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チェンマイ滞在記2024その2(2)初めてのターニン市場へ

お昼ご飯は用意されていたお弁当を食べる。付近ではタケノコが切り出されており、美味しそうだった。デザートに柿が登場したのだが、非常に甘くて美味しい。センターの局長が一言『じろう』といったので驚いた。何とこれは日本の次郎柿だったのだ。今タイに溢れている柿は次郎なのだろうか。次郎柿といえば、静岡とも関連がある。

午後は製茶見学。機械は台湾から持ち込まれたようで、烏龍茶製造用が一通り揃っている。生葉を萎凋して殺青。萎凋は萎凋槽などなく、烏龍茶の室内萎凋の工程のようだった。団揉は何と腕でやる。安渓で昔の手作業を再現してもらったのを思い出す。取り敢えずの実験ではあるが、色々と苦労があるのだろうと思う。

またミニバンで1時間半かけてセンターに戻り、そこからはSさんの車で送ってもらった。Sさんは体調がすぐれなかったようで、大変な中、運転してくれ、何とも有難い。私はこういう時に車の運転も出来ないし、何も手助けできないので申し訳ない。疲れたので隣の食堂で夕飯を食べると、焼き餃子を注文したが、出てきたのは揚げ餃子のような気がした。

8月15日(木)初めてのターニン市場へ

朝、馴染みのパン屋でパンを買ったが、何故か宿と反対の方向に歩いてしまった。雨が降らければ散歩も良い、とフラフラしていると、コインランドリーが何軒も出てきた。皆新しくて、可愛い感じの作りになっている。私は昔ながらの洗濯屋に洗濯を頼むことが多いのだが、これからはコインランドリーに吸収されてしまうかもしれない。

その先に市場が現れた。昨年何人もの人から言われたターニン市場がそこにあった。折角なので何か食べようと探したが、ここはタイ人向けなのか、英語もあまり見られない。思い切って奥に入ってみると、カオカームーが美味しそうだったので飛びつく。もう少し市場が近ければ時々来るのに。多くの店のメニューには英語があった。慣れた外国人も隣で食べていた。

一度宿に帰り、休息後、昼前にまた出掛ける。今度はMayaへ行った。スマホのシムの作動が鈍い。いよいよバンコクの空港で買ったシムが限界に達したようだ。Mayaの上の階にAISがあるのは先日来て分かっていた。しかし行ってみるとお客が多い。中国人女性が何だか中国語で揉めている。まあこの地域は中国村だったか。

ようやく順番が来て事情を話すと、係の女性はテキパキとした対応で、最適のパッケージを見付け出してくれた。このサービスはバンコクのAISには全くなかったもので、何とも嬉しい。料金もバンコクで言われた1000バーツが月400バーツ程度に収まった。実は後で分かったことだが、このサービスは定住者向けの物で、プリペイドシムとは色々と違うことが分かるのだが。いずれにしても、これで安心してスマホが使える。

昼ご飯を食べようと探してみると、八番らーめんが見えた。前回は気が付かなかったのだが、体調が悪い時など、ここで優しい味のラーメンを食べると救われるから有り難い。だがラーメン、餃子のセットを頼んだ場合、ほぼ100%、らーめんを食べ終わる頃にしか餃子が運ばれてこないのはなぜだろうか。これは全国共通マニュアルのようだ。

8月16日(金)お寺でまったり

昨日Mayaに行ったら、フードコートがあることに気が付いた。一度ここで食べてみようと思い、再度Mayaまで歩く。この散歩が心地よい。4階に上がると、香港の有名店や四川の海底撈火锅なども店を構えている。誰か来たら一度は行ってようと思うが、今日はフードコートだ。

チェンマイ滞在記2024その2(1)茶旅スタート

《チェンマイ滞在記2024(2)》  2024年8月13‐21日

8月13日(火)茶旅に向かって

ようやく自由時間が取れるようになり、まずはドームにコンタクトを取り、今後の活動について話すことにした。彼も色々と忙しいらしく、当初は電話でと言っていたのだが、やはり一度面と向かって話すのが良いと考え、宿まで迎えに来てもらった。今は夏休みシーズンで、スペイン辺りから沢山観光客が来ており、毎日のようにチェンマイ、チェンライを往復しているらしい。観光ビジネスが戻ってきたことは喜ばしいが、私の茶旅に影響はあるだろうか。

