ある日の埔里日記2017その4(7)花蓮散策

花蓮散策

自強号に乗れば1時間ちょっとで着くはずだった花蓮に2時間かけてようやく到着した。これも旅としては良いだろう。ここは日差しが強い。駅前をうろつき、ちょうどよさそうなホテルを探す。少しきれいなホテルがよいと思い、入った所は1泊1000元だったが、取り敢えずそこに泊まることにした。

 

そして腹が減ったので、フロントに『花蓮の名物はなにか』と聞いてみると、『扁食』という答えが返って来た。どこに行けば食べられるのかと聞いてみると『ここからちょっと遠い』といい、道順を教えてくれたが、結局面倒になり、バイクでそこまで送ってくれた。何と親切なことか。

 

花蓮の街の中心は駅前ではなく、そこからバイクで10分ほど行ったところだと分かる。バイクから降りて、街を歩くとすぐに扁食の店があったので入る。扁食とはワンタンのことである。ここでは基本的に雲吞スープを売っており、皆がそれを食べている。私も70元のものを食す。正直何故花蓮名物がこれなのか、不思議に思う。他にないからだろうか。

 

少し暑いがそのまま花蓮の街の散策を始めた。街の様子を理解するには歩くのが一番だ。海辺までは遠いようだったので、大きな道を歩いて行くと、突然日本家屋にぶち当たる。日本統治時代は軍関係者の宿舎だったというが、今は史跡指定を受けて一般開放している。大きな木が印象的だ。ただ残念なことに参観者は全くおらず、日本の演歌が空しく響いていた。

 

更に歩いて行くと松園別館と書かれた看板が見えたので行ってみる。そこは高台にあり、階段を上って行くとかなり足が痛くなる。その門に辿り着くと、入場料50元を払い中へ。そこからは花蓮の海がよく見える絶好のスポットだった。しばし海を眺めて和む。いい風も吹いて来る。

 

松園別館は、戦争末期に花蓮での兵役募集・管理のために作られた施設、旧名を『花蓮港陸軍兵事部』という。ここで終戦を迎えた軍幹部の中には、自決した者もいたらしい。光復後は米軍軍事顧問団のレジャー施設として使われたらしいが、地元では長年幽霊屋敷のような扱いだったのではないか。その後ホテル建設計画があったが、保護運動により今日に至る。日本時代の軍施設としてほぼ完璧に保存されている稀な建物だ。

 

現在園内には4棟の建物が残されている。母屋は2階建てで、今は展示スペースなどに使われている。その廊下からはやはりきれいに海が見え、まるで映画のロケにでも使えそうな雰囲気を出している。若者が自撮りに余念がないのも頷ける。他の建物にはカフェが出来ており、居心地のよさそうな空間が用意されている。庭には松の木などが沢山植わっており、素晴らしい。

 

土産物を売る店も作られていた。実は入場料には30元に買い物券が付けられていたが、土産を買わない私は水を一本もらい、渇きを癒した。それから元来た道を降り、30分ほど歩いてホテルまで帰った。暑くてのどがカラカラになる。飲料をコンビニで買い、部屋でぐったりと休む。

 

夜になり、夕飯を食べに外に出た。駅前の食堂に入り、鶏肉飯を頼むと、何と魯肉飯と同じような小さな椀で出てきた。埔里で食べる奴は野菜などが添えられており、ボリュームがあるのだが、これでは夕飯にならないとおかずを三品ほど足した。僅か三品だったが、会計すると意外なほど高く、店のおばさんが計算を間違えたのかなとは思ったが、面倒なのでそのまま払って出てきた。だがそれからずっとそのことが頭から離れない。やはりはっきりさせるべき時はきっぱり言うべきだった。最近では珍しい後悔だ。疲れてはいたが、何となく寝心地も悪い。

 

9月21日(木)
プルマ号で

今朝は早めに起きて散歩に出た。朝食は繁盛している店に入り、サンドイッチと紅茶で済ませる。それから街中を歩き回り、古い建物などを見て回る。まだ花蓮には老建築が少し残っていた。朝は比較的涼しいので、散歩には適している。本当は海を見るべきだが、一昨日車から見たので、今回はカットした。

 

花蓮発のプユマ号に乗り込む。これだと一番早く、且つ台中まで一気に行けるのである。但し昨日切符を購入した時、『4人掛けの席しかありませんがいいですね』と聞かれた。とにかく一日に何本もない、常に満員の列車なので、それでよいと答えたが、車両に乗り込むとその意味が分かる。基本は新幹線のように2人ずつ進行方向を向いて座るのだが、家族用に2人ずつ向かい合わせの席を2-3、用意しているのだ。

 

知り合い同士ならよいが赤の他人だとちょっと気まずい。その上座席が狭い。窓側の進行方向逆向きの席は最悪だ。隣のおじさんは寝ているので勝手に席を立って動くこともできない。その上逆方向で長時間同じ姿勢でいると普段の倍以上疲れることが分かった。何とか4時間の乗り切り、電車を降りた時はぐったり疲れた。この4人掛けの席は廃止すべきだと思う。

 

それからバスで埔里に戻って休む。夜は広島のお茶好きKさんがやってきたので、宿の主人と共に夕飯を食べる。ちょっと立派な定食屋なのだが、メニューに大阪風とあったので頼んでみた。何とメインディッシュがお好み焼きという訳だ。取り敢えず美味しく頂き、宿で少し話をした。

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