インドでアユルベーダを2017(2)両替騒動からプネーへ

両替

空港の出口を出る前に一仕事ある。それは両替。昨年11月、モディ首相は突如500ルピーと1000ルピーの高額紙幣を廃止し、新紙幣を発行した。だがその新紙幣の流通は遅れており、各地で混乱が続いていると報じられていた。私も3年前に両替して残ったルピーを持っていたが、それは紙くずとなるはずだった。

 

両替所には日本から来た観光客などが列をなしていた。表示を見ると『両替制限、1週間5000ルピーまで』と書かれている。やはりまだ制限は続いているようだ。日本人は1万円札を出して、5000ルピーを受け取っている。両替レートの表示は5200ルピーなので、その手数料は相当に高い。しかもこれで1週間両替できないとなると、どうやって旅していくのだろうか。まあ、私の場合は最終目的地、プネーに行けば、知り合いがいるので、問題はないのだが。

 

午前2時半には出口を出た。プネー行きの国内線の出発は午前5時。あまりに順調でまだ時間はあるがさてどうするかと周囲を眺めてみると、携帯屋が目に入る。夜中でもシムカードが買えるのは素晴らしいと思い、立ち寄る。昔はインドで携帯を使うのは大変だったが、3年前でもインド全土で使えるシムカードを買った記憶があり、安心し切っていた。

 

1050ルピーで1GB、電話代330ルピーがセットされているという。係員はパスポートをコピーし、自ら申請書を書いてくれた。そして明日の正午ごろ、所定の番号に電話して、シムカードを使用可能にする手続きを取らないと使えないと告げる。そうか、本人確認などで、すぐには使えないのだ。まあ、私はこれからまた飛行機に乗るし、明日の昼でもよいと諦めて、購入した。

 

国内線ロビーの方に歩いて行くと、途中にトランスファーデスクがあった。ダメもとで聞いてみるとエアインディアはここでチェックインできるという。さすが地元。チケットを受け取り、そのまま荷物検査へ進めた。尚荷物は東京からずっと預けず、機内に持ち込んでいた。万が一フライトが遅れた場合、乗り継ぎに間に合わないことを恐れたのだが、杞憂に終わる。

 

ただインドの空港の手荷物には苦い経験がある。荷物検査の時にタッグを付けていないと、検査済みのスタンプを押してもらえず、そのまま通り過ぎると、搭乗口で搭乗を拒否される。そうなると、検査台まで、場合によってはチェックインカウンターまで戻らなければならかった。しかし今回はタッグがなくても、すぐに予備のタッグを付けてくれ、スタンプもきちんと押してもらえた。そんな些細なことが嬉しいのがインド。

 

歩いているとCitibankATMが見えた。私はカードを持っていたので、試しにルピーの引き出しを試みたが、なぜか拒否されてしまった。限度オーバー、といった表示だったので、どうやら先ほどの両替で上限いっぱいを使ってしまったようだ。いや、しかし海外発行のカードまできちんと管理できるとすれば、インドのシステムは優れものだが、果たしてそうだろうか。

 

217日(火)

プネーへ

空港内を歩いていると、エアインディアのマスコットキャラクターが可愛らしい。久しぶりにエアインディアに乗ったのだが、スターアライアンスメンバーにもなったということで、何となくサービスが向上したように思ってしまう。機体は古いままだったが、CAが何となくにこやかで、朝5時に出るカレーも美味い!紅茶も他社と比べれば本格的な雰囲気がある。午前5時のフライトに客がそれなりに乗っているというのは凄い。インド人は巨体の方が多いので、席が小さく見える。

 

 

午前7時前、定刻通りプネー空港にランディングした。ここまで総飛行時間約12時間、昨日の昼前に家を出てから、ほぼ1日が経過していた。それでも疲れはあまり感じられない。インドにおける様々なストレスから、徐々に解放されているような感覚がある。空港は小さいので、すぐに出口まで着く。預け荷物もなく、外へ出ると、懐かしのラトールさんが待っていてくれた。朝早くから申し訳ない。

 

空港を振り返ると何だかとてもきれいになっている。リノベーションしたらしい。客待ちしているリキシャーも何となく小ぎれいになっている。外を走っている車も新車が増えている。3年ぶりのプネーは見違えるほど明るい。それは朝日が昇って来たからだけではなさそうだ。ラトールさんの車に乗り、市内へ向かう。まだラッシュ時間ではないのでそれほど渋滞はなかったが、プネーでも朝晩の渋滞はかなりひどいらしい。

 

私がプネーに来るのは4回目ぐらいになるが、いつも誰かの案内で動いているので、道は全く覚えていない。ラトールさんはしきりに『ここに新しい道ができた。ここにバイパスが通った、橋が架かった』と説明してくれるが、正直さっぱりわからない。それでもプネーがこの3年で随分発展した様子はハッキリと分かる。

 

懐かしのラトール家に行き、前にも泊めてもらった部屋でシャワーを借りた。この部屋も壁をきれいに塗り替えており、カーテンも代えられ、全てが新しく見えた。経済成長著しい国というのはこういうことだろうか。日本で言えば昭和30-40年代あたりに雰囲気かもしれない。旅の疲れを流すと、奥さんのチャイが美味い。これはどうやって作っているのだろうか。それから朝食も出してもらい、美味しく頂く。

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