ドームの車はターペー門近くを走っていった。この付近、駐車場はないな、と思っていると、なんと彼はお寺に入っていく。そこにはぎっしりと車が駐車されており、お坊さんも慣れたもので『あっちに停めておいて』と言って、ご飯を食べに戻っていく。そう、お坊さんは午前中しかご飯が食べられないから、忙しいのだ。それにしても、参拝もせずに境内だけ使うとは。日本ではちょっと考え難いが、そこはタイ。

ドームが連れて行ってくれた店は、弟が開いたカフェ。そこにMonsoon Teaがコラボして出来た店だった。基本は観光客向けの土産茶(珈琲)を売るのだが、一応喫茶も出来るので、そこでお茶を飲みながら話をする。店の雰囲気はなかなかよく、ドイプーメンの写真なども掲示されている。今回の茶旅はどうなるのだろうか。ちょっと楽しみになってくる。

昼過ぎに近所まで送ってもらう。ちょっと腹が減ったので、馴染みの店でランチを食べる。イカ焼きが美味い。ここは夕方蚊が多くて困るのだが、昼間は刺されないので良いと知る。向かいの店のフルーツも昨年同様安い。ニーマンエリアもなんでも高い訳ではなく、リーズナブルな店も健在だ。

実は今住んでいる宿に入った初日の夜、シャワーを使っていて、シャワーのソケットが壊れてしまった。シャワーを浴びるのに最悪支障はないのだが、やはりあった方が便利だ。というか、何も言わないで、後に問題になるのも嫌なので、大家にそれを告げると、やってきてくれた。この女性、昨年も洗面台の水漏れをいとも簡単に直してくれたのだが、今回もドリルなど一式持ってきて、僅か15分ほどで修理を終えた。何とも頼もしい存在だ。この宿が気に入っているのはこういう対応である。

夕方腹が減ったのだが、雨模様で困る。何とか這い出して、近所の粥屋に駆け込んだ。ここも何も変わっていないようだったが、なぜかジョークを出してくれず、カオトームになっていた。実に不思議なのは、私がいつも頼んでいた全部入れジョークは、今日のカオトームより高いのだが、なぜだろう。この辺は言葉が通じない辛さがある。

8月14日(水)農業研究センターへ

今朝は早起きして、Sさんの迎えを待つ。チェンマイ郊外にある農業研究センターに連れて行ってもらい、そこからバンで山中にある拠点に向かった。ケネスも車でやってきて合流する。車で約1時間半、どこへ行くのか分からないまま、何となく進んでいき、何となく到着する。

そこには小さな製茶工場があり、台湾品種を使って紅茶を作っていた。茶畑を見せてもらうと、さすがは試験場、たくさんの品種が植わっている。日本のやぶきたもあった。台茶12号をここのスタッフは『金萱』と中国語発音で呼ぶ。英語は通じなくても、品種は通じてしまうという不思議。台湾との交流史をもっと知りたいが、それにはタイ語が必要だった。

チェンマイ滞在記2024(5)新たな出会いと嬉しい再会

Sさんが迎えに来てくれた。車でMonsoon Cafeへ行く。ここならゆっくりお話ししながら夕飯が食べられることからチョイスされたらしい。すると約束していなかったがオーナーのケネスが現れ、私はいつもの茶談義に入ってしまう。林さんもさっきの潮州料理でお腹は減っていないだろう。

部屋に帰ってパリオリンピックを見た。前回までのように全部見るような真似はしていないが、今晩は北口はるかのやり投げを見た。まさか女子投てき種目で金メダルを取る日本人が出るとは、誰も想像していなかっただろう。表彰式でプレゼンターを務めたのは、何と有森裕子。道を切り開いた2人の顔は美しかった。

8月11日(日)オリンピックも終わり

今朝はゆっくり起きた。林さんとは夕飯で会うことにして、今日はお休みとなる。正直ここ数日間は疲れが溜まってしまった。元々東京でオリンピックを毎日見て、ある日バンコクに飛び、チェンマイに移動して、思いがけず観光などもしてしまう。もう歳なんだから休むべし。

昼ご飯は、ずっと食べたいと夢に見ていたダンバウ。近所に美味しい店があるのを昨年発見したが、実に久しぶり。このカレー味のご飯と鶏肉、思わずいいですよね、言いたくなる。これで60バーツだから、チェンマイ滞在は止められない。次回はカオマンガイを試してみよう。

