ベトナム縦断茶旅2017(2)喃漢研究院、そしてカフェに閉じ込められ

2. ハノイ
深夜のミーティング

その宿は小さかった。ただ6階の部屋までエレベーターがあったので大いに助かった。夜12時過ぎなのに、宿の人は寝ずに待っていてくれた。そしてそこには蔡君の姿もあった。実は空港に着いた時、彼から連絡があり、宿で会おうと言われていた。確かに明日以降の予定を話す必要もあったので、夜遅いが顔を合わせることにした。

 

宿から10分ちょっと歩いたところにおしゃれなカフェがあった。そこには深夜にも関わらず、ハノイの若者たちが大勢屯していた。おじさんにはちょっと場違いな感じだが、蔡君もいるのでまあいいか。お茶のメニューを見ると、ベトナム茶か、リプトンティと書かれている。ベトナム茶とは緑茶を指し、リプトンは紅茶を指す。なかなか面白い。

 

蔡君と別れて、人通りの絶えた夜中の道を一人で宿へ戻る。ちょっと怖いし、道を間違えたら大変だと緊張する。でも今やスマホがあるから、何とでもなる。宿では私がカギを預けているので、先ほどの男性はまたもや私の帰りを待っていた。この宿1泊僅か17ドルなのによくやってくれるな。

 

11月9日(木)
喃漢研究院へ

部屋の窓がないので雨が降っていることに気が付かなかった。ちょっと腹が減ったのでどうしようかと思っていたが、何と17ドルの宿にも朝食がついていた。いや宿によれば、『料金を値下げしたので本当は朝食なしのはずだが、Booking.comではまだ朝食が表示されているらしいので、食べていいよ』という。トーストと卵とバナナ、そしてお茶なのだが、それでもこの料金にしてはちゃんとしていて驚く。宿泊客も西洋人、中国人、華人など様々で面白い。

 

元々7時半頃と言っていたが、結局蔡君は9時過ぎにやって来た。雨はかなり強くなっている。路地から大通りへ出て車を拾うかと思いきや、スマホを取り出し『ハノイもアプリで呼ぶ』とタクシーを待った。だが皆が傘を差す中、なかなか車が見付からず、電話で位置を確認している。これでは外国人は言葉の問題から使えない。何とかやってきた車は小型車で、全くの自家用車。料金は中国と違って現金で払える。

 

雨のせいか道路は結構混んでいた。旧市街から少し離れた立派なビルの前で車を降りる。ここがベトナム社会科学院だった。中国と組織体系が同じなのはやはり社会主義国だ。だが中に入ろうとすると門番に止められ、なんと目的地はここではないと分かる。もう一度車を呼び、また乗り込む。数キロ離れた場所にあったそこには喃漢研究院という文字が書かれていた。ここがベトナムにおける中国系の研究所なのだ。

 

古びた建物の中に入ると、漢字で書かれた軸が沢山飾られていた。漢字が追放されている?ベトナムでは何とも奇妙な雰囲気ではある。2階に上がり、ある研究者の部屋に招かれる。彼は台湾に5年留学して博士をとった人であり、中国語は問題ない。これがベトナムの伝統的な緑茶だと言って、中国の急須で非常に濃いお茶を淹れてくれた。濃いのだが、ちょっと甘みがあり、悪くはない。

 

今回の私の目的はベトナム茶の歴史に関する資料集めだが、やはり彼も開口一番『資料は殆どない』と言い、僅かにあるベトナム語の資料を蔡君に見せている。『台湾とベトナムのお茶貿易の歴史ということなら、研究者はいるのではないか』とも聞いてみたが、歴史研究者は極めて少なく、貿易史をやる人などいない、一蹴されてしまった。

 

『1930年代に台湾から大量の茶がベトナムに輸出されたという資料が台湾側にはあるが?』と問うと、それはフランス植民地時代の話だから、恐らくその関係の資料があるとしてもパリではないか。フランス語が読めるなら探してみては、と言われて断念した。ベトナム人は現在とにかく目先の利益を考えており、歴史を顧みる余裕などないと言われれば、もうそれまでだ。

 

お昼は近所の麺屋に連れていってもらった。緑色した麺、ちょっとドロッとしたスープ、よくわからない魚、でもなぜかとても美味しい。店内が常に満員なのも頷ける。この麺の名前を失念してしまったのは残念だ。次回も是非食べてみたいのだが、どこにあるのだろうか。もう一度研究院に戻ったが、用事は済んでいたのですぐに失礼した。

 

カフェに閉じ込められる
午後は蔡君の知り合いのカフェへ行く。住宅街の一角にあるおしゃれなところだった。ちょうど数人が打ち合わせをしていた(後で聞くと彼らは茶業関係者だったので一緒に話せばよかったのにと言われ残念に思う)ので、2階に上がる。オーナーはまだ来ていないらしい。何となく疲れたのでリプトンティを飲みながら、まどろんでいた。それほど心地よい空間だった。

 

気が付くと1時間ほど経っており、階下の様子を見に行って驚いた。誰もいない上に店のドアは閉まっていた。そして何と外から鍵が掛けられており、出ることは出来ない。完全に閉じこめられてしまった。店員は我々の存在を忘れて帰ってしまったのだろうか。蔡君がオーナーに連絡を取るも、繋がらない。絶体絶命のピンチ!2階の窓からの脱出も難しい。

 

まあこうなってはジタバタしても仕方ない。軟禁されている訳でもないので、自由にまどろんで過ごす。結局オーナーはそれから2時間後にやってきて我々は解放された。いや本来の目的である彼の茶を味わった。ベトナム茶と言ってもタイグエン県の濃い緑茶だけでなく、北部では黒茶も作られており、また紅茶もあり、南部の高山茶まで幅広い。実に様々な種類を味わい、またオーナーの語るお茶の歴史を聞いて参考にした。

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