タイ中部横断の旅2018(6)コーンケンをフラフラ

8月9日(木)
コーンケンへ

翌朝はどんより曇っていた。今日はスコータイから、かなり西にあるコーンケンへ移動する予定だ。宿の女性に聞いたら、『チケットを買ってあげる』と言われ、スタッフがバスターミナルまで買いに行ってくれていた。何とも親切で有り難い。更には宿からバスターミナルまで、スタッフのバイクで送ってくれた。この宿は意外と便利でよかった。外国人観光客に必要なものを安く提供する、これは印象が良いに違いない。

 

バスターミナルに早めに着いたが、特に何もない。10時半発と聞いていたが、やはりバスもやってこない。不安になった頃、ようやくバスに乗り込み一安心。このバスは特に豪華でもなく、ローカル色が漂う。向こうには相当大きなお腹をした若い妊婦が一人で乗っていた。大丈夫なのだろうか。前の若いカップルは音楽をかけて、自由に振る舞っている。

 

初めは平たんな道を走っていた。昨年行ったピサヌロークはすぐに過ぎ、3時間ぐらいして山道を登り始める。正直タイ中部にこんな山があるとは思ってもいなかった。タイはここでも分断されているようだ。1つ山を越えて、どこかのバスターミナルで休憩すると、また山に挑む。これは思ったより難コースだった。

 

途中で雨も降り、山の天気となった。小さな街が点在、そこで乗客が乗り降りする。私だけが取り残されている感じだが、車掌もいるので安心して寝ていく。それにしても随分と時間が掛かる。バスの馬力の問題かもしれない。ようやくコーンケンに到着したのは夕方暗くなりかけた頃、実に7時間以上バスに揺られた。かなりの疲労感を持ってバスを降りる。

 

4.コーンケン
静かな街

タイでは今急速にバスターミナルの郊外移転が進行しており、コーンケンも例外ではなかった。バスは全く街の雰囲気などない、道路沿いを入り、そこに出来ている新しいバスターミナルで停車する。ここから街まで何キロあるのか、どうやって行くのか、さっぱり分からないので聞いてみると、タクシーなら200バーツ、トゥクトゥクでも150バーツなど、法外とも思える料金を言われる。

 

確か7時間乗ってきたバスの料金も300バーツぐらいだったから、と躊躇していたが、事態は一向に進展しない。ついにバイタクのおじさんに100バーツと言われたので、それに乗る。バイクはかなりの距離をかなりのスピードで、幹線道路を走っていく。確かにこれなら100バーツかもしれないと思う程遠い。もうちょっと便利にして欲しい。

 

夕暮れが過ぎ、暗くなりかけた頃、取り敢えず私が指定したホテルにバイクは着いた。そこはこの街の名を冠した古いホテル。何となく街外れにある印象で、ちょっと驚く。聞けば1泊800バーツだというので、泊まることにしたが、フロントの女性もあまり英語が通じない。部屋は昔のホテルのようで広くてよかった。

 

腹が減った。とにかく7時間もバスに乗り、昼飯も食べていなかったのだから、当然だ。フロントで食事の場所を聞くと、ホテルの裏口から出るとすぐにあるという。半信半疑で出てみると確かに数軒ある。麺でも食べようと思って探したが、それより先に英語のできる愛想のよいお姐さんに捕まってしまう。

 

何しろ排骨湯が目に入ったので、それを頼む。大好物のモツの煮込みもあるではないか。何となく客家系の雰囲気が漂う料理だ。それを白い飯で豪快に食べた。すぐに満腹になる。会計をすると200バーツを越えていた。私が普通に食べるご飯は数十バーツ。何と贅沢をしたことかとは思ったが、食事に満足することも大切だと割り切り、楽しげに夜の街を散歩した。ここもやはり華人系が多いことは、漢字の看板などでよくわかる。

 

8月10日(金)
コーンケンをフラフラ

翌朝はホテルで朝食を食べる。こういう老舗ホテルの朝飯は悪くない。この町で何かをしようという計画はまるでなく、まあ散歩に出た。以前ホテルの近くになったというバスターミナルは見事に無くなっており、これがこのホテル周辺の寂しさの主な原因だと思われた。ここから新バスターミナルまで出ているだろう交通手段すら、タイ語のできない私には確認できない。

 

コーンケン博物館があったので入ってみた。かなり立派で広く、展示物も多かった。コーンケンは今でもバンコックからラオスのビエンチャンへ抜ける幹線の途中にあり、交通の要所だと言えるが、その昔からこの地理的条件により栄えていたらしい。8世紀ぐらいからの出土品もあり、その歴史は思ったよりずっと古い。

 

昼はホテル周辺で麺を食べたが、ここでも英語が出来る子がいた。コーンケンは単なる田舎町だと思っていたが、やはり交易なども盛んなのだろうか。曇りではあったが、かなりの疲れもあり、午後は部屋で休む。夕方再度歩き出し、コーンケン駅を探してみる。駅は高架工事のため、小さくなっていた。タイ国鉄もお金をかけて整備するんだと妙に感心した。

 

更にフラフラと歩いていき、大きな池に出た。そこでは夜市が立っており、美味しそうなものが売られていたので、夕飯はここにした。大勢の人が食べ物を買って、楽し気に食べている。私はレイズンワッフルを頬張り、池を眺めて過ごす。陽がくれた頃、ホテルに辿り着いたが、足が痛くなる。歩きすぎだ。

タイ中部横断の旅2018(6)コーンケンをフラフラ」への1件のフィードバック

  1. このホテルはランプーンから家内の実家アムナチャルンを往復する度に一泊する定宿でした。オーナーはコンケン大学の学長とか?裏口の向かい反対側にアルミの皿で直接焼いた目玉焼き、ソーセイジ、トースト、コーヒーのヴェトナム式朝食で繁盛の大きな店がり在り店の前にも多くのテーブル席、その前のゆったりした歩道には地べたにコンケン特産の織物を並べる露店が出ます。市内にラオ・リーという小さいが美味しい中華料理屋があり大繁盛でしたが、広い店に移転しリー爺さんが老齢で店に出なくなって味が落ちました。コンケンの市場や屋台のイサーン料理は同じイサーン人がひるむ程唐辛子が効いているので要注意です。

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