オリンピックは最終日の女子マラソン。鈴木優花があの富士山女子駅伝を彷彿とさせる登り坂で健闘したが、もう一歩及ばなかった。それでも大いに盛り上がる。一山はとても残念。前田は走らなかった。マラソン代表の選考は難しいのだろうけど、勢いのある選手で戦ってほしい。

夕方Sさんがやってきてレストランに連れて行ってくれた。時間がやや早かったので、スーパーで買い物もできて良かった。今晩は林さん最終日でディナー。林さんのお知り合いも参加して、タイ料理を食べる。かなり繁盛している店で、週末でもあり、客で埋まっている。我々のオーダーも埋まってしまい、なかなか出て来なかった。食事は美味しく、会話も楽しい夜だった。

8月12日(月)新たな出会いと嬉しい再会

ようやく落ち着いてチェンマイ生活に入れる朝。まずは牛肉麺を食べに行く。昨年出会っているはずだが、先方は忘れており、ちょっとガッカリではあるが、麺は相変わらず美味しい。部屋に戻るとHさんから連絡が入ってきた。お昼にバンコクから来た友人と食事をするというので合流した。

このバンコクから来たSさんは在住30年近い方で、共通の知り合いも沢山いた。しかもその内の一人Kさんは一緒にチェンマイに来ているというから驚いた。また私の奇妙な話にも合わせてくれる稀有な人でもあったので喜ばしい。食事の場所はアカ族がやっているピザ屋さん、というのも面白い。

一度部屋に帰り、夕方Kさんに宿泊先を訪ねて、一緒に夕飯の場所に向かう。メージョー大学近くで、かなり郊外だが、今は車を簡単に呼べるので特に問題はない。Kさんはジャーナリストであるが、今は記事を書く場が激減し、色々な仕事をしていると聞く。そう、コロナなどもあり、厳しい世界なんだ。Sさんもコロナで経営していた居酒屋が維持できなくなったが、コロナ後に新しい店を構え奮闘中らしい。のんきなのは私ぐらいのものか。

夕飯はタイ料理だったが、Hさんの奥さんの知り合いのようで、美味しいものがいくつも出てきて嬉しい。特にしゃきしゃきしたタケノコが忘れられない。皆さん、ビールからウイスキーに移行してガンガン飲んでいるが、私はオイシの緑茶で一人乾杯。ビンの緑茶、初めて飲んだ。

チェンマイ滞在記2024(4)チェンマイロングステイを考える

8月10日(土)流れでJJマーケットへ

今朝は林さんが部屋見学の予約を入れており、我が近所だったので同行する。この辺ではかなりいいコンドで環境も良いのだが、いくらきれいで設備が整っていても、ここチェンマイで2万バーツ近くすると、どうしても高いと思ってしまう(東京で部屋を借りたと思えば安いが)。林さんも誰かとシェアすればコスパ良いかもと考えていた。

その後朝ご飯を食べにカオマンガイ屋に行くと、ちょうど日本人男性が食べており、話し掛けてきた。やはりリタイア後、時々タイに来ているらしい。普通のロングステイヤーと違うのは、日本人の知り合いがおらず、タイ人にうまく溶け込み、楽しんでいるところ。それでも久しぶりに日本語が話したくて声を掛けてきたのだろうか。

話の流れで、この方と週末開催のJJマーケットまで車を呼んで一緒に行った。彼は知り合いのタイ人が服の店を出していると言って、紹介してくれ、そこで別れた。実は私はこういうマーケットではほぼ楽しめない。買うものもないし、見るべき興味がない。林さんはきっと見たい物が沢山あったはずだが、私に遠慮して、すらっと見るだけ。二人でコーヒー飲みながらまったりした。

林さんのスマホ、シムカードが切れたのか動かない。仕方なくまた車を呼んでMayaまで行き、Dtacを探す。見てもらうと、シムの作動がオフになっていただけで、シム自体に問題はなかった。常にスマホを見る、検索をする人にとっては死活問題が解決した。Mayaの地下でタイティーを飲んでまたまったり。

それからニーマン一帯を散策。中国人的に長期滞在可能なのかを見てみる。不動産屋もあり、子供の就学支援などもしているようだ。中国系スーパーに入れば、ほぼ中国調味料や食材がそろい、自炊にも問題はないらしい。そしてワンニーマンのおしゃれな店舗街を歩くと気分も出て来る。

