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チェンマイ滞在記2025その1(4)チェンマイをフラフラ

そこから車を呼んで、郊外にある山岳民族博物館へ向かった。ここは2度ほど行こうとして、タイミングが悪く、行けていなかった場所。運転手は女性で、順路はアプリにも出ていたのだが、何か勘違いして、行き過ぎてしまい、戻る所で、どこかの敷地内に入って出られなくなる。まあ何とか脱出して無事博物館に着いたので良かった。

池のほとりに立つ博物館はかなり立派な建物で入場は無料。名前や住所を書くと入口に案内され、後は自由に見てね、というスタイル。ここにはミャオ、ヤオやアカ、リス等、北部タイの山岳民族に関する展示が並んでおり、動画もあった(日本語バージョンもあり)ので、とても理解が進んでよかった。まあ残念ながら茶に関する展示は見付からなかった。

帰りも車を呼んだのだが、一体どこを走っているのか、なかなかこの場所に近づいてこない。何とかやって来たその車のドライバーも女性であり、先ほどの人同様に英語が出来たので会話は成立した。彼女の場合、スマホが壊れてしまい、地図が表示できずに困っていたらしい。何だか今日は不思議な日だなと思う。

夕方腹が減ったのだが、何とかなり強烈なスコールに見舞われて、外へ出られない。少し待てば止むかと思ったが、30分経っても止まないので、仕方なく傘をさして一番近いバー(カフェ)まで走る。ここがいいのは、一日中ブレックファーストが食べられることだったが、今回入ってみると、クラブサンドイッチはメニューから消えていた。まあアメリカンでも十分に美味しいのでゆっくりと食べる。それでも雨は止まず、少し小降り状態で帰る。果たして洪水の危機は再来するのか。まずはほぼ濡れずに生還したことを祝おう。

10月1日(水)‐2日(木)チェンマイをフラフラ

朝雨はあがっていたが、何となく時折パラつく。朝はパンをかじり、昼前に傘が要らなかったので外へ出た。何となく気分が肉だったので、歩いてガイヤーンを食べに行く。この店はいつでも混んでおり、スタッフの愛想は相変わらずないが、鶏肉は美味い。中国人の一人旅の男女が、大量のガイヤーンとソムタムを注文してひらすら食べているのが愛くるしい。私はガイヤーンハーフで腹パンパン、もう若くはない。

特に体調が悪い訳でもないが、何となくしっくりこない。こんな時は八番らーめんに限ると、夕方MAYAまで出掛けた。この店のスタッフも愛想はなく、淡々と仕事をしている感じが良く出ている。現地化するとはこういうことかもしれない。五目ラーメンは優しい味で沁みる。

翌日は晴れたので、まずは洗濯物を干してから、また外へ出ていく。昼ごはんに和食を食べようと、いつも行くキッチンへ。ここの弁当はいつでも優しい。そして昨年無くなると書かれていた、カレー無料サービスは復活していたが、また今月で無くなるらしい。昨年より10バーツ上がったかもしれないが、これで180バーツは素晴らしい。

いよいよ明日から雲南へ行くので、色々と準備をして過ごす。気温はチェンマイより低いらしく、更には高地へも向かうのでそれなりの服装も必要だ。同時に日本女子オープンゴルフを見ながら過ごす。NHKは10月からNHK+を辞めて、NHK Oneという取り組みになったが、初日には登録が出来ずに焦った。これはNHK側の完全なミスだと思うのだが、なんと登録していなくても、配信が見られることを後になってしまったので思わず、「受信料返せ」とどこかの党のように叫びたくなる。

そんな思いをしていたら、少し腹が減ったので、今日まで行っていなかった麵屋に行ってみる。ここも安定の旨さでかつ夕方以降も開いているのが有難い。明日のフライトのチェックインも済ませて、確認事項もチェックしたので、まあ何とかなるのではないか。でも中国は国慶節の大型連休中、さてどうなるだろうか。

チェンマイ滞在記2025その1(3)洪水の気配を感じながら

9月27日(土)‐28日(日)洪水の気配が

夜中に雷が鳴り、かなり強く雨が降っていた。朝起きて外を見たら道路が少し濡れている程度でホッとした。だが外を歩いていると、一部道路に水が溢れており、昨年の再現かと緊張する。折角なのでターニン市場の方まで歩いてみたが、さすがに水が出ているところはなかった。それでもまた雨が降れば分からない。

