我々のお目当ては名物「カラシソバ」。雑誌には『「カラシソバ」は京都の“鳳舞系”の店にしか見られない麺料理だ。鳳舞(ほうまい)系とは、かつて京都にあった広東料理店〈鳳舞〉に縁を持つ弟子たちの店のこと』とある。さっきのおかあさんに「カラシソバ」と頼むと、「中学?高校?」と聞かれてビビる。辛さの程度だと説明されたが、私は小声で「小学生で」と言ってみる。

メニューには「撈麺」の文字はないが、麺は広東系。そしてあんかけであり、スープは啜るとちょっとからしを感じる不思議な麺だった。なるほどこれが京都独特の麺の形。しかも広東系が入っているのは面白い。この流れはどこから来たのか。神戸、大阪、はたまた、関西の華人の歴史をよく知らない。そんなことを考えていると、あっと言う間に完食した。後から来たお客はいきなり「カラシソバ 、中学で」と注文していた。今後京都に来たら、更に深い町中華に挑戦してみよう。

そこから四条烏丸まで歩いて行く。途中橋を渡るとヴォーリス設計の東華会館が見えてくる。ここは北京料理と書かれているが、メニューは様々。今度機会があれば中に入って食べてみよう。地下鉄に乗って京都駅まで戻り、宿で荷物を受け取ろうとしたら、問題が発生した。この宿はQRコードで預け荷物を管理しているのだが、どうやら見付からないらしい。最後は私も荷物置き場に入り、自分の荷物を探す羽目になった。

何とか荷物を発見して、JRで大垣を目指した。もう何度も乗ったことのある路線で米原まで行き、そこから大垣へ。昨年も泊まった大垣にまたやってきたのは、明日の散歩に備えてのことだった。夕方大垣駅に着き、また同じチェーンホテルに入った。そして前回夕飯を食べたとんかつ屋に行くとまさかの休業中。

町中華を2軒巡ってみたが、1軒はやっておらず、もう一軒は常連ばかりでとても入る雰囲気ではない。仕方なくフラフラしていると周囲は暗くなり、途方に暮れる。そんな中、渋い感じの喫茶店があったので、入ってみた。昔の純喫茶という感じで灰皿も置かれていたが、広い割にお客がいなかったので、煙害は免れた。カツカレーを頼んだ。これがボリューム抜群で、しかも意外とおいしい。しばしレトロ感に浸り、良い気分で宿へ戻った。



1月21日(火)関ケ原スタンプラリー
朝はコメダへ行ってみた。本当はあんこが食べたかったのだが、何だかジャムになってしまった。午前9時頃でもお客は意外と多い。そこから関ヶ原駅へ向かって電車に乗る。昨日一度通り過ぎていていたが、今日は更に天気が良く、伊吹山が良く見えた。関ケ原に到着すると、昨日貰っておいたマップを取り出し、関ヶ原合戦スタンプラリーを始めた。25か所を訪ねる旅だったが、全部歩くのは無理そうだったので、2₋3時間散歩する気分で開始した。

駅前も既に合戦ムードが漂っている。まずは関ケ原古戦橋を渡る。すぐそこには松平忠吉、井伊直政陣屋跡がある。家康四男と徳川四天王の一人がタッグを組んで?先鋒福島隊を出し抜き、先陣を切ったと言われる陣屋。しかし合戦の最後は島津義弘隊追撃中に2人とも負傷、その傷が元で亡くなっている。

田中吉政の碑も見えた。吉政は合戦後、三成を捕らえた人物。その横には家康最後の陣地跡がある。ここは古戦場として広々している。その先、博物館や学習施設は素通りして、細川忠興陣屋を通り、黒田長政陣屋へ向かう。天気がとても良く、歩いていて気持ちが昂る。電信柱に各武将の紹介があるのも如何にも関ケ原らしい。こんなオールキャストが集まるのは珍しい。