ちょうどタイの潮州人の話をしていたら、目の前に突然老舗潮州料理屋が現れる。林さんがどうしても入りたいというので席に着き、名物の滷味鴨肉を注文した。ところが出てきたのか焼き鴨肉、店員は平謝りだったが、彼女はどうしても滷味が食べたいと言い、代金はこちらが払うからと言って、もう一品追加となる。

この滷味、私は美味しいと思ったが、林さんがイメージしていた滷味とは違ったらしい。浙江省紹興にもこの名前の食べ物があるが、全く別物だという。紹興酒漬けなのだろうか。中国は広い、そして潮州料理は中国人にさえも知られていないと感じ、お腹だけが膨れ上がって店を出る。

ワンニーマンのすぐ近くにある、隠れ家的ホテル。昨年Tさんが泊ってその存在を知った場所。広い庭に樹木が生い茂り、雰囲気は抜群。林さんにここも紹介し、1か月の料金なども聞いてみる。午後はほぼ人もいなくて、自然の中に溶け込んでしまう感じだ。部屋は見ていないが、このロケーションで1か月2万バーツなら、泊まってもよいかも。

続いて、その道沿いの大型コンドに入ってみる。どう見てもその昔は日本人ロングステイヤーや駐在員も住んでいただろう、ちょっと豪華な造りなのだが、人は殆どいない。フロントで聞いても、そこは物件管理しかしておらず、部屋を借りたければオーナーと直接交渉らしい。テナントにはインターへの入学サポートなど、如何にも中国人向けの不動産屋もあったが、週末で休みだった。ちょっと幽霊でも出そうな空間。

チェンマイ滞在記2024(3)旧知の人と再会して

確かに2時間後、飛行機は無事に飛んだ。飛んだら1時間でチェンマイに着く。この空港に混雑はなく、荷物もスムーズに出て来る。表ではSさんが待っていてくれ、あの懐かしい宿まで送ってくれた。何と荷物を車に積み込もうとしたら取っ手が壊れてしまったが、気にしない。4か月後のことはその時考えることにした。

宿もスムーズに入室でき、荷物を部屋に入れた。それからSさんが郊外の素敵かカフェに連れて行ってくれ、早めの夕飯を食べた。今やチェンマイには素敵なカフェがごまんとある。ここもワンニーマンに支店があるらしい。帰りにスーパーに寄ってもらい、必要な日用雑貨を買って帰る。

8月9日(金)旧知の人と再会して

実は昨日チェンマイ空港に降りた際、スマホを開けてFBを見たら、何と上海留学時代からの知り合い林さんも、チェンマイに来ていることが分かった。驚いてすぐに連絡を入れると、ホテルも我が宿のすぐ近くという偶然。今日の朝午前8時、有名店カオソイメーサイで再会した。この店は宿のすぐ近くではあるが、連日満員でしかも愛想が悪いので私は行くことがない。ただ開店と同時であれば客は多くないので、取り敢えずゆっくりと近況を報告し合いながら、食べた。

それから近所を散歩。林さんはチェンマイに興味を持ち、この辺のアパートの視察を始める。立派なホテルでも料金はそれほど高くない。あるマンションのロビーにはたくさんの本が置かれていたが、それはすべて日本語だったので驚いた。恐らくは以前ロングステイをしていた日本人が置いて行ったのだろうが、まさに日本人ロングステイヤーの痕跡だった。

昼前に昨日のSさんが車で来てくれ、林さんの希望でドイステープに登った。私は昨年も登ったが、お寺の階段で苦労した。ところが何とケーブルカーがあり、20バーツで上まで運んでくれた。驚きだった。天気も良く、景色も見事で、インスタ映えする写真も撮れて満足する。ただ昨年に比べると観光客が少ないと感じたのはタイミングのせいだろうか。

そこから私がわがままを言って、モン族村にも連れて行ってもらう。ソンテウでも行けるのだが、車があるとあっという間に着いてしまう。ただここは観光地化しようとして停滞した村という印象。観光客も少なく、土産物屋は開いているが、活気はない。上り坂をずっと行くと、滝があったが、何だかな。20バーツの入場料が可愛らしい。林さんはいくつもの店に釣り込まれ、民族衣装などを物色、買い込んでいる。こういう旅は私と全く無縁で新鮮だが。

そこから街に戻り、チェンマイ大学のキャンパスを通り抜けた。そしてまた郊外へ向かい、Sさんのお知り合いのカフェに着く。いい雰囲気の内装だ。そこにはちょうど食事をしていた人々がいたが、それは何と茶農家だった。しかも彼らは雲南回族(後で聞くとTea Galleryの一族だった)。

