バンコックの茶商を訪ねて2018(5)チュムポーンへ

フラフラ歩いてホテルに戻ろうとしたその時、目に入ったレストランがあった。何だか蒸篭が積み上げられている。入ってみると、肉や野菜、シュウマイなどを自分で選び、蒸してもらって食べる。皿も小さいので一人飲茶でも大丈夫だ。これはいいといくつか注文して待つ。食べてみるととても本格的でうまい。お茶もあったので頼んでみたが、水が悪いので、美味しくは感じられない。

 

オーナーは華人で英語がうまいのでビックリ。更には日本人だと分かるととても親切にしてくれ、あれこれ説明もしてくれた。やはり日本人はここでは珍しい存在のようだ。かなりお客が入っているが、ほぼ地元の人だろう。喫茶店の代わりに使っている人もいるし、食堂としてくる人もいるようだ。

 

宿に帰り、休息する。それほど日差しが無くても、暑いのだ。窓の外を見ると天気は下り坂。軽く雨が来そうだと思い、昼寝していると夕方になってしまう。また外に出てひたすら歩く。特に見るべきものもないので、寺へ行ったが、本堂は開いておらず、おまけに犬に追い出された。仕方なく川沿いを眺める。そこには露店の食堂も出ていたので、夕飯はまだ日も暮れていない中、ここで叉焼入りの炒飯を食べることにした。これが意外とうまく、幸せになる。

 

10月17日(水)
チュムポーンへ

翌朝もロビーで軽く食べて、チェックアウトした。今日は少し北上してチュムポーンへ行くことにしていた。昨日確認したところでは、バスターミナルの一番端から、ミニバスが出ていた。恐らく朝は便が多いと思い、9時前にホテルで呼んでもらったトゥクトゥクに乗って行ってみた。

 

そこに着くとミニバスは停まっており、私がチケットを買うと皆が乗り込み始め、すぐに出発となった。最後の一席だったようだ。もし少し遅れていたらかなり待たされたかもしれない。段々旅の勘が働いてきており、嬉しい。ミニバスはかなり窮屈なのでちょっと困るが、我慢する。

 

バスは舗装された道を快調に走っていく。途中で結構乗り降りがあったが、予定通りほぼ3時間、180㎞の道のりを経てチュムポーンの街に入った。すると皆がどんどん降りて行く。運転手が『お前はどこで降りるんだ?』と聞いているようだったので、スマホで検索して、それらしいホテルを指さすと、ちゃんとそこまで運んでくれて助かった。

 

昼間のホテルがガランとしていた。余程空いていると思い、『2泊』と告げると、何と『明日は満員だから出て行ってね』と言われて驚く。まあこの街は1泊でもよいので、取り敢えずチェックインした。部屋はガランと広いが何もない。まあ窓からの眺めは良い。外はビヤガーデンのようなものが見え、夜は煩いのかもしれない。

 

まずはチュムポーン駅に向かった。この街にいる理由はただ一つ。沢木耕太郎が深夜特急でこの街に降りたから、だけだった。しかも彼は夜中に宿が無くて困っていたはずだ。今や昔の話である。だから駅は必須アイテム。ちょっとおしゃれな駅舎に入ると、ちょうど電車が来る様子だった。そうだ、ここから次のホアヒンまでは電車に乗ろうと思い立つ。

 

駅で聞いてみると、この昼過ぎの列車はスペシャルらしい。何がスペシャルか分からないが、取り敢えず明後日のチケットを買った。これで明日の夜もここに泊まる必要が出てしまう。駅の周辺にはSLが展示されていたりはするが、昔の面影、は無さそうだった。ちょっと寂しい。

 

そのまま街を散歩するが何も見出せない。ちょっとウエスタンスタイルのレトロな変わったレストランがあったので、入ってみた。中は地元の客で満員だった。雰囲気は悪くないのだが、どうもあまりタイ人とはフィットしない。おまけに店員は忙しすぎて注文は忘れられ、いつになってもランチにありつけない。海鮮オムそば??を食べた後、ちょっと不愉快で店を出る。まあ田舎でよいサービスを求めたのが間違いだったのだ。

 

部屋に帰るとまた昼寝をしてしまう。まあ、タイ人も暑い時は昼寝して涼しくなると活動するのだから、それでよいと思う。夕暮れ時に窓から夕日が見えるのが良い。暗くなると外に出て食べ物を探す。何となくジャンクな気分になり、街中のケンタッキーに入ってしまう。ここのセットはお得だし、ドリンクもフリーだから、偶には良い。

 

そこから駅の方に向かうと屋台街があるのを発見する。木造の家の前に煌々と電気が点いている。子供が母親を手伝って懸命に働いている。何となく沢木耕太郎の世界に近いものを感じたので、こちらで食べればよかったと後悔したが、後の祭り。まあ明日の夜もあるか。駅前の派手なディスコが興を削ぐ。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です