ある日の埔里日記その3(4)埔里の歴史遺産

5月6日(土)
埔里の歴史遺産

昨日午前、久しぶりに黄先生のサロンへ行く。埔里在住の日本人が金曜日の午前中に集まってきて、サロン化しているのだ。先生は御年80歳、埔里では有名な画家で、そのアトリエを開放している。その絵は非常に温かみがあり、埔里や中部台湾の風景、民族が多く描かれている。観光局の絵としても使われているらしい。

 

当初はWさんに連れてきてもらったこの会だが、何と同じ場所に住んでいる日本人Iさんとここで出会い、声を掛けてもらい、車に乗せてもらっていく。そのサロンで話をしていると、埔里の東邦紅茶の話題になり、先生が東邦のお婆さんの長女と同級生だと知り、驚く。アメリカの華人に嫁ぎ、ずっとアメリカ暮らしらしい。するとIさん、そしてSさんが東邦に興味を持ったので、今日一緒に訪ねることにしたのだ。

 

まずはIさんの車でSさんを拾いに行く。Sさんは埔里では有名な牡蠣オムレツ屋の娘さんと結婚しており、今はお父さんが店をやっているという。このお店、40年ほどの歴史があり、埔里人なら誰でも知っているそうだから、今度一度食べに行こう。奥さんは赤ちゃんの関係でお留守番。3人で向かう。

 

東邦紅茶の工場に着くと、郭さんが案内してくれたが、初めての2人は『埔里にこんな歴史的な場所があるとは驚きだ』と感想を述べ、階段の手すりや天井など、60年前の建物に見入る。そして『ぜひここを博物館にして保存し、皆に見せてあげたい』ともいう。郭さんにもそのような構想はあるようだが、資金の問題と親戚の了解を取り付けることはそれほど簡単ではないらしい。

 

2人ともお茶関係者ではないので、製茶機械などは簡単に見て、事務所でお茶を飲む。普段は日月潭の紅茶も飲まないだろうから、ここのお茶はかなり新鮮かもしれない。この敷地では茶を売っていない。一般人が気楽に茶を買えるスペースがないと、普及しないようにも思える。何しろ東邦の知名度は埔里では抜群なのだが、紅茶製造を復活していることを知る人はどれほどいるだろうか。

 

最後に宿舎を見学する。ここは創業者の住まいだったところであり、その中は昭和レトロな雰囲気と洋風が混在している。玄関には上がり框、奥には畳の部屋もある。書斎にはピアノや蓄音機が残され、日本語で書かれた戦前の専門書がそのまま置かれている。まるで骨董屋さんのようだ。

 

ここには創業者の奥様がそのまま暮らしている。何と今年99歳、今日も日本語で『いらっしゃい。座って』と言ってくれたので、少しお話しした。耳が遠いようだが、健康そうに見える。この方の歴史には非常に興味をそそられるが、余り長居すると疲れると思い、記念写真を撮って退散した。

 

車はSさんの家に戻り、奥さんと赤ちゃんも乗せて、昼ご飯を食べに行く。この付近、食べ物屋が多いが、一軒非常に繁盛している店があった。席がありそうだと分かると、奥さんは車を降り、すぐに席を確保する。元々近所だから店の人とは顔馴染みだ。ここのチャーハンはこれまで埔里で食べた中で一番うまいが、量が半端なく多い。あとはあんかけ飯がうまそうで、大抵の人が食べていた。しかしその後もう一度行ってみようと歩いて行ったが、なぜか見付からない。

 

午後は演習林に行った。私も全く初めて行く場所。古そうな建物が建っているだけで説明書きなどもなく、意味はよくわからない。この演習林を研究しているSさんによれば、『ここはちょうど100年前、北海道帝国大学が設けた恵蓀演習林の埔里事務所のような場所』らしい。当時日本の大学は国内だけではなく、朝鮮や樺太にも演習林を設置し、植民地経営の一環としての研究を進めていたと思われる。

 

因みに演習林とは林学の研究・教育の場としての実験林だという。台湾には東大、京大、九大も別の場所に演習林をもっていた。たしか東大の演習林は台湾大学に引き継がれ、鹿谷にあり、Uさんのバイクで連れて行ってもらったことがある。マラリアの薬であるキニーネを研究していたと聞いた記憶がある。

 

その場所は川沿いにあり、公園のような敷地に木々が生え、その中にポツンと建物が建っている。中には入れない。こんな歴史的な建物があることなど誰からも聞いたことはなかった。往時は隣の家も全て演習林の敷地だったという。今は何も使われておらず、ただ放置されている状態。

 

現在台湾各地で掘り起こされている旧懐日本ブームから見れば、この施設は十分に活用できそう。特にあまり資源がない埔里としては非常にもったいないと思うのだが、現在の管理者は台中の中興大学らしい。ただ植民地時代に作られた施設については、日本側から活用を働きかけるのは難しいだろう。日月潭紅茶のように台湾側が何らかのビジネスと繋がる中で、日本時代を持ち出す、という形しかない。

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