ある日の埔里日記2017その6(15)講茶学院と台大図書館

次に講茶学院の台北店に向かう。ここはトミーのお姉さんがやっているというので、一度行ってみたかったところだ。場所は行天宮の近くのちょっと店が入り組んだ狭いエリア。次回一人で来られる自信はない。そんな中に、おしゃれな空間が存在した。お姉さんには初めて会うのだが、とても初めてとは思えないほど、馴染んでしまった。これも日頃、トミーと一緒に活動しているからだろう。

 

ここでは希望すればお茶のテースティングが出来るだけでなく、色々な説明が受けられる。ここのお茶の品質は既に朝確認済みであり、安心して飲める。W夫妻は嬉々としてお茶を飲み、質問を繰り返している。かなり香りがあるもの、水色がきれいな物など、6種類ほどを勉強がてら飲んでいる。ここはお店というよりは勉強の場であり、もし勉強したい人がいれば、日本語のできるスタッフもいるので、事前に予約した上で訪ねてみるとよいと思う。

 

トミーは用事があると言って帰っていき、我々は早めの夕飯に向かう。食事の場所はトミー姉が案内してくれたが、そこは先日行ったレストランだった。だが料理の注文まで彼女に任せたところ、やはりかなり違ったメニューとなり、それを更に美味しく頂いた。なんでこんなに美味いんだろうか、と言いながら、1日分以上食べた。その上W夫妻にご馳走になってしまう。今日も1日、充実していたな。

 

12月27日(水)
台湾大学図書館

翌朝は涼しかった。今日は東京へ行く予定となっているが、それは午後だったので、取り敢えず台湾大学に向かうことにした。台湾大学の図書館、ここには沢山の資料が眠っていると聞いていたためだが、何と今宿泊しているところから歩いても20分はかからないと知る。これもご縁だろうか。

 

歩いていくには、やはりスマホのマップが必要であった。台湾大学の裏門まで15分位だったろうか。近づくと、学生街らしい安い食堂があったりしてよい。大学内のキャンパスも広そうだ。どこか東大の本郷を思い出してしまう。図書館はほぼ中央?にあり、何とかたどり着く。古びているが立派な建物だ。

 

図書館に部外者が入るのには、手続きがいる。だがそれも設置されたPCを使い、入力すれば自動的に登録され、パスポートと引き換えにパスが渡される。ただ荷物の持ち込みは出来ないとのことで、地下1階にあるコインロッカーに入れに行くのがちょっと面倒だが仕方がない。やっと入館すると1階正面に伊能嘉矩の足跡を示す展示が行われていた。伊能嘉矩は日本統治時代初期に台湾全島を歩き、原住民を分類し、田畑の実態なども調査したという。その困難は大変な物だったろうが、今でもその時の調査記録が引用されるほどだから、当時の台湾にとっては重要な調べだったはずだ。

 

この図書館の5階には、日本時代の資料もあるというので、エレベーターで行ってみる。確かにそこだけ別枠になっており、中に入ると、受付がある。声を掛けられたので、『日本統治時代の茶の資料を探している』というと、PCで検索してくれた。私は注音が打てないので、台湾に来るとこういう羽目になるのだが、ここのスタッフはとても親切だった。

 

ただ思うような資料にはなかなか巡り合わない。時間もあまりない。何とかいくつか資料をピックアップすると、何とスタッフがそれを取りに行ってくれる。有り難いやら申し訳ないやら。一般開放していないのだろう。そして2つの資料をコピーしようと思ったが、何と地下のコピー室からおばさんがやってきて、『こちらでコピーする』というのには驚いた。しかも『すぐにはできないので、後で取りに来て』というではないか。

 

来月またここに来て同じ資料を出してもらい、同じ問答をするのもどうかと思い、予約金を払って、コピーをお願いした。まあ、今回仕組みが分かったので、次回はゆっくり勉強に来よう。その時、コピーを回収すればよい。急いで宿泊先まで歩いて帰り、荷物を取って台北駅からバスに乗り、桃園空港へ向かう。お決まりのパターンでストレスは何もない。年末の東京、電車も空いていた。

 

今年の茶旅が終わった。これまでと異なり、少し定住型に移行してみた。台湾茶の歴史、中国紅茶の連載のため、目的を持った茶旅に変化している。体を少し楽にして、その分頭を使えれば、それもまた良い。2018年も継続して、茶旅が続けられることを願うのみである。

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