店主のKさんとお茶談義。白茶の話を出すとすぐに白牡丹が出て来る。さすが茶業者。彼女は世界各地を回って、色々なお茶を見てきており、この店にもかなりの種類の茶が置かれている。それから彼女が準備してくれた夕食を美味しく頂く。これはかなりのレベルで驚きの美味しさ。有難い。こんな夜は何とも嬉しい。

チェンマイ滞在記2024(2)ヤワラーで

Grabなどの車はいつ来るか分からないので、外で待っているとタクシーが来たので乗り込んだ。これが一番便利なのだが。しかもエンポリアムまで50バーツで行くからGrabよりかなり安い。プロンポーンには二つの用事があった。銀行の用事は呆気なく終了する(但しよく分からないコミッションを取られたが)。

もう一つはAIS。これまで使って格安パッケージが見付からないので困っていた。確かエムクオーティエにあったはずだと探し回ったがなかなか見つからない。去年行った場所が分からない、はやはりボケの進化か。ようやく見つけたが、何とVIP会員専用になっていて庶民の面倒は見てくれない。

庶民のAISは新しくできたモールの中にあった。そこはほぼお客がおらず、ゆっくり相談することが出来た。英語も何とか通じた。だが、私が欲していた格安パッケージはやはり無くなっており、しかもほぼ同じ内容のパッケージは1000バーツもするというので驚いた。突然こんなに値上げするのか。まあ、確かに今までが安すぎたとは言えるが、取り敢えず何も買わずに去る。

そこからアソークまで歩き、MRTに乗ってヤワラーを目指す。夕飯をMさんと食べるためだが、少し時間があったので、取り敢えずファランポーン駅で降りて、集友茶行へ向かった。何となく時間潰しのつもりだったが、ここで王さんから、プーアル茶に関する貴重な証言を得た。やはり何もないと思っても雑談しに行く必要性を強く感じる。そこへMさんも合流する。よくここが分かったなあ、と感心する。

そこからヤワラーを散歩する。さすがMさん、ヤワラーも良く知っている。客家会館から先に歩いて行くと、そこにあるはずだった、あのヤワラー一入り難いカフェ、が無くなっていた。とMさんに話していたら、道を曲がったところでMさんが『ここじゃない』という。見ると店はキレイに変わっていたが、あの目の鋭い常連さんたちは健在でこちらを向いていた。折角なので店に入り、ドリンクを飲んだ。なんだか不思議な空間だった。

そして夕飯は潮州料理。初めて行くその店は普通な感じで、特に老舗とも見えないが、魚生など潮州系料理がメニューに載っており、まだ陽があるうちからお客が飲み食いしていた。唐山魚片粥というのを頼んでみると、量は多かったが、味は抜群だった。次回はこれだけ食べに来ようかと思う。

8月8日(木)チェンマイへ

翌朝は荷物を纏めて宿を出る。Boltで車が出るまでの間、ちょうど来ておられたSさんと雑談する。もう70歳だそうだが、その元気はなぜか衰えを見せない。すごいな、と思うが、羨ましいとはなぜか思わない。私はもう旅も含めてゆっくりと過ごしたい気分だったのだろう。

車が来ればドムアン空港まで30分で行ける。今回は預け荷物のトラブルもなく、かなり余裕をもって搭乗ゲートに向かった。だが出発時間間際になっても、搭乗が開始される気配もなく、何と飛行機から搭乗員が下りてきてしまう。係員に聞いてみると、15分後というのだが、そんなはずはない。もう一人の係員は『機体トラブル』を認め、2時間待つように言う。昔なら『何とかしろ』などと言っていたかもしれないが、今やそんな元気もなく、ただただ外を眺めて過ごす。

チェンマイ滞在記2024(1)バンコクへ

《チェンマイ滞在記2024(1)》  2024年8月6‐12日

今年もタイ滞在のシーズンがやってきた。昨年と違い、今年はガッツリとチェンマイ4か月滞在を目論んでやってきた。取り敢えず既に予約済みのチケットでバンコクへ。そこからチェンマイへ移動していく。

