《香港・華南・マカオ お茶散歩 2005》(2)

3.シンセン

(1)シンセンへ
Hさんとの昼食後、珠海をあとにする。バスでシンセンに行こうと思ったが、ホテルの従業員に『バスだと2時間半は掛かりますよ。』と言われてフェリーにしてしまう。九州港から蛇口行きフェリーは1時間に1本以上出ている。便利である。

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約1時間で蛇口に着く。久しぶりの蛇口は前にも増してコンテナが多くなっていた。コンテナ船も多く見受けられる。中国経済が急速に伸びている様子がフェリーの中からでも見て取れる。蛇口港には沢山の人が溢れていた。流石に勢いがある。出口でシンセンのホテル予約を斡旋していた。料金表だけ貰ってタクシーに乗り込む。

白タクの運ちゃんを振り切ってタクシー乗り場のタクシーへ。途中渋滞がある。平日の午後3-4時は結構混んでいたな、と昔を思い出す。結局フェリーでも2時間以上掛かって、羅湖駅前に到着。次回はバスを試してみよう。

ホテルを選ぶのは面倒なので茶葉世界の横にある新都飯店へ。この辺のホテルでもシンセンだから500元程度だと思っていたが、受付で研修生のバッチを付けた女性が出て来て1泊800元だという。しかしここで怯んでは中国旅行は出来ない。20年前は部屋を確保する交渉だったが、今は値段交渉で気も楽である。ああだ、こうだ、と言っているうちに何とか520元になった。蛇口の料金表は 価格交渉に大いに役に立った。

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(2)茶葉世界 武夷茶荘

シンセン茶葉世界。香港駐在中の2001年10月頃、初めて訪れて以降月に1度ペースで遊びに来ていた場所である。遊びに来た、という表現がまさにピッタリ。最初は恐る恐る入ったのだが、馴染みが出来るとそこに入り浸り、入り浸る店が増えていくと滞在時間が長くなった。1軒あたり1-2時間いるのであるから、一日仕事である。

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既に何度も色々な所に書いているので、敢えてここでは触れないが、店選びはフィーリングである。ここだな、と思ったところに入るだけ。大通りから階段を上がって2階へ。最初に目に付いたのは入り口付近の小さな店。それがこの世界との接点となった紅美の店。

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今日も行ってみると紅美はいなかった。全く知らない女性が座っていた。向こうも不思議そうに見ていたが、名前を出すと『ああー』という感じで走り出す。少しするとこの店のオーナー黄さんが登場した。前は居ないことが多かったが、どうしたのだろうか??

 

武夷山の岩茶が出る。この店は武夷山茶葉研究所の出先であったが、数年前に研究所は香港人に売却されたため、現在は違う所から仕入れて営業を続けている。最近の傾向を聞くと、『軽めのお茶』との答え。試しに大紅袍を飲ませてもらうと、確かに軽い。岩茶といえば、その独特の味わい、少し苦い、そして重いイメージがあるが、これはその独自性が感じられない。しかし味は美味い。これはどういうことであろうか。

典型的な岩茶、肉桂も飲む。こちらはあの岩茶独特の風味がある。日本人が飲むとすれば先程の大紅袍の方が好まれるかもしれない。一般的に日本人は緑茶に近い味を好む。一方大陸の人々は焙煎の効いた濃い目のお茶が好きなのである。

ところが最近大陸でも台湾茶などが入って来て、こちらの方が更に美味い、と思われるようになってきている。商業ベースで考えれば、消費者が美味しいと感じるお茶を作ることが重要であり、岩茶の伝統を守ることは二の次であろう。軽火で仕上げた美味しいお茶は、比較的高級な茶葉を使用していることもあり、人気となっている。因みに値段は5倍違う。

帰国後開いた試飲会では『この大紅袍は岩茶ではない。全体的な傾向ではあるが、特徴が無くなって来ており、どのお茶も同じに感じる。』などの厳しい意見も出たが、返って『肉桂が非常にリーズナブルな値段』であるなどの感想も寄せられた。今後岩茶がどうなっていくのか、要注意である。

(3)龍井堂

私が毎日会社で飲んでいるお茶は中国緑茶、龍井茶である。何故か?朝は目覚めが良い、そして便利だからである。当然ながら大量に消費する。本来高級茶であるので、偶に飲めばよいのだが、そうはいかない。一日1リットルは最低飲むので茶葉の使用量も半端でない。

香港に住んでいる時は無くなればここに来て買えばよかったが、日本に戻ってはそうも行かない。今回はいつも飲むお茶を確保することが目的。龍井堂はそこにある。店の前に行くとお客がいた。オバサンは中で愛想良くしていたが、私の顔を見ると驚いたように手招きする。そしてお客を追い出してしまった。いいんだろうか?

