シベリア鉄道で茶旅する(29)バッグを切り裂き、シャワーする

 シャワーの結末

この宿、思っていたよりはるかにきれいだ。一番奥の部屋は2間あり、手前はリビングでソファなどが置かれ、奥にはベッドがあった。ようはスイートルーム、というか、1LDKのマンションかな。ここでもS氏は、私に奥のベッドを譲り、Nさんと手前の部屋で酒を飲むつもりのようだ。まあ、その前に何としてもまずはシャワーだった。私は先にネットをやり、2人が出てくるのを待った。何といっても6日ぶりのシャワーだ。気持ちよくない訳がない。湯気を上げて出てくるNさんがまぶしく見えた。

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いよいよ私の番が来た。浴室は広く、お湯もちゃんと出ている。昔あとで入ったら、お湯が出なくなっていた、ということもあったので安堵した。そしてバッグを開け、着替えを出して、と思っていたが、何とバッグが開かない。最初はうまいジョークだな、などと気軽に考えていたが、何としても開かない。このバッグの鍵は番号式なのだが、当然番号は正しいのに、何かが引っかかって開かないのだ。Nさんも本気で手伝ってくれ、番号を全て合わせてくれたが、どうしても無理だった。

 

これは完全に鍵が壊れたな、と30分後にはわかったが、もう私には待つ気力が残っていなかった。もしこれが昨日もシャワーを浴びていれば、恐らく今晩はすぐに寝て、明日解決策を考えただろう。だがそうはいかないのだ。体はお湯を欲している。このバッグは布製で、しかもかなり使い古しており、少しだが、切れ目が入っていた。私は決心した。このバッグを壊そうと。だがどうやって壊すのか。

 

フロントの横には、確か食堂があった。あそこにはナイフなどがあったはずだ。すぐに体が動き、部屋から飛び出した。ナイフをゲットして戻り、バッグを切り裂いた。見事に切れた。すぐにパンツを取り出し、石鹸とシャンプーも持ち出し、バスルームに駆け込んだ。お湯を出す。湯気が立つ。体にあてる。何と心地よいことか。体を洗うと、何とも言えない気持ちよさ。体が脱力し、眠気が襲ってきた。すっきりした、という言葉ではちょっと表せない気持ち。だが私の部屋には無残なバッグが残っていた。ここまで数年間、私の旅に耐えてきてくれたバッグには何となく愛着があったが仕方がない。

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シャワーを終わると、リビングでは2人が酒を飲んでいた。そこには大きな窓があり、外を眺めることができた。S氏が『ここからオーロラが見えるかな』と言うが、そんな簡単に見られるのだろうか。北極圏なのだから、オーロラもありか。本当に果てしなく遠くに来たことを実感した。そしてベッドに潜り込むと、そのまま爆睡した。

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3月20日(日)
鞄を買いに

翌朝はもう何もない、ゆっくり起き上がる予定だったが、なぜか早めに目が覚めてしまう。取り敢えず旅の企画は終了したのだが、これからどうやって帰るのか、昨晩2人は検討していたようだ。結論として、明日のフライトでここからモスクワまで出て、そこからはそれぞれの道を行くことになった。まずはネットでモスクワ行の国内線を予約した。こんなことが簡単にできる時代、それは以前のロシア旅を知っているS氏からすれば驚きだったようだ。まあこれで今晩もここでシャワーを浴びて熟睡できると思うと、それだけでうれしい。

 

この宿には朝食が付いていた。昨晩使ったナイフを返しながら、食事をする。パンとチーズなど簡単なものが置かれていた。何だかその昔行ったスイスやドイツのホテルの朝食を思い出す。あまりチーズが得意ではない私など、食べる物は多くない。サラミぐらいか。他に宿泊客はいないのかと思っていると、ロシア人がやってきた。ここはロシア人が泊まる簡易宿舎のようだ。

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明るくなって外を見ると、まだ雪がかなり積もっていた。窓から眺めると、はるか遠くにムルマンスク港が微かに見える。ムルマンスはモスクワから2000㎞離れた港町。北極圏最大の都市であり、また世界最北の不凍港の1つである。重要な軍事拠点であるが、港ができたのはわずか100年前、その歴史は浅い。第二次大戦ではドイツ軍に激しく攻められたが持ち堪えた。戦後は発展を遂げたが、それ崩壊後その役割を終え、現在は人口減少が激しい街となっているという。尚時間はモスクワと同じ。

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S氏が駅へ行くというので、外へ出た。昼間見ても、この建物がサウナであることすらわからない。勿論泊まれるなどとは想像できない。1階にはサウナの客がやってきており、バスローブを羽織った人もいた。その中で我々はちょっと異邦人だった。天気は良く、寒さも感じられなかったが、雪はかなり残っており、歩きにくい。駅前にはマクドナルドなどもあり、またその付近ではおじさんたちが何かを話し掛けてきた。何と両替、と言っている。中国出は昔懐かしい路上の闇両替屋か。それにしてもなぜ闇で両替する必要があるのだろうか。どうやら今日が日曜日で銀行も開いていないということか。如何にも国際貿易港らしい雰囲気はある。

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