ある日の埔里日記2017その4(11)国軍英雄館で朝食を

10月1日(日)
再び坪林へ

翌朝はゆっくり起きて、坪林に向かった。もう慣れてしまった新店からのバス。日曜日で多少人が多いと思い早めに行ったが、その必要もなかったようだ。11時前には目指す祥泰茶荘に着いた。僅か半月前にも来た場所だが、前回は出張で不在だったアカ君が今日は待っていてくれた。

 

彼は本当に勉強熱心で、茶作りの方も常に研究を重ねている。同時に私が質問したい茶の歴史に関しても、色々と本を読みこんでおり、その資料を探してくれたりするから、有り難い。包種茶の歴史は、少しずつ分かってきているが、先日の新竹横山のように突然飛び出してくる産地などもある。そうなると経験がものをいうのでお父さんが登場する。

 

お茶は清香型のものから、中発酵、焙煎のものまで、様々な種類の茶を購入した。これをセミナー開催時に使うことにしたが、まずはその前に原稿の締め切りに間に合うように、資料を整理し、分らない点を明確にする必要があると、今日も話をしていて痛感した。包種茶を舐めてはいかん、実は奥の深い歴史を持っているのだ。

 

昼過ぎまで話し込み、お茶を飲み、疲れたので、そのまま台北へ帰った。いつもなら、もう一、二軒は寄っていくのだが、どうも気力がない。今日の状態ではこれ以上の成果は出ないと判断した。実は台北で行きたいところがあったのだが、その、永康街にあった秋恵文庫が、まさか昨日で閉店してしまったことは、大きなショックだったと言えるかもしれない。あそこには多くの資料が残っていたはずだ。何とも残念でならないが、これも致し方ない。

 

午後は休息に当て、夜もゆっくり休むことにした。腹だけは減ったので、吉野家に向かう。何で明日日本に帰る人間が吉野家へ行くのか、自分でも疑問だが、私は既にある意味日本人ではないので、自分が食べたい物を食べたいときに食べるのがよいとしている。久しぶりに牛丼を食べると意外に美味いのだ。コーラを飲みながら牛丼を食べる、これが台湾だったが、今やコーラは出て来ない。

 

10月2日(月)
国軍英雄館で朝食を

今日は午後便で東京へ向かう日。朝は早めに起きて、西門町へ向かう。西門町なんて、何十年も行っていない場所だ。MRTの駅を降りると、意外にも広々とした空間に出た。指定された場所は役所街だったようだ。その中に、何ともいかつい名前のビルがあった。国軍英雄館!

 

よくわからないが、外国人が入ってよさそうな場所とは思えない。そのビルの前にTさんを発見してホッとする。今朝は30年来の知り合いのTさんと朝食を一緒に食べることにしていたのだ。それにしても不思議な空間に来た。ビルに入り、2階へ向かう。そこには確かに食堂があった。そして大勢の地元の人?が朝ご飯を食べている。

 

ホテルのビュッフェのような朝食だった。自分で好きなものを取り、勝手に席につき食べるだけ。料金は130元。お粥などの台湾風、トーストなどの洋風が並んでいる。この料金が高いか安いかは人によるだろうけれど、何とも珍しい場所で、それもそんなに高くない料金で利用できるのは面白いと思った。本来は軍人さんのための宿舎で、そのための朝食だったのだろうが、今や民間人に開放されている。台湾各地にこのような宿泊施設はあるようだ。いつか機会があれば、一度ぐらい利用してみたい。

 

Tさんと別れて、駅の周囲を見渡すと、何だか懐かしい赤レンガの建物が見えた。西門紅楼という日本時代に建てられ、その後公設市場になった場所。光復後は劇場や映画館として使われたらしい。現在は改修工事中で中を窺うことは出来ない。後ろの建物は観光客向けショップのようだが、まだ開店していない。

 

そこからバスで戻るかと考えたがいつ来るかわからないので、取り敢えずMRTに乗り、宿泊先に帰った。荷物を取り出し、今度は近くのバス停から台北駅行バスを探す。バスは何本もあるのだが、一番空港行バス停に近いバスを探す。これは意外と重要だった。大きな荷物を引き摺って歩くのは思いの他、汗が出るのだ。

 

空港バスに乗り込めば、後は桃園まで連れて行ってくれるのでお仕事は終了だ。MRTがあるのは分かっていてもやはりバスがいい。空港でもいつものルーティンをこなしていると、出発時間となり、エバ航空は定刻にスタートする。機内では食事は食べたが、後は爆睡してしまい、気が付けば着陸態勢に入っている。疲れがたまっているのだろうか。理想的なフライトだった。

 

成田で問題なのは、LCCに乗ってきた場合、第3ターミナルにつけば、東京駅まで1000円で行けるバスに簡単に乗れるのだが、エバは第2ターミナルなので、空席がないと乗れないのだ。しかも京成ともう一社が非常に面倒な関係で、10分おきに運行されているが、いつ乗れるかははっきりしない。今回は最初の1台に乗れなかったので、止めにして、電車で帰った。誰でもわかりやすい、利用しやすい航空バスであって欲しい。

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