いつも行く華人系食堂で、ワンタンメン+カリカリ豚、スープなし麺を食べる。これが何とも美味しくて嬉しい。恐らく潮州系華人が作る麺だが、彼らは既に中国語を介さず、簡単な英語でオーダーだけをする間柄だ。宿に戻ってから陸上の実業団選手権を見る。1週間前世界陸上に出た選手も結構いた。彼らは企業に雇われており、疲れていても会社のために頑張らなければならない立場なのだろう。ちょっと過酷だ。

午後もまた雨の気配があり、近所の食堂へ行く。ここは白人さんの利用が多く、スタッフも英語が出来たりする。テイクアウトして部屋で食べる人たちも多いらしい。私はここでなぜかタイなのにバインミーを注文する。そこにはフィレオフィッシュにタルタルソースがかかっており、何とも旨いのだ。マックのようには安くないので偶にしか食べられないが、なぜこんなメニューがあるのだろうか。

翌朝は麺が食べたくなり、昔行った雲南回族経営の麵屋へ。相変わらずヒジャブーを被った女性が麺を作っており、ここもまた50バーツシリーズの幸せを噛みしめる。特にスープが美味い。帰りに昨日水が出ていた道を確認したが、全く水はなかった。これで安心なのだろうか。

昼に約束があり、実に久しぶりにソンテウに乗ってターペー門へ出た。観光客が相変わらず写真を撮っているが、その数は多くはない。まだ雨季は終わっていないということだろうか。門からほど近い指定場所を探していくと、何と隠れ家的な中国食堂が現れる。タイのいい雰囲気の木造住宅。

オーナーは上海人、奥さんは山東人だと言い、コロナの頃にチェンマイに移住してきた。シェフは香港人らしく、メニューも広東系及び潮州・客家系料理が並んでいる。待ち合わせたSさんも初めて来たらしく、彼はタイ語で、私は華語で話すので話がごちゃごちゃになっていく。出てきた鶏が美味い。あの茶わん蒸しの親玉のような食べ物も登場した。

奥さんはワインや日本酒を勉強しているらしく、日本から買ってきた本まで持っている。オーナーはIT系と言っていたから、最近のこだわり夫婦なのだろう。彼女はお茶も好きだと言い、東方美人など彼女セレクトのお茶を振舞ってくれた。最近はこんな中国人がチェンマイに居るのかと感心する。

食事が終わると、一応ピン川まで歩き、水位を確認した。昨年の同じ時期に同じ場所で見た光景を考えると、今年は何とか持ちこたえるのではないか、という希望的観測が浮かんでくる。周囲に水の気配もなく、皆通常営業だった。帰りはターペーロードを歩いていたが、疲れたので車を呼んで帰る。夕飯は近所でジョークを食べて休む。少し疲れが出る時期だな。

9月30日(火)山岳民族博物館へ

あっと言う間に9月も終わりだ。早い。何だかチェンマイに来て1週間、生活が単調になっているので、今朝は全く違う道を歩いてみる。20分以上歩いていたら、昨年も見かけた点心の店が見えたので、思い切って入ってみる。メニューは小さな紙きれで、そこにタイ語と漢字が書かれているが、正直小さすぎて読めない。一生懸命見ていたら、オーナーが英語で「こちらで見て」と、点心が置かれた冷蔵庫を指す。確かにこれがいい。

焼売などいくつかの点心と粥などを頼んでみる。思っていたより美味しい。ただ頼み過ぎて、朝ご飯としては破格の代金となる。オーナーは元々バンコクの客家で、数年前に心機一転チェンマイに移住して店を始めたという。もとの職業がツアーガイドということで英語はかなり上手い。

チェンマイ滞在記2025その1(2)久しぶりの幸せな食べ物たち

9月24日(水)久しぶりのチェンマイ料理

当然朝は早く起きて、パンなどをかじって茶を飲んだ。その内外へ出たくなり、行きつけの店でカオマンガイを食べる。これがまた美味い。そして50バーツ。これからは50バーツの幸せシリーズを作って行こうかな。天気は悪くないが、時折スコールが来る。そして昨年も気になっていた洪水が迫っていたが、私の地域では何も感じられない。

昼はMAYAへ買い物に行く。スマホケースが壊れたので買う。昨年チェンマイを離れる際、スマホがフリーズして難儀していたのを救ってくれたのはここのスタッフだったが、誰かもわからない。感謝しかない。フードコートで豚足麺を食べる。これもなかなかいい。フードコートの前は遊戯施設が出来ており、ちょっと変化を感じる。ついでに壊れたスーツケースも買ってしまった。昨年も買ったのでおじさんを覚えており、懐かしい。

