シベリア鉄道で茶旅する2016(28)ムルマンスクを彷徨する

3月19日(土)

朝は早くから子供たちの声で起きた。既に通路を走り回っている。下の老夫婦はまだ寝ていたが、私は通路へ出て、スマホの充電を開始した。外は完全な雪景色だが、何ともきれいだった。家は殆どない。また無限の荒野を走っていく感覚だ。列車が急に停まったが、車掌はホームへ降りてはいけないという。ホームには人が待っていて、乗客が何かを受け取っていた。親戚が土産でも渡していたらしい。すぐに出発となり、すごく短い再会のようだった。

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子供たちは親からIPadを与えられ、ゲームを始めた。静かにさせるためには世界共通の行動のようだった。私は車掌からお茶を買い、紅茶のティバッグを飲む。朝ご飯を食べ終わった老夫婦が、『ここに座れ』という感じで場所を空けてくれた。そこでお茶を飲みながら、ビスケットを食べた。食べ終わると礼を言い、また上に上がる。それ以降彼らが降りるまで、下に座ることはなかった。彼らは3食全てを持参してきており、時間通りに食べ、あとは本を読んで静かに過ごしていた。我々が一緒になる余地は全くなかった。決して悪い人ではなく、これもある種、典型的なロシア人なのかもしれない。

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午前10時過ぎにケミーという駅に停まる。ここはホーム自体に雪山があり、子供たちは大喜び。押さえつけられてきた車内から飛び出し、思いっきり走り回る。天気も良いし、辛い車内を忘れられることだろう。既に14時間ぐらい乗っているのだが、まだ降りる気配はない。一体どこまで行くのだろうか。結局彼らが降り始めたのはそれから6時間後だった。20時間も列車に乗って行くスキーとは一体どんな場所なのだろうか。ロシア人の小金持ちは別荘を持っているというが、ここまでは遠すぎる。

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夕方から少し雪が降り始める。もうこの辺は北極圏だ、とS氏は言う。北極圏の定義など、これまで考えたこともなかったが、『北緯66度33分以北の地域』であり、その理由は『北半球における白夜の南限』ということらしい。確か日本の標準線が北緯35度だったことを考えると、何とも遠くへ来たもんだ、と思わざるを得ない。いよいよカウントダウンだ。

 

ついにあと4時間というところでスキー客がすべて降り、私の下の住人も姿を消した。車両はガラガラになり、どこにでもいられるようになった。S氏とは昨日以来会っていなかったが、我々より先に乗客が降りていたようで、たった一人でぽつんとしていた。ムルマンスク到着に胸が高鳴るというより、疲れで何も考えられないというのが正しい状況だった。

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10.ムルマンスク
ホテルがない

22:15、列車は定刻にムルマンスク駅に着いた。降りたのは僅かな乗客だけだった。その小さな駅舎の前で記念写真を撮り、呆気なく160時間の列車の旅はゴールを迎えた。もうこれで我慢しなくてもよい、あとはホテルに行ってシャワーを浴びるだけだ。ルーティーンである切符売り場に行く必要もない。完全に解放されたのだ。その喜びはひしひしとこみ上げてきた。

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地球の歩き方、によれば、ムルマンスクの駅近くには2つのホテルがあった。まずはここを目指せばすぐに見つかると思ったのだが、行ってみると意外と立派なホテルだった。S氏は『ここじゃくなくてもいいよね』と言って、通り過ぎてしまった。フィーリング的に合わなかったようだ。だがその先にホテルがあるのかどうかは分らなかった。普通は駅前を歩けばホテルが何軒かあるというのがアジア的常識だが、ここはロシアの外れである。その常識は見事に覆されてしまう。

 

私は地球の歩き方を見て、他の安いホテルを探す。あと2つぐらい載っていたが、その場所へ行ってみても、見付からない。私から見ればS氏は、この小雪がちらつく、夜11時、零下10度の北の果てで、ただ闇雲に歩いているようにしか見えなかった。我々の問題点は何といっても文字が読めないことではないのか。駅前のホテルは何とか『ホテル』と読めたが、例えば『民宿』とか『ゲストハウス』に当たるロシア語が読めなければ、その場に行っても分らないのではないのだろうか。

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まさか160時間の列車旅の結末がこれだったとは。何だか絶望的な気分になる。ここはもうS氏の動物的勘に頼るしかないのだろう。と思っていると、地元の家族が通りかかり、若い娘が話しかけてきた。何と英語だった。ホテルを探しているというと、ちょっと呆れたしぐさで『駅前にあるでしょう』というので『もう少し安いところは』と聞くと、スマホで検索を始める。そして『こっちにあるみたい』と言い、家族総出で、我々をそこへ連れて行ってくれるではないか。地獄に仏!

 

そこはさっき近くまで歩いてきたが、ホテルはなさそうだと引き返した場所だった。どうみてもホテルには見えない。そこはなんとサウナ施設だった。『この上が泊まれるみたい』と言い、上まで付いてきてくれ、受付で話を通してくれた。ここの受け付けの女性も英語ができた。何とも有り難い。この家族には丁重に礼を言ったが、感謝してもしきれない。

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