ハノイで飲む濃い目のお茶2012(5)ハノイ お茶屋の6代目に歴史を聞いたが

韓国が目立つハノイ

午後タクシーに乗り、もう1軒の茶屋へ行く。ところがズンさんが調べた住所に茶屋はなく、近所で聞くと既に廃業していた。お茶屋はそんなに簡単なビジネスではないようだ。その近くに民族博物館があったので、覗いてみる。ベトナムに居る各民族の特徴が述べられており、また屋外にはそれぞれの民族の家屋なども展示されている。

続いて、市内視察。一際聳え立つ70階建てのビル、これは韓国資本が建てたという。同時期に日本企業にも話があったが、リーマンショックで断念したらしい。何故韓国に出来て日本に出来ないのか。隣には48階建ての高層マンションが2棟。発売と同時に売り切れるほどの人気だったらしい。日本円で数千万円もするマンションが買える人って、今のベトナムでは誰なんだ。海外帰りのベトナム人ではないらしい。

日本大使館は広大な敷地であった。何でこんなに大きいのか、ODAに対する見返り、とも言われている。実際ハノイでは道路も空港も皆日本のODAで作られている。韓国は実利を取り、日本は支援を取っているのか。日本大使館の向かいには巨大ショッピングモールの建設が進んでいた。ここも韓国系だった。どうなっているのか、日本。

茶屋の6代目と会う

そして今日のメインイベント。ハノイで19世紀から続くお茶屋さんを訪問。そこでベトナム茶の歴史を聞こうという企画だ。ズンさんが事前に根回ししてくれており、アポも取れている。お店に行くと、周囲は古い街並みの残しており、気分が盛り上がる。そしてお店も非常に古めかしい家屋に茶を飲ませるスペースがなかなか心地よい。聞けば50年前の建築物を借りて営業しているという。ベトナム戦争など相次ぐ戦争で、建物も全てが残っている訳ではない。

中は畳ではないが、板の間にござが敷かれているのか、椅子ではなく座るスタイルの部屋がある。正直ベトナム人の生活習慣が分からないが、恐らくはリラックスする空間として、直に座る文化があるのだろう。書画も掛かっており、雰囲気は出ている。裏には中庭があり、そこでもお茶が飲める。

この店の店主、6代目のスオンさんと話す。このお店は1800年代に初代の女性が茶葉を売り始めて、その後戦争などの混乱があった中、今日まで引き続き、スオンさんが父親の代を継いで6代目だという。スオンさんはお茶屋の主人の傍ら、実は新聞記者としても活躍しており、二足の草鞋を履いている。

この店には日本人の茶道家や仏教関係者なども立ち寄り、お茶の話をしていくという。中にはハノイで茶道のイベントをする人もおり、日本のメディアや雑誌でも紹介されている。スオンさんはハノイのお茶の世界の有名人だ。

ベトナムのお茶の歴史、彼によれば、それこそ戦乱で資料も散逸し、お茶屋も開店休業であった時期もあり、はっきりしたことは分からないという。当然であろう。いつからどんなお茶を飲んでいたのか、何故濃い、渋いお茶をハノイでは好むのか、分からない。1950年代にハノイでプーアール茶が作られていた歴史を聞いてみると、それも初耳とのことで、こちらが漢字で書かれた資料を提供した。

スオンさんのおじさんという人も傍で控えて聞いていたが、歴史はお手上げという感じでどこかへ行ってしまう。ベトナム茶の歴史は、老齢な茶樹が発見されたこともあり、これから少しずつ解明されていくと思われるが、資料がない以上、ある部分は憶測の域を出ないだろう。

3月21日(水)   ハノイ 普通話ができる人は誰

前日夜はホテル近くでまたB級グルメ。おこわご飯の上に豚の角煮と煮卵。これはまた美味い。本当に簡単に食べられる物が安くて美味い。ハノイの魅力を知ってしまうと、他の都市では生きづらい。

翌朝は午前中街歩き。ハノイの特徴は街角の至る所で茶を飲んでいること。例の風呂場の低い椅子に座り、何をするでもなく茶を飲む。この光景は福建省のアモイなどで見たことがあるが、実はそうそうあるものではない。お茶を日常空間で飲む文化がある街、歩いていて居心地が良い。

古い教会の建物が街並みに合っている。昔誰かの邸宅だったらしい建物もおもちゃのようで可愛らしい。私の歩く旧市街地は、戦争の影響をどの程度受けたのか分からないが、古めかしくてよい。

大きな通りに出るとコンベンションセンターのような場所があり、そこでエネルギー博をやっていた。何気なく覗くと中へ入れられ、そのまま登録が行われ、会場内に滑り込む。会場内にはドイツなどヨーロッパ勢がブースを出しており、省エネ機器などを売り込んでいる。残念ながら日本企業はない。

台湾企業のブースで女性に声を掛けると、普通話が出来た。彼女は何と広西壮族自治区出身。ハノイの大学でベトナム語を勉強中、たまたまバイトの募集があり、働いているらしい。台湾系企業で中国人がバイト、ハノイにはそれほど普通話が出来る人が不足しているのだろうか。それともコストが安いのだろうか。いや、ベトナム人で普通話を学ぶ人が少ないということか。分からない。

昼は紹介された日本人とランチ。彼は日本企業の駐在員を長くやりながら、現在はコンサル業もこなしている。ベトナム人について、ベトナムの進出事情についてなど、様々な情報を得る。後で気付いたことだが、彼は大学の1年後輩であった。何とも奇遇。




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