《台湾茶産地の旅-2004年阿里山》

2004年4月 阿里山 石棹
(1)再び阿里山へ

前回2年前と全く同じ行程を辿り、阿里山を目指す。前日関子嶺に宿泊し、温泉にも浸かり、気分も持ち直していた。この勢いで石棹のお茶農家へ。しかしこの2年間一度も連絡していない。果たしてどうなっているだろうか?

前回嘉義の駅前の阿里山行きのバス停は桜の花見のシーズンで、ごった返していた。しかし今回は人影も疎ら。前回と全く同じ11時10分発のバスに乗り込んだが、お客は何と10人あまり。おじいさんとおばあさんの団体が数人。どうしてこうも違うのか?今日は清明節、この日は観光する日ではないと言うことか?

バスは街中を抜けると所々にお墓があり、やはり大勢の人が墓掃除に来ていた。40分以上走ると愈々山登り。前回経験しているだけに今回は余裕を持って景色を眺める。本当に自然に包まれている。

登って30分も経つと、やはり何処で降りるのか分からず不安に。仕方なく運転手に行き先を告げると『何処行くんだ?そんなところで降りて。』と怪訝そう。おばあさんの乗客も何しに行くのと聞く。そう言えば訳の分からない台湾人で無い人間が阿里山の途中でバスを降りるのはどう見ても不思議なのだろう。私は相変わらず不思議な人間と見られている。

(2) 石棹
ガソリンスタンド脇で下車するとそこは見慣れた風景。道を渡ると前回訪問した天隆銘茶の看板が見える。入り口から覗き込むと小学生だった次男が顔を出す。ああ、居た居た。
直ぐに奥さんが顔を出す。一瞬誰だろうという顔をしたが、ああ、という表情になる。

 

どうしたの?と言いながらお茶を入れてくれる。何か話そうとするとそこに黒っぽいスーツを着たこの辺には似つかわしくない風体のおじさんが入ってくる。このおじさん、何やら奥さんと商売の話を始めているようで、しきりに値切っているようだ。台湾語なので良く分からないが。私には泡抹紅茶を作っていると紹介している。この紅茶は台湾で一時流行した紅茶を泡立たせて作るアイスシェイクのような飲み物。その原料として何故かここのお茶を使いたいと言う。どう見ても怪しい。こんな高価なお茶では合わないはずである。

結局彼はニコニコ出て行ったが、外を見るともう一人同じような格好のにいちゃんが居た。そこに薛さんが帰ってきた。2人は怪しいヤツがうろついているとして、近所に連絡を取っている。こういうところが田舎の良い所である。

前回同様薛さんが私の為に昼の弁当を買ってきてくれた。どうやら隣のレストランで作っているらしい。これが又絶品。キャベツなどの野菜が新鮮なのか美味い。

食べ終わると又茶である。幸せな気分。しかし今回の誤算は新茶の茶摘が1週間遅れていることであった。今年は寒かった為、生育が遅れていた(何と玉山では昨日雪が降ったという。4月に雪が降るのは台湾でも珍しい)。その分良いお茶が取れると聞くと更に残念。それでも冬茶を頂くと幸せな気分にはなれるのである。因みに阿里山の桜は一昨日の大雨で花が殆ど散ってしまった由。道理で観光客が少ないはずだ。ということは私は桜も無く、新茶も無い空白の一週間に阿里山に来てしまったことになる。何とも残念。

薛さんの茶畑を見に行くことに。車で5分ぐらい。ここは海抜1,300mぐらいだが、この茶畑は見晴らしが良い。今回は奥の茶畑も見せてもらう。茶は2種類。珠露と金宣。畑は摘み取りを待つ茶葉がきれいに並んでいる。実に手入れが行き届いている。こういうお茶を目で確かめて買う、これが良いと思う。

 

前回は茶摘シーズンで忙しかったが、今回は時間があるようでお茶の説明を色々と聞く。先ずここの気候。午前中に太陽が出て、午後に霧が出ることが多い。これが茶の生育には極めて良い。今も霧が風に流されながら実に良い景色を作り出している。気持ちが良い。

ここでは全て手摘み。1芯2葉。葉はかなり厚手であるが、これが甘みを内包し、渋みを少なくすると言う。生育が遅い葉ほど良質と言うもいう。尚茶摘は近隣のおばあさんが担っているが後何年続くか?福建省あたりから茶摘娘を移入し、摘む方法も検討しているが、政府が認めないことと、茶摘時期以外をどう扱うかで未だ実現していない。現在はベトナムから一部労働力を入れているのみ。

茶摘は1年4回。春はこの時期、夏茶は質が悪いので摘んでも安いお茶屋に出荷される。秋は9月、冬は11月。各シーズン20日前後は寝ずに茶を作ると言い、年中休む暇もないかと思えば、最近は毎年大陸に見学にも行っていると言う。広州、シンセン、福建省も行った。研究熱心である。但し大陸のお茶は飲んで美味しくないと言う。

この茶畑でずっと気持ちよい風に吹かれていたかったが、茶工場を案内すると言われて同行する。前回は見ていなかったが、何とそこは自宅を兼ねていた。公道から降りたところに4軒ほどが軒を連ねて製茶工場となっていた。入ると萎調をする竹の皿、乾燥機、殺青をする機械などが所狭しと置かれている。殺青をする時布を使う。布の中で捏ねる為茶葉が丸くなる。鉄観音なども同じである。これは利便性の為と薛さんは説明する。

