厦門で歴史茶旅2018(2)茶業商会と厦門茶廠を訪ねて

11月21日(水)
茶業商会理事長を訪ねる

今回中国で使うシムカードは松山空港で購入してみた。中国国内のシムカードでは残念ながらFBやツイッターを見ることは出来ないが、長い期間連絡を絶つこともできないので、海外のシムカードを買うことになる。今回買ったシム、7日間で630台湾元だが、十分に使えた。電話は使えないが、これがあれば、中国内でもなんとかなるので有り難い。

 

そんなスマホを使って向かった先は、厦門茶業商会の張理事長。彼の茶荘は、地下鉄嘉禾路駅の近くにある。取り敢えず一番近い駅、斗西路口駅から軌道に乗り、地下鉄1号線の文灶駅に乗り換えようとした。ところが同じ名前の駅なのに、実はこの2つの線は全然繋がっていないことが判明。スマホで位置を確認して歩いて10分も掛けてようやく乗り継いだ。1年前に出来た地下鉄はとてもきれいだったが、空いていた。こんな不便があるからだろうか。

 

何とか嘉禾路駅に辿り着き、歩いて指定された茶荘まで来たが、まだ朝早く、店は閉まっていた。そこへちょうど今回の紹介者である郷土茶業史家の沈先生もやってきたので、電話してもらい、中へ入った。張理事長は茶商として、日本企業との付き合い(茶葉輸出)も多かったと言い、簡単な日本語を話したので驚いた。

 

長年厦門市茶商協会の理事などを務めていたが、お役所である協会に限界を感じ、2013年に茶業商会を設立したという。当然多くの茶商を知っているが、その資料は協会にも商会にも殆どないという。ただ張理事長もやはり安渓大坪出身であり、鉄観音茶の歴史、いや歴史的人物の紹介を受ける。これはとても有り難いことだった。また鉄観音茶は100年前からその形状はそれほど変わっていないこと、そしてそれほどには有名ではなかったことも教えてくれた。

 

張氏は茶商としてよりむしろ評茶師として有名だという意外な話もあった。そのため様々な茶が中国中から持ち込まれ、美味しい茶も手に入り易いらしい。ただ近年の中国茶全般についての評価はかなり厳しく、彼は厳選した茶だけを売るようになったらしい。お土産に雲南の高山紅茶をくれたが、何となく台湾的だった。

 

一度宿に戻る。乗り換えるのが面倒で、中山公園まで地下鉄で行き、そこから歩いた。また厦門にも古い街並みがそこここに残っている。腹が減ったので、沙茶麺を食べる。今では厦門中どこにでもある沙茶麺、私が入ったのはチェーン店で、器は紙で味気ない。値段はどんどん上がっている感じで、いくつかトッピングを加えると20元にもなってしまう。

 

午後は銀行に出掛けた。窓口でちょっと手続きをしたのだが、何と支付宝への入金の仕方を忘れてしまい、係員が親切に教えてくれた。実はその時、パスポートから書類を落としてしまっており、後で電話がかかってきて知らせてくれた。今や銀行窓口は比較的すいており、対応も親切になっている。

 

沈先生が午後のアポも取ってくれた。鉄観音茶輸出の歴史なら、輸出入公司に行くべきだと言い、私はバスで指定された場所へ向かった。そこは旧市街からは少し離れていたが、茶工場がまだ残っており、周囲に微かに茶の香りがした。元の国営厦門茶廠(移転後)がここだった。

 

今は中茶で統一され、その傘下となっている厦門茶廠。1954年に中国茶業公司の厦門事務所としてスタートし、その後周辺の茶廠、茶商を収容して国営化していく。実は先日ヤンゴンで訪ね当てた張源美という茶商もこの時、ここに併合されている。その後文革を経て、1979年に改組され、改革開放を歩んでいく。その頃に出てきたのが鉄観音茶だったともいえる。

 

オフィスではなく、その販売店舗で先生と待ち合わせた。そこへ日本向け輸出担当スタッフなどがやってきて、烏龍茶輸出の歴史を語り出す。特に1970年代の終わり、日本向け輸出が始まった頃の話、その後急速に輸出量が伸びていく辺りは、面白い。ただ烏龍茶ではあるが、鉄観音茶とは誰も言っていない。

 

1970年に製造された鉄観音茶が残っていた。水仙もある。さすが中茶だ。だが『こういうものは飲まない方がよい』と言われ、写真を撮るだけになった。80年代の茶缶も登場したが、鉄観音茶はその頃ようやく名前が売れ出したのだろう。安渓県政府が鉄観音茶のブランド化に尽力した話なども出てきていた。

 

最近は利益優先の企業集団として、様々な茶の開発に取り込んでいるという。今回飲ませてもらったのは、烏龍茶を後発酵させたブロック茶だった。この茶葉は口当たりも悪くなく、体にも良い、として、売り出す予定らしい。茶葉が大量に余り、売り先に困る昨今、企業は様々な工夫をしている。

 

バスで宿に戻り、そのすぐ横にある梅記に立ち寄る。ここには以前お世話になり、安渓西坪の工場にも2度お邪魔し、泊めて頂いていた。1875年に厦門に店を出した老舗であり、歴史調査でも重要なところの1つである。店長の王さんは若いが歴史に興味があり、今日も西坪出身の茶商の話をしてくれ、参考になった。

 

夕飯は近所の鴨肉屋でご馳走になったが、そこの燻製鴨肉は実に味が良かった。更にはかなりあっさりした鴨肉麺を食べながら、叉焼などを頬張ると幸せになれる。こういう食事が簡単に出来るのは実にありがたい。

厦門で歴史茶旅2018(2)茶業商会と厦門茶廠を訪ねて」への1件のフィードバック

  1. 偶然、ここにたどり着いたのですが、面白いですね。やめられなくて困ります。
    どうぞ、お元気で、旅をお続けください。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です