《昔の東南アジアリゾート紀行》‐1994年プーケット

6.1994年6月 プーケット

(1) 6月のプーケット

4月にシンガポール旅行に行き、弾みがついた。6月に1週間休みを取り、リゾートのメッカ、プーケットに行くことにした。兎に角次男が2歳になるまでは旅行しまくるぞ、と言う意気込みがこの頃出ている。(2歳までは旅行費用が格安)

現在香港からプーケットに行くのは、ドラゴンエアー他の直行便が出ているが、その時は確かバンコック経由であった。バンコックの空港で入国審査を終え、それから国内ターミナルまで約1kmを歩いて行く。この1km建物の外を歩く為結構辛い。暑い、荷物が重い、子供のバギーはでこぼこ道で動かない。

夕方漸くプーケットに着いた。プーケットは夕日がきれい、と言われていたが、何となくどんよりした空模様である。空港は島の北側にある。夕日が良く見えるビーチは西側にある。そこを通り過ぎ、どんどん行く。遠い。

今回泊まるアイランドリゾートホテルは知り合いが勧めてくれた東海岸の静かなホテル。空港から車で1時間。多くの有名リゾートホテルを通り過ぎ、東側のシャロン湾に面している。夕日は見えない。朝日に期待したい。しかし今回分かったことが1つ。6月のプーケットは雨季であり、季節としては最悪であるということ。

(2) ホテル

ホテルに着くと、驚く。大きなホテルが崖っぷちに建っている印象。立派な入り口、立派な建物。そしてその先の庭は傾斜地になっている。宿泊施設は平らであるが、その先のレストラン、プールは傾斜している。下まで歩いて行くことは出来るが、上に上るのは子供では少し大変。そこでシャトルバスが出ている。ホテル内でシャトルバスを運行している所は極めて珍しい。

しかしホテルに人影は無い。全く宿泊客が居ないのではと思うほどである。部屋は素晴らしかった。フルシービューで、かなり広い。家族4人でも広過ぎる。きっとお客が居ないので、かなりのアップグレードがされたものらしい。翌朝朝食を食べに下のレストランに行く。やはり客は殆ど居ない。ビュッフェの料理をたらふく食べる。残すのが勿体無い。

プールはそう大きくは無いが、子供には良い。但し太陽は全く出ないので、涼しい感じがする。ビーチに行ってみたが、何とそこにはほんの少しの砂浜しかない。また泳ぐことは禁止されていた。何の為にビーチリゾートに来たのか?ホテルで聞くとボートに乗って対岸の島に行けば泳げると言う。

(3)ボート

コタキナバルを思い出し、行ってみることにする。無人島にはなかなか良いイメージがある。小雨がちらつく中、ボートに乗る。波がかなり荒く、岸が見えているものの、子供達は怖がって泣き出す。かなりの揺れである。真ん中あたりでボートが停止する。子供達は泣き疲れて寝入る。

ボートが止まったので、何か説明でもあるのかと思い待つが何もない。向こうからボートが来た。船の船頭が向こうの船に何か言っている。何だか変な雰囲気。後ろを振り返ってビックリ。船頭はバケツで水を掻き出しているではないか?この船は壊れていたのだ。その瞬間、物凄い恐怖感が襲う。えっ、沈没??岸は見えているが数十メートルはある。長男を抱えて泳ぎきれるか?奥さんと次男はどうするか?頭がパニックの中回転する。船頭が次男を・・・・。するとホテルの方からボートが2隻やってきた。どうやらさっきの船がホテルに通報したらしい。助かった。力が抜ける。

ボートを乗り換えて無人島に向かったが、その後何をしたか覚えていない。恐らく子供達は何事もなかったように大好きな砂遊びに興じていたことだろう。尚無人島といってもそんなに大きい島ではなく、対岸に隆起した陸地といった感じで気分も出ない。

(4)プーケットタウン

3日目、プーケット島の街、プーケットタウンに行く。天気も良くなく、プールも飽きてしまった結果である。ホテルからのシャトルバスで街に出る。僅か10分程度である。バスを降りると腹が減った。そこに美味しいそうな匂いがしてきた。周りはコロニアル風の建物などがあり、異国情緒も感じられる中、この匂いはアジアである。

見ると麺を売る屋台がある。思わず麺を注文してしまう。1杯僅か10バーツ。しかしこれが美味い。米の麺に魚の出汁のスープ。香菜がのっている。ホテルのどんな立派な食事より良い。

タウンで何をするか何も考えずに出てきてしまった。取り敢えずタクシーを捕まえる。乗り込むと奥さんが行き成り『CDショップ、CDショップ。』と叫ぶ。運転手は英語が片言程度出来るようで、その勢いに押されて走り出す。今まで来た日本人観光客でCD屋に連れて行けというヤツは居なかったであろう。彼は半信半疑でCD屋の前で車を止めて、不安そうにこちらを見る。OKの言葉でホッとする様子が可愛らしい。

奥さんは颯爽と中に入ったが、残りの3人はどうなることか不安であった。何しろここはお土産物屋でもない、英語も広東語も通じそうに無い。どう見ても彼女はタイ語を話すことは出来ず、読むことさえ出来ない。どうやって自分の買いたいCDを買うのだろうか?

恐るべき光景が繰り広げられた。最初は一生懸命歌手の名前を連呼していたが、その内CD屋のオヤジがブロマイドやポスターを持ち出し、確認している。成る程これで歌手は確認できる。しかしCDの中身が分からない。何と奥さんは歌いだした。歌詞はタイ語の為いい加減ではあるが、メロディーを口ずさむ。オヤジが頷く。売買成立の歴史的な瞬間である。感動してしまう。

子供が退屈したので、動物園に行く。ワニのショーを見て、目を丸くする時など、子供は可愛いものである。エレファントショーというのがある。象使いと象が戯れたり、象がサッカーを見せてくれたりする。象もなかなか器用で長男は大喜びである。

マイクを持った司会者が『象に乗りたい人?』と英語で聞く。長男に乗るかどうか聞こうとすると、何と彼は前に乗り出して『ハイ』と手を上げている。え、英語分かるの?あんな高いところに本当に乗れるの?本人は分かっていると自身ありげだ。

5歳の彼が運動場の中に一人で入って行く。それは初の晴れ姿であった。何時泣き出すか、走って戻ってくるか、見ていたが、とうとう象使いに担がれて象の上に。1周回る間にはピースなどと手を上げるほどリラックスしている。子供の成長を大いに確認した瞬間であった。

戻ってくると誇らしげに『簡単だったよ。』と言っている。それまで引っ込み思案であった彼が、全く初めての行動を大勢の前で披露する。そして自信をつける。親の役割はあくまでも補助であると痛感する。そしてその後あまり行動についてとやかく言わないようにしてきた。しかしその後彼が積極的に何かをしたことはあまり無い。あれは一過性の気の迷いだったのだろうか?

リゾートの鉄則6

危険は意外と身近にあるもの。万が一に備えて、常に最悪の事態を考えておこう。特にボートに乗る時は?

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