スリランカ お坊さんと行く紅茶畑の旅2012(8)シーギリア 観光費用の高いスリランカ

Tree of Life

帰りの車の中で、ウトウトと寝込んで仕舞う。気が付くと既にかなり寺に近くなっていた。実はもう一か所、行きたい所が出来ていた。Tree of Lifeと書かれた場所がキャンディと寺のある村の間にあったのだ。昨晩ガイドブックを見ていると、アユルベーダのマッサージなどが受けられると書いてあり、印象に残っていた。

急いでそちらに向かってもらう。幹線から入るとそこは森の中。かなりの森を抜けていくとそこにTree of Lifeはあった。受付のある建物は1900年に建てられたもの。実にいい感じで建っている。案内を乞うとマリーという女性が出て来て先へ進む。ここはホテルだったのだ。全部で43室、普通の部屋が35室、コテージが2つ、スイートが2つ、そしてビラタイプがある。

広い広い庭をゆっくり歩いて行くと最初に客室のある建物があり、そこから上ると子供の遊び場があり、プールとレストランが見える。その向こうに客室、ビラが続く。周囲は森と茶畑、この雰囲気はどこかダージリンを思い出す。

このホテルは17年前に出来た。何とオーナーは日本人。レストラン前にあるマッサージルームでは、アユルベーダによるマッサージ(治療)が行われる。3日コース、7日コースなどがあり、各人の体調や気候状況などで療法が異なる。マッサージ師の中に日本語が出来る人もおり、日本人にも好評だという。

ただ日本人でここを訪れるのは殆どが60代の団体客。マリーは「何故若い人は来ないのか」と逆に質問してきたので、若者にはお金も時間もない、と答えておいた。実はこのホテルのコンセプトの一つとしてハネムーン客に来て欲しいようだが、日本人の利用はあまりない。途中にはハネムーンブリッジと名付けられた橋もある。

部屋はコロニアル風で落ち着きがあり、何よりバスタブが大きい。バルコニーから森を眺めて過ごすことも出来、快適だ。食事は朝晩付きで基本はビュッフェ。土曜日はBBQディナーなどの趣向も凝らされている。料金は朝晩付きで1泊140ドルとか。アユルベーダは1回80ドルぐらいから出来るようだ。勿論Wifiもあり、テレビもあるが、偶にはこんな場所で何もしないで過ごしたいものだと、ディンブラの濃い目の紅茶を頂きながら、そう思った。

夜は自分でお湯を用意して、体を洗う。ある物で足りるように努力する。重要な気がした。

11月13日(火)  タミルの祭り

朝6時前に起きて外を眺める。相変わらず天気は良い。今日は遠出するので早起きし、サッサと朝食を取る。朝からご飯を食べるのにも慣れた。ご飯の付け合せは毎回変わる。今朝はなすと干し魚が入っていた。これはなかなか美味。7時半に運転手を待つがやって来ない。どうやら寝坊したらしい。普通なら怒る所だが、その待つ時間、寺の庭を眺め、ゆっくり過ごす。運転手も疲れている。寝坊するぐらい睡眠を取った方が私の安全のためになると思える。リスがバナナの木にぶら下がる。面白い。

朝から寺にやって来る親子がいた。聞けばタミル人だという。今日はタミルのお祭りで祝日。タミル人の殆どはヒンズー教徒と聞いていたので、彼らが寺にやって来たことは少し意外だったが、タミル人の中にも寺を訪れ、参拝する人もいるという。彼らは何か寺に食べ物を届けに来たようだ。

夫婦に子供3人。小学生ぐらいの男の子、幼稚園ぐらいの男の子に小さな女の子。典型的なファミリーらしい。何となく好ましい雰囲気が感じられる。一家の主人たる男性が私に向かって身振りで何か語りかけている。良く見ると寺の茶樹を指して、摘む真似をしていた。そうか、彼らも茶業の為にインドからやって来たタミル人の子孫なのだ。実はこの付近にも多くのタミル人がシンハラ人と共存している。実に身近な茶の歴史がここにあった。

7. ダンブッラとシーリギリヤ   ダンブッラ

8時過ぎに運転手がやって来て出発。いつものキャンディへ行く道とは反対、北へ向かう。流石に寝坊して遅れたのを気にしてか、少しスピードを上げる。近道だと言って、狭いが誰も通っていない道を行く。1時間ほどでマッターレと言う街に出る。ここには確か名古屋に本社がある陶器メーカー、ノリタケの工場があったはずだ。彼らは40年も前からここで生産を行っている。スリランカを代表する日本企業である。

