マレーシア茶旅2024(9)KLで歩き疲れてへたり込む

宿まで知り合いの陳さんが来てくれた。ホテル併設のカフェで旧交を温める。10年来の知り合いで、以前は経営者として様々な仕事をしていたが、今やほぼ引退状態となり、自分で車を運転してきた。コロナ禍では手術などもしたようだが、元気そうでよかった。これから世界中の興味ある場所にフラッと行くのが生きがいらしい。日本で一緒に旅しようと言われたが、その機会はあるだろうか。

陳さんと別れて、周囲を歩き出す。10分ほど行くと、大掛かりな観光客向けレストランと屋台が並ぶ場所があった。ここはもう完全に普通話が飛び交う世界だった。ブキビンタンを少し入っていくと、その昔肉骨茶を食べた懐かしいレストランが健在だった。相変わらずの賑わで、何とか席を確保して、肉骨茶を食べる。以前より更に立派になった肉骨茶、値段も随分高くなっているが、客はひっきりなしで大繁盛。ここも中国人観光客が多い。近所には蘭州拉麺の店なども出来ており、観光地として発展している感じだ。夜はアジアカップ、日本対イランを見ていたが、何だかな、という試合だった。

2月4日(日)旅も10日目疲れて

今朝は早めに起きて、宿の朝食を頂く。そして部屋に戻り、オンラインで2時間半ほど話す。まあこれが目的で、ネットがちゃんとつながるアメリカ系ホテルを選んだわけだが、何となく疲れが出る。それでも意を決して外へ出て、またモノレールに乗る。今回はモノレールが大活躍でよい。アブドララーマンという名の通りを目指す。この人名は初代首相からきているのだろうか。

実はこの道、戦前は日本人が多く住んでいたとある本に書かれていたのだが、今回行ってみても、その痕跡は全く見付からなかった。今やSOGOなどが建つ、繁華街という感じだろうか。道幅も相当広いので、古い物は壊して拡張したのかもしれない。ずっと歩いているとマレーストリートというところまで来てしまった。この付近はKL初期の頃のマレー村だったとあるが詳細は分からない。

いつの間にかムルデカ広場付近まで来てしまった。もう1時間も歩いただろうか。バスに乗って帰ろうかと探したらちょうどよいのが無くて、また歩いてしまう。かれこれ2時間近くの散策を終えて宿に戻った時は疲労のピークだった。だが突然腹が減り、隣のマックに駆け込んだ。まあセットで400円ぐらいだから高くはない。

部屋でへたり込むと、そのまま寝てしまう。明日はもうバンコク経由で帰国なので、最後の夜に何を食べようかと考えていたが、結局外へ出ることも出来ずに、今回の旅で残った食糧を食べて、ボーティーを飲んで休むしかなかった。もう歳なのだから、そしてGrabも安いのから、もっと効率的な旅をすべきだと反省する。

2月5日(月)バンコクの空港で一晩を

朝は宿で食べて、ダラダラしていた。時間になったので、モノレールに乗りKLセントラルへ出て、そこからバスに乗って空港へ。これは半年前と同じなのでスムーズにいく。だが疲れていたのだろう。チェックインで20分も列に並んだのに、自分の番が来たら違う航空会社だったことに気づき唖然となる。出国審査も長蛇の列で疲弊度がかなり増す。

何とかマレーシア航空に乗り込むと、ちゃんとご飯出てきて嬉しいが、体調を考慮して大人しく少しだけ食べる。KLからバンコクまではフライト時間が2時間ほど。時差も1時間あるので、午後4時にはスワナンプームに到着していた。さて、ここからどうするのか。実は私の東京行フライトは明日の午前8時なのだ。勿論入国してホテルに入ればよいのだが、また長蛇の列に並ぶのも嫌であり、かつ明日は午前4時ごろ起きて、また出国しなければならいことを考えると、空港で一夜を明かす方が良いのかと思う。

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