ビエンチャンの歌姫に会いに行く2012(4)国際バスでウドンタニへ

11月5日(月)  ホテルの庭でブレックファースト

翌朝はホテルの庭でブレックファースト。このためにこのホテルに泊まった訳だが、予想通り気持ちの良い朝となった。風が吹き抜ける、木々がかすかに揺れる。こういう環境で食事をするのは良いものだ。フランスパンにオムレツ、フルーツ、十分だな、これで。

このホテルにはスペイン人やドイツ人が泊まっていた。彼らは朝から賑やかに食べていた。それもまた良し。日本人と思われるオジサンが一人で新聞を広げている。それもまた良し。皆さん、思い思いの時間を過ごしている。

街に散歩に出た。今回はバトゥサイすら行っていなかった。だが歩き出すと意外と暑い。更には大きな道を歩いていると、先導車両に導かれて、各国代表団の車が続々と続いている。今日はASEMの開幕だ。あんまりウロウロしているのも何かと思い、旧市内の細い街などを歩く。

因みに野田首相は何故かこの小さなビエンチャンという街に3泊もするらしい。一体何をするためだろうか。日本から大勢の報道陣が来ているが、彼らの狙いもASEMではない。野田さんが衆議院を解散するのか、の1点に集中している。折角ビエンチャンまで来て、国内政局とは?一方温家宝総理は、3日後に5年に一度の共産党大会を控えていたが、1泊でやって来てパフォーマンスを繰り返していた。これが今の日中の東南アジア外交であろう。

昼はおしゃれないカフェで頂く。豪勢なランチプレート、ちょっとお金があれば、ビエンチャン生活は優雅かも知れない。コーヒーも美味しい。日本の報道関係者と思われる4人連れが入って来た。何だか少し雰囲気が壊れた。

国際バス

午前中にバスターミナルへ行き、午後2時のウドンタニ行きバスのチケットを買った。午後1時半に行って見ると、既にチケットは完売、午前中に買っておいてよかった。だが一体どこから乗ったらよいのか分からない。人に聞くと「ここだ」というのだが、出発時間近くになってもバスは来ない。不安。今日はASEMで街中、大変。まさかキャンセル?

その時、バスが入って来た。立派なバスだ。考えてみればこれも国際バス。皆が一斉に乗り込む。荷物も積みこまれる。一応指定席である。2時は少し過ぎたが、それほど遅れず出発したのにはホッとした。何しろウドンタニから飛行機でバンコックへ戻るのだから。

バスは田園風景の中を一路国境へ。1時間も掛からずに到着。立派なイミグレだ。次々にバスが到着し、イミグレが込み合う。混んで来たらいきなり別のゲートを開ける。先着順も何もない。まあいつかみんな通れるんだろう。バスに全員が揃うとタイ側国境へ。

タイ側を抜けると、何故かそこにタクシーの運ちゃんたちが待っている。バスより速いらしい。というより、もし空港に直に行きたければ、このタクシーを使うのだろう。良く出来ている。私は飛行機の時間までかなりあったので、そのままバスに乗る。

タイ側では様々な雑貨を売っている。ここで物資を調達して、ラオス側に持ち込むのだろう。と思っているとバスの運転手がある店の前で停まり、店の人が何かをバスに投げ込んだ。これが運ちゃんの小遣い稼ぎか、面白い。こんな役得があって、バスの運ちゃんやってられるのかもしれない。

4.ウドンタニ    街

ウドンタニのバスターミナルに入ったのはビエンチャンを出てから2時間半は過ぎていただろうか。距離にしたら50-60㎞かも知れない。やはり国境で時間が掛かる。先ずは腹が減ったので、その辺の屋台で麺を食べる。美味い。これが一番良い。

目の前にショッピングセンターが見えた。これがビエンチャンで聞いていた「ラオス在住者が買い物に行く場所」らしい。セントラルもバスターミナル近くに作るところ、良く分かっている。結局中へは入らなかったが、恐らくはタイのどこにでもある品揃えなのだろう。

空港へ行く方法が分からない。タクシーなどは走っている雰囲気すらない。トゥクトゥクが沢山列をなして停まっている。いくらか聞くと「100バーツ」だという。そんな高くはないだろうと「60バーツ」と言ってみると、誰一人振り向かなくなる。80バーツが定価のようだ。どうやらルールがあり、60バーツで乗せるとルール違反らしい。この辺、面倒くさい。

空港まではそこそこ遠いのだろうと思って、人のよさそうなオジサンのトゥクに乗ったが、田園風景を15分も行くと到着してしまった。こんなに早く着くのなら、もう少しウドンタニの街を見学しても良かったな。でも何もなさそうだったな、ウドンタニ。

空港で

空港も小さかった。チェックインカウンターも直ぐに見つかった。確か搭乗予定より一本速いフライトがあるはずだ。それに乗せてもらおうと申し出たが・・。何とそのフライトはキャンセルになっていた。エアアジア、なかなかやるな。

これから2時間以上、どうすればよいのか。空港内に無料のWIFIもないようだ。仕方なくレストランで聞いてみたが、「今日は繋がらない」とのつれない答え。どうするんだ。隣のカフェに聞いてみると「繋がるよ」と。本当にどうなっているんだ、ここは。

午後6時に恒例のタイ国家が流れ、全員が起立した。こういう動作は日常的になり過ぎているとはいえ、大切なことだと思う。日本のように日の丸・君が代に反対したり、宗教を教育でお教えない国、それは世界から取り残されていくことだろう。勿論日本人の特殊性を利用して、何かを企む人もいるので仕方がない面もあるが。

午後7時前には何事もなく、搭乗。あっと言う間にドムアン空港に着いた。あのファランポーン駅からノンカイまで16時間も掛かった鉄道の旅はなんだったのだろうか。まあ、それも旅、これも旅か。




ビエンチャンの歌姫に会いに行く2012(4)国際バスでウドンタニへ」への1件のフィードバック

  1. ヴィエンチャンの20年選手Mさんは25年前私と一緒に仕事した人と思います。何時もお泊りのホテルは確かサイセナと言う名で私達も定宿にしてました。当時はまだ橋が無く、私はウドンタニに住んで毎週ノンカイから渡し舟でラオスに渡っていました。

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