よく来た、よく来たと言いながら、落花生を差し出す。先ずは何か出さないといられないのだろう。田舎のオバサンという感じが好ましい。こういう歓迎の仕方には何となくは恥ずかしいものの感激してしまう。来てよかったと思う。

商売は相変わらず順調だと言う。シンガポールから大量のオーダーが入るらしい。恐らくはレストラン用の安い商品だろうが、100kg単位で売れれば、満更でもない。龍井茶を飲むお客とはどんな人達なのだろうか??日本人は緑茶好きであるから飲むだろうが、大陸の人はどうだろう。最近は中国国内でもブランド商品の販売が多く、売れ行きもよいという。

人々の往来が活発になり、収入も増えてくると、中国中の商品、特に有名ブランドへのニーズは高まる。日本人は一般の中国人が皆烏龍茶を飲んでいると誤解しているが、実際には8割方は緑茶を飲んでいる。その緑茶の代表格が龍井であるから、茶の世界ではトップブランドである。

しかも観光地である杭州に産地があるとなれば、観光客目当てでボロイ商売をしようという人間は必ず現れる。結局外国人だけでなく、他の地方から来た中国人も質の悪い龍井を法外な値段で掴まされる。知らない人間は龍井村に足を踏み入れるな、ということになる。実に不幸なことである。私も最近は一度も村を訪ねず、外で信用ある人々から買っている。

司馬遼太郎は『街道をゆくー江南の道』で龍井村を訪ねている。そこにはひたすら茶ことだけを考える若い女性村長の話が出て来る。お茶以外のことは分からないといった素朴な農民の態度が今は無くなっているのだろうか??

今年は天候不順で龍井茶も生産が遅れたらしい。所謂明前茶はどのくらい採れたのだろうか?オバサンは多くは無いとボソッと言う。私は有名な明前茶よりその一つ後の雨前茶を買う事にしている。その方が美味しいし、値段も安いからだ。何でも初物を有り難がるのは如何なものか??今回も大量に龍井茶を買い込む。これで会社生活を少しでも潤いのあるものにしなければ??

(4)その他

その後馴染みの台湾茶の店、子揚銘茶で許小姐とお話しした。最近台湾茶はよく売れるという。ようやく大陸中国人も本当のお茶の味が分かるようなった、ということであろうか??それとも一時の流行であろうか??個人のお茶の嗜好はそんなに簡単に変わるとも思えない。

許小姐は若いだけあって、可愛らしい物には直ぐに飛びつく。宜興の急須と同じ材質、紫砂で作った犬の置物に毎日お茶をかけ、歯ブラシで汚れを落としている。私も彼女から教わり家でお茶をかけているが、こまめに汚れを落とさない為、可哀想なくらい汚い犬になっている。最近我が家のお茶会に来る人にこの犬が好評で中には欲しいと言う人もいるほどだ。

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そういえば、この店のオーナーである台湾人から記念に蛙の置物を貰った。犬と同じで毎日お茶をかけるのだが、台湾人は三本足の蛙が大好きで、金運が強まると信じている。何と口の所には小銭が挟まれており、毎日この銭を三回回して『マネー、カムカム』と唱えるように言われた。そんな話は信用できないと思ったが、試しにやっていると確かにそこそこのお金が何故か巡って来た。実に不思議な蛙は今も家の玄関に飾られている。最近良いことがないので、再度『マネー、カムカム』をやらないといけない。

鳳凰単叢を売る鳳凰海源に李さんを訪ねる。『相変わらずよ』といつもと同じ姿勢で椅子に座り淡々と語る。本当に何も変化がないのか??周りの店の人々も特に変わっていない。子供達が走り回る。この空間に毎日座り続けていることは果たして幸せか?それとも不幸か?

