雲南から江蘇、湖北の茶旅2017(9)無錫の夜景

茶会

夜はお茶会というか、魏さんのお話会というか、とにかく無錫の茶業関係者が20数名も集まって来た。ここで魏さんは自らの紅茶に向ける思いを語る。彼は中国各地でこのような会を開催している。東京でも行なったことがある。共感する人がいれば、彼らとビジネスを広げていく。魏さんのスタッフや茶芸の先生はお茶を並べて淹れて見せ、紅茶の説明をする。茶芸の先生はここで恩を売る。他の地方から来た人は自らのお茶の宣伝をする。様々な話が展開される。

 

なぜか無錫の茶葉協会の会長の次に、私も何か話をせよと言って引き摺り出される。中国語で話すのはどうも慣れていないので困る。中国茶の魅力をもっと日本で宣伝し、もっと日本人を中国に呼ぼうと言ってみたが、彼らにとって日本人は商売の対象外だろう、あまり反応はなかった。

 

長い会が終了すると、会に参加した人が車の乗せてくれ、無錫の夜景がきれいな場所へ連れて行ってくれた。無錫のイメージはこれまでそれほどきれいなものではなかったが、何とも美しい川沿いの風景が広がり、風情のある茶館などもあり、驚く。皆我を忘れて写真を撮りまくる。

 

細い路地のような道を歩くと両側に古い家が立ち並ぶ。茶会で茶を淹れていた女性の店に案内される。何とも凝った造りだ。そこでお茶を頂き、10時の閉店でそろそろ帰ろうかと思っていると、やはり魏さんは次の店を目指していた。福州出身者が白茶を売っている店があり、同郷者として歓待される。

 

そして夜の12時にその店を出たが、急に強い雨が降って来た。先ほどの女性の車に逃げ込み、何とかホテルへ連れて帰ってもらったが、今晩は遅くまで大変でヘトヘトとなった。シャワーを浴びてすぐにベッドに入ったが、それでも午前1時は軽く回っていた。

 

4月9日(日)
無錫の公園で

翌朝何と6時過ぎに林さんは出て行った。実は昨晩何度か蘇州に行った同行者から連絡があり、呼び出されていたのだ。それにしても林さんのタフさには驚く。私は8時過ぎまで寝たままだった。今日は魏さんたちが午後福州へ戻るが、私は明日の列車なので、無錫でゆっくりする予定だった。

 

午前中魏さんはお休みだったが、スタッフの女性二人と、無錫見物に出かけた。バスを探して恵山公園へ向かう。ここが無錫で有名な観光地だと言われたが、正直ピンとこなかった。小雨が降る中、何とか公園に辿り着いて思い出した。確かここには30年前も来た記憶がある。泥人形、それが無錫の名産品だったが、沢山売られていたので、思い出したのだ。

 

その土産物店の並びを過ぎると、公園の入り口がある。公園には入場料が必要だった。お金を払う価値があるのかよく分からなかったが、まあここまで来たのだからと、入ってみた。すると園内はかなり整備されてきれいであり、且つ花が咲いているのがよい。思わず写真を撮る。更には丘の上に塔が見えたので登ってみる。結構いい運動になった。

 

昼前にホテルに戻り、魏さんと合流。昼ご飯に麺を食べると、彼らは空港に向かって車に乗って去った。無錫にも空港があったんだな。それからはボーっと街を歩き、疲れると部屋で休んだ。暗くなると一人で夕飯を食べに外へ出る。何となく小籠包が食べたくなり、店を探すがなかなか見つからず、あり付くまでの30分もかかってしまう。やはり急に一人になると寂しいものだ。

 

4月10日(月)
恩施へ

翌朝は心配が的中し、雨が降っていた。ホテルの前にはタクシーは来ない。最悪呼んでもらえば来るのだろうが、それを待つのが嫌で、傘を差して飛び出す。広い道に出ても残念ながら空車はない。仕方なく先日林さんと乗ったバス停を目指して足を速める。何とかバスに乗り込み、終点まで乗る。まだ朝のラッシュ前でそれほど乗客が多くなく助かった。

 

既に無錫駅の構造は分っていたので、難なく到着する。まだ列車の発車まで1時間ほど時間があったが、朝ご飯はホテルで食べたので、何もすることがなく目をつぶっていた。8時半に重慶北駅行の列車は定刻通りやってきて発車した。席は一番前で足が伸ばせると思ったが、車両には荷物を置く場所が少なく、立っている客がベビーカーを置いてしまい、足も伸びない。列車はかなり混んでおり驚く。

 

この列車、検索した時にも驚いた。江蘇省の無錫から、湖北省の果て、恩施まで9時間ほどかかるが直通なのである。当然武漢あたりで乗り換えるつもりだったのだが、高速鉄道は何と便利になったのだろう。南京、合肥と進んでいき、約5時間で漢口まで来た。しかしここから同じ湖北省内なのに、4時間もかかるのである。昨年漢口から宜昌まで2時間乗ったことがあるが、そこからそんなに遠いはずはない。

 

結局その先は時速100㎞台に減速していた。山の中、トンネルも多い。どう見てもスピードなど出ないのである。だからこんなに時間が掛かるんだ、ということは乗ってみないとよくわからない。恩施には飛行場もあるようだが、便数もなく不便であり、鉄道がなかった中、突然高鉄が通ったのだから、多少時間が掛かっても地元として嬉しいだろう。

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