香港歴史散歩2004(6)太子2

【九龍ルート8】2004年4月18日

1.雷生春楼

MTR太子駅で降りる。茘枝角道を歩いて行くと三叉路にやけに目立つ如何にも古い建物がある。それが雷生春楼である。何だか異様な3階建てである。1934年建造というから今年で70年。現在は廃屋となっている。

この建物は九龍バスの創業者の一人雷亮の持ち物で職場と住居を兼ねていた。更に一族の一人が整骨医としてここで開業しており、その名前『雷生春』が建物の上に書かれている。香港の昔の金持ちが如何に力があったかを思わせる大きな建物である。

この建物は80年頃から荒廃していたが、近年重要文化財に指定され、管理されている。九龍バス博物館を設立するとの話もあるようだが、訪ねた時点では特に何かがされている様子は無かった。

しかしこの建物は三叉路の角にあることもあり、この街の象徴的な建物に見える。太子は以前モンコックの繁栄に合わせて、栄えていたようだが、今は古い住居のみで活気は無い。

2.洪聖殿

ひっそりとした太子の街を歩いて行くと、これまた本当にひっそりと洪聖殿が建っている。言われなければ通り過ぎてしまうほど。元々は深水歩にあったが、1928年の拡張工事で現在の場所、福全街に移された。大きな樹木が後ろの建物を覆いつくさんばかりである。建物自体は比較的新しく再建された様子が分かる。

祀られているのは、南海神洪聖広利大王。一体どんな人物なのだろうか?何処の廟でもそうだが、中は薄暗く安置された像を覗き込むが良く見えない。おまけにここは管理がしっかりしており、管理者が何者だ、という感じで私を覗き込む。すごすご退散する。

これらの古い廟に関心を持つ香港人は殆どおらず、勿論観光地でもない。昔からの信者か近所の老人が通うのみであるから、所謂よそ者に対する警戒心は強い。福全街を歩き、更にモンコック道から上海街へ出ると先程までの静けさが嘘のような喧騒に襲われる。ごみごみした土曜日の午後、何時もの香港がそこにある。

 

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