広大な茶畑を眺める貴州茶旅2017(6)福州散歩

5月1日(火)
福州散歩

朝はゆっくり起きた。今日は特に予定もない。この旅はほぼ終わりだが、私にとっては旅の中休み。何となく粥が食べたくなり近所で探す。白粥のおかずとしてなぜか角煮を選んでしまう。まだ肉へのこだわりがあるのか。折角なので少し福州の街を歩いて見ようと思う。行く当てがないと寂しいので、博物館を目指す。ただそこは省や市の博物館ではなく、個人の物らしい。ネットで検索したら出てきたので行ってみる。

 

バス路線も一本で行けることが分かったので気楽に乗ってみる。バスは閔江を越え、倉山区に入る。この一帯は150年前頃、外国商人が入り、領事館なども作られた地区だった。ただ目的地の博物館は単なる一族の祠であり、しかも閉まっていた。いきなり出鼻をくじかれる。

そこから川沿いに戻り少し歩いて行くと、数年前魏さんの会社の人に案内してもらった、煙台山の旧外人居住区が見えてきた。ただこの辺の川沿いの開発はすさまじく、かなり変わってはいた。前回はアメリカ領事館跡などを探したが、教会のところへ登っていくと、そこは数年前と変わらぬ、昔の家並みが見られてちょっとホッとした。ただ一部は豪華な別荘などに生まれ変わり、お金持ちが高級車で見学に訪れていた。

 

たまに歴史が書かれたプレートが嵌っているところもあったが、歴史保存がそれほど進んでいるようには見えない。残るべきものは一応残っているので、早めに保存した方がよいと思うのだが、どうだろうか。下まで降りてくると大手ディベロッパーがここを保存しながら再開発すると書かれているが、うまくやって欲しい。

 

川沿いにはロシア風の大きな建物が目立っている。橋を渡ってそこへ行ってみたが、歴史的建造物ではなく、単なる商業施設のようで、雑貨の卸の店などが数多く連なっている。ただ連休中のせいかお客は少なく閑散とした中、皆昼寝をしたり、昼飯を食っている。その昔はこのあたりで外国商人と地元民が激しいやり取りをして、輸出がされていたのだろうか。

 

福州にも地下鉄が走っているというので、その駅を探したが、歩いて行くと遠いので、結局バスを待って宿に帰った。帰るとすぐに魏さんから呼び出しがあり、また紅茶屋へ行く。ここには紅茶に関する本がたくさん並んでおり、パラパラめくりながら勉強する。すると魏さんが『今晩は呉さんのところへ行こう』と言い出す。呉雅真さんは、中国では知られた茶芸の先生、紅茶の本も出されているので、ちょうどよいとその話に乗る。

 

宿で休んで日が暮れる頃、魏さんと出掛ける。呉さんのお店は5年前に一度伺った切りで場所も忘れてしまっていた。ここはレストランであり、夕飯を頂く。ここの料理には福州の食べ物があり、美味しく頂く。貴州に一緒に行った林さんと魏さんの親戚のネイさんも加わる。

 

呉さんはちょうど私が上海の復旦大学に留学していた頃、そこの学生だったというので、一応同窓生ということになっている。今や中国全土で名が知られている彼女、本にサインを頂き、有り難く持って帰る。この本、中国紅茶の各茶産地がかなり詳しく載っているので、とても参考になる。

 

 

お店は繁盛しており、呉さんは忙しいようだったので、食事の後は林さんが勤めるプライベートサロンに場所を移してお茶を頂く。さすが茶芸師の林さんが丁寧に淹れてくれる岩茶が何ともふくよかでおいしい。サロンは実に落ち着いた空間であり、久々に本格的にお茶を味わった気分だ。近くにこんなところがあれば、時々お茶を飲みに来るんだがな。因みに林さんは花道も嗜む。

 

5月2日(水)
空港へ

翌朝は5時に起床、市内バスで空港バス乗り場へ向かおうとしたが、早過ぎて始発まで間があり、仕方なくタクシーで行く。ちょうどバスは出たばかりで20分ほど待ったが、それでも次のバスに乗り、予定より早く空港に着いてしまった。まあチェックインは出来たので、後は空港で時間を潰す。魏さんの元泰空港店もあったが、さすがに早過ぎて人はいない。

 

五一の連休とは言っても国慶節や旧正月ほど長くないので、特に混んでいるという印象はない。また中国人の台湾訪問はかなり減っているということで、乗客は台湾人の方が多かったようだ。少し遅れるとのアナウンスはあったが、ほぼ問題なく飛び、今回は桃園に着いた。

 

今回の旅は突然だったが、貴州の茶産業、とても興味深く見た。中国の地方へ政策がどのようなものであり、また茶業を観光業とマッチさせ、発展を促そうとしているところなど、日本も見習うべき点があるように思う。

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