カンボジア・タイ 国境の旅2016(12)ラヨーン 驚きのホテルサービス

5. ラヨーン
驚きのホテルサービス

時刻は1時近かったのでまずは腹ごしらえをしようと、その辺の店に入る。そして定番のカオマンガイを頂く。腹が減っていると特にうまい。ガイドブックを取り出すと、この大通りがパタヤを通過してバンコックまで行くことが分かった。明日はパタヤへ行こうと思いながら、まずは今日の宿の確保だ。バンコック方面に歩いていくと、日本人出張者が多く泊まるホテルがあると出ていたので、それを目指していく。

 

ところが荷物を引いて大汗をかいても、なかなか着かない。段々建物が少なり、心配になり出しても、ホテルは見えなかった。15分以上歩いて疲れ果てた頃、目指すところとは違うが道端に一軒のホテルがあったので、そこへ飛び込んでみた。こぎれいなホテルだったのでここに泊まろうとフロントで声を掛けるとなんと『今日は満室です』と英語で返ってきた。そんな馬鹿な、こんな外れたホテルがなぜ、と言っても仕方がない。疲れも手伝い完全に途方に暮れた。

 

念のため、当初目指していたホテルの場所を聞くと、『通り過ぎていますよ』と教えてくれ、『あそこなら空いているかもしれません』と言って、私のスマホの電話機能が壊れていることを知ると、自ら電話をしてくれた。そして『空いていましたよ、1100b/泊ですが、良ければ予約しますよ』とまで言ってくれる。有り難いと思い、予約してもらう。私が礼を言って歩き出そうとすると『ちょっと待って。うちのホテルカートでお送りします』とまで言い出す。

 

正直タイで、いやアジアでも宿泊客でもない人間に、ここまでサービスしてくれるホテルがあるだろうか。疲れ果てた外国人を見かねてしてくれた行動だろうが、これぞタイのおもてなし、と言ってもよいのかもしれない。ホテルカートは実に快適に道を走り、5分もしないうちに目的のホテルに到着した。運転してくれたスタッフも笑顔で去っていく。次回はぜひこのホテルに泊まってみたいと思わせるに十分の出来事だった。

 

更には到着したホテルでチェックインしようとすると、なぜか『あなたの予約した部屋は1100bではなく、950bでよい。もし大型ベットを希望すれば1300bになるがどうか』と聞かれ、迷わず安い方にした。え、こちらのホテルでもおもてなし?恐らくは競争が激しい地域なのだろう。部屋に行ってみると、周囲に高い建物もなく、部屋は相当に広く、NHKのワールドプレミアまで見られて、朝食も付き、バスタブまで完備されていて、日本円で3000円程度とは、多少古いホテルとはいえ、有り難いことだ。

 

街歩き

電気ポットがあったので、お湯を沸かし、インスタントコーヒーを飲んでみる。普段日本なら飲むこともない砂糖とミルク入りの3in1というタイプだが、これが東南アジアで疲れた体に入れると実にうまく感じられる。やはり飲み物はその土地と大いに関係している。最上階の廊下の窓からはラヨーン市内が一望できる。高いところは嫌いだが、何となく晴れ晴れしていて、心が落ち着く。

 

街歩きに出た。まだ暑い時間だったが、この街にいるのは正味半日だから、特に観光地はないと思うが、一応歩いて見ることにする。まずはバスターミナルの確認。目印になるテスコまで行き、その横を通り過ぎると、大型バスが通っていく。その先にターミナルがあり、当然ながらパタヤ行は頻繁に出ていた。直接バンコックに帰るにしてもかなり近づいている。ちょうど下校時の中高生で付近は溢れかえっていた。

 

ふらふら歩いていくと道路沿いには大きな病院があり、ここもかなりの人がいた。その先を少し入ると静かな寺院が見える。ここがワット・プラドゥーという、有名な涅槃仏の横たわるお寺らしい。中に入って見学すると、優し気な眼差しを持つ仏だが、何となく違和感があった。バンコックのワット・ポーなどいくつかの涅槃仏を拝む機会があったが、ここの仏は寝姿が普通と反対だった。これはタイでも極めて珍しいようだが、その理由はしかとは分らない。

 

この寺の敷地は広いが、本堂横にはなぜかウルトラマンが飾られている。タイのお寺で可愛らしいマスコットのような像が置かれているケースはまま見るのだが、ウルトラマンが登場したのは初めてだ。この理由も全く分からない。誰かが寄進したのだろうか。境内を散策後、外へ出る。近くには年代物の時計台があり、この辺が昔はどういう位置づけだったのか考えてみたが、思い浮かばない。

 

もう一つのお寺はひっそりとしていた。そこにはタクシン神社とも呼ばれる廟があり、中にはタクシン王の像が置かれている。タクシン王はここラヨーンに滞在してその後挙兵、トンブリ王朝を打ち立てた人物。彼は華僑だったという。その像の前にタイ人の若い女性二人が座り、熱心に祈りを捧げ、最後にスマホで記念撮影。タクシン王はタイ人にとってどのような存在なのだろうか。どうしてもタクシンといえば、今世紀のタクシンを思い出してしまうが、彼もまた華僑だったな。

夕日が沈むころ、プラプラ歩いて帰り、そしてホテルの上から夕暮れ風景を眺めた。これはなかなか見られない大きな夕暮れだった。暗くなるとホテルの裏へ行く。ここには日本食屋が2軒あった。その一つに入ると日本人がオーナーでタイ人スタッフも日本語ができた。久しぶりにかつ丼が食べたくなり注文。160bはお値打ち品だった。日本人駐在員と出張者、取引先などが食事をしていた。

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