7月17日(木)3度目の猫空で
翌日は朝食を抜き、昼前にランチを探す。ここ数年全くご縁が無かったモスバーガーに入ってみる。これも悠遊卡のお陰だ。ところが入り慣れていないため、注文にまごついてしまい、目に付いた一番高い物を頼んでしまった。私はハンバーガーが食べたかったのに、何と出てきた物はライスバーガー。ポテトが大きくて嬉しかったが、余程別にハンバーガーを注文するかと思うほど。いやしかし、台湾モスは創業時からライスバーガーにはこだわっており、日本からコメが輸入できないと嘆いていたのを思い出して、噛みしめて食べた。

今日は昼過ぎから小楊と共に猫空へ行く予定になっていた。それがモスで食べていると突然、「今から動物園駅に来い」と言われたのでちょっと慌てて出掛ける。しかも12時半に、と言われたのに、12時過ぎには彼らは駅に着いたという。何をそんなに焦っているのか。実はこの日は台湾北部の防空演習が午後1時半からある。これが始まると30分間は全く動けないので、出発を早めたらしい。

駅で何とか落ち合い、タクシーに乗り込む。小楊が運転手に行き先を告げると、さっそく会話が始まる。あそこの茶荘はどうだとか、あそこの誰とは同級生だとか、そんな情報はあっと言う間に車内に流れてくるから面白い。僅か20分ほどの行程だが、到着する頃には彼らは旧知の仲になっている。

昔入口の前まで来たことがある六季春。数年前木柵鉄観音茶の歴史を学ぶ際、張迺妙の直系が茶作りをしている所と言われたが、ついに門を潜ることはなかった。残念ながら締め切りに間に合わなかったと記憶している。今回は小楊のお陰で初めて門を潜ったが、訪ねるべき4代目の張信鐘さんはいなかった。何と約束時間は午後2時、今は午後1時前なのだから仕方がない。

それでも5代目を継ぐ予定の息子がおり、お茶にありつく。演習のサイレンが鳴り響く頃、4代目も現れて、話が始まる。私は鉄観音茶の歴史についていくつか質問してみたが、信鐘氏は非常に朴訥な茶農家という風で、回答はほぼ「茶作りに一番重要なのは茶園管理だ」と私に告げてくる。確かに子孫だからといってその歴史が全て分かるわけではなく、寧ろ直系子孫として如何に伝統的な製法を守り抜くか、味や香りをキープするかが重要であることはよく理解できた。勿論彼は気難しい人、というのではなく、寧ろ誠実な人という印象が強かった。後は小楊と信鐘氏が色々と話し込んでおり、私は庭や台北市内を眺めていた。帰りは5代目が車で送ってくれたので楽ちんに帰り着く。



家まで歩く中、吉野家に寄る。ここも今回全く行く機会が無かったが、半端な時間に腹が減り、牛丼と鶏丼のハーフを食べる。まあ一言で言えば、吉野家の牛丼は日本で食べるべきなのだが、ここでも悠遊卡のお出ましにより、無料で食べられたので良しとする。本当に5000元は食べがいがある。

7月18日(金)永康街で
私の台北滞在時間は終わりが近づいているので、悠遊卡の使える店ばかり探すのは辞めて、いつもの店でクラブサンドを食べる。これが一番美味しく、間違いはない。午後はバスに乗って東門へ。昨年も訪ねた台湾紅茶の店で羅さんと会う。台湾紅茶(株)に関する歴史資料を掘り起こして、本格的にその歴史を検証していく作業が始まっていると聞き、何とも嬉しい限りだ。


羅家も客家であり、先代社長からは「うちの先祖は広東梅州から台湾に渡ったが、広東で茶作りをしていたと聞いたことはない」「客家擂茶は客家の文化ではない」と聞いており、今回梅州に客家茶を訪ねた話などをした。客家にも色々な地域の人々がおり、客家茶についても一概に決めつけられない、との思いを強くする。ここの店は台湾観光関連でコラボしており、何と悠遊卡で買い物ができた。これまでもらってばかりだったので、恥ずかしながら初めてお茶を買う。