午後はお休みして、夕方また出掛ける。ここもいつも行く食堂で、イカ炒めを食べたが、何だかいま一つだった。炒飯は普通だったのに、なぜだろうか。そういえばこの食堂はオープンスペースなので、常に蚊に食われる。だから長ズボンを履いて来るのを常にしていたが、1年のブランクで忘れていた。痒い。

9月25日(木)‐26日(金)特に予定のない日々

朝またパンを買いに行く。ただ戻るのもしゃくなのでターニン市場まで歩いて、牛筋麺を頂く。本当に大鍋の煮込みが良く、癖が無く、旨い。ここも50バーツの幸せシリーズに入る。部屋に戻って時を待つ。今日は台湾の統一発表の当選番号が出る日。いつか当たるのではないかと期待するが、今回も外れた。私が過去に当たったのは200元が一度きりだ。

夕方、今度はガチ四川料理屋へ行く。そこで回鍋肉を頼んだのだが、どう見ても回鍋肉には見えない。むしろ東北あたりのジャガイモの煮込み風だ。日本ではなぜキャベツが入っていて、四川にはないのか、どころの騒ぎではない。やはりその土地の食材を使って美味しく作るのが中国料理だろうか。まあでも美味しいので白米を掻き込んで満足する。

翌朝ごみを捨てようとゴミ袋を持って階段のところへ行ったがゴミ箱が無い。よく見ると張り紙があり、「ゴミは1階のゴミ箱へ」となっているではないか。これまで各階に設置されていたゴミ箱を1階に集約した模様。ちょっと不便になったが、まあこの程度なら許容範囲か。ついでに別の張り紙には「大麻禁止」と書かれている。数年前の大麻合法化で町中に大麻ショップが乱立したチェンマイでも、昨今の情勢下、ついに取り締まりが厳しくなったようだ。

昼飯はやはり夢にまで見たカオカーモックを食べる。ミャンマーではダンバウ。ドライチキンカレー、といったところだろうか。いつも行く店はいつも混んでいる。やはり美味しいのだ。昨年までは大盛りを頼んでいたが、今回から普通盛りにすると、何と40バーツで食べられるからすごい。これ日本で食べたらいくらするのだろう。幸せの50バーツシリーズを下回る(幸せは更に上回る)コスパ最強飯。

夕方また腹が減ったので外へ出た。ランチが普通盛りだったから小腹が空いた。タイはちょっと空腹になれば、すぐに軽く食べる文化だから有り難い。近所に新しい店が出来ており、意外とお客がいるので入ってみた。メニューを見ると食べたい物が並んでおり、しかも確かに安い。特に野菜たっぷりのスープが50バーツは安い。これにカリカリ豚炒飯で100バーツ、しかも家から近いのは何とも有難い。尚タイは1年ぶりでタイ語も覚えておらず、カリカリ豚を入れて貰うのにかなり説明に苦労した。

チェンマイ滞在記2025その1(1)今年もチェンマイ滞在

《チェンマイ滞在記2025(1)》  2025年9月23日‐10月2日

チェンマイに滞在も3年目を迎えた。茶の歴史の方はそろそろ成果を出さないといけない。いや、それほど多くの茶歴史はないだろうから、この辺でケリを付けないといけない。今回は雲南やネパール行きもあるので、違った楽しみが見込めるだろうか。

9月23日(火)バンコク経由でチェンマイへ

世界陸上を見終わって、ゆっくり寝た。翌日の夕飯を食べた後、最後の準備をして家を出た。夜の羽田空港に行くのは2年前のベトナム行き以来だろうか。空港には3時間以上前に到着したが、既にタイ航空のカウンターは開いており、スムーズにチェックインできた。何とも有難いサービスだ。午後9時過ぎ、税関検査も簡単だった。後はタラタラ過ごす。

午前0時過ぎのフライト。昔はタイ人で満席だったかもしれないが、今は結構空いていて、3列席の真ん中は空いていて楽ちんだ。取り敢えず離陸するとパンと飲み物だけ配られ、すぐに暗くなるのは良いが、何故か眠れない。以前は簡単に眠りに就いたのに、どうしたのだろうか。仕方なく、邦画を2本も見てしまう。ちょっとウトウトしていたらタイ時間午前3時に朝食が運ばれてくる。そして午前4時過ぎには空港に着いてしまう。

