静岡歴史茶旅2022(2)駿河国分寺と松本亀次郎

11月19日(土)静岡で

朝早く起きる。朝食も食べずに出掛ける。宿の前付近から静岡大学方面行バスに乗る。料金をSuicaで払おうとしたら、何と『本日限り運賃無料』と書かれているではないか。一体なぜなのかはどこにも書かれていない。そして地元民が乗ってきても、この表示に戸惑っているので、余程稀なことなのだろう。すごく得した気分でバスに揺られる。

東名高速道路を潜り、静岡大学正門で下車したが、キャンパスには向かわず、駿河国分寺跡と言われている片山廃寺にやってきた。最近各地を旅する中で国分寺跡を目にすることも多く、出来る範囲で行ってみることにしている。片山廃寺は奈良時代創建の寺で、現在は大きな木がある他は何もなく、土台が復元され、高速道路の下まで続いている。近くに七重塔の跡も見つかり、国分寺跡とみられているようだ。

しかしGoogleによれば、駿河国分寺は別にあるという。そこにも行ってみようとまた無料バスに乗る。バスには静大の学生たちが乗り込んできて、結構な乗客になる。このバスで浅間神社まで行く。以前ここは見学していたが、もう一度中を通り、丸尾文六、阪本藤吉の石碑を眺める。これから彼らについて調べを進めたい。来年の大河ドラマ館の設置は進んでいる。

そこから数分歩くと、横道の中に古くはない、小さなお寺があった。確かに駿河国分寺と書かれている。ご住職が居たので『ここが国分寺跡ですか?』と聞いてみると、『いいえ、ここは奈良時代から続く国分寺で、跡ではありません』と言われ、驚く。奈良時代はこの横にある静岡高校の敷地全てが国分寺だったともいう。そして慶喜さんのお陰で明治以降も国分寺は残ったと説明されたが、何とも不思議な話だった。

そこから宿まで歩いて行くと、お城の裏に出る。すぐ近くにカフェがあり、モーニングが食べられるというので入ってみた。静かで心地よい空間だった。トーストと丁寧に入れられたコーヒー、そしてヨーグルト。ご主人が一人でやっていた。いい気分だったが、『写真撮影禁止』という張り紙で、少し心が萎えた。きっと事情はあるのだろうが、自分が食べたものを撮影できないのだろうか。忙しそうなので、聞かずに店を出た。

宿まで戻り、少し休息した後荷物を持って駅へ。今回は意外と時間がないので、昼ごはんは駅のホームでそばを食べる。これまで何度も見てきたが、ここで食べるのは10年ぶりだろうか。チーズそばなど不思議なメニューもあったが、一番人気のかき揚げそばを注文。さっきのカフェを引きずったのか、写真を撮り忘れた。来た電車に飛び乗って掛川へ向かう。

掛川

掛川駅へ着くと、まずは予約した宿に荷物を預けに行く。だがこの宿、どこかおかしい。入口が完全にブラインドになっていて中は見えない。入ってみると、何とフロント業務は12時からで、午前中は荷物を預からないとある。これで計画が狂い、駅へ戻って反対側にあるコインロッカーに荷物を入れる。何とも面倒だ。

そこからまた駅の反対側に戻り、バスに乗る。570円払って、40分行く。静岡市内は無料だったが、ここでは有料だった。バス停から10分ほど畑の間を歩いて行くと、立派な図書館が見えた。大東図書館、ここの2階に松本亀次郎記念館がある。資料の展示や亀次郎のビデオが無料で見られる。だが見学者はおらず、係員もいない。松本亀次郎とは、戦前あの魯迅や周恩来に日本語を教えた教師だったが、今は知る人は少ない。

そこからバスの時間が合わず、天気も良いので、歩いて亀次郎生家へ向かった。徒歩約40分。今は鶴峯堂という建物が出来ており、ここに亀次郎と中国人の交流が展示されている。ここは実は前回高天神城を訪れた帰りに偶然見つけた場所だった。そこで亀次郎を知り、興味を持ったので再訪することになった訳だ。

折角なのでこの付近で亀次郎の足跡を辿ろうと思ったが、お墓も見付からず、卒業した小学校も良く分からなかった。大きな道に出ると鷲山医院があり、ここから吉岡弥生が出たことは前回学んだ。

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