8月6日(火)バンコクへ

今朝は早く起きた。そして早く家を出た。日本はもうすぐお盆休み。空港は結構混んでいるのだろうと心配して3時間前には到着した。ちょうどタイ航空のチェックインが始まったが、以前ほど乗客は多くない(といってもこのフライトはほぼ満席)。タイ人が多いのだが、彼らも日本の旅に慣れてきたのだろうか。

何より驚いたのが、保安検査場までの列。今年の初めまでは1時間は並んでいたような気がするのだが、今日は僅か10分で検査場へ。出国審査と合わせても20分で終了という早さ。これはちょっと早く来すぎたと反省するも意味はない。少なくとも日本人の海外旅行は確実に減っていることが分かる。

フライトはちょっと出発が遅れたようだが、おおむね順調だった。5時間以上のフライトはやはり疲れるのだが、日本映画とアニメを見ていると時間は過ぎていく。何となく眠くなると、隣のアラブ系のおじちゃんがトイレに立つので、眠りに入れないまま、過ぎていく。機内は暑くはないが、水分が欲しくなると一番後ろまで歩いて行き、ジュースを貰えるのが、レガシーのいい所だ。

結局予定時刻より前にバンコクに到着した。飛行機を降りると、何となく景色が違う。少し歩くと階段を降りる。ここはドムアン空港かと錯覚するが、妙にきれいだ。そして何とシャトルが登場した。これに乗るとあっという間に旧知のイミグレ前まで来てしまう。これまでは結構長い距離を歩いたので助かるが、スワナンプーム空港はいつの間に変わったのだろう。

イミグレの混雑を覚悟していたが、何と列は短く、僅か数分で通過。出て来る荷物を待つほど余裕があった。こんなのはコロナ初期以来だろうか。荷物を受け取り、すぐにタクシー乗り場からタクシーに乗る。何と速いことだろうか。予定よりだいぶん早く定宿に着き、チェックインしてまた外へ出る。

いつものパッタイ屋を目指して信号を渡ると、ちょうどタイヤ屋が目に入る。昼はタイヤ屋だが、夕方から麺を出す店に変わるのが面白い。昨年訪ねた時は、インスタ映えすると評判になっていて、お客が押し寄せて注文した麺を食べるのに30分以上かかってしまい、呆れた記憶がある。

だがやはりホイールが釣り下がる横で麺を啜るのは何となくレア感があり、嫌いではない。お爺さんと目が合い、座って行けというので、座ってしまった。既にインスタブームは消え去り、お客は数人だけだったが、なぜか麺を作り担当の娘さんとお母さんもどこかへ消えており、麺は出て来ない。ここの無料のお茶は色が濃い。ようやく食べ始めると具だくさんで、安くて美味しい。実に満足。帰りにいつものパン屋でブドウパンを買う。

8月7日(水)ヤワラーへ

朝はいつものコムヤーンを食べに行く。今回のバンコク滞在は極めて短いので、他の食べ物も検討したが、やはりコムヤーンになってしまう。11か月ぶりに食べたが、代金は55バーツで上がってはいない。バンコクの物価上昇も収まってきただろうか。午前中は部屋にいたが、昼前にちょっとひと悶着あり?何となくフラッと部屋を出てしまった。

チェンマイ滞在記2023その2(6)7 劇的な再会、そしてチェンマイを離れる

そこから何故かトボトボと歩いて、セントラルデパートまで行く。道は一本だが、思ったより遠くて疲れた。どうしても寒さ対策が不足と考え、再度ユニクロでパーカーなどを購入した。きっとどれだけあっても不安は解消できないが、ないよりかなりマシ、という感じだろうか。帰りがけにはちばんラーメンに寄り、久しぶりのラーメンを食べる。ちょっと体調が不安な時に一番いい食事だが、チェンマイでは食べる機会にあまり恵まれない。

ちょうど帰宅ラッシュ時に当たってしまい、初めてGrabもBoltも呼んでも来てくれなかった。仕方なく、さっき来た道を歩いて帰ることにした。少し行くと、日本領事館の看板が見えた。今後もお世話になることはないと思っているが、初めてその位置を確認する。夕日が落ちる中、ゆっくりと歩いたが、それでも足が痛くなる。もう明日はチェンマイを離れるのだから、夜は荷物の整理に勤しむ。

11月24日(金)

チェンマイを離れる直前 劇的再会

ついに2か月の滞在を終え、チェンマイ最終日を迎えた。部屋の片付けを完了し、残ったクッキーなどで朝食を取る。荷物のパッキングは意外と簡単で、どんどん進んでいく。そして昼にチェンマイ大学へ向かった。入院中だったPさんが復帰しているというので帰国前に挨拶に行った。色々な話が出来、元気そうでよかった。

