《台湾お茶散歩2》2006(3)

(3)薛さん宅

走って50m。何とか『天隆茶荘』に駆け込む。薛さんが来たか、といった顔で出迎えてくれた。いきなり『メシ食ってないだろう。家に行こう。』と言う。彼のワンボックスに乗り、3分で自宅へ。そこで奥さんとも再会。この夫妻は2004年8月に香港に遊びに来たので、それ以来2年ぶりとなる。

私のために既に昼食が用意されていた。彼らは先に食べたと言うことで一人食べる。豚肉と新鮮な野菜炒め、自宅で飼っていた地鶏、蕪のスープ。全てあっさりした味付けで美味しい。農家の食事は素朴であって兎に角新鮮。贅沢な食事なのである。

奥で皿を洗っている音がする。どうやらメイドさんを雇っているようだ。インドネシアから来ているとか。2年間雇用で月2万元。内彼女の手取りは9000元ほどだと言う。エージェントや税金などが結構掛っている。

車で道路沿いの店の方に戻る。店には台湾の少数民族である鄒族の若い女性がいた。半年前からお茶小姐として採用されている。最近中国大陸から視察団と称して観光客が大量に訪れている。彼らは大体阿里山にやって来る。有名な『阿里山的姑娘』と言う歌から連想される女性を彼女が演じるらしい。実際観光客のリクエストで民族衣装を着て記念撮影にも応じるらしい。かなり観光地化している。

雨は止む気配が無い、というより強くなっている。向かいのお茶屋さんでは建物に大きく大陸で使われている簡体字が書かれている。台湾経済は中国頼みなのだろうか??店内には来店した中国人が置いていった名刺が100枚以上張られていた。見ると北は黒龍江省から南は雲南省まで、ほぼ全中国から来ている。農業関係者ばかりではなく、省政府、市政府の関係者なども多い。やはり未だに中国は役人天国である。

店にはお客が3人いた。何で雨にも拘らずお茶を飲んでいるのだろうか?? 観光客にも見えない。皆台湾語を話すので何を言っているのか分からない。あとで聞いた所では彼らは薛さんの茶園を手伝っている人々で雨のために仕事が出来ないでいたらしい。もう直ぐ夏茶のシーズンであるが、何も出来ないとこぼしていた。

 

 

阿里山にはいいヒノキがあるようだ。店内にはヒノキで作った置物が置かれている。壷の様な置物には上に栓があり、その栓を抜いて匂いをかぐと相当いい香りがする。名産品と言うことで中国人が買っていくらしい??

お茶の種類も増えている。ここでは珠露茶と金宣茶の2種類と思っていたが、いつの間にか烏龍茶なども作っている。パッケージも昔はこの村で共通のものを使っていたが、今は独自に作っている。丁度デザインをする女性がやって来る。沢山のサンプルを見せている。段々商業的になってくる。商売相手が地元の人から観光客に、台湾人から中国人に変化していくとこうせざるを得ないのだろう。

何種類か飲んだが、私は慣れ親しんだ珠露茶を選ぶ。パンフレット、名刺等全て2年前と違っている。奥さんの趣味であろうか??革新的な動きに付いていけない?? 薛さんの家には3人の子供がいるが、長女は台北の大学で英語を専攻している。長男は来年大学受験。次男共々今は嘉義の親戚の家から高校、中学に通っている。お金が掛る時期である。

奥さんはどうやら日本旅行を画策しているらしい。ディズニーランドにやって来る日も近いかもしれない。活発なお茶農家である。

帰りはバスに乗るという私を制して、薛さんが車で嘉義まで送ってくれた。車は4年前のボルボからベンツに代わっていた。うーん、お茶農家はそんなに儲かるのだろうか??何だか面白いような、寂しいような。しかしビジネスになってくると厳しい場面もあるだろう。今後どうなっていくのかウオッチしていきたい。

