マレーシア茶旅2024(2)ペナンに辿り着く

午後5時半、クアラパリス港に着いた。ネット検索によれば、この付近から午後6時にペナン方面へ行くバスが出ているらしい。一応一番先頭でフェリーを降り、早足にバス停を探すが見付からない。何とかフェリーターミナルを抜け、人に聞いてみると、バスターミナルはその向こうにあることが分かり一安心。

5時40分、バスターミナルのチケット売場で『ペナン』と叫ぶと、今出るところだ、とチケットを渡される。何とかドリンクだけを確保してバスに乗り込むと、あっという間に出発した。もし6時だと思ってゆっくり来ていたら、今日はこの街止まりだったかもしれない。これはもう運が良いとかいう問題はなく、何かに導かれた旅となっている。

バスにはほぼ乗客はいなかった。ゆったりとした気分でいると、すぐにバスは停まり、客を拾い始める。今日は土曜日、その夕方だから、街中は渋滞していて車の動きは悪い。しかも何か所にも停まり、クアラパリスの次の大きな街、アロースターまで何と2時間もかかってしまった。既にとっぷりと日は暮れている。

一体何時にペナンに着くのだろうかと心配し始めた頃、バスは高速道路に乗り、かなりのスピードで走り出した。結局ペナン島の対岸、ペナンセントラルのバスターミナルまで、4時間弱で到着した。思ったほどのロスはなくてよかった。しかしまだペナン島ではない。ここからGrabを呼ぶ手もあったが、折角なので本日三度目のフェリーに乗ることにした。

バスターミナルからフェリーターミナルは繋がっているので、歩いて行く。フェリーはこの時間、1時間に一本だった。何と支払いはKLで使っていたタッチアンドゴーというカードで支払えた。2リンギ。このフェリーの乗客の半分はバイクに乗っていた。対岸が近づくと明かりが見える。香港スターフェリーをちょっと思い出す。

フェリーは僅か10分で対岸に着いた。ついにペナンに入った。サトゥーンの宿で出てから13時間が経過していた。ここでGrabを呼んで、予約した宿へ向かった。ジョージタウンも大きな街ではないので、10分もかからずに宿に着いた。ここは新しいが客はほぼ中国人という感じだった。

部屋も中国的。そこではたと思い出す。腹が減ったと。何と朝から何も食べていなかったが、時刻は夜の11時。外へ出てみたが、多くの店は閉まっていた。ただ向こうの方に明かりが見え、行ってみると24時間営業のインド系の店があった。その店頭でおじちゃんが焼いている物が実に旨そうで、それを注文した。モットバと教えられたので、そのまま発音するとウエイターも了解した。まあ、お好み焼きみたいなものだが、今日一日の大冒険、久しぶりに旅らしい旅をした気分に実に合う食事だった。

1月28日(日)ペナンに遊ぶ

何だか気持ちが高ぶって眠りが浅い。それでも天気が良さそうなので外へ出る。ペナンは散歩に適した街だ。車の量はそれほど多くはなく、そして何より歴史が感じられる。古い建物が並ぶ一角はなかなかいい。寺院や同郷会館も見られる。その先には4年前に訪ねた老舗茶荘、老翁茶の店があった。朝早くてまだ開いていないが、コロナ禍を生き抜いていて嬉しい。

今朝訪ねたのは、日本人共同墓地。ペナンにあると聞き、来てみたが、残念ながら鍵がかかっていて中には入れない。それでも墓石に日本語が見える。からゆきさんの墓が多いようだが、確認はできない。隣にはマレーシアの有名歌手の博物館があったが、こちらも時間的に早くて開いていなかった。帰りに古い建物の1階にあった食堂で汁なしワンタンメンを食べた。いい感じだった。

バスターミナル付近まで歩き、タイピン行きバスを探したが、よく分からなかった。銀行のATMでお金をおろした。ペナンではなぜかATMをあまり見かけず、探すのにかなり苦労した。宿の近くにはパキスタンモスクがあった。ペナンにはパキスタン人が多くいるのだろうか。

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