今回は初めてバンコクスルーチェンマイというTGを使ってみた。大体東京方面からチェンマイに来る人はこの路線を使うのだが、私は乗ったことが無かったので、確認の意味も込めて利用してみた訳だ。午前5時前のほぼ無人の空港を彷徨い、かなりの距離を歩いて、トランジットカウンターまでやってくる。途中でシムカードを買ったが、何だか頭がボーっとして高い買い物をしたようだ。

そこに入国審査があるのだが、私以外誰もいない。係官がデジタル入国カードやったか、という感じの仕草をしたので、問題ないと首を縦に振ると、笑顔で入国スタンプが押される。今も60日間ノービザは有難い。やはり観光客は減っているのだろうか。中国人が減っているのが痛いのだろう。そして国内線ロビーに入っていくと、国際線より人がいる。午前6時台に出るフライトに乗る人たちがいた。

実はバンコクスルーチェンマイの場合、午前8時頃のフライトに乗り、チェンマイに9時台に着くのが普通だが、私は入居するアパートの管理人が来ないので、そんなに早く行っても仕方なく、午前10時のフライトに乗るので、大幅に時間が余る。まあ8時のフライトでも2時間半は余裕があるので、本来はこれが良いと理解した。

午前11時半頃、チェンマイに到着した。機内でもサンドイッチが出たので、腹は問題ない。だが昨年もスーツケースが空港で壊れて困ったが、何と今年もまた壊れた。バッゲージは羽田からスルーだったが、まあ元から壊れかかっていたので航空会社にクレームすることはしなかった。

車を呼ぶとすぐに来た。空港から僅か10分でアパートに着いた。だが11時には来るはずの管理人の姿は見えない。電話しても鳴るのは目の前のオフィスの電話。さあ、どうする、やはりタイらしいスタートか、と思ったら、彼らが車でやってきて、すぐに手続きが始まり、入居を完了した。

行きつけのパン屋まで歩き、パンを買い、スーパーでトイレットペーパーを買った。その辺にある麵屋でクイッティアオを食べると旨い。これで50バーツは素晴らしい。更にカットフルーツを買い、最後に水などドリンクをゲットして部屋に帰る。まだ何となく暑いが、東京よりはやはり涼しい。夕方には眠気に襲われ、そのまま寝込んで翌朝を迎えた。

チェンマイ滞在記2024その7(7)チェンマイ最後の夜 スマホ止まる

Mさんと昔話をしていたが、記憶力低下が著しく、話がうやむやになってしまう。共通の知り合いの名前も思い出せない。彼女は今朝到着の夜行列車でバンコクから来たのだが、とても元気。年末までチェンマイ滞在を楽しむらしい。日本からも知り合いなどが合流して、にぎやかにやるという。私とは本当にすれ違い寸前での劇的再会だった。

12月7日(土)チェンマイ最後の夜 スマホ止まる

チェンマイ最終日。準備万端。昼前に近所にアメリカンブレックファーストを食べに行く。何で最後がこれなのか。よく分からないが、食べたい物を食べて終わりにしよう。午後宿の人に部屋のチェックをしてもらい、チェックアウト手続きはあっけなく完了した。といっても、この宿では最終的に出ていく時に鍵を部屋に置いていけばよいという有難いシステム(フロント業務は6時終了なので)があり、引き続き部屋は使えた。

最後の作業はAISに行くこと。4か月使った契約を解除する。そして今晩1日分のWifiを購入して、引き続き使い続ける。今の世の中、Wifiなし、スマホ無しの環境では車も呼べないし、支払いも出来ない。そのままずっと歩いて行く。30分ぐらい行くと、昨日再会したMさんと待ち合わせたお粥屋があるはずだった。ところが私が思っていた場所は閉まっており、通りの角の2階でMさんは待っていた。

お粥を食べながら、おかずをつまみ、ビールを飲む(酒は飲まなくても良い)というコンセプトの店なのだ。ちょうど料理が出そろい、さあ写真を撮ろうとしたその瞬間、突然の悲劇に見舞われた。私のスマホがフリーズしたのだ。電源を切ることも出来ず、どうにも動かない。その時から、私は食事も喉を通らない状況に陥る。もしスマホが使えなければ宿までどう帰り、空港までどうやって行くのかさえ、分からない。更に北京に着いたら、それこそ何もできない。頭の中だけがグルグル回る、パニックだ。