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単叢の認知度は決して高くない。広東省に青茶があると言ってもあまり理解されない。日本でも一時的なブームはあったようだが、日々飲んでいる人はごく僅か。李さんはこのお茶の良さ、フルーティな香りの高さ、爽やかな味わいを分かってほしいと言う。私も是非サポートしたいが、このお茶は日本人には強すぎるような気がする。毎日飲むにはちょっと辛い。

(5)夕飯
既に結構な時間が過ぎていた。ホテルに戻り、どうしようかと考えて、後輩のK君に電話してみた。K君は忙しい中、夕飯を一緒に食べてくれると言う。有り難い事なのでホテルで彼を待つ。

K君は以前日本で雑誌記者をしていたが、数年前に一念発起??してシンセンに来て、雑誌を創刊した苦労人。我々などと違い、実に日中双方に様々な人脈を持ち、豊かな発想を持っている。香港駐在中は何度かシンセンで世話になっている。

あるホテルの中にある日本食レストランに行く。しゃぶしゃぶ食べ放題だという。腹一杯食べても日本円で1000円ぐらい。ビールも安いからご馳走しても大船に乗ってもらえる料金。シンセンの物価は兎に角安い。香港とは雲泥の差である。だから香港人が大挙シンセンの不動産を購入し、週末をここで過ごすわけである。珠海より交通費が安いので人気は高い。

感心したのはそこの女性従業員が実に礼儀正しく、また日本語が上手いことであった。K君によれば、最近シンセンでは優秀な従業員の引き抜き、引止めが企業の重要課題となっている。特に日本料理屋が増加しており、日本語の出来る従業員の賃金はどんどん上がっているようだ。

しかし香港で愛想の無い従業員のいる店で高い料金を払うより、ここで実に気持ちよく食事が出来ることは嬉しい。いや、香港ではなく、日本の従業員の愛想の無さ、融通の利かなさ、には正直イヤになっていたのが本音。競争原理が働いているといえばそれまでだが、今の日本では競争原理も働き難い。どうしたものであるか??

7月19日(火)
(6)紅美
翌朝の目覚めはあまり良くなかった。昨夜しゃぶしゃぶを食べながら延々とビールを飲んだせいだろうか??それとも旅の疲れだろうか??5日目に入った。珠海の朝は爽やかな海が感じられて良いが、シンセンの朝は騒音と埃に塗れていて、中国を感じさせる。

9時過ぎに茶葉世界を訪ねた。昨日戻って来た武夷茶荘の紅美は様子がおかしかった。何故か彼女は武夷茶荘の向かいの小さな店に座っていた。そこは彼女と初めて会った場所であった。どうなっているのか??彼女が小声で言う。実質的に独立したと。何だか複雑な事情があるようだ。兎に角明日午前、ここではなく三島中心で会おうと言う。三島中心にはもう一つの卸市場がある。

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紅美に伴われて三島中心へ。ここも茶葉の卸問屋がワンフロアーに並んでいる。しかしこちらを訪ねるお客は少ない。その奥の方に彼女の店はあった。結構広い。鉄観音が中心の品揃え。さすがに武夷茶荘を意識して地元からの茶葉の調達を控えている。やはり同郷で独立して商売していくのは、かなり難しいのだろう。

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彼女とは長い付き合いである。これからも応援していきたい。取り敢えず今回は各店で購入した茶葉を集めて彼女に送って貰うことにした。その後も電話一本で茶葉を日本まで送ってもらえる関係である。これは貴重。岩茶もちゃんと調達して送ってくれる。

茶葉世界は常に変動している。年に数軒、いや十数軒は店が入れ替わる。流行り廃りもあるだろうし、何らか無理をして店仕舞となる所もある。最近目立つのは後に入ってくる店をやる人間がお茶の世界と無関係なケースが増えていることであろう。昔は茶の産地の出身者、ようは茶葉を売り歩く為に出てきた人々が多かったが、近頃は趣味でお茶を始めて商売としてしまう人が出て来た訳だ。しかしこれは長く続かないから入替が激しくなる。

茶葉の質の変化も大きい。愛飲家の嗜好に答えると言う理由で、何となく軽いお茶が多くなった。焙煎の効いたしっかりしたお茶ではなく、生の香りを生かした軽いお茶が作られる。

紅美とは今後も良い関係が作れるだろう。彼女には頑張ってもらいたい。しかし商業主義でなければ生き残れない厳しい世界で彼女は独自の商売を展開できるのか?ちょっと心配ではある。

 

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