ある日の台北日記2019その3(5)全祥茶荘へ

《ある日の台北日記2019その3》  2019年10月24日-11月21日

10月24日(木)
台北へ

3時間ちょっと飛行機に乗ると、北京から台北に戻ってきた。朝早いフライトなので、基本的には目をつぶっていれば着いてしまう。フラフラと空港内を歩いて行くと、入国審査より前に検査台がある。先日東京から来た時は、飛行機を降りる時に『検査不要』のカードをもらい、それを提示して、検査なしで通過したが、今回は中国大陸からなので、機械に荷物を通した。

 

すると、私の荷物に何か反応した。日本人だと分かると、日本語を話す若い女性職員が対応する。バッグの中に果物が2つ入っており、廃棄されてしまう。肉類がダメとは聞いていたが、果物もダメとは知らなかった。ただその時に職員の日本語と対応がとてもお茶目で感心した。

 

宿泊先に戻ると、いつもの果物売りのおばさんが挨拶してくれた。さっき空港でバナナを没収されたことを思い出し、すぐに台湾産バナナを買った。バナナに関しては台湾の方が中国よりはうまい、のは当たり前か。今後の中台関係はどうなっていくのか、そんなことを考えながら、バナナを頬張る。

 

10月25日(金)
全祥茶荘へ

北京から戻り、日常の歴史調査を再開する。今回の目的は台湾花茶の歴史であるが、果たしてどこから手を付けたらよいだろうか。先日訪ねた坪林の馮君が、『全祥茶荘に行けばきっと何か分かるよ』といい、そこの3代目を紹介してくれた。折角なのでネット検索して全祥茶荘本店に行ってみる。

 

そこはニニ八公園から歩いてすぐ、近くの角には日本時代、辻利茶舗が店を構えていた(現在はスタバ)いい場所である。以前フラフラしている時に、このお店を見つけて興味を持っていたが、古めかしいその作りに慄いて、入ることはなかった。今日は紹介があるので、堂々と入っていく。

 

ところが3代目はもう一つの忠孝店に方にいるとのことで、あえなく店を出ることになった。西門町から地下鉄に乗って、忠孝復興駅で降りる。SOGOの目の前に店があった。既に連絡が本店からあったようで、林さんが出迎えてくれ、早々花茶の歴史の話に入る。勿論数種類の花茶が用意され、試飲もしてみる。全祥は光復後、台北で開業した。そして外省人を相手に茶を売る店となった。今でもお客は外省人が多いと聞くと、ちょっと不思議な感じがするが。

 

そして一番驚いたこと、それは全祥の創業者はあの林華泰と兄弟だというのだ。石碇から出てきた林家のメンバーがそれぞれ店を構えたらしい。顧客を分けるため、林華泰は台湾人向け、全祥は外省人相手に商売した。なぜ全祥が外省人を対象にしたのか、それは光復前、日本時代、全祥の創業者(今の林さんの祖父)は何と天津で茶葉を売っていたのだという。だから中国人の好みなどが分かっていたのだろう。そして言葉も通じたに違いない。これはまさに歴史だ。

 

肝心の花茶については、毛峰香片などの商品が並んでおり、中国から来た人々に受けが良い名前を付けたという。品質により5層ぐらいの料金体験になっている。今は、茉莉花、桂花などが多く使われている。花は彰化の花壇などから、緑茶は三峡などから来るらしい。その昔は台北郊外に花畑が沢山あり、ここの創業者の奥さんも、蘆州の花農家から嫁いできたというから、その結びつきも想像できる。

 

林さんには初めて会ったが、実に気さくに何でも話してくれ、また飲ませてくれた。更には昼ご飯まで取り寄せてくれ、お店で作ったお粥と一緒に食べた。これも馮君の紹介のお陰だろう。馮君の世代は、茶の歴史に関心がある人も多く、単なる商売ではなく、とても頼もしい。今度は本店に行き、お父さんに話を聞こうと思う。

 

SOGOは30年前、よく来た場所だったが、最近は寄ったことはない。今や台北にはどれだけの百貨店があるのだろうか。その裏の方に、昔偶に行った和昌という茶荘があったのを思い出す。7-8年前に行った時は、既にお父さんが亡くなり、息子さんの時代になっていて、たくさんの日本人観光客がお茶を買いに来ていた。折角なので最近の様子を見ようかと思い、店の前まで行ったが、なぜか入らずに帰る。

 

少し休んでいたら、無性にとんかつが食べたくなる。そこで百貨店地下のとんかつ屋へ行き、食べる。午後5時代なのにお客が多くビックリ。ある意味で日本のサボテンや和幸で食べるよりは、コスパがよいかもしれないな。それにしても、台湾人女子が一人で来て、とんかつとご飯お替り、そしてもう一品ペロッと食べている姿はすごい。

 

帰りに気になっている本を探しに本屋へ。検索してもらうと残念ながら売切れ。どこかにないか、と聞いてみると、別の本屋ならあるだろうと言い、場所を教えてくれた。そこはバスで30分ぐらい離れた場所だったが、流れで行ってみる。だがそこで『うちも売切れだよ。他の本屋がうちの在庫が分かるわけがない』と言われて思わず納得。しかしなぜ別の本屋を紹介したのだろうか。因みにこの本屋では出版元まで電話で確認してくれたが、無い、の一言であった。後日国家図書館でこの本を見つけて読んでみたが、必要な個所はごく一部で買うほどのことはなかったと分かる。

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