傍らのMさんが空港までは何とかする、と言ってくれたのが救いだった。次にスマホ修理屋はどこにあるのか考えたが思い出せない。食事もそこそこに、取り敢えずMayaを目指したが、車は渋滞にはまり動かない。時間は刻々過ぎていき、何だか焦ってしまう。何とかMayaに辿り着き、Mさんはトイレに行く。私はまっすぐ携帯ショップを目指したところ、途中に携帯修理屋のブースがあるではないか。

係員の女性にスマホがフリーズしたというと彼女はちょっと見て、ほんのちょっと何かを押すと、あっという間に再起動が始まった。え、と驚いてみていると、スマホを渡され、「問題ある?」という顔をした。彼女はタイ語しか話さないので、一体どこを押したのか分からなかったが、何だかキツネにつままれたような感じだ。Mさんもスマホを見て唖然としている。修理代すら払っていない。感謝の言葉も十分に伝えられない。

全ての悩みは一瞬にして解消された。Mさんはソンテウに乗って帰っていく。私は歩いて宿に帰り、車を呼んで大きな荷物を運び入れ、無事に空港に到着。チェックインももう慣れているので、何事もなかった。最後のバタバタが嘘のように、私のチェンマイ生活4か月はこのようにして、幕を閉じた。果たして来年は何が待っているだろうか。

チェンマイ滞在記2024その7(6)カオスイからイタリアンまで

昼ご飯は結局フードコートで食べた。立派なフードコートだが、料金は普通のフードコートと変わらないのが良い。帽子はユニクロで買おうと思ったが、良いのが無く、1階のブースで100バーツで売っているのを買った。タイというところは立派なデパートでも、1階に雑多な店が並んでいるところもあり、面白い。ここでもクリスマス飾りが盛大に行われている。タイ人にとっての冬という特殊な感覚とクリスマスセールがうまく組み合わされているようだ。

夜は先日出会った旅行業のSさんと食事をした。お互いの家は近いので、その中間付近にある店が指定された。夜出歩かない、酒を飲まない私にとって、未知の領域である。夜7時過ぎ、広々とした吹き抜けの空間、お客はそれほど多くない。お客が増えるのは夜中近くになってかららしい。日本で言えば居酒屋で、料理の品数は多い。

Sさんは実は私の息子世代。我々の世代はある程度敷かれたレールの上を走っていれば安泰だったが、今やそうはいかない。社会システムの変化もあるが、多様性や自分らしさが求められ、そこに過度に嵌ると意外なほど厳しい社会ではなかろうか、と話していて思ってしまった。まあ、私も自分の好きなことをして生きて行こうと決め、それに従って自らレールを外れたので、今の若者でやる気があれば応援したいと思う。

12月5日(木)カオスイを食べる

朝出るのが遅くなり、昼近くなってダンバウを食べに行く。これも今年の食べ納め。腹一杯になったのだが、それから車を呼んで午後1時に、先日同級生夫妻とカオソイを食べに行く。カオソイドムアーンは私が最初にチェンマイでカオソイを食べた場所であり、店の雰囲気も含めて気に入っている。現オーナーのお母さんが始めた店らしい。若き日のお母さんと一緒に記念撮影した。華人経営だ。

車で夫妻の宿泊先近くの寺まで行き、彼らとはそこで別れた。何となく歩きたい気分であったので、堀の中をクルクル歩き、寺々を回り、それから外へ出てまた歩く。帰りに何となくマクドナルドへ寄ってしまったのは、なんだか不思議だ。いつもの安いセットを頬張りながら、チェンマイについて色々と考える。

12月6日(金)イタリアンで

いよいよ明日はチェンマイを離れるので、部屋にある物を整理して、買ったばかりのスーツケースに詰め込んだ。今回は意外と茶葉の量も少なく、相変わらず書かれた資料は皆無のため、思ったほどの分量にはなっていない。さすがに4か月も住んでいると、何となく離れ難い気分もあるが、一方ちょっとした解放感も漂う。

夕方ソンテウに乗って出かけた。夕飯は何とイタリアンだ。随分以前にヨーガ関係で会ったことがあるMさん。彼女は毎年バンコクとチェンマイで雑貨を仕入れたりしながら1か月ほど滞在しているのをFBで見ていたが、昨年はタイミングが合わず、今回ようやく久しぶりの再会となった。

彼女が指定したのがターペー門近くのイタリアンだった。ここはかなりの老舗で昨年も食べにきた。時間が早かったせいか、お客は殆どいない。暗くなると白人がワインなど飲んでいることだろう。パスタもピザも安定の味で美味しい。今回はこういう物をほぼ食べていないので、何とも有り難い。

