昆明駅はすぐそこなのだが、10年前とはかなり違っており、見違えてしまった。あの頃改築工事が行われていたような気もする。ここで車を呼び、出掛ける。ところが数分で来るはずの車が一向に来ない。駅周辺は旧市街で道が狭く、大混雑のようだ。何とか車に乗り込むと、今度は一気に外環道路を走り出す。


約40分かけて知り合いのHさんが最近留学を始めた大学までやって来た。中国の大学は敷地が広く、門がいくつもあるので、なかなか迷う。何とか留学10日目のHさんと合流して、その住まいの方へ向かったが、くねくね曲がった上り坂の周囲には80年代に建てられたであろう教員宿舎がそのままずらりと並んでいて、何となく懐かしい風景だ。そのかなり奥まった場所に外国人居住区があり、授業もそこで受けるらしい。

Hさんの部屋を見せてもらうと、天井が高く、部屋はかなり広い。これなら私もここに留学したぐらいだ。80年代の上海の留学生宿舎は狭かった。もう一つの建物に入り、Hさんが知り合ったばかりだというロシア人のところへ行ってみた。驚いたことに彼は英語も中国語も普通に話せた。
ロディアはモスクワ郊外の出身だといい、5年前に中国に留学に来た。南京で中国語を学び、その後彼の関心事である茶を学ぶため杭州の大学4年で学部を卒業した。その卒業論文は「万里茶道」だというので驚いていると、関連資料がどんどん出てきた。私も10年前に万里茶路の旅に出ており、かなり色々と調べたので話が合う。留学早々のHさんは中国語の会話もそうだが、内容が耳に入って来なかっただろう。特に彼が言う「現在万里茶道に関する論文などは中国人によって書かれており、ロシア側の情報がほぼない。またロシア人研究者が書いた論文はロシア語から翻訳されることはほぼない」は極めて重要であり、彼のような人材が非常に貴重であることが分かる。

彼はこれまでにため込んだ貴重なお茶も沢山持っていて、色々と飲ませてくれた。茶器にもこだわりがあり、壊れた物は金継ぎしているようだった。ロシアの茶関係者が来る時は、通訳兼ガイドもしているという。最近は武夷山や漢口へ行き、調査も欠かさない。こういう大学院生が日本にもいるのだろうか。

あっと言う間に3時間が過ぎてしまい、あたりが暗くなる。彼の部屋を辞して、近所で晩御飯を探す。農家菜の店を検索で見つけて行ってみたが、途中に似たような店があったのでそこに入った。豚肉スープは意外と旨く、野菜もたっぷりでよかった。Hさんはここで一年頑張るというのだが、色々と大変なことだろう。ただきっとそれ以上の収穫を得ると思いたい。車を呼んで40分ほどかけて暗い夜道を宿へ戻った。かなり疲れていた筈だが、なかなか寝付けなかったのは、やはり標高1900mのせいだろうか。

10月4日(土)麗江へ
眠りが浅い中、朝は早めに起きて宿の朝飯を食べた。まあ仕方ないのだが、食べたいものは殆どなく、かなり軽めの食事となる。実は昆明駅は宿の窓からほぼ見えているのだが、百度地図などで見ると歩いて10分などと書かれていて、ちょっと不安になり、早めに出ていく。
駅前の広場はキレイになり、駅舎も勿論きれいだ。チェックも簡単ですぐに中へ入る。エキナカの店の一つはあの2015年末に寒さを凌ぐために入ったところだと気づいて、ちょっと感動する。確かあの頃、この駅で事件があり、ピリピリしていたことも思い出す。国慶節休みの混雑はほぼ感じられず、季節の良い週末という感じだ。

