Mさんと昔話をしていたが、記憶力低下が著しく、話がうやむやになってしまう。共通の知り合いの名前も思い出せない。彼女は今朝到着の夜行列車でバンコクから来たのだが、とても元気。年末までチェンマイ滞在を楽しむらしい。日本からも知り合いなどが合流して、にぎやかにやるという。私とは本当にすれ違い寸前での劇的再会だった。

12月7日(土)チェンマイ最後の夜 スマホ止まる
チェンマイ最終日。準備万端。昼前に近所にアメリカンブレックファーストを食べに行く。何で最後がこれなのか。よく分からないが、食べたい物を食べて終わりにしよう。午後宿の人に部屋のチェックをしてもらい、チェックアウト手続きはあっけなく完了した。といっても、この宿では最終的に出ていく時に鍵を部屋に置いていけばよいという有難いシステム(フロント業務は6時終了なので)があり、引き続き部屋は使えた。

最後の作業はAISに行くこと。4か月使った契約を解除する。そして今晩1日分のWifiを購入して、引き続き使い続ける。今の世の中、Wifiなし、スマホ無しの環境では車も呼べないし、支払いも出来ない。そのままずっと歩いて行く。30分ぐらい行くと、昨日再会したMさんと待ち合わせたお粥屋があるはずだった。ところが私が思っていた場所は閉まっており、通りの角の2階でMさんは待っていた。

お粥を食べながら、おかずをつまみ、ビールを飲む(酒は飲まなくても良い)というコンセプトの店なのだ。ちょうど料理が出そろい、さあ写真を撮ろうとしたその瞬間、突然の悲劇に見舞われた。私のスマホがフリーズしたのだ。電源を切ることも出来ず、どうにも動かない。その時から、私は食事も喉を通らない状況に陥る。もしスマホが使えなければ宿までどう帰り、空港までどうやって行くのかさえ、分からない。更に北京に着いたら、それこそ何もできない。頭の中だけがグルグル回る、パニックだ。



傍らのMさんが空港までは何とかする、と言ってくれたのが救いだった。次にスマホ修理屋はどこにあるのか考えたが思い出せない。食事もそこそこに、取り敢えずMayaを目指したが、車は渋滞にはまり動かない。時間は刻々過ぎていき、何だか焦ってしまう。何とかMayaに辿り着き、Mさんはトイレに行く。私はまっすぐ携帯ショップを目指したところ、途中に携帯修理屋のブースがあるではないか。

係員の女性にスマホがフリーズしたというと彼女はちょっと見て、ほんのちょっと何かを押すと、あっという間に再起動が始まった。え、と驚いてみていると、スマホを渡され、「問題ある?」という顔をした。彼女はタイ語しか話さないので、一体どこを押したのか分からなかったが、何だかキツネにつままれたような感じだ。Mさんもスマホを見て唖然としている。修理代すら払っていない。感謝の言葉も十分に伝えられない。

全ての悩みは一瞬にして解消された。Mさんはソンテウに乗って帰っていく。私は歩いて宿に帰り、車を呼んで大きな荷物を運び入れ、無事に空港に到着。チェックインももう慣れているので、何事もなかった。最後のバタバタが嘘のように、私のチェンマイ生活4か月はこのようにして、幕を閉じた。果たして来年は何が待っているだろうか。