チェンマイ滞在記2024その7(5)突然やってきた同級生

11月30日(土)突然やってきた同級生

そろそろチェンマイ撤退準備が始まる。思い残すことが無いように、食べたい物を食べにいく。今朝はターニン市場の牛筋麵に行ってしまった。50バーツで幸せになれる麺。言葉は通じないが、店の人には感謝したい。この市場も少しずつ店が無くなっているのが気がかりだ。チェンマイの食、それはまさにB級グルメ、そしてフルーツが安く食べられることだろう。

昼ごはんにパンをかじっていると突然メッセージを受け取った。大学の同級生からだったが、何と今チェンマイ空港に着いた、というのだ。彼女はアメリカ在住で最近は連絡も取っていなかったので驚いた。夕飯を食べることになったが、「いつも行っているようなカジュアルな店で」と言われたものの、アメリカ人のご主人も一緒だというので、ちょっと困ってしまう。何しろチェンマイ滞在は長いが、一人飯ばかりだから、気の利いた店を全く知らない。来るならもう少し早く言ってよ、と思ったが、自らの旅を考えると人のことは言えない。

取り敢えず先日大勢で行ったニーマンの店に行ってみたが、予約は出来ないという。席はありそうだったので、ここで到着を待つことにした。コロナ中に東京で会って以来の再会だが、Eさんは相変わらず元気だ。相対的にご主人は物静かで、如何にも大学教授だった。日本の民俗やファミリーヒストリーが研究対象らしく、まず聞くことを大切にしている。彼の同僚にあのローバト・ヘリア氏がいるという。

ご主人と私は日本語で、彼女とは英語で話しているのは何となく面白い。日本に長く滞在経験のあるご主人は、アジア系の食べ物も普通に食べられる。今回はビルマカレー?が良かったらしい。そして北タイの山岳民族などへも興味を持っている。今回は完全な休暇で観光しているだけのようだが、Grabの使い方など手慣れたもので、車を呼んで帰っていく。

12月3日(火)シャン料理を訪ねるも

帰国準備を進めているが、今回は4か月にいた割には、収穫が多くなかったと感じてしまう。そう、長くいればそれだけ多くの物が得られる、というのは、正しいとは言えない。北タイの茶業史で分かることは元々かなり限られており、そういう意味では、もうあまり掘り出せるものはないのかもしれない。来年もここに来る意味はあるだろうか、と正直考えてしまう。ただロングステイだと思えば良いか。

偶にはシャン料理が食べたいと思い、新規開拓に出向く。少し早めに行けば席もあるだろうと思い、歩いて行くと、何と11時半で食堂は満席だった。しかも見ればお客の大半が僧侶ではないか。確かに僧侶は午前中しか食事が出来ないから、この時間はかき入れ時。どうやら最近ミャンマー方面から逃れてくる若者が多いと聞いたが、まさかお坊さんになってタイへ来たのだろうか。

ミャンマー軍政府は、兵士不足から若者の徴兵を進めているらしい。その中で僧侶になった者の扱いはどうなっているのだろうか。チェンマイにシャン人が増えている。食堂を諦めて少し行くとそこには大きなミャンマー寺院があり、若い僧侶が歩いている。ここには僧房もあるので、庇護されているということだろうか。

チェンマイ滞在記2024その7(4)涼しくなったチェンマイ

11月27日(水)涼しくなったチェンマイ

マレーシア旅から帰ってきたら、何となく涼しいチェンマイ。確かに昨年1月の朝はかなり涼しかったから、もうそういう季節になった訳だ。といっても昨日の朝の雨のハジャイも決して暑くはなかった。むしろバンコクだけが異常に暑かった。涼しい方が気持ちは良いと言えるが、夜中に寒くてバスタオルを重ねて寝る。

何だか疲れも出てしまい、洗濯だけして部屋で休息した。洗濯物のちょっとひんやり。原稿やオンラインの準備もしなければならかったが、どうにも気力が沸かない。こういう時は温かいものを食べようと思い、たまに行く食堂へ急ぐ。スープがとても温かくてうまい。野菜炒めもうまい。かなり満足して帰り、重ね着してすぐに寝る。

11月29日(金)チェンマイのカフェで

何だか体がムズムズする。何か特に食べたい物でもあっただろうか。仕方なくMayaのフードコートで探してみた。そうだ、餃子だ。タイ語で焼き餃子はギョウザというらしい。今やフードコートの定番メニューにもなっていてタイ人も大好きのようだ。いつもの滷麺と一緒に食べるとなぜか更に美味しく感じられる。