夕方宿の人に精算を頼むとこれまた至極簡単に終わった。そして来年の予約も行ってしまった。来年はここでもっと長く過ごしたいと考えている。最後の晩餐はジョークだった。やはり体調が万全ではないため、体に優しい物を選ぶ。ボリュームたっぷり、美味しいジョークには本当に助けられた。

何と空港に向かう直前、ジュジュから連絡があり、彼女のお父さんと会うことが出来た。お母さんが腰痛で来られなかったのは残念だったが、まさかこのタイミングで話が聞けるとは何とも有難い。時間もないので、国民党軍の動きと、ワーウィの李さんの話などを掻い摘んで聞いてみた。当然ながらその辺の歴史は良く知っているので、明快な答えが聞けて喜ばしい。これでまた来年、更に調べを進めることが出来そうだ。奇跡的な再会に感謝する。

すぐに宿に戻り、荷物を整え部屋を出た。鍵は中に置いておけばよい、というのは何と有り難い。これで午後8時過ぎまで部屋が使えた。車を呼び、慣れた感じで空港へ向かう。夜の空港は初めてだったが、韓国のLCCの乗客が溢れていた。その横のエアチャイナへ行き、緊張のチェックイン。スタッフも何度も書類を確認していたが、何とかトランジットOKが出た。

それからシムカードを購入。今回まさか北京に寄るとは思っておらず、シムを用意してこなかった。それでもAISのカードが使えるというので試してみることにする。出国審査には誰も並んでおらず、すぐに通過できたのは良かった。もうあとはフライトを待つばかりとなり、寂しさが増す。それにしても極寒の北京を思うと、身震いする。

チェンマイ滞在記2023その2(6)6 新しいカフェ

11月22日(水)ミアンと観光2

今日はSさんの授業が終わる頃、チェンマイ大学で待ち合わせた。語学系の校舎まで歩く。何しろチェンマイ大学のキャンパスは広い。私がいつも行く校舎からも随分と離れている。折角なので歩いて行ってみると、途中に懐かしい風景が広がる。以前の滞在で訳も分からず歩いていた道だった。その向こうにキャンパスが見え、そこが正門だと初めて知る。

そこから歩いて5分ほどで目的地に到着した。この校舎には孔子学院の文字が見える。通っている外国人も、普通話があちこちで聞こえ、中国系が多いように思われた。Sさんと合流し、更にお知り合いのタイ人の先生とも会い、彼の車でキャンパスを出た。それにしてもSさんは一体どれだけの人を知っているのだろう。

車は何とワンニーマンの近くに戻り、ガイヤーンやソムタムを食べた。こんな近くにいい店があるのを知り嬉しい。有名店らしく、外国人も含めて満席状態だった。そこからまた車に乗り、少し郊外のカフェへ行く。大きな木の下にカフェがある感じが良い。チェンマイは少し郊外に出れば自然が味わえる。

ここでコーヒー入りのレモネードを飲む。最近カフェも色々と工夫がある。そして観光学が専門の先生から色々と教えてもらう。ミアンについても『タークではミアンの消費が多く、砂糖を入れて食べる』など貴重な情報を得た。是非彼と一緒にタークへ行きたいが、何と来週彼はチェンマイを離れ、中部の大学に転勤するという。一期一会かな。

11月23日(木)新しいカフェへ

今朝は早めに目覚めたので、早めに散歩に出た。お堀の周辺を歩き、教えられたタイヤイ人(シャン人)のお寺へ向かう。私にとっては、どれがタイ人の寺で、どれがタイヤイ人の寺かなど、皆目見当がつかず、いつも通り過ぎていたところだった。中は意外に広く、古めかしい仏塔がなかなか良い。幼稚園が併設されており、朝から元気な声が聞こえてくる。

更に進み、ターペー門を曲がり、懐かしのカフェへ行く。ここは1年前の滞在でクラブサンドイッチを食べた店だった。看板のメニューを見ると、軒並み料金が値上げされており、クラブサンドイッチのモーニングも20バーツ上がっていた。まあ、居心地の良い店なのでよいが、何だか朝から散財した、という感覚だ。

