茶の源流を訪ねるベトナム茶旅2015(6)植物学的にお茶を考える

山中へ突撃

そしてついに声が掛かり、郊外へ出発した。車で30分ほど行き、取り敢えず前回M先生らが訪ねたあたりを散策して、目的のものを探すことになった。その目的に物とは『茶(カメリアシネンシス)』ではなく、『カメリアタリエンシス』という別物だという。植物学者のY先生にその違いを伺ってみた。今回の旅では、従来のお茶の専門家という概念ではなく、この植物学という観点から、詳細なお話をして下さるY先生の存在は実に貴重であり、また新鮮であった。

 

お茶の樹は、ツバキ・サザンカと同じツバキ科の多年性植物で、学名を「カメリアシネンシス」という。茶樹の品種は大別して、中国種(シネンシス)とアッサム種(アッサミカ)の2種である。中国の雲南省などにある茶樹王と呼ばれるような大木の多くは、カメリアシネンシスではなく、同種であるカメリアタリエンシスではないかという。確かになぜ茶の木があんなに大きくなるのか、不思議に思っていたが、やはり違うものだったのだろうか。

 

M先生からも『今回の旅に茶はないよ』と言われていた意味がようやく分かってくる。M先生の研究対象は、茶のルーツであり、雲南省付近がその源流だとしても、それからどのように伝播してきたのか、一体どのような経緯で伝わっていったのか、誰が伝えたのか、それを知ることだと分かる。

 

車で30分ぐらい行くと、前の車が見えなくなっていた。迷子になってしまったのか。こんな山の中でどうやって探すんだ。運転手同士は携帯でやり取りしているが、目印もないので、お互いの位置もよく分からないらしい。M先生の乗る1号車の運転手は、前回も同行しているので、彼は先生の意図が分かっていたが、我々の運転手は初めての場所で困っている。

 

何とか追い付くと、既にM先生、Y先生共に、林の中に分け入っている。正直私など素人には、何が何だか分からないのだが、『あれはタリエンシスではないか』と見るや否や、M先生などは、物凄い速さで歩いていく。そのスピードはとても85歳には思えない。普段は普通の80代の歩き方なのに、どうやってあんなに急にスピードが出るのだろうか。これぞ、好きなものには目がない、というのか、脇目も振らず、というのであろうか。これぞ研究者!

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何となくお茶の葉っぱに似ているような、似ていないような。私にはどうしても判別が出来ないのだが、植物学者のY先生は瞬時に、『これは違う』と言い、歩を進めていく。Sさんが『茶の花に似ていますね』と指す方を見ると、確かに沢山花が咲いている。10月頃といえば、日本でも茶の花が咲く季節。Y先生は『これはカメリアキシーでしょうかね』と言い、ツバキ科の別物らしいことを示唆する。

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私はこれまで木や花をまじまじと見ることなどなかったことに気が付く。サクラや梅は見慣れているので分かるが、他のものは区別できないし、名前を知らないものが大半だ。茶樹も植物的観点から見る必要があることを痛感した。『大切なのは葉や木ではなく、花だ』と言われ、ハッとする。栽培されたお茶の世界、茶農家の世界では『茶の花が咲くのは恥』という言葉を聞いたこともある。花が咲くのは栄養が足りないから、ようは肥料をちゃんとやっていないという意味だというのだ。花が咲くのは種族保存の原理だった。そしてその花の中に秘密が隠されている。

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花が咲けば実もなっている。Sさんが林に分け入り、懸命に実を探している。この実が下に落ち、そして発芽する。芽が出て根を張り、徐々に成長する。これまで見てきた茶畑は、基本的に茶農家が育てているため、このような基本的な生育に思いが至らない。今年の初めにもここへ来たにも拘らず、なぜこの時期にM先生がここを再訪したのか、それが段々分かってきた。

 

また別のところへ踏み込んでいく。すると、少し大振りで硬めのしっかりした葉が見つかった。どうやらこれがタリエンシスではないか。やはりここにはタリエンシスがあったのだ、と皆が喜ぶ。ただその数は多くはない。途中には油茶を採るため山茶花が人の手で植えられていた。この付近でも油が商品になる、金になると分かり、従来植えられていたタリエンシスは邪魔なので伐採対象となり、代わりに山茶花が植えられたようだ。研究上タリエンシスは重要だが、村の人々にとっては、たまに葉を採り、茶を作るだけの存在だということだ。

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そうこうしている内に、1日目の探索は終了した。ホテルに帰り夕飯を食べる。豚肉、鶏肉、ソーセージ、卵焼と、豪勢な料理が出てきた。特に自家製のソーセージが美味い、ということでお替りを頼んだ。本当は村のどこかのレストランで食べたいと思ったのだが、これはツアーで決められているため、自由行動は出来なかった。

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夕飯後、Sさんが昨日入手したベトナムの渋い緑茶を淹れてみた。淹れ方によって味が変わるのではないか、と思ったが、なかなか難しい。するとTさんが抹茶を淹れ始める。さすが西尾のお茶屋さん、慣れた手つきで茶筅を使う。お菓子まで頂き、皆が抹茶を頂く。お茶関係者の集いはこれだから面白い。日本でも滅多に飲まない抹茶を、まさかベトナムの山奥で、抹茶を頂くとは。

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