Mayaの外へ出ると、噴水のところに突然トナカイが現れる。クリスマスツリーもセットされた。ワーカーが一生懸命やっている。まだ11月だが、既にチェンマイはクリスマスシーズンになったのだろうか。白人も多いこの地域では、以前からこんな感じなのだろうか。気が付けば、私は11月末にチェンマイにいたことはなく、こんなことも初体験だった。

宿に帰る途中、何故か入ったことのない横丁へ曲がる。何となく何かありそうだと予感したが、何とそこにはお寺があった。妙覚寺という漢字も見られたので、中国系の寺だが、寺というより、学校のような雰囲気がしていた。タイで信者を増やそうとしているのは、日本系の仏教団体だけではなさそうだ。

午後はちょっと歩いて遠出した。お堀の南側まで行と立派なホテルとカフェがあった。タイ料理研究家Aさんはその後生徒さんと一緒にタイ料理の旅をしたようだが、そのアレンジはチェンマイ在住日本人の若者がしたと聞き、紹介してもらって会ってみた。私も車は使うし、偶にはツアーもするので、便利な旅行会社があると有難いのだ。

このカフェ、なかなかおしゃれで、しかも静かで雰囲気が良い。Sさんは良くここでPCを持ち込んで仕事をしているらしい。いわゆるノマドワーカーである。私もそういう格好良い活動をしたいのだが、どうもカフェで文章を書くのは苦手だ。どうしても集中したい時だけ、ネットを切ってカフェで書くから、そのトラウマだろうか。

Sさんは、チェンマイにおいてはパック旅行ではなくマニアックな旅をアレンジしたいと旅行業を目指したらしい。そういう意味でお茶や山岳民族の旅にも興味があるという。ただその旅の内容は口で伝えても伝わらない可能性が高いので、来年一度一緒に行ってみようということになった。来年のチェンマイ再訪が少し楽しみになってきた。帰りはSさんのバイクの後ろに乗せてもらい、スーッと宿まで行く。

チェンマイ滞在記2024その7(3)体力の衰え、生きる意味

11月18日(月)コピー

先日Sちゃんに資料を貸したら、彼女はコピー屋を探してサクッとコピーしていたので、私も1冊コピーしようと、近所のコピー屋を探した。歩いていけるギリギリの場所に1か所発見したので、早々に歩いて行ってみる。お店が連なっているところではなく、ポツンとあったのでちょっと驚く。

中に入ると、ちゃんと英語も通じ、料金表なども貼られていた。Sちゃんはカラーコピーしたので、相当高かったらしいが、私は白黒でよいので、料金はそれ程高くはなく、お願いした。それにしてもこのペーパーレスの時代に、大量のコピーを請け負っているこのお店、一体何をコピーしているのだろうか。

コピーするのに時間がかかるので、一旦店を離れ、昼ご飯はニーマンの和食屋さんで済ませる。それから宿へ戻り、疲れを癒し、またその店まで歩いて行く。最近は歩くスピードもゆっくりとなり、Google Mapの表示通りの時間がかかる。体の劣化はかなり激しいと自覚している。

午後4時に無事コピーを受け取り、そのままMayaへ歩いて行く。長距離を歩いただけで、なぜか腹だけは減る。こういう時は体から危険信号が出ている証拠だ。八番らーめんで、早めの夕食として優しい麺を食べるのが一番固い。モール内の店ではすでにクリスマス飾りが始まっている。チェンマイ滞在も既に3カ月超。そろそろ本格的な疲れが見えてきていた。

11月19日(火)ガチ中華2

先日壊れたスーツケースの修理に失敗していた。そろそろ帰国のことを考えなければならない。もう新しいのを買うしかない。そう思って昨日Mayaを歩いていると、旅行鞄を売る店が、セールをしていたので、ちょっと見てサイズを確認しておいた。プラプラとMayaの方へ歩いて行くと、先日食べた四川料理屋の看板が目に入る。

辛い物が欲しくなる時は、体の危険信号と理解しているが、何となく店へ行ってしまった。辛い物を敢えて避けて、トマト卵麵を注文する。麺はツルツルしており、スルスルと喉を通過する。トマトと卵が辛い訳がない。大盛りサイズなので食べ過ぎ感はあるが、大変満足な一品だった。この店はフルーツ取り放題なので、スイカも一杯食べる。

