《広東茶食旅(広州・潮州・深圳)2025》(7)潮府工夫茶文化博物館で

そこから湖を半周し、更に歩いて行くと、何となく昔の街の雰囲気が出てきた。取り敢えず潮州に来たのだから、三山国王宮へお参りに行く。宮は改修されていてかなり新しい。だが周囲には大きな木があり、古い家もあった。かなりいい雰囲気であったが、観光客などは全くいない。

そこから川へ出て歩いて行く。今日は天気も良く、気温も上昇していて暖かい。川はかなり大きく、その昔はこの川が重要な交通の中心だっただろうと思われる。天気に誘われて地元の老人たちが散歩している。私はまた旧市街地に足を踏み入れた。古い家々、路地をずっと歩いて行くと、潮府工夫茶文化博物館に出会った。

何となく中に入ると入場料がいるという。10元を払うと、年配の女性が色々と展示の説明をしてくれた。「日本の煎茶道との関係を知りたい」と言ってみると、それは館長の書いた本に書かれているというのでその本を購入した。すると女性が「ちょうど館長がいるので会ってもいいと言っている」というので、話を聞いてみた。

館長は如何にも文化人といういでたちで、優雅にお茶を淹れてくれた。その歴史などもかなり調べているようだった。勿論煎茶道もしており、恐らくは明代に中国にあった煎茶道?が日本に伝わったでは、という。この視点は私にはなかったので参考になる。彼は2冊目の本を執筆中で、その中でこの疑問にも触れると言っていたので、期待したい。

腹が減った。博物館から少し歩くと観光客が沢山いるエリアに出た。勿論食べ物屋も沢山あるのだが、私はどうしても鳳凰山の豆腐が食べたかったので探してみる。何とか見つけたその小さな店の店先に揚げた豆腐が置かれていた。食べたいというと、もう一度揚げ直して出してくれる。何となく臭豆腐の匂い無し版かなと思う。

フラフラしていると開元寺に出た。この寺の名前はその昔泉州で見た。そこは孫悟空関連場所と書かれていた記憶があるが、ここにも所縁があるのだろうか。とにかくこの付近だけやたらと観光客がいる。かなり広い境内を散策後、土産物屋などがある一角を抜けていく。潮州に来た観光客は誰でもここに来る、という感じだったので脱出を図る。

車を呼んで潮州博物館に向かう。運転手が「あんたはエライな」というので驚いていると「潮州には長い歴史があり、多くの伝統文化があるが、普通の観光客はどこへ行っても買い物に浮かれ、美食に酔うだけ。博物館へ行こうなどという客を乗せることなど滅多にないんだ」と嘆く。

博物館はご多分に漏れずきれいだったが、確かに見学者は少なかった。そして運転手の言う通り、かなり長い歴史が展示されている。私は潮州をどのようにとらえて良いのかかなり迷う。唐代からの歴史的な流れ、そして潮州が移民受け入れ地から移民排出地に変わる流れ、少数民族との融合など、重要事項目白押しながら、その繋がりがやや判然としないのはなぜだろうか。何かが引っかかっている。

かなり疲れを覚えてしまい、全てを見ることなく博物館を離れた。次回以降の課題としたい。また車を呼んで宿へ逃げ帰る。部屋で休んでいたが、早めに宿のレストランへ行ってみた。先日の順徳に習い、一人で地元飯を食べるならここに相談しようと思ったわけだ。だが相手をしてくれたのは若い女性スタッフで、こちらが紹介を頼んでもいまひとつピンとこない。まあ適当に頼んでみたら、案の定ベテランがやってきて、お粥は多過ぎるから野菜にしようね、などと的確な指示をしてくれた。

結局名物の鶏肉、煎蚝烙(牡蠣オムレツ)、炒芥蘭に収まった。これにプーアル茶で120元ほど。鶏肉はさすが名物だけあって、鶏自体が美味い。芥蘭も柔らかく、広東風のXO醤ではなく、あっさりした味付けが美味い。煎蚝烙は台湾でいうところオアジェン。これも潮州からの流れなのだろう。同じ宿に3日も泊まっていると不便も感じなくなり、ぐっすりと休んだ。

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