チェンマイの朝は20度台でとても涼しく、いい気候だ。これから行く北京を検索してみると、零下の寒さ。何とか寒さを凌がなければと思いながら、散歩を続ける。チェンマイの街中もロイクラトーンの祭りの準備で徐々に盛り上がっている。私はその祭りの3日前にこの地を離れる。何で、とよく聞かれたが、実はあまり興味がないだけなのだ。

午後またお堀端を歩く。今度は宿にかなり近い。そこに、あのメーサローンビラの娘、ジュジュがカフェを開いたと聞き、訪ねてみた。彼女とは今回の滞在では会っていなかったが、着々と準備を進めていた。そのカフェは大通りからちょっと入ったスペースで、お茶を飲めるし、テイクアウトも出来るし、しかも茶葉も販売していた。

ここでお茶を淹れてもらって飲んでいると、シンガポールから来たというお茶好きが立ち寄り、自ら蓋碗で茶を淹れて味わっている。ジュジュも華語が普通にできるので会話もスムーズだ。メーサローンのお茶の味も随分向上しており、日本のコンテストにも出品して賞を取ったと聞くと、何となく嬉しくなる。

チェンマイ滞在記2023その2(6)5 ランプーンへ

11月20日(月)ミアンと観光

昼までグダグダ。外へ出ると日差しが強い。今日は気になっていたミャンマー系料理を食べに行く。おかずを適当に選び、ご飯と共に皿に乗せてもらい、一気に掻っ込むスタイルだ。スパイシーな物を避けると料理は限られるが、これで50バーツは安い。店員の少女は顔にタナカを塗っているので、ミャンマーから来たのは間違いない。

午後はSさんの紹介で、元チェンマイ大学の観光学の先生と会った。ここもまたおしゃれなカフェだった。ミアンの話を持ち出すと、大変興味を持たれ、『観光の観点からもミアンの歴史を掘り起こし、現代に繋げることには意義がある。何しろミアンはランナー王朝を象徴する食べ物の一つだから』と言われ、勇気づけられた。確かに今やタイ人も知らないミアン、そしてその歴史について、それほど研究されていないのであれば、それは損失だろうと感じる。

夕方、今回チェンマイに来て最初に入った食堂の前を通りかかり、フラっと入ってしまった。チャーハンと空心菜炒め、何とシンプルな夕食だろう。そしてこういう食事が簡単にできる日も残りわずかとなり、少し悲しい気分になる。チェンマイに居ると次に踏み出す勇気が薄れていく。

11月21日(火)ランプーンへ

今日はSさんのアレンジで、チェンマイ郊外の旅へ向かう。車はSさんの知り合いのタイ人が運転してくれる。彼は留学経験があるようで、日本語を解するので有難い。向かった場所はランプーン郊外。実は私が検索して見付けた変なお寺へ行ってみることになっていた。北タイでは珍しいヒンズー寺院との触れ込みだったが。

車は1時間ちょっと走る。かなりの田舎へ来た感じ、更に坂を上ると入口が見えた。しかし中へ入ってビックリ。まるでテーマパークかと思うような、千手観音などの仏像などが並んでおり、思わず写真を撮る。ネットで話題だったのは、この風景だったのだ。お寺の本堂はどこにあるのか。

長い階段を上っていくと、そこにヒンズー寺院にしては少し奇妙な建物がある。その横には仏教の仏像も鎮座している。女人禁制の文字も見え、ここが仏教寺院であると判断できる。一応事務所で聞こうと思ったら、案内人の僧侶が来てくれ、室内を見学した。本堂はかなり広く、そこに多くの仏像が安置されている。聞けば20年前に出来た新しいお寺で、宗派といったものはなく、国際的に宗教の枠を超えた活動をしているとか。こういうのを新興宗教というのだろうか。

お寺を離れてランチへ。運転手君はランプーンの日系企業で働いていたこともあり、日本人に好まれるカオソイの店に連れて行ってくれた。確かにスパイシーではない、ラムヤイ入りカオソイで美味しく頂く。それにしても天気はいいし、外は気持ちが良い。ついでにランプーンをちょっと散歩することになる。ランプーンには以前2度ほど来たことがあるが、それはSさんの花園があったからだが、そのSさんももういない。

街中に入るのは初めてかもしれない。ワットパタタリプンチャイという古い、とても立派なお寺へ行くと、ロイクラトーンの飾りがきれいされている。お参りするタイ人も多くいる。いい天気の中に仏塔が映える。寺の前にはきれいな公園もセットされており、女性像が中心にある。