ある日の台北日記2024その6(7)潮州へ行ってみたが

潮州駅に着くと観光案内所があったので『この辺に潮州人はいるか?』と聞いてみたが、今はそれほどいない、との回答。一通り潮州の観光名所を教えてもらい、地図をもらって歩き出す。潮州日式歴史建築文化園区に辿り着く。ここは日本時代の建物が残り、それを起点に観光名所を作っている。ここも戦後は眷村として使われていたようだ。

日本が台湾の領有を始めた1895年以降、南部の抵抗勢力を日本軍が鎮圧した、と聞いているが、この地でも戦いが行われたようだ。後藤松次郎という巡査がここで殉職した、という記念碑が保存されているのはなぜだろうか。この辺の歴史を再度見つめる必要性を強く感じる。

そこから屏東戯曲故事館へ移動した。ここは元々郵便局や役場だったらしい。結構頑強な建物である。今は屏東で有名な戯曲の展示館となっており、予想以上に充実した展示となっている。潮州の街中には日本時代の建物がいくつか残っており、それを活用した町おこしが行われている。

しかし潮州という名の街ではあるが、潮州ゆかりの物にはなかなか出会えない。廟などもいくつかあったが、最後に行った三山国王廟が、いかにも潮州という感じで残されているぐらいだった。食べ物なども潮州を意識できるものは多くはなく、かなり歩き回ったものの、疲れてしまい、屏東へ帰ることにした。

屏東駅へ戻り、荷物を取りだし、近くの宿へ引っ越した。こちらも料金はあまり変わらなかったが、机があったので、ここにした。やはり相当に古い建物で、しかも電気ポットが無く、廊下の一番端に、給湯器が備えられていて、お茶を飲むのも大変だった。まあ疲れたので休息。

昼ご飯を食べていなかったので、夕方外へ出た。昨日食べた食堂の先の道を行くと、かなり大きな夜市を発見した。ここでうなぎ麺を食べる。鰻といえば潮州も有名だったのだが、出てきたのはタウナギでハズレ。おまけに肉圓を食べようと店のおばさんに言うと、全て台湾語で帰ってきて、途中からは身振りで対応された。まだこんなことがあるんだな。まあ最後は笑顔だったので敵意はないとは思うのだが。

5月25日(土)屏東から戻る

翌朝は早めに起きて、屏東朝散歩。ここも潮州同様意外と日本時代の建物が残っており、しかも新しく日本的な建物まで建てて、カフェや雑貨店などを展開、新名所を築いている。その規模はかなり大きく、行政がかかわっている。孔子廟や日本時代からある公園なども整備されており、歩きやすい、気持ちの良い街だと言える。

昨日とは違う市場、地元民が次々に吸い込まれていく肉圓屋。昨晩も食べたばかりだが、何となく入ってしまう。完全にオープンな店で、店員もきびきびしており、華語でも問題はない。肉圓もかなり美味しい。食べ終わったら、スープは自分でよそい、それを飲む。確かにこの店は繁盛するわけだ。

随分グルグルと歩き、いつの間にか昼になっていた。ちょうどあった食堂に入り、米糕と鴨肉湯を食べる。日本式建築の店はちょっと高級感があり、入りにくいが、こちらは庶民的でよい。最後にかなり歩いて屏東原住民文化会館へ行ってみたが、何と既に移転しており、もぬけの殻。屏東の原住民の歴史を知りたかったが、まあ偶にはそんなこともあるさ。ただただ歩き疲れた。

屏東駅へ戻ると、何とエキナカに丸亀製麺があった。腹が一杯で食べずにパンを少し買って自強号に乗り込む。私は自強号の旅が好きで、わざわざ乗り込んだのだが、何となく昔の風情は無くなり、車窓の風景も心なしか寂しい。何より台鐵弁当も売りに来ないし、そもそも座席前にテーブルが無い。乗客も週末でもそれほど多くはない。5時間以上かけて台北まで戻ってきたが、何となく苦痛な旅になってしまった。

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