上海・江蘇美食旅2025(8)揚州から鎮江へ

5月13日(火)揚州から鎮江へ

今日もいい天気だ。部屋から外が良く見えるので、暑くなりそうだと分かる。揚州を離れる日なので、やっておくべきことを考えてみたが、まあ早茶を食べることぐらいしか思いつかない。所謂飲茶は明代の揚州が起源だと聞いたことがあったのだが、この地に来てもそういう話しは出ていない。ただ早茶、の文字はよく見かける。

揚州大学の門の前にあった早茶屋に入ってみた。何とものんびりした店内で、お客は多くない。おばさんは実に気のいい感じで好感度は高い。点心として五丁包(前回は三丁包)を頼み、主食を考えていると、麺にしろ、という。そこで目に着いたのが腰花煨麺で、思わずそれを注文した。

五丁包は三丁より何が二つ多いのかよく分からなかった。というか、皮が厚いので、食材の味がどうも口に伝わらない。一方煨麺の麺を一口食べてスープを飲んですぐに気が付いた。この麺のふにゃふにゃ度合、鶏のいい感じの出汁が出たスープ、これは香港などで食べていた麺だ。何でこんなところにあるんだろう。いや、元はこちらから香港や広州へ伝わったのでは、と頭が忙しくなる。まあご多分に漏れず麺の量は非常に多いので苦労する。

そこから車を呼んで大運河博物館に行ってみる。どうも気乗りがしなかったのだが、ちょうど時間があったので訪ねてみたのだが、これは完全な箱物行政で、郊外の広大な敷地にバカでかい博物館が建っている。車を降りてから5分以上歩かないと建物にも近づけない。そして何と入り口を見ると長蛇の列。まあゆうに40‐50分待ちだろうと思い、一気に萎える。周辺をちょっと散策して、また車を呼んで宿に戻ってしまった。

12時前にチェックアウトして車を呼ぶ。駅は先日の揚州駅ではなく、揚州東駅という反対側だった。鎮江まではすぐだったので、切符は手数料をケチってネットで買わなかった。ところが駅に切符売場が無い(正確には売り場はあるが人はいない)。慌てているとその辺のおじさんが「駅の中へ入れ」というので荷物検査を受けて入ると、何とインフォメーションで売っていた。いよいよ駅で切符を買う時代は終わり、小さな駅では効率化が始まったらしい。実際にはここで切符を買う人も稀で、その多くは変更などで立ち寄っていた。

高鉄はスムーズにやってきてスムーズに私を運んだ。日本の新幹線とほぼ同じような時間管理になっている。40分後に鎮江の駅に着いた。南口が中心のようだが、敢えて北口から出た。それは38年前上海から乗った列車を降りたのが北口だったのでは、と思ったからだ。北口周辺も当然きれいになり、完全に面影はなかったが、何となくここで腹を空かせて国営食堂を茫然と眺めている自分がいたような気になる。

当時の国営食堂の昼は11₋13時と決まっており、13時5分に着いた我々は完全に飯を食べ損ねた。そしてそのままバスに乗り?船に乗って川を渡って、揚州まで行ったのだ。今回はその川の近くに宿をとったが、車はあっと言う間にやってきて、あっという間に川近くに置いていかれた。

その宿は定宿チェーンだったが、入り口で猫が迎えてくれた。そして何となく猫が付き添ってくれている。眠そうにしているが、置物のように座っているかと思えば、ちょこちょこ動き回っている。よく見たら2匹いた。そして何とここの飼い猫だと分かる。チェーンホテルで猫を飼っているなんて、何となく家族経営の宿のようだ。

実は部屋に行くと冷蔵庫が無かった。暑さが増していたので困ったな、とフロントに行くと、すぐに部屋を変えてくれた。元のカギを持って部屋で荷物を整理していると、何とロボットが新しい鍵を持ってやってきた。新しい部屋はかなりアップグレードされており、広くて有り難い。

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