(4)台北へ
駅で薛さんに御礼を言って別れた。台北行きの自強号まで30分ほど時間があったので、駅の売店で駅弁を買う。排骨弁当、懐かしい響きである。1984年に私が始めの海外旅行で台湾を訪れた時、食べ物に困ると食べていた物、それが排骨飯であった。日本で言えばカツ丼であろうか。

 

排骨とは骨付き豚肉、スペアーリブというには大きな肉が付いている。弁当はご飯の上一杯に排骨は広がり、その下に高菜の炒め物が敷かれている。列車の中で食べるつもりでいたが、きれいな夕陽が照らしているベンチで食べることにした。何となく懐かしい、そしてちょっと美味しいという感じである。

 

横を見ると到着した電車から降りた三人組が改札に向かわずに線路を横切り出て行こうとしている。特急が停まる駅でこの状態、台湾だなあ。夕陽を浴びながら彼らは悪びれた様子も無く、立ち去った。

列車は定刻に来た。満員であった。土曜日の夜に台北に戻る人たちであろうか??服部真澄の『エル・ドラド』という小説を読む。かなりの迫力で世界の農業ビジネスの未来を予言している。遺伝子組み換え作物の出現、話の中ではワインビジネスであるが、お茶の木にも発展するかもしれない。そう考えながら、一気に読んでいると3時間があっと言う間に過ぎて、台北に着いてしまった。

ホテルに戻り、風呂に入り、テレビを見ながら寝てしまう。さすがに疲れが出てきた。

6月4日(日)
4.台北
(1)奇古堂
翌朝も7時半に起きて、ホテルで朝食を食べ、早々に外出。何しろ今日の午前中しかない。ゆっくりもしていられない。しかしこんな早くからやっている所は無い、と思っていると奇古堂を思い出す。ここはホテルに入っているので朝8時からやっている。行って見る。

店は開いていたが、前回話し込んだオバサンはまだ来ていなかった。最近入ったというお姐さんがいたが、その内オバサンが来ると言うので、外へ出る。歩いて10分ほどの所に和昌があるはずだった。ここには台北駐在中の16年ほど前に行ったことはあったが、最近訪れたことは無い。

先日のお茶会で台湾在住15年のTさんがお土産として持って来てくれた和昌の金宣茶が凄い人気であった。台北に行くなら是非買ってきて欲しいと言われていたので、行くことにした。地球の歩き方によれば9時開店。丁度良い。Sogo近くのその店は分かり難かった。そしてようやく見つけたが、シャッターは閉まったまま。仕方なく電話してみると10時からと言われてしまう。確かに確認せず行動しているのだから仕方が無い。

再度奇古堂に戻る。オバサンはもう来ているだろうか??残念ながらまだ来ていなかった。本来日曜日は休みなのではないか?もう一人少し分かる店員が出て来てお茶が出る。梨山烏龍を飲む。香りが良い。

慌ててオバサンがやって来た。私のことは忘れているらしい。それでも電話で呼び出されてやって来てくれるのだから有り難い。このオバサンには独特の世界がある。それが好きなのである。今回も一人分の小さな急須に梨山烏龍を少しだけ入れてゆっくりゆっくりお茶を飲む。

この世界は通常の私には無いものである。良い茶葉は沢山入れてはいけない、または入れる必要が無い。100度のお湯ではなく、少し冷ましたお湯を使う。全てがゆっくり運ばれる。そして今回教えられた最も大切なことは香りをかぐことである。奇古堂オリジナルの背の低い少し上が広がった聞香杯を使ってかぐ。白磁で作られた聞香杯で香りを吸い込むといい匂いがする。大事なことはいい匂いがすることではなく、呼吸にあるようだ。お茶呼吸法??

