マレーシア茶旅2024(5)タイピン散歩 十八丁にも

そこから別の道を歩いてみる。モスクやヒンズー寺院が目に入る。更に行くと福建会館など華人系の建物が見えるが、その先にはまたモスクがあり、かなり混沌とした雰囲気がある。大きな学校もあり、その向こうの教会が立派だ。100年以上前、この街は今より賑やかで、更に混とんとしていたのではないだろうか。

かなりの距離を歩いて疲れたので、宿で休息する。それでも腹は減り、昼にまた外へ出た。一番近いフードコートでミーレブスというマレー系の麺を食べてみる。かなりスパイシーなカレー麺。中国語では吉霊麺と書かれていて、ちょっと神秘的だ。コーラを飲みながら流し込む。

暑いのに何となく散歩する。湖の裏道を通ると、周辺には古い家が並んでいる。昔の別荘のような木造家屋もあるが、今やだれも住まず、手入れもしていないので、荒れ果てていた。何だかもったいないな、私がここに住もうかな、などと思ってしまう。タイピンが思いの外気に入ってしまったと感じる。

午後は柯さんが迎えに来てくれて、彼の店で茶を飲みながら、六堡茶の歴史などについて聞いた。1930年代の六堡茶も残されていると言い、その歴史が予想外に古いことに興味が沸く。すると柯さんが『それならイポーの人を紹介しよう』と繋げてくれた。折角なので、急に茶旅となり、六堡茶を追うことにした。それにしても柯さんも収蔵家であり、相当に色々な茶や茶器を持っていて驚く。

夕方柯さんが『さあ、いこう』と言って車に乗る。どこへ行くのかと思っていると途中でいきなり炭焼き工場に入っていく。何でもここで作られた炭を日本企業が購入して、日本へ運んでいるのだとか。それでわざわざ寄り道してくれたらしい。150年前、森林を開拓して炭坑が掘られたことと関連があるのだろうか。

それから30分ほど行くと、なんと海に出た。クアラセペタ、中国名十八丁というらしい。何とここはミニ観光地になっており、簡単な宿泊施設やレストランがある。週末はここからボートクルーズ(鷹に餌をやる、ホタルを見るなど)などが出ており、結構賑わうらしい。ただいまは平日の夕暮れ時、人影はほぼない。

柯さんの知り合いの店へ行き、名物だという甘い飲み物を飲む。そして店の人にある場所を聞いている。そこは何とマレーシアで最初に鉄道が敷かれた駅。ということは、午前中に見たタイピン駅はここと繋がっていたのだ。炭坑から出た物を鉄道でここへ運び、船で外へ出していたということだ。

今は誰も顧みない駅の名残。そこには『PORT WELD 1885』と刻まれていた。更に近くに媽祖廟があるというので探したが、見つからなかった。近隣の人は皆親切で、色々と教えてくれた。どうやら個人の家の中にあるらしい。これが潮州系華人の証のように思われたが、果たしてどうだろうか。

雨が降り始めたので帰る。途中に古いお寺があり、その横に比較的新しい船の模型が飾られていた。何となく鄭和を祭っているように見える。まさかここまで来たのだろうか。最後にタイピンまで戻り、古廟を一つ拝見して、見学は終了した。今日も日はとっぷりと暮れていた。柯さんがベジタリアンなので気を使って私をフードコートで降ろしてくれた。好きなものを食べて、という配慮だ。

賑やかなフードコートで、カレー麺があったので、注文してみる。思った以上にスパイシーだ。それに食べたいなと思っていたのはスープ麵ではなく、汁なし麺だったのでちょっと残念。また明日以降探そう。他にも色々と食べる物はあったのだが、何となく腹が一杯で、散歩して帰る。

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