ミャンマー激走列車の旅2015(5)虫に食われ、揺れに耐えた26時間

 ヤンゴンまで

約9時間も乗っただろうか。もう疲れたな、と感じていた頃、イエという駅に到着した。確かダウエイの駅長がここで列車を乗り換えろと言っていた場所だった。列車には車掌が乗っていた。彼もほぼ乗客のように席に座り、仕事をしているようには見えなかったのだが、この時ばかりは立ち上がり、隣の列車に移るように指示を出す。乗り換える、と言っても、ホームなどはなく、隣の停車している列車に移るだけなのだ。しかしそれが意外と大仕事で、皆大きな荷物を持って、タラップを這い上がっている。

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今度の車両に入った瞬間、嫌なにおいがした。この車両は一体いつから使っていなかったのかと思うような、古びたカビの様な匂いだった。座席の広さなどは同じだが、そのシートにも埃が被っているように見える。ずっと車庫に入っていたのを引っ張り出してきたのだろうか。これはヤバい、と言わざるを得ないが、我々にはここに座る以外に選択肢はなかった。アッパークラスは確か一両しか連結されていない。

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イエで弁当を買ったが、鶏肉と酸菜がぽつんと入った物だった。あまり食欲もわかない。列車が動き出すと、更に埃を感じてしまう。そして一番恐れていたことが起こり始める。この座席には虫が住んでいたのだ。それが列車の動きに合わせて急に動き出す。そして私の体を刺しまくり出した。これには参った。しかしどうすることもできない。この状況はS氏もNさんも同様だったようで、後で見てみると腰から背中、足まで喰われた跡が残ってしまった。痒くて仕方がなかったが、防御の方法はない。虫のなすがままだった。

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3時間ぐらい乗っていると、お茶売りが乗ってきた。ものすごく揺れる中、彼は器用にチャイを淹れていた。すごい技だ。毎日乗り込んできて淹れているのだろう。修練の大切さ、茶を飲みながらしみじみと思う。午後6時半頃、停まった駅でまた弁当を買う。どうも先ほどのものが胃袋には物足りなかったようだ。今回は豚肉と魚が入っており、味的には満足した。あたりがだんだん暗くなる中、痒みも徐々に収まってきた。

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そしてダウエイから乗ること15時間、夜の9時に真っ暗な中、大きな駅に着いた。これまでの最大の都市、モールメインだった。正直私はもう降りたくて仕方がなかった。モールメインはミャンマーの重要な貿易港であり、今回のお茶の旅にも通じる歴史を持っている。まだ行ったことがないこの街に、私は降りてみたかった。S氏にその旨を告げると『そうですね』と言ったきり黙ってしまった。そして列車がホームに着くと、早々に降りてはいったが、ホームの売店で冷たいビールを手に入れると、さっさと戻ってきてしまった。

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これで明日の朝までこの車内で過ごすことが確定してしまった。もう言葉も出なかった。S氏にとって、旅とは一体何であろうか?我々凡人なら『せっかくここまで来たのだから、ちょっと寄って行こう、見ていこう』という気持ちも起こるだろうし、ましてや『途中で休みながら行った方が体の負担も少ない』と考えるのではなかろうか。ところが彼は私より年上にもかかわらず、そしてお金がないわけでもないのに、このような旅を続けている。もし一つ理由があるとすればそれは『時間』かもしれない。前に進むことによって時間を節約し、より多くの旅をする、という習慣が身についているようにも思う。

 

また列車が動き出す。揺れには慣れてきたとはいえ、体はまだ完全に反応できてはいない。重たいものを感じている。しかし容赦なく、揺れは訪れ、また引いていく。これからは寝るだけだ。眠ってしまえば、朝になり、朝がくればヤンゴンがやってくるんだ。薄暗い車内で呪文のように唱えてみたが、どうしても眠れなかった。確かに朝からずっと寝ているのだ。そして揺れで起こされる状態が続いており、神経は高ぶっている。ミャンマー人の乗客でヤンゴンまで我々と一緒に行く人は殆どいなかったと思うが、車内では皆スヤスヤ寝入っているように見えて羨ましい限りだ。窓の外にライトアップされた仏塔が見えた。

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7月25日(土)

いつの間にか眠っていたらしい。外が白々と明けてくる。夜中、何度か駅に停まった。その度に一瞬ヤンゴンか、と思ったが外が暗かったので、また目をつぶった。車内に売りに来た売り子から朝ご飯を買った。餅のようなものとチャイだった。チャイはビニール袋に入っていた。あまり食欲はないが、取り敢えず口に入れてみる。皆がソワソワし出した。荷物をまとめている者もいる。いよいよヤンゴンに到着だ。

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しかしそこからが実に長く感じられた。何となく家々が見え始め、都会に近づく感じが出ては、また農村の逆戻り。一体いつになったら着くのか、と不安になった頃、突然それはやってきた。大きな駅に入ったのだ。それまで周囲にヤンゴンを感じさせるものは、何もなかった。なぜかというと、ヤンゴン市内の線路は柵で囲われており、周囲から隔離されていた。それで気が付かなかったのだ。ともあれ、何と定刻午前8時に列車は中央駅に着いたのだった。26時間の鉄道旅は終わった。

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