静岡川根森町茶旅2024(3)森町から丸子へ

帰りに小國神社の境内を散策すると、既に紅葉シーズンではないが、ほのかに色づいた葉が残っており、何とも言えない風情を醸し出していた。参道は高い木で囲まれており、脇には昔の参道、土の道が続いている。こういうところにいると、何だか妙に落ち着く。それが元々の神社なのだろう。

次に向かったのは、藤江勝太郎さんのお墓。森町城下が良く見える場所にあった。以前は古いお墓があったように思うが、今は新しい墓に纏められている。その内に名士の墓として、案内板などが立つのだろうか。彼の茶業への貢献は大変大きいが、彼はそれを望んでいるだろうか。

町役場に行く。突然町長と面会すると言われ、ちょっと驚く。今の町長は台湾との関係の非常に理解のある方で、町長として台湾を訪問し、茶業改良場との相互交流も図って来られた。何とも素晴らしい、としか言いようがないのだが、森町茶業史が刊行されたのだから、この機会により一層森町茶業の歴史を全国及び世界に発信して頂きたいとお願いした。

最後に天宮神社を参拝した。こちらも由緒正しい、歴史ある神社。普段は入れない社殿にも入れて貰い、その木造建築を見学した。さすが歴史の街だなと感心する。Mさんの車で街を1日散策して、思いがけず多くの物を得た。駅まで送ってもらい、また一両列車に揺られて帰る。

掛川で宿に戻り荷物を取り、また駅へ引き返して静岡へ向かった。だいぶん腹が減っており、静岡駅で降りると、そのまま寿司屋に入ってサックと食べてから今日の宿へ向かう。定宿なので慣れており、すぐに大浴場へ行って疲れを癒し、そのまま寝入る。今日はちょっと疲れてしまったようだ。

12月17日(火)丸子で

定宿の朝ごはんはいつも通りだったが、昨日の掛川の宿のクオリティーには勝てない。同じチェーン店でも定宿はやはり、廉価版ということだろうか。まあ、朝から腹一杯食べて良いかという問題も出てきており、今後はクオリティーに重点を置くべきかもしれないが、宿代が払えるかが問題だ。

今朝はバスターミナルからバスに乗り、丸子に向かった。2か月前に亡くなった村松二六さんにお線香をあげに行くためだった。これまで丸子に行く時は村松夫人に車に乗せてもらっていたが、今日は自ら行こうとネット検索して、バスを探した。意外とバスの本数もあり、近くまで行けることが分かり安堵。

ちょうど一本早いバスに乗れた。40分ほどで丸子の街を抜けて、目的地に到着した。あの多田元吉も明治初期に、この道を通って静岡方面へ向かったのだろうか。バス停から10分ほど旧東海道を歩くと、長源寺というお寺があり、その一角に多田元吉翁記念碑や丸子紅茶発祥の地という碑が建てられている。

以前はここに茶工場があり、二六さんによる製茶体験などが行われていたのを思い出す。そして少し上っていくと多田元吉の墓がある。多田元吉は68歳で亡くなった。紅茶は勿論、日本茶全体に大きな貢献があるのだが、そこはあまり知られていないように思われ、残念だ。いつか「多田元吉と日本茶業」について、簡単に纏めてみたい。

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