Mayaへ行くと、昨日話を聞いたおじさんが待っていた。早々に選んでおいた超軽量級の大型バッグを購入する。おじさんは他にもいいのがあるよ、と言っていたが、そこは完全に無視。ただいざ会計しようとすると「会計係がいないのでちょっと待って」と言いながら、色々と商品説明をしてくれる。これまでタイでこんな対応を受けたことが無い。というか、このおじさんは英語が出来たから理解できただけなのだろうか。

ケースを引っ張って宿まで持ち帰る。午後はこれから行くマレーシアの六堡茶に関する資料を少し読んで、論点をまとめていく。だがどうしても所々抜けが発生してしまい、きちんと輪郭を掴むことが出来ない。これもまた老化の一環なのだろうか。以前はすっきりしていた頭が何となくぼやけてしまい、何を考えてもクリアーにまとまらず、同時にひらめきも起こらない。

これはもう妄想茶旅の終焉を意味するのだろうか。これからの旅、そして執筆はかなり苦しいものとなって行くだろうが、果たして耐えられるのか。いや耐える必要はなく、出来なければ辞めればいいという選択肢が残されているのだが、生きていく意味がどこにあるのかを少し考えなければならない。

チェンマイ滞在記2024その7(2)アカ族のタンブンで

日本語先生一家はこれから予約したコムローイ会場へ行くのだと言い、大型タクシーを呼んだが、予約できてもすぐにキャンセルされてしまい、何度か繰り返していた(もっといい条件のオファーがあればすぐに乗り換えるらしい)。この時期は、車を捕まえるのは本当に大変、まるでバンコクのようだ。車を待っているとAさんが呼んだバイクがサッと来て、彼女はサッと移動していく。格好いい。私はテクテク歩いて帰る。

11月17日(日)アカ族の村へ

朝突然昨日のHさんから「今日の昼、アカ族村でタンブンがある」とのお知らせが来た。え、どうしてその情報、昨日会った時に言わないの、などという野暮は言わない。早々にアカ族村に興味を持ったAさんにも連絡して、村へ向かうこととした。ところが、ロイカトーンの真っ最中で、ただでさえ車がひっ迫する中、チェンマイ郊外の村まで行ってくれる車は全然見付からない。

取り敢えずAさんが我が宿までバイタクでやってきて対策を練るが、埒が明かない。Hさんに連絡すると「メージョーまで来てくれれば迎えに行く」と言ってくれた。メージョーは大きな道路沿いになるので、Boltで何とか車を捕まえることに成功した。この作業に1時間以上を費やした。

何とかHさんと落ち合い、懐かしい村へ向かった。村の一つの家へ行くと、かなり大がかりに食事の準備が進んでいる。Hさんと入っていくとH夫人に「準備を手伝わないなら邪魔だから出て行って」と怒られてしまう。だがAさんはその合間を縫って、しれっと準備作業に加わっている。さすが料理研究家。いや、普通の料理研究家はここまでするだろうか。実地研修で積み上げたAさんの料理は一味違うことを私は知っている。

1時間ぐらいフラフラしていると料理が完成する。同時に牧師さんが教会の日曜ミサから移動してきて、この家でまた説教をしている。更にはなぜか歌を歌い始める。歌って踊れる牧師さん、凄い。確か彼とは昨年中国語で会話して記憶もあるが、今日は忙しいので話す時間はなかった。ところで今日は一体何の会なのだろうか。ロイカトーンとは関係ないと思うのだが。

食事は前回より辛くなかった。それは今日の料理の主担当がH夫人だったから、敢えて我々のために辛さを抑えてくれたのだという。何とも有難いことだ。豚肉野菜炒め、スープ、ラープと生野菜、もち米と共に食べると、どんどん食べられてしまう。少し食べるとまた料理が追加され、満腹になっても止まない。

帰りはHさんがチェンマイまで送ってくれた。途中で急にAさんが「モンスーンカフェに行きたい」というので、3人で立ち寄った。冷たいお茶と温かいお茶を2つ頼んで3人で十分に飲めるのは有難い。オーナーのケネスがちょうどやってきたので、ここ2週間の北タイ茶旅の成果を報告、彼から貴重な情報を得ることも出来た。

因みにこのカフェの反対にピン川が流れており、昨晩はそこで大勢が集まって灯篭流しを眺めていたらしい。突然お酒も入り、ケネスは眠そうな目をこすっていたが、今日もまたあるのだろうか。そういえばHさんも昨晩コムローイ祭り会場に足を運び、格安で入場して写真を撮りまくったという。車など足のない私にはどうすることも出来ない。まあ行きたいという願望も沸かない。