変化するヤンゴンを歩く2014Ⅱ(10)ミャンマーの人材

WIFIは繋がるが

市内へ向かって戻る。1つ大事なことを忘れていた。今日の夕方会う予定のNさんの電話番号を控えるのを忘れていた。オフィスの場所は分かっていたが、何時に行くかは電話で連絡を取り合うことになっていた。念のためPCは持っていたが、WIFIが繋がらないと、番号を探すことができない。

 

TTMに緊急を伝え、どこかWIFIの繋がるところを探してもらう。市内に入るまでは無理とのことで、かなり進んだ後、道路脇の1軒の喫茶店に入る。立派な喫茶店であり、店員もWIFIは繋がるというので、急いでPCを立ち上げる。周囲でも数人がネットを繋いでいるようで、安心した。

 

だが現実にWIFIは飛んでおり、ネットは繋がってはいるものの、GmailもFacebookも開くことができない。あまりにスピードが遅く、容量も小さいのか、画面が少し出てきてもそれ以上動かない。このイライラ感は凄い。急いでいる時にこれをやられると、どうにも我慢できない。店の人に言ってみても『ネットは繋がっています。他のお客様も使っていますのでどうしようもありません』ということになる。

 

注文したフライドアイス?を食べながら待ってみたが、一向に埒が明かず、ついにはこの店を捨てる。因みにフライドアイスとは、アイスクリームを揚げたものだった。天ぷら屋でアイスを揚げた物を食べたことがあるが、それと同じ原理か。味はよく覚えていない。それほどイライラしてしまった。

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車に乗り、他を探す。TTMは頭をフル回転して考えている。そしてネットの繋がるカフェより、ネットカフェ、という結論に達して、街中を行く。ごちゃごちゃした一角に若者がゲームなどをしているネットカフェがあったが、ネットは繋がらないと断られる。それでも粘ると隣の店を紹介され、その店でも、『持ち込んだPCでは繋がらない』という。仕方なく、店のPCに向かい、ログインしてみると簡単に入れた。昔他国ではGoogleやFacebookにログインするのがとても面倒だったので、警戒していたが、問題なかった。Nさんにすぐに電話を入れ、待ち合わせ場所と時間を確認した。

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ミャンマーの人材

Nさんのオフィスへ行く。ここは人材紹介会社。それほど広くないオフィスには面接の人やスタッフが沢山いた。何だか活気があった。Nさんはヤンゴン在住15年を超え、ミャンマーが発展していない時期から様々な仕事をして、ここで暮らしてきた。この2₋3年急に脚光を浴び、彼の発信も注目されるようになってきている。現在人材紹介のほか、旅行業や通訳翻訳業も手掛けている。苦労した時代からようやく花開いたといった感じだ。

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Nさんにミャンマーの人材事情を聞くと『日本企業はまだ本格的にミャンマーに参入していない』という。ミャンマー人で日本語のできる優秀な人材はむしろ『日本の中小企業が日本採用する動きがある』という。人手不足の地方の中小企業、日本の大学生を雇うより、真面目で高卒程度の給与で正社員にできるミャンマー人に注目しているらしい。スカイプで面接し、良ければ会社が費用を出して日本へ呼び最終面接、採用が決まるケースも出てきている。

 

TTMはこの話に興味津々だ。そして『人材紹介会社に仕事を探してもらっても手数料無料』と言われ、信じられないという顔をした。ミャンマーでは仕事のあっせんを頼めばお金を払うのは当然。このシステムは素晴らしいと思ったのだろう、その後すぐに親戚、知り合いで日本語のできる女性を数人この会社に紹介したらしい。ミャンマーはまだ昔のシステムのままだから、ビジネスチャンスは大きいといえる。

 

日本の報道では『ミャンマーには安価で豊富な労働力がある』となっているが、その点はちょっと違うようだ。『教育問題』もあり、企業で働くには再教育が必要ので、そのための研修などにも力を入れているという。今は日本語ができるというだけで高い給料がもらえるが、ちゃんと仕事ができる人材を供給出来ているか?単純労働者と言っても仕事で使えるのか?これからの課題は多いようだ。

 

Kさんと日本料理屋

夜はKさんと会う。S氏からも一度会うように言われており、Facebookではお友達にもなっていたが、どんな人かは分からなかった。さくらタワーで待ち合わせると、TTMとKさんは久しぶりの再会を果たした。

 

食事の場所は日本料理屋の老舗、一番館。名前は良く聞いていたが、入るのは初めてだ。というより、ミャンマーに来るのは今回が8回目だが、初めて日本料理屋へ入ったことになる。これは自分でも意外だったが、常にTTMが一緒にいて、日本料理屋に連れて行くということもなかったし、私もそれを希望しなかった、ということだろう。

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Kさんは三重で不動産業を営んでいるが、同時に15年以上前からミャンマーでも活動をしていた。バガンに不動産を買ったり、ヤンゴン郊外の開発に関わったりと。そのミャンマーでの不動産の話を聞きたかったのだが、話は思わぬ方へ行ってしまった。実はちょうど甲子園の高校野球シーズン。

 

Kさんの母校、三重高校は順調に2つ勝ち、三回戦に進んでいた。彼は同校の同窓会会長で、当然力が入っている。どうしても誰からこのことを伝えたかったが、ミャンマー人に話しても理解してもらえない。ちょうどいた日本人が私だったと言う訳だ。その気持ちは十分に分かるので、殆どその話に終始した。恐らくTTMには何故そんなに熱くなっているのか、理解できなかっただろう。

 

Kさんに車で途中まで送ってもらい、タクシーでホテルに帰った。相変わらずホテルにWIFIはロビーに限られており、部屋からPCを持ち出し、メールチェックだけをして寝た。

 

8月19日(火)

散歩

今日も良い天気だ。朝食を食べてから、散歩に出た。この付近の散策は全くしていなかったので、最終日に少し時間を貰い、歩いてみる。確かにこの辺は問屋街であり、物の集積地だった。ヤンゴンに入る物資をここで一端受け、市内へ配送しているのだろう。大型トラックの出入りも多い。建設資材などを扱う店が目立つのはヤンゴンが建設ラッシュだからだろうか。

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この辺りでは昔ながらの喫茶店もいくつか見られた。作業の合間に休む人、はなからずっと休んでいる人、皆お茶を飲んでいる。ここで飲まれているお茶は紅茶が多い、と先日聞いたのだが、どうだろうか。コーヒーではないのだろうか。ミャンマー茶(いや中国茶)は相変わらず無料。

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何だかこの中には溶け込めそうもなく、後ろ髪をひかれながら、店を後にした。兎に角今日も暑い。ホテルで少し休んでからチェックアウトしよう。何と部屋に戻るとWIFIが微かに使える気配があった。これも運命か。

 

TTM、SSがSS旦那の車で迎えに来た。空港のすぐ近くのレストランに入り、麺を食べた。少し塩辛い。SSのお腹は日増しに大きくなる。来月には出産だ。無事の出産を祈ると同時に、孫のような赤ちゃんを見る楽しみを次回は味わえるのだろう。すぐにも再訪の予感あり。

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1 thought on “変化するヤンゴンを歩く2014Ⅱ(10)ミャンマーの人材

  1. カフェでのネットが簡単ではないのはミャンマーのこれからの発展のようですね
    ミャンマー茶が無料とは面白いですね
    ホテルでのネットが使えるのは時間にもよるのでしょうか?
    日本語が使える人材が高く評価されるのは日本の企業がたくさんある
    からですかね

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