《製茶法》
1. 茶摘   1日2回(午前9時から11時、午後1時から3時)
2. 日光萎調 45分
3. 室内萎調 1回2時間(拌撹を4回計8時間) 
4. 炒青   2時間(1時間で150斤程度出来る)
5. 揉捻   7時間(基本的に機械で行う)
6. 乾燥   2時間
7. 火入れ  (火を入れず毛茶で出荷することもある)

ここに住んでいるのは公道沿いでは一晩中車の音が煩いからだと言う。こんな環境の良い所で騒音に悩まされるとは?民宿を併設している為、お客が居る場合は泊まるようだが、本日は誰も居ないようだ。

 

ところで薛家ではこの2年間に大きな変化があった。ホームページを開設、製茶を見せる企画も立ち上げた。今や旅行業も手掛ける。お茶農家も色々と大変なのだろう。

(3)隣の茶農家
実は今回ここに来る前にシンセンの茶葉世界で台湾茶を売るオーナーから別の茶農家を紹介されていた。きっと近くだからと言われていたが、薛さんに聞いてみると何と隣の隣で、しかも奥さんの親戚だと言う。この辺は皆がかなり近い。

そこに行ってビックリ。2年前夕飯を食べた食堂は正にここであった。そうだったのか?入って行くと先客がいたが、薛さんの紹介で快く迎えられる。薛さんも同席してお茶を頂く。ここのお茶も同種の物であるが、シンセンで売る際にはかなりの火を入れて味を極端に変えている。実は私はこの味が好きでシンセンで購入している訳だが、台湾人からすれば、不本意らしい。『清香』が台湾の高山茶であろう。大陸の人間は何故この味が好きなのだろうと、半ば呆れ顔でサーブしてくれたのは印象的であった。

表では従業員が晩の用意で竹の子の皮を剥いている。何とも田舎の風景である。レストランは奥さんが切り盛りしている。『田ママ』(田んぼのおかあさん)と言う愛称が名刺に刷り込まれている。今年の茶摘が遅いのは、今年が閏年だからという。そうなのだろうか?

(4)嘉義へ下る
その後茶荘に戻る。取り敢えず珠露茶を4斤買う。150g毎に小分けにして貰う。値段は1斤NT$1,600と前回と変わらないが、特別にNT$1,500にしてくれる。おまけに檜の樹液の入った小瓶をお土産に貰う。開けると良い匂いがする。阿里山では檜がかなり取れるのだという。もう1つ嘉義名物の方塊酥を頂戴する。これはお茶請けにぴったり。ちょっと甘くてサクッとしている。

今日はどうするのかと聞かれる。何時も計画が無いので困る。但し今日はこの民宿には客が居ないようなので私も宿泊は遠慮する。嘉義に戻ると言うと送って行くという。聞けば高校3年のお嬢さんは受験直前で嘉義の街に残って勉強しており、高校1年の長男は家に戻ってきているが明日学校なので送り届けると言う。そうかこの山の中には高校は無いのである。実際には阿里山山頂付近には高校があるようだが、薛さん自身も子供の頃、嘉義と台中で学生生活を送っていた。

ボルボに薛さん一家4人と私が乗り込み出発した。途中で公道から外れて近道を行く。薛さんが『公道の無かった子供の頃親と一緒に山を歩いて降りたことがある。道は険しく歩くのが大変だった。30時間ぐらい掛かった。』と話す。我々はその山道(但し舗装されている)をスイスイと下る。嘉義から歩いて登ったこともあるという。倍は掛かるだろうか?山での生活は厳しいものであるのを思い知らされる。そして何となく親子の情が交わされる情景を想う。

大自然がそこにある。竹の林も多く見られる。高原野菜や胡蝶蘭などの花を栽培するビニールハウスは見られるが、本当に人工的なところが少ない。実に伸びやかな気分である。公道に戻り平地に近づくと目の前に大きな太陽がある。夕日が大きい。私は夕日好きである。ただ見とれる。黙る。一家も何も言わない。子供達は寝ていたのかもしれない。

(5)夕食
薛さんが『嘉義の名物、鶏肉飯をたべよう。』と言う。夕飯まで一緒にしてくれるとは思っていなかったので、素直に感激。店は嘉義で有名な『噴水鶏肉飯』である。街の中心にある七彩噴水池の横にある本店は昔の屋台風の作りで歴史を感じさせるが、連れて行ってくれたのは、ファーストフード店の様な綺麗な支店であった。この店は嘉義に5店舗を有する。

奥さんは車で何処かへ行ってしまい、薛さんと男の子2人と一緒に入る。鶏肉飯の他、野菜・スープ・豆腐などが並ぶ。鶏肉飯は名物であり美味い。男4人である。アッと言う間に平らげる。奥さんが女の子を連れてくる。長女である。高校3年で親戚の家に下宿している。統一試験は2週間後とのこと。英文科を目指している。日本の高校生と異なり非常に純粋で好感が持てる。

食後車でホテルへ送ってもらう。一家で心配してくれフロントまで付いてきて、値段を確認してくれる。NT$1,380朝食付き。安い。リーズナブルなホテルを選んでくれている。その心遣いが嬉しい。突然やってきた異国の人間にここまで親切に出来るのだろうか?分かれる時には思わず涙が出そうになってしまった。

チェックイン後近くの本屋を回り、お茶関係の本を買い込む。前回お会いしたHさんよれば、お茶関係の本は台湾が多く、行った時は必ず買うのだそうだ。確かに茶芸雑誌、各種専門書、茶園ガイド等。嘉義の夜は本に埋もれていった。

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