(3) 親切な旅行社
ホテルは川沿いの観光大型ホテル。私の趣味ではないが、まあ仕方がない。とにかく腹が減ったので、食い物を探しに外へ。ホテルの前の道路脇あたりに何かありそうだったが、意外とない。
するとレストランの代わりに旅行会社が目に留まる。中でお姐さんがニコッとしたので釣られて入る。明日のツアーの相談だ。ホイアンでの英語ツアーが快適だったので、ここでもツアーを選択。フエ一日観光して、25万ドン、やはり安い。
そのお姐さんと話していると実に親切にアドバイスしてくれる。愛想もよい。これはベトナムの一つの良さだなと思う。「王宮はツアーではなく、今から自分で行くのがベスト」とアドバイスを受ける。
腹は減ったが、指示には従う、それが私の旅。でもどうやって行くの?と尋ねると、バイクタクシーで行けと言う。仕方なくバイクタクシーを探すと、人のよさそうなオジサンが手招きしたので、それに乗る。バイクは快適だ。夕方のフエの街を疾走する。結構車が多い。
橋を渡り、10分ぐらいで着いた。3万ドン。帰りも乗らないか、というオジサンに別れを告げ、一人王宮に入って行く。何だか見たことがあるような風景だ。
(4) 王宮
広場はないが、ベトナム国旗がはためく。午後の日差しを浴びて立つ石の門はどことなく、天安門を想起させる。門を潜ると2つほど、建物がある。全て平屋で、起伏はあまりない。そこから先は廃墟になる。勿論建物は最近再建されたもので、ここはグエン王朝を偲ぶ廃墟なのである。
グエン王朝、1802年から1945年まで存在した中国傀儡王朝。中国清朝の影響を強く受け、中華風の建物、様式を持つ。何となく、見たことがある風景なわけだ。王宮の門は午門と呼ばれ、北京の故宮では天安門の北側にある。その向こうの建物は大和殿、これも故宮と同じだ。この建物はベトナム戦争中に完全に破壊され、戦後再建されている。この王宮自体が廃墟に見えるのはベトナム戦争の影響大と言うことだ。
「夏草や 兵どもが 夢のあと」、芭蕉のこの句が思い出される。王宮内の真ん中は草むらである。夕陽を浴びる草むらは豪華な建物よりもはるかに旅情を誘う。欧米人も思い思いに座ったり、話し込んだりしている。こんな世界遺産もあってよいと思う。
裏門に近づくと、フランス風の建物が登場。その向こうには王宮を囲むお堀があり、裏から外へ出られる。流石に昼食抜きでここまで走ってきてしまった。門番に一度外へ出て戻って来てもよいかと聞くと、何の問題もない、と首を縦に振る。
外に出ると午後4時、レストランがあった。オジサンが一人、暇そうにしていた。こんな時間にお客があるとは思っていなかったようだ。豚肉、卵、そしてシナチク。ご飯を盛って、食べる。空腹もあぅたが、これは美味い。この味は、特にシナチクの風味が出ている、この味は台湾でよく食べたものだ。大盛りで一気に食べる。僅か3万ドン、安い。
再び王宮に戻り、腹ごなしの散歩としてゆっくり歩く。今度は外周を歩くと、何と向こうから象がやって来る。どうやら、象に乗って王宮を散歩する、というツアーが企画されているらしい。面白い。
午門の上に登る。夕陽がキレイだ。日本人観光客は次の日程に追われ、去って行く。中国人観光客も同じだ。フランス人の若者などは門の上で、様々な議論を交わしている。このような場所では、色々と意見を行って見るのは相応しい行動のように思う。
人がいない反対側(夕陽が見えない側)に行って見ると老夫婦が2人、一段高い場所に腰を下ろし、足をブラブラさせていた。何だか子供の頃に見た光景だ。と思って、近づいてその会話を聞くと、何と日本語であった。このご夫婦、子供の頃の夕暮れを思い出していたのだろう。良い風景だった。
(5) 夕暮れ
良い風景を見た後は心が洗われたのだろうか、王宮付近の夕暮れが一段と映える。帰りは道が分かっていたので、敢えて歩いて戻ることにした。夕方の帰宅ラッシュなのか、大量のバイクが轟音を立てて過ぎ去る。
再度橋を渡る。バイクに乗っていた時とはまるで感じが違う。橋の上は広く、そして川はゆったりと流れる。夕陽が静かに、静かに落ちていく。もうバイクの音は気にならない。完全に自分だけの世界に入っていった。ただただ川を、そして夕陽を眺めるだけ。相当に時間が過ぎていく。
ふと振り返ると、私の後ろにランニング姿の欧米人男女が立っていた。彼らは夕暮れ時を走っていたようだが、何とその目に涙が流れていた。分かるなー、その気持ち。聞けばドイツ人だという。夕陽に関する会話は一言もなかったが、完全にお互いが共有しているものがあった。こんな触れ合いは素晴らしい。
更に河沿いを歩いて行く。低い建物がゆったりと広がっている。ホイアンのような観光風景はなく、ただ古めかしい街、という雰囲気だが、それはまたそれでよい。
ホテルでしばし休息。午後4時に食事をしたので、腹は減らず、そのまま寝ようかと考えたが、早過ぎる。暗くなった周囲を散策。ホテルの対面の道を入って行くと、安宿街があり、その向こうには欧米人が好きそうなバーなどもある。
何となく小腹がすき、屋台でフォーを食べる。ホイアンでは朝しか食べられなかったので、嬉しい。ベトナムではいつでもどこでも美味しく、食事がとれる。素晴らしい。