福建茶旅2018(7)西坪にある日塞と月塞

4月21日(土)
西坪を歩く

何だか寝坊してしまった。緊張感がない、というか、全てから解放されたような朝だった。下に降りていくとお父さんがお茶を淹れてくれたのでそれを飲み、朝ご飯のお粥を頂く。これが何とも幸せな朝餉なのである。この家には一体何人が住んでいるのだろうか。さっぱりわからないが、一人紛れ込んでも問題なさそうだ。

 

お父さんがこの家の歴史を教えてくれる。それは族譜と呼ばれる家系図にもちゃんと書かれており、明瞭だ。昔は貧しかった、という話が出る。共産中国は長年、農村に富をもたらさなかった。『タバコが無くてね、自分で巻いて吸ったものだ』と言いながら、実際に見せてくれた。実に懐かしそうだ。今でもこの世代より上は大抵タバコを吸うし、また大切に吸う。

 

沈さんも加わって、ひとしきり昔話に花が咲く。そしてお父さんの弟が、香港で成功し、茶業が続けられたことなどが語られていく。その後王さんと沈さんは厦門へ帰っていき、私だけがここに残った。ひとしきりここにある資料を読んでいると、何と先日木柵で会った鉄観音茶の張さんのことが安渓県誌に出ているではないか。すぐに張さんに連絡すると彼も驚いていた。30年前に書かれた本に載っているのだから驚くのも無理はない。ここで台湾と中国の鉄観音茶に対する定義の違いも学ぶ。

 

お昼がやってきて、また美味しく頂く。田舎の農家の食事は皆が一斉に集まって『頂きます』などとやることはない。手の空いた者からやってきて、ご飯とスープをよそい、おかずに手を伸ばして黙々と食べて、終わったら食器を片付けるだけ。日本はいつから皆で食卓を囲むようになったのだろうか。一家団欒というのは高度成長期の産物だろうか。いずれにしても、農家飯は美味い。

 

皆は忙しそうなので、ひとりで散歩に出てみた。古めかしい建物がこの田舎にマッチしている。ちょっと歩くと南岩村と書かれた建物がある。ちゃんと理解していなかったが、ここが鉄観音茶のパッケージによく書かれている、あの南岩村なのだ。更に進むと堯陽という地名も出てくる。これはあの、香港や台湾にある堯陽茶行の発祥の地名だろう。歩いているだけで歴史が見えてくるようだ。堯陽には日塞と呼ばれる要塞のように囲われた場所がある。

 

ここは民国初期に、匪賊から身を守るために一族で固まって居住した跡らしい。ここから堯陽茶行を興した人々が出ていくわけだ。恐らく台北に今もある有記銘茶などもここから出ているだろうという。今や住む人もまばらで、繋がりも確認できないようだが、往時の様子、なぜ彼らは外に活路を求めたのかが少しわかるような気がした。

 

道に横断幕が張られているところがあった。『全面的に圧茶機を取り締まり、圧製茶を排除する。安渓鉄観音の品質保持の戦いに打ち勝つ』と書かれている。確か圧茶機が規制されたのは、私が前回ここに来た一昨年の10月。しかしやはりその後もこの機械は使われ続け、その品質を落としているということか。一度楽をした者は元には戻れない、大坪の張さんが言っていた言葉が思い出される。

 

梅記に戻ると、智送が『どこかへ行くか』と声を掛けてくれたので、彼の車に乗り込む。車は私が今歩いて戻ってきた道を進む。そして私がさっき遠くから眺めた日塞の近くで停まり、我々は下へ降りて行った。すぐ横には『本山発祥の地』という碑があり、母樹が囲われている。ここも前回来た時に見た記憶があるが、今回見ると、やはり歴史的な意義、この茶葉は色種と言われたものなのかなど、考えてしまう。

 

そして日塞の中を歩いていく。立派な建物が少し残っている。人はあまり住んでいないが、お婆さんが顔を出したりする。周囲の城壁のような石垣は崩れずに健在だ。100年以上経っているのだろうか。往時はここで茶作りが行われ、ここから多くの茶葉が世界に運ばれて行ったのだろう。

 

次に月塞に行ってみる。こちらは横に民宿がある。前回も来たのだが、今回見てみると、何とここからバンコックへ移民して茶商をしていた人の手紙や写真が飾られていた。ここの親戚筋なのだという。こういう記録が何気なく残っているところが流石に西坪だな。今度バンコックで追跡してみようか。

 

ここの民宿のオーナーが本山を飲ませてくれた。先ほど作ったばかりだという。実はここの小高い場所に本山を植えるプロジェクトが進行しているというので、登ってみることにした。既に本山という品種はある意味で絶滅危惧種かもしれない。それを守ろうという試みらしい。標高700m、月塞がよく見える場所に茶樹が植わっていた。果たして成功するだろうか。

 

戻るとすぐにまた夕飯の時間となる。新鮮な野菜に、鶏肉や豚肉。こんな食事をしていたら幸せだな、と思ってしまうが、食べるのを止めることが出来ず、腹は常に満杯で、体重も相当に増えたと認識できるほどだ。今晩も又、食後に濃厚な味わいの鉄観音茶を頂き、早めに就寝する。

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