オバサンと二人、暫しお茶の香りを吸い込む。なんとも不思議な世界が出現する。この店に並んでいる仏像やきれいな茶器の影響もあるだろうか??精神的に落ち着くのみならず、頭が冴えてくる。ヨーガや太極拳に通じるものがある。この世界を極めてみたい気がする。

既に10時半、もっとこの世界に居たかったが、東京に帰る時間が迫る。こんな状況ではホンモノの時間を得ることは難しい。次回はゆっくり台北のみで時間を使いたい。オバサンからも阿里山日帰り等は意味がないといわれてしまう。ちょっと宗教的。

(2)和昌
急いで和昌ヘ。店の前に立つと既に沢山の客がお茶を飲んでいる。どうやら日本人観光客らしい。この店は渡辺満里奈の『満里奈の旅ぶくれーたわわ台湾』で紹介されて以来、日本人観光客、特に女性が頻繁に訪れていると聞いていたが、本当にそうであった。

中に入ると16年前と変わっていない。お茶問屋という雰囲気の奥の様子、手前のテーブルを前にじゃばじゃばとお茶を注ぐ様子。奥では注文のあったお茶を袋にどんどん詰めている。その様子が昔の台湾そのものであった。しかしお茶を注ぎでいる人が若い。オーナーの張さんは4年前に亡くなっていた。現在は2代目で息子の張さんがその役目を担っている。

テーブルには日本人女性が数人、熱心にお茶を選んでいる。1つずつメモを取りながら質問している人もいる。実践お茶教室のようだ。その中で二代目はもの凄い勢いで話し、そして注ぐ。一種の話芸である。お茶も各種ある。東方美人を飲んでいたかと思うと高山茶を飲む。大き目の茶杯で飲む。

張さんに挨拶した。16年前にお父さんのお茶を飲んだと言った所、表情が緩む。そして恐縮してしまうほど気を使ってくれる。金宣茶も飲ませてくれた。友人が好きだと言うと喜んでくれる。あの強烈なミルク味は天然か??不躾な質問すると嫌な顔もせずに『これはインドのアッサム紅茶と台湾の金宣茶の混合種。天然である。』との答え。値段を見ると驚くほど安い(ちょっと疑問)。

ゆっくり話をする暇も無く、張さんもお客の相手に忙しく、残念ながら店を離れる。忙しいのに店頭まで張さんが見送ってくれた。しかし何となく不思議な店である。

 

 

 

(3)雨
雨が降り出した。タクシーで広方園に向かったが、残念ながら湯さんは午後出勤とのことで会えなかった。やはり時間が足りない。いつも必ずいく瑞泰茶荘にも全く行く時間が無い。もうタイムアップである。

ホテルをチェックアウトした。12時である。フロントに聞くとリージェントホテルの前にバス停があるという。これから台北駅に行くと時間が掛るし、雨なので近くのバス停に向かう。

ところが大雨になる。バス停にいることも出来ない。そこへタクシーの運転手が『900元で空港まで行く』と一生懸命誘うのでつい乗り込んでしまう。結構な出費であるが、日本円で3000円ちょっと。東京なら成田からのリムジンバス代である。

乗って直ぐに16年前に住んでいたマンションの前を通りかかる。どうやら健在のようだ。色々な思い出があるが、何だか思い出せない。雨に霞んでいるが、大分古びただろうか??

あっと言う間に空港に着く。時間が早過ぎる。昼ごはんを食べようと2階に向かうと階段の端で荷物を全部出して荷造りをしている女性たちがいた。向こうから『どうも』と声を掛けられる。よく見るとさっき和昌でお茶の勉強をしていた女の子達だ。きっと買ったものを分けているのだろう。昔ならこれも縁なので色々と話したかもしれない。しかし今の私にはその気力が無い。明日から又日本での閉塞感のある生活が待っている。気分が沈んでいくのが分かる。

牛肉麺を食べながら、今回の旅を振り返る。唯一の反省が時間の無さ。阿里山日帰りは愚挙だったであろうか??そしてあの奇古堂の不思議な世界。お茶の飲み方を根本から変えなければいけないかも知れない。まだまだお茶の旅は続く。奥は底なしに深い。

 

 

 

 

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