昼を過ぎていたので腹は減る。宿近くのチェーンレストランで鶏肉を食べようと入っていくと、何とキャフェテリア方式で食べたい物を取る。何だかよく分からないが、最後に無料ドリンクがあって、好感度高し!周囲で食べている人は従業員か宅配バイクの人ばかり、というのがかなり疑問だった。まあ鶏スープが飲めれば何でもよかった。


かなり疲れてしまい、午後は部屋で休息した。早めの夕食をとろうと思っていたが、午後5時頃激しい雨が降り出す。もう寧波で食事しなくてよい、というお告げかとは思ったが、最後にどうしても食べたいものがあり、雨の中、傘をさして一番近くの食堂へ向かう。何とその食堂はかなり込み合っており驚く。

私が頼んだもの、それは魚羹だった。ついでに紅焼肉も頼んで席に着く。メニューなどない、その場で素材を見て調理法で注文するシステムだった。予想はしていたのだが、当然一人では食べ切れない量だったが、食べたいのだから仕方がない。いやー、このとろみのある優しいスープが好きだ。小碗で何杯もお替りしたが、結局残した。それでも悔いはない。

5月17日(土)上虞に呉覚農を訪ねる
翌朝は晴れていた。宿の朝飯を軽く取り、宿を出て地下鉄で寧波駅まで行った。もう高鉄に乗るのも慣れてしまい、緊張感はない。今日は紹興東駅まで僅か40分の旅だ。まあ週末なので乗客は多いかと思っていたが、空席が結構あった。降りる時大量に人が乗って来たから、紹興や杭州から上海に行く人々がチケットを買ったのかもしれない。

紹興東駅で車を呼んだのだが、一向に見つけられず困った。ほぼスマホに表示された位置にいるのに車はいない。もしやと思い地下へ行ってみたが駐車場だった。結構困って上を見上げたら、駅の入り口は2階、行ってみるとちゃんと車が待っている。私の問題は登録している電話番号のシムを使っていないため、運転手が電話しても出られないことだと気づく。

車は郊外の何もない地帯を走っていく。そしてほぼ何も無いところに予約した宿があった。今日は田舎だからか、米系有名ホテルが意外と安かったので、泊まってみることにしただ。さすがに立派な宿で、しかもお客は多くないらしく、アップグレードされた部屋は相当立派で嬉しくなる。何より眺めが抜群。バスタブもあり、そこからの眺望もよい。勿論部屋は広い。スタッフがお菓子やフルーツまで持ってきてくれてテンション上がる。


そこで車を呼び、呉覚農故居へ向かう。かなり遠いようで車が来るか心配だったが、すぐにやって来た。そしてこの旅で初めて運転手から話し掛けられた。「日本から来た」と言うとすごく驚いて「私の車に外国人が乗ったのは初めてだ」と喜んでくれた。そしてこの上虞という街が「意外と消費レベルも不動産価格も高い。杭州などより静かでいいらしい」という。
呉覚農故居まで車で1時間弱かかった。さすがにここで車を返して良いか迷ったが、行ってみると豊恵古鎮という老街が出来ており、心配は杞憂だった。車が入れるギリギリで降りると住民がこちらを見ていたので「呉覚農故居」と言ってみると、すぐに向こうを指した。その先から老街が左右に広がっており、私はなぜか左に行った。そこから運河沿いに長い老街を歩いた。


予想外に雰囲気のある道、歴史的な橋などもあり、純粋に楽しめた。結局端まで行ってまた戻り、ようやく故居に辿り着く。家自体は閉まっており参観できないが、隣に記念館が建っており、時間外ながら開いていたので見学した。展示は先日上海で見たものとほぼ同じだった。ただなぜ呉覚農がこの街から出て全国的な指導者になったのか、その一端を垣間見たような気はした。この付近は100年以上前、紹興や杭州に繋がるこの川でかなり栄えていたのだ。



