さずに、直接輸出を図りたい。既に中東を始め、ヨーロッパや中国に輸出を始めているようだ。今後それを伸ばすためには個性のあるお茶を作り、価格を高めていく必要もある。価格競争では既にケニアには全く太刀打ちできない。しかもスリランカの技術者がケニアで指導しているため、品質でも追い付かれつつある。日本市場についても質問もあったが、私は的確には答えられない。

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工場長も手伝ってお茶を淹れてくれ、お菓子も出てきた。『このレモンパフはうまいぞ』、というので食べてみると確かに私好みの味だった。紅茶を飲むのに何を食べるかも重要な要素だった。短い時間だったが、とても楽しいひと時だった。彼らはまたすぐに工場の指揮に戻っていった。

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