メイン道路はそれほど悪くない。スーッと車が走り、10時過ぎには最初の訪問地、ダンブッラの寺院に到着。何と目の前に巨大なGolden Buddhaが高々と祭り上げられている。その前へ行くと博物館と書かれているが、無視して脇の階段を上る。世界最大の大仏とある。高さ30m、1997-2000年までかけて建造された。確かに大きい。

一旦降りて今度は洞窟寺院に向かい上る。この階段が急なうえ、相当数があり疲れる。途中で物売りが近づいてきたり、フルーツを売る人もいる。サルも沢山おり、人を襲ったりはしないが、特に人を恐れる様子もなく、犬や猫のように寛いでいる。

物凄い階段を登り切り、上へ着くと流石にいい景色だ。靴を預けてさて、寺院にはいろうとすると、「チケット」と言われる。ここまで一度もチケットオフィスを見なかったので、ここで買うのかと思いきや、何と「下まで戻れ」という。それはないだろう、いくらなんでも。チケットオフィスの表示すらどこにもないのだ。何と不親切な、と言ってみても始まらない。ここが中国ならちゃんとお金を取る仕組みをすぐに講じるだろうが、スリランカは違う。結局寺にはいれず、中がどうなっているのも分からない。外国人から多額の入場料を取ろうとするスリランカ、所詮はガイドがいる団体客しか念頭にないということ。この点は利用者の便を改善しないと、将来が思いやられる。

何となく不機嫌に下へ降りていく。物売りも不機嫌な人間にはあまり近寄らない。預けた靴を取り戻したが、金は請求されなかった。偶にはそういう人間もいるのだろう。下まで降りたが、結局チケットを売っている場所は見付からなかった。後でガイドブックを見ると建物の裏にあって見逃す恐れあり、となっていた。何とも不思議な寺だったが、世界遺産を見損なったのは残念。

シーリギリヤ

ダンブッラから30分ほど、かなり良い舗装道路を行くと、シーリギリヤへ着く。ここにはシーリギリヤロック、と呼ばれる岩山があり、一大観光地となっている。遠くからでも絶壁と見える岩山に壁画を描き、あまつさえ、そこに王宮を建てて住んだ王がいたというから驚きだ。

先ずは先程に凝りて、チケット売り場を探す。入場口には相変わらずチェックポイントの文字しかなく、チケット売り場を示す何の手掛かりもなかった。聞かなければ何も分からない仕組みだ。数百メートル向こうに歩くとようやくチケットオフィスがある。しかしここのチケット、何と30ドルもする。ちょっとしたゲストハウスに泊まっても20ドル、それなりのレストランで食事をしても10ドルかからない国で、30ドルとはいくらなんでも取り過ぎではないか。勿論外国人だけが支払う。

こんなことをしていては、スリランカに来たくないと思う観光客も増えるのではないだろうか。少なくとも私はもう観光地へは行きなくない。ただ反対にスリランカの立場に立つと、産業があまりなく、観光に頼りながら国を発展させていくためには致し方ない手段だとも言える。それとしても、係員に愛想が無く、これだけ払ってもまだガイドを別に雇わなければならないシステムは改善すべきであろう。

シーギリヤロックは予想以上に険しかった。水路や水の広場を通過すると、急な階段が続き、洞窟が見える。洞窟寺院の跡であろう。観光客でも高齢者はかなり難儀しており、若者は汗だくとなる。20分ぐらい歩いてようやく山の中腹に出る。そこからは下が一望でき眺めが良い。

そしてそこにチケットのチェックがあった。何でこんな所に、と言っても仕方がない。その上には金網で守られた螺旋階段があり、上にはフレスコ画があるとのことだったが、高所恐怖症の私はこの辺から既に気分はパス。一人ミラーウオールという回廊を抜ける。そして岩肌にくっついて作られた鉄の通路。この辺はもう限界。更には頂上へ上るとても急な階段。信じられないほどに高い所へ上って行くようで、断念。そこから下へ降りた。

後は会議堂跡、ブッダの玉座があったというアサナ礼拝堂を通り、私のシーリギリヤは終了した。残念ながら30ドルの元を取り戻すには遠く及ばず。駐車場脇にはレストランや土産物屋があったが、ジュース1杯、250ルピーという表示を見て直ぐに退散した。ここはなんでも高いのだ。

ランチはスマが用意してくれたお弁当。私にはパンと卵、運転手にはチキンカレーだった。実にすばらしい心遣いだ。この付近の食べ物が異常に高いことを知っての行動だろう。道路沿いの売店でスプライトを買っても街の2倍はした。あまりお金のことばかり書きたくないが、正直こういう場所が一番苦手だ。




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