沼田茶旅2020(1)新井耕吉郎記念碑に詣でる

《沼田茶旅2020》  2020年6月29日

京都へ行ってみて、感染症対策をきちんと取れば、短期間の遠出は可能ではないかと考え始めた。寧ろ日々家の中に籠りきっている方がよほど体には悪いと思われたので、雨の日は家に居て、晴れた日には少し外へ出ることにした。晴耕雨読、ある意味で理想的な生活に入った。

そんな中、どうしても一度は行っておきたいが、なかなかその機会がない群馬県沼田市への旅を思いついた。私が台湾茶の歴史を学び始めるきっかけとなった男、新井耕吉郎氏の出身地であり、その記念碑が建っているとは聞いていたので、一体どんなところだろうか、と訪ねてみた。

沼田まで

朝9時半前に家を出て新宿まで行く。湘南新宿ラインという便利な電車に乗ると高崎まで乗り換えなくても良いのだが、待ち時間がかなりあったので、その前の電車で途中まで行き、乗り継いで高崎に向かう。天気は抜群によく、車両はそれほど混んでいないので、ゆっくり本を読んで過ごす。

大宮までは何度も来ているのだが、そこから先はある意味で未知の領域。上尾から始まり、猛暑地帯熊谷、ネギが有名な深谷などを通り過ぎていき、乗客はだんだんに減っていく。終点高崎に着くと、上越線までの乗り換え時間が30分あったので、駅そばを食べることにした。ここもかなりのコロナ対策がされており、お客もあまりいない。

上越線で沼田駅へ向かう。50分ほど揺られて到着する。この時間はさすがに乗客も少なかった。如何にもローカル線という感じだ。駅前はお店などもあまりなく思っていたより寂しい。バス停があり、目的地へ向かうには13時のバスに乗れば行けるようだが、念のため運転手に聞いてみると『そんなところへ何しに行くの?』と相当に不思議がられた。何故だろうか?一体どんなところへ行こうとしているのだろうか。

新井さん記念碑

バスは出発するとすぐに坂を上る。沼田は駅が下にあり、街は上にあったのだ。その街中を抜けていくと、郊外に出る。道路は広いし、しっかりしていて驚くことは何もない。30分ほど乗って、降りるバス停の前まで来たが、何とそこから長いトンネルの入り、抜けたところにバス停があった。店もほんの少しあるにはあったが、確かに観光客が寄るような場所ではない。山がよく見え、景色は抜群だったが、不安はぬぐいされない。

そこからグーグルマップで1.2㎞の地点に目的地が表示されている。雨も降っておらず、楽勝だと思われたが、徒歩で25分かかるとなっていた。何でそんなにかかるのだろうか。山の方へ向かって入っていった。上りでカーブしてはいるが自動車道で歩きやすい。勿論車は一台も通らない。

その先、完全な山道に入るよう、スマホが指示していた。こんな所を行くのだろうか。かなりの下りだ。途中果物畑が見えたので、人の気配は感じられたが、小川の脇の小道を下るのはやはり不安だ。木が生い茂って光を遮り、坂はどんどん急になっていく。汗をかき始めたころ、何とか下まで辿り着いた。

そこは開けており、住宅が何軒もあった。小山を一つ越えて来たのだ。古い家もあるが、比較的新しい家もある。ここが新井耕吉郎出生の地、利根町園原というところだった。まさに山間の小集落、新井はここでどんな少年時代を過ごしたのだろうか。家々を抜けていくとすぐに畑が広がっていた。周囲は山に囲まれている。

遂に新井の記念碑を見付けた。後ろからお婆さんが訝しそうに距離を置いて歩いてきたが、私がここで止まったので安心して畑の方に向かった。確かに私はどう考えても怪しいよそ者である。寧ろお婆さんに声を掛けるべきであったのかもしれないが、そういう雰囲気の距離ではなかった。

私はここに新井の墓もあると思っていたのだが、あったのは、娘さんの墓だった。確か新井の遺骨は彼女が半分持って引き揚げ船に乗ったが、そこで失われたと聞いている。もう半分は魚池試験場の茶畑に眠っている。説明の碑も建っており、娘婿が新井の功績などを調べて書き込んでいた。

そしてその脇には、あの許文龍作、新井の胸像が野ざらしで置かれていた。許文龍氏は台湾の大手企業奇美実業のオーナーであり、美術・音楽などを自ら行う芸術家としても知られている。私が一度だけ仕事で許氏に会った時、彼は『僕は漁民だよ』と言っていた。単なる釣り人でもないだろう。

この像は魚池試験場内にも安置されており、以前新井の子孫と共に見学している。後は台南の奇美博物館にもあるはずだが、それは見ていない。いずれにしても、20年前には全く知られることがなかった新井耕吉郎が『台湾紅茶の守護者』として登場したのは、間違いなくこの胸像とそれに付けられたストーリーであり、かつ新井の資料を保管していて、それを提